極道恋事情

一園木蓮

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紅椿白椿

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 春半ばの四月下旬――すっかりと陽も落ち、東の空には見事なほどの夕月が春霞の雲間を縫って顔を出していた。
 美しく手入れのなされた中庭には今が盛りの薄紫色の藤棚が満開の花をつけていて、そよそよと宵風に揺れている。
 都心から川を一本挟んだ工場地帯の外れ、四方を高い塀で囲まれた広大な敷地に佇む純和風の邸の中央に、その見事な庭はあった。

 表の門に表札は出ていない。

 だが、この地域に住む者たちにとって、もはや表札など必要のないほどに名の知れたこの邸の主人は通称鐘崎組と呼ばれている極道であった。
「いっけね! どこに置き忘れてきたっけ……。明日は朝イチで遠出だってのに、見つからなかったら親方に言い訳できねえぞ……」
 まるで泥棒のような忍足で庭中を探して回っているのは二十代半ば程の若い男だ。彼はこの春から見習いとして熟練の親方について修行中の庭師であった。
 親方というのはここ鐘崎組の庭でも長年に渡って手入れを担当している腕のいい職人だ。名を土森泰造という。歳は組番頭の東堂源次郎らと同世代で、これまでは一匹狼で仕事をこなしてきたのだが、高年に入ったこともあり若手育成を兼ねて手伝いの職人を雇うことになったのだそうだ。
 その若き彼にとって初出勤となったのがこの鐘崎組中庭の剪定だった。一日の作業を終えて一旦は親方と共に帰路についたものの、剪定道具を置き忘れてきたことに気が付き、慌てて舞い戻って来たわけだった。
 見習いの若いその男はキョロキョロと忙しなく辺りを見回しながら、昼間作業した木々の近辺を血眼になって探し回っている。しばらくすると月明りに照らされた植木の根元で放置されている道具類を発見した。
「あった……! ふう、良かった。助かった!」
 初日からこんな失態をしたことがバレたら、親方に合わす顔がない。若い男は安堵と共に地べたへとへたり込んだ――その時だった。

(うわ……ッ!? 人が……)
 
 思わず声を上げそうになったのを寸でのところで堪えて、男は植え込みの陰へと身を潜めた。見れば縁側に着物姿の男が一人、煙草を燻らしながら腰掛けているのが目に入ったからだ。
 
(誰だ……? この家の住人か)
 
 時刻は午後の八時少し手前だ。当然この家の者だろうが、驚いたのはその男の容貌だった。
 
(ものすげえ美男……つか、めたくそイケメンじゃねえか……)

 この家の住人にしてはえらく年若いと思える印象だった。それというのも鐘崎邸は驚くほど広大な敷地に、これまた目を剥くような立派な家屋といった造りだったからだ。
 親方には長年贔屓にしてもらっている格別のクライアントだと聞かされていた。単に大金持ちの邸なのだろうと思っていたが、まさかこんな見目良い若い住人が住んでいるとは夢にも思わなかったのだ。せいぜい高齢の老人が召使いでも使っているのだろうと、半ば羨ましくもあり、半ば舌打ちたい気持ちにもさせられたものだ。

(何だよ……住んでるのはてっきり爺さんかと思ったが……あんな若え人とはビックリだぜ! つか、息子さんか何かなのかも)

 しかもその容姿は群を抜く美形で、着慣れているのか和服姿もよくよくサマになっている。というよりも、着物の袷はハダけ気味で、何とも例えようのない色香を醸し出しているのがまた驚愕というくらいなのだ。まさに映画か有名ファッション誌の中から抜き出てきたようなその風貌に、男は唖然としたまま視線を釘付けにさせられてしまったのだった。
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