極道恋事情

一園木蓮

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謀反

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「よし……なんとかおぶれた!」
 冰と周とでは当然だが体格の差があり過ぎる。逆ならばともかく華奢な冰が大柄な周をおぶるのは楽ではない。しかも意識がない状態だから体感的には重さは倍くらいに感じられるだろう。その上スーツは水浸しで、一層重みを増している。空気はただでさえ希薄だ。正直なところ歩くのも精一杯といったところだった。
 足元もおぼつかない中、岩壁に手をついて必死に進む。ふと、脳裏にいつかの飛行機の中での紫月の言葉が蘇った。
 あれは確か周のプライベートジェットで香港から帰って来る機内だった。紫月と共にお茶を届けに周と鐘崎の元へと向かった時だ。二人共に寝入ってしまっているのを見て、ジャケットや靴下を脱がせて、寝やすいようにしてやったのだ。
 その時に紫月が口走っていた。
『こーゆー時にでっけえと苦労するよなぁ』
 鐘崎の大きな身体を右へ左へと転がしながら、やっとのことでジャケットを脱がせていた仕草を思い出す。憎まれ口を叩きながらも紫月は嬉しそうだった。そしてその”でっけえ”亭主を見つめる瞳は愛情にあふれていた。
「そうだよ、俺だって男だ! この世で唯一人の亭主も担げないようじゃ男が廃るってモンだよ!」
 またあの日のように皆んなで笑い合えるよう、今は何としてもここから脱出することを一番に考えなければいけない。
「けどホント、こーゆう時にでっけえと……苦労しますね、紫月さん!」
 冰は笑いながらも自らを奮い立たせんと、紫月の笑顔を思い浮かべながら必死に重たい亭主の身体を背負って歩み続けた。脳裏にはすぐ隣で紫月も鐘崎をおぶり、二人揃ってガタイのいい亭主を背負って歩く幻想が思い浮かぶ。
『ふんあー! マジ重えー! つか、背中に固い腹筋が当たって痛ええー! 冰君も大丈夫かぁー?』
『ええ、なんとか……。白龍も鐘崎さんも筋肉質ですもんねー』
『ホント! 無駄に鍛えてっかんなぁ。こんにゃろ、後でたっぷりご褒美ぶんどってやっからなぁ!』
『ご褒美って何ですかー』
『んー、そうだな。例のラウンジのケーキ一年分!』
『あっははは! 紫月さんてばホントに甘味大魔王なんですからー』
 互いの顔を見合わせながら笑う。重い亭主を担ぐ紫月の顔は愚痴とは裏腹に誇らしげで、愛情溢れんばかりだ。脳裏に次々と浮かんでくるそんな想像が冰に力を与え、どれほど勇気付けてくれたことか知れない。
 ふと、背中の周に意識が戻ったのか、
「こ……こは?」
 聞き慣れたその声にハッと首を捩って振り返る。
「白龍ッ! 気が付いたの?」
 冰が感嘆の声を上げるも、当の周は彼が誰なのかも分かっていないようだ。
「あ……んたは誰……だ? 俺はどう……して」
 やはり例の薬物のせいで何も覚えていないのだ。冰は切ないながらも愛しいその声を聞けただけでホッと胸を撫で下ろした。そして、何も分からないでいる彼を驚かせないように明るい声で応対する。
「あなたを助けに来たんですよ。この先少し行けば仲間が待っています。もうちょっとですからがんばりましょう!」
 岩壁に冰の頼もしい声音が反響してこだまを繰り返す。
 すると周の方も不思議な安堵感を覚えたのか、ゆっくりと瞳を見開きながらこう訊いた。
「助けに……来た? あ……んたは救助隊か何かか?」
 今の彼にとって冰は明らかに他人なのだろう。切なさが込み上げる。
 それでも冰は彼が生きていてくれただけでよかった。
「ええ、そうですよ! 救助隊の僕が来たからにはもう大丈夫です! さあもう少しですからしっかり掴まっててくださいね!」
「す……まない。世話を……掛ける」
 それだけ言うと周はまた気を失ってしまった。
「白龍、安心して休んでてね! 絶対に助けるから!」
 ずり落ちそうになってきた重い身体を再び背負い直すと、冰は気力を振り絞って出口を目指したのだった。
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