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紅椿白椿
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「若! 姐さん! お寛ぎのところ失礼いたします!」
少々蒼白な顔つきで長い縁側を駆けて来る。清水にしては珍しいことだ。今宵はこの客人用の和室で若頭夫婦が寛いでいることを知らない彼ではない。当然のこと情を交わしているのも織り込み済みだろう。そんなところへ邪魔だてするなど、普段の清水では有り得ないことだ。
「ありゃ、剛ちゃんじゃね? 血相変えてどうした」
紫月がキョトンと瞳を見開く傍らで、鐘崎の方は既に立膝をついて立ち上がりかけていた。何か緊急事態が起こったのだろうと察したからだ。
「清水か。どうした」
「お邪魔だてして申し訳ございません! 実は今しがたこの中庭に動く物体を検知いたしました!」
警備室にいた若い衆が慌てて清水の元へと報告にやって来たのだそうだ。
「犬たちは犬舎ですし、もしかしたら誤作動かも知れませんが念の為と思いまして……」
清水とて若頭夫婦の寝所へ立ち入るなど本意ではないが、本当に侵入者がいるとすれば一大事である。鐘崎も紫月もそんな彼を咎めるようなことはしない。すぐに中庭全体を照らす強力な灯りが点けられた。
するとそこには見慣れない若い男が一人――。
「うわっ、ヤッベ……!」
男は相当驚いたわけか、身を潜めていた樹木の脇で腰を抜かしたようにして尻もちをついてしまった。
「何者だッ!」
清水が怒鳴り、駆け付けて来た若い衆らが次々庭へと降りて男を取り押さえた。これには鐘崎と紫月も驚きを隠せない。侵入されていたという以前に、それに気付けなかったことの方が驚愕だという顔立ちで鐘崎は眉根を寄せてしまった。
「貴様! 何者だッ!」
「逃げられんぞ! 素直に吐け!」
若い衆らの怒号が飛び交い、あっという間にぐるりと周りを囲まれて、男は尻もちをついたまま身動きさえできずに硬直してしまった。
と、灯りに照らされた男の顔に見覚えがあったのか、清水が険しい表情で庭へと降りて行った。
「お前……確か泰造親方のところの」
昼間剪定に来た庭師の泰造が連れていた新入りの職人だと気がついたのだ。
「――泰造親方のところの者だと?」
鐘崎が問う。親方については組の者たちもよくよく承知で、鐘崎などはそれこそ子供の頃からの馴染みだ。今現在見事な花をつけている藤棚も、泰造親方が手掛けてくれたものだからだ。紫月にとってもまた同様、よくよく顔見知りの信頼できる親方だった。
「今日の昼間に咲き終わった春の樹木の剪定に見えられていました。その時に親方が連れていたのがこの若い男です。親方の仰るには、自分ももういい歳だから若い職人を雇うことにしたのだとか」
清水からの報告を受けて鐘崎は袷を整えると、自身もまた庭へと降り、未だへたり込んでいる男を見下ろした。
「泰造親方のところの職人とな。いったい何用だ」
格別に怒っているといった声音ではなかったものの、男にしてみれば圧を感じたのだろう。まるで土下座の勢いで身を丸めると、必死といった調子で謝罪の言葉を口にした。
少々蒼白な顔つきで長い縁側を駆けて来る。清水にしては珍しいことだ。今宵はこの客人用の和室で若頭夫婦が寛いでいることを知らない彼ではない。当然のこと情を交わしているのも織り込み済みだろう。そんなところへ邪魔だてするなど、普段の清水では有り得ないことだ。
「ありゃ、剛ちゃんじゃね? 血相変えてどうした」
紫月がキョトンと瞳を見開く傍らで、鐘崎の方は既に立膝をついて立ち上がりかけていた。何か緊急事態が起こったのだろうと察したからだ。
「清水か。どうした」
「お邪魔だてして申し訳ございません! 実は今しがたこの中庭に動く物体を検知いたしました!」
警備室にいた若い衆が慌てて清水の元へと報告にやって来たのだそうだ。
「犬たちは犬舎ですし、もしかしたら誤作動かも知れませんが念の為と思いまして……」
清水とて若頭夫婦の寝所へ立ち入るなど本意ではないが、本当に侵入者がいるとすれば一大事である。鐘崎も紫月もそんな彼を咎めるようなことはしない。すぐに中庭全体を照らす強力な灯りが点けられた。
するとそこには見慣れない若い男が一人――。
「うわっ、ヤッベ……!」
男は相当驚いたわけか、身を潜めていた樹木の脇で腰を抜かしたようにして尻もちをついてしまった。
「何者だッ!」
清水が怒鳴り、駆け付けて来た若い衆らが次々庭へと降りて男を取り押さえた。これには鐘崎と紫月も驚きを隠せない。侵入されていたという以前に、それに気付けなかったことの方が驚愕だという顔立ちで鐘崎は眉根を寄せてしまった。
「貴様! 何者だッ!」
「逃げられんぞ! 素直に吐け!」
若い衆らの怒号が飛び交い、あっという間にぐるりと周りを囲まれて、男は尻もちをついたまま身動きさえできずに硬直してしまった。
と、灯りに照らされた男の顔に見覚えがあったのか、清水が険しい表情で庭へと降りて行った。
「お前……確か泰造親方のところの」
昼間剪定に来た庭師の泰造が連れていた新入りの職人だと気がついたのだ。
「――泰造親方のところの者だと?」
鐘崎が問う。親方については組の者たちもよくよく承知で、鐘崎などはそれこそ子供の頃からの馴染みだ。今現在見事な花をつけている藤棚も、泰造親方が手掛けてくれたものだからだ。紫月にとってもまた同様、よくよく顔見知りの信頼できる親方だった。
「今日の昼間に咲き終わった春の樹木の剪定に見えられていました。その時に親方が連れていたのがこの若い男です。親方の仰るには、自分ももういい歳だから若い職人を雇うことにしたのだとか」
清水からの報告を受けて鐘崎は袷を整えると、自身もまた庭へと降り、未だへたり込んでいる男を見下ろした。
「泰造親方のところの職人とな。いったい何用だ」
格別に怒っているといった声音ではなかったものの、男にしてみれば圧を感じたのだろう。まるで土下座の勢いで身を丸めると、必死といった調子で謝罪の言葉を口にした。
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