極道恋事情

一園木蓮

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ダブルトロア

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「いいえ、まだ伝えていませんわ。今回の仕事が無事に済んでからにしようと思っていました。もちろん伝えればあの人は喜んでくれると思いますわ。でも私の体調を気遣って、少なからず煩わせてしまうことになりかねません。こちらでのクライアントとの交渉にも専念できなくなるでしょう。そんな心配をさせずにお仕事を全うして欲しいと思っておりますの」
 つまり自分の体調のことよりも亭主の立場や仕事を優先したいというわけだ。なんとも健気なことである。
「ですから私を連れて逃げてもあなたのご負担になるだけです。それ以前に主人を裏切って他の殿方と逃げたいとも思いません。風は私が心から尊敬して愛している唯一無二の主人です。もしどうしてもとおっしゃるなら、私はこの場で殺される方を選びますわ」
 か弱い女の立場で、しかも身重だというのに、揺るがないはっきりとした口調で美紅は言った。
 さすがに男も一瞬たじろいだように眉間の皺を深くする。
「ふん……! ご立派な心掛けだな。だったら今この場で犯してやったっていいんだぜ? どうせ殺されるんだ。その前に何されたって構わねえだろうが」
 男はそう凄んで脅したが、美紅の気持ちは変わらないようだ。それどころかもっと驚くようなことを言ってのけた。
「殺されることは構いません。ですが私は最期まで周風黒龍の妻でいたい。殺されるにしても後々あの人の恥になるような死に方はしたくありません。例え無理矢理でも不貞を働くことだけは同意できませんわ。あなたが私を手に掛けるとおっしゃるなら、その前に舌を噛んで自害いたします」
 きっぱりと言い切った瞳にはその意思の固さと共に絶対に揺るがない誇りが見てとれる。男は苦虫を噛み潰したような表情で閉口してしまった。
「は……参ったね。だてにマフィアトップの姐さんを張ってるだけじゃねえってか」
 呆れたように肩をすくめて罵倒を吐き捨てるも、わずか切なげに瞳を細めては「ふぅ」と大きな溜め息をついてみせた。
「羨ましいねぇ。風老板は本当に……めちゃくちゃイイ女を女房にしたもんだ……」
 もしも自分に恋人がいて、その女が今の美紅と同じような立場になったとしたら、その女はどうするだろうか。そんなことが脳裏を過れば、今自分のしていることにとことん嫌気が差してくる。と同時に、我が侭の限りを尽くして他人の幸せを平気で踏みにじろうとする優秦にも怒りが込み上げてきた。その彼女にそそのかされたとはいえ、よく考えもせずにノコノコとこんなことに加担しようとしている己にも腹が立ってくる。しばしの沈黙の後、意を決したように男は言った。
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