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謀反
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「鐘崎、ヘンなことを訊いてもいいか?」
「――? なんだ」
「もしも俺の嫁が……そんなにも俺のことを想ってくれているその嫁が……俺の心変わりを知ったとしたらどうなると思う」
「――心変わり?」
さすがに聞き捨てならない言葉だ。
「自分でも不思議なんだが……あんたをはじめ、周りの皆から素晴らしいと絶賛される嫁よりも……俺には気に掛かるヤツがいる……。こんなことはあっちゃならねえことなんだと、頭では分かっちゃいるが……どうしようもねえんだ。せめてその嫁が俺に会いに来てくれれば……また気持ちは変わるのかも知れんが、俺にはどうしてかその嫁のことが全く思い出せないんだ」
普通だったら如何に記憶を失くしているといっても、懐かしいとか心がキュッと掴まれるとか、なんらかの感情が湧いてもいいはずなのに、それが全く湧かないというのだ。
「嫁との思い出も、会いたいという感情すら揺さぶられない。それなのに俺は……彼とどんなふうに出会ったのか、どんなふうに過ごしてきたのか、それの方が気に掛かって仕方ない。早く記憶を取り戻して、自分が彼と過ごした日々を知りたい。ここ最近はそんなことばかり考えてしまうんだ」
周は辛そうに瞳を歪めながらそう言った。
「彼――ってのは?」
鐘崎が訊くと、周は視線の先にいる冰を指した。
「彼……冰君は俺の秘書だそうだが、何故か彼といると心が和む。俺は彼とどんなふうに出会ってどういうきっかけで秘書にしたのか、どんなふうに仕事を共にしていたのかを知りたくて仕方がない」
「つまり、お前さんはあの冰に惹かれているというわけか?」
「惹かれているのかどうかは分からない。ただ……ひとつ納得できることがあるとすれば、俺が同性である男と結婚していたというのは嘘じゃねえんだろうと思えたことだ」
鉱山で助けられてからこのかた、周囲の皆から男と結婚していたと聞いた時は正直驚きもした。一等最初に思ったことは、自分は同性愛者なのだろうかということだったそうだ。だが、確かにあの冰に関してだけは何故か心が揺さぶられる。今は過去のことをまったく思い出せずにいるが、恋愛対象として男に気持ちが動いたとしても不思議はないと思えるのだと周は言った。
「男同士で結婚していたということには納得できる気がする。だが、肝心の相手のことがまったく思い出せない。それよりも彼と過ごした日々を知りたいと思ってしまう。こんな気持ちでいる俺のことを……嫁が知ったらと思うと、俺は自分を許せない気持ちになる。いくら会えないといってもこれでは浮気そのものだ」
「それほど冰のことが気に掛かると?」
「……最低な亭主だ」
頭を抱え込んで瞳を歪める友を、鐘崎はやわらかな視線で見下ろした。
「仮に、お前の嫁がその気持ちを知ったとしたらだが――。おそらくはお前の幸せがそこにあるのならヤツは黙って身を引く。お前の嫁はそういうヤツだ」
周は驚いたように顔を上げて鐘崎を見つめた。
「だったら尚更だ……。俺はそんなにも俺のことを想ってくれる嫁を差し置いて、目の前にいる別の人間に心を寄せている……。最低だ」
鐘崎はそっと、そんな友の肩に手をやると静かに言った。
「お前の思った通りにすることだ。お前の本能が冰と過ごした日々を知りたいと告げるなら、今は余計なことを考えずそれに従えばいい。だがそれは決してお前が嫁を裏切る行為ではない。逆にお前が嫁に近付く過程のひとつだと思うことだ」
どういう意味だと周は鐘崎を見上げる。
「――? なんだ」
「もしも俺の嫁が……そんなにも俺のことを想ってくれているその嫁が……俺の心変わりを知ったとしたらどうなると思う」
「――心変わり?」
さすがに聞き捨てならない言葉だ。
「自分でも不思議なんだが……あんたをはじめ、周りの皆から素晴らしいと絶賛される嫁よりも……俺には気に掛かるヤツがいる……。こんなことはあっちゃならねえことなんだと、頭では分かっちゃいるが……どうしようもねえんだ。せめてその嫁が俺に会いに来てくれれば……また気持ちは変わるのかも知れんが、俺にはどうしてかその嫁のことが全く思い出せないんだ」
普通だったら如何に記憶を失くしているといっても、懐かしいとか心がキュッと掴まれるとか、なんらかの感情が湧いてもいいはずなのに、それが全く湧かないというのだ。
「嫁との思い出も、会いたいという感情すら揺さぶられない。それなのに俺は……彼とどんなふうに出会ったのか、どんなふうに過ごしてきたのか、それの方が気に掛かって仕方ない。早く記憶を取り戻して、自分が彼と過ごした日々を知りたい。ここ最近はそんなことばかり考えてしまうんだ」
周は辛そうに瞳を歪めながらそう言った。
「彼――ってのは?」
鐘崎が訊くと、周は視線の先にいる冰を指した。
「彼……冰君は俺の秘書だそうだが、何故か彼といると心が和む。俺は彼とどんなふうに出会ってどういうきっかけで秘書にしたのか、どんなふうに仕事を共にしていたのかを知りたくて仕方がない」
「つまり、お前さんはあの冰に惹かれているというわけか?」
「惹かれているのかどうかは分からない。ただ……ひとつ納得できることがあるとすれば、俺が同性である男と結婚していたというのは嘘じゃねえんだろうと思えたことだ」
鉱山で助けられてからこのかた、周囲の皆から男と結婚していたと聞いた時は正直驚きもした。一等最初に思ったことは、自分は同性愛者なのだろうかということだったそうだ。だが、確かにあの冰に関してだけは何故か心が揺さぶられる。今は過去のことをまったく思い出せずにいるが、恋愛対象として男に気持ちが動いたとしても不思議はないと思えるのだと周は言った。
「男同士で結婚していたということには納得できる気がする。だが、肝心の相手のことがまったく思い出せない。それよりも彼と過ごした日々を知りたいと思ってしまう。こんな気持ちでいる俺のことを……嫁が知ったらと思うと、俺は自分を許せない気持ちになる。いくら会えないといってもこれでは浮気そのものだ」
「それほど冰のことが気に掛かると?」
「……最低な亭主だ」
頭を抱え込んで瞳を歪める友を、鐘崎はやわらかな視線で見下ろした。
「仮に、お前の嫁がその気持ちを知ったとしたらだが――。おそらくはお前の幸せがそこにあるのならヤツは黙って身を引く。お前の嫁はそういうヤツだ」
周は驚いたように顔を上げて鐘崎を見つめた。
「だったら尚更だ……。俺はそんなにも俺のことを想ってくれる嫁を差し置いて、目の前にいる別の人間に心を寄せている……。最低だ」
鐘崎はそっと、そんな友の肩に手をやると静かに言った。
「お前の思った通りにすることだ。お前の本能が冰と過ごした日々を知りたいと告げるなら、今は余計なことを考えずそれに従えばいい。だがそれは決してお前が嫁を裏切る行為ではない。逆にお前が嫁に近付く過程のひとつだと思うことだ」
どういう意味だと周は鐘崎を見上げる。
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