極道恋事情

一園木蓮

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紅椿白椿

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 そうしてまた平穏な日常が戻ってくることとなった。
 ここ、鐘崎組の中庭は広大である。
 季節毎の花々をつける樹木なども数あるので、植木の剪定はもちろんだが除草作業なども入れたら週に二日は庭師が入っているといった具合である。特にこれまでは泰造親方が一人ですべてを請け負っていたので、ほぼ専属というくらい毎日のように顔を出していることもあったほどだった。
 長の僚一や若頭の鐘崎は依頼の仕事などで外に出ていることが多いが、姐の紫月はほぼ一日中邸内にいる。事務所で書類の整理などを行なっていたりもするが、町内会の役員として会合に出掛けたりするのも紫月の役目である。そんな時には姐さん側付きとして組員の春日野が必ずついて回るのだ。
 今日も自治会館での会合があったのだが、その帰りしなに馴染みの和菓子屋へ立ち寄るのも、また日課のひとつであった。目的は泰造親方に出すお茶菓子の調達の為だ。
「おや、紫月ちゃんいらっしゃい。今日も泰造さんのお茶請けかい?」
 ニコニコと人の好さそうな老人が迎えてくれる。ここは家族経営の小さな和菓子屋だが、鐘崎と紫月が生まれる前からあったという老舗だ。紫月らが子供の頃はここの老夫婦が第一線で菓子作りから店頭販売までを担っていたが、現在は息子夫婦が製造の方を引き継いでくれているそうで、老夫婦はこうして店番をしているのである。近所で昔からの付き合いだから、鐘崎と紫月の仲についてもよく理解していて、入籍の際には自治会の有志で祝ってくれたほどであった。
「じいちゃん、こんちゃ! うん、そう。今日も親方入ってくれてるんだ。いつもの黒糖饅頭ある?」
「ああ、出来てるともさ。さっきふかし上がったばかりだよ」
「お、さんきゅー! そりゃナイスタイミングだったね。親方喜ぶべ!」
「泰造さんは黒糖饅頭がお好きじゃからのう」
 親方のお茶菓子は大概ここの店で厄介になっているので、店主もよく分かってくれているのだ。
「そうだ、じいちゃん。今日は饅頭の他にさ、ちょっと腹にたまるモンでオススメねえか? 実は最近、親方ンところに新しく職人が入ったんだ」
「おや、そうだったんかい」
「若い職人なもんで。食い盛りだべ? しっかり腹を満たせるやつがいいなと思ってさ」
 ウィンドーの中の菓子を覗き込みながらそんなことを言う紫月に、店主は微笑ましげに瞳を細めた。
「紫月ちゃんはホントによう気がついておやりになるのぉ」
 そう言いながらも餅菓子などを指してみせた。
「大福餅なんかどうだい? 豆のは定番じゃが、今は春限定の草大福も出しとる。饅頭より腹持ちはいいはずじゃよ」
「お! いいね。じゃあそれにするべ! ついでにウチの源さんと俺たちン分ももらってくかな。それと――こっちの磯部焼きも入れてもらってい? 若者は飯がわりになるしょっぱいやつも好きだべ」
 前屈みになって真剣にウィンドーを覗き込んでいる姿にまたもや笑みを誘われてしまう。数的にいえば本当に一回に食べる分だけで、毎度大量に買っていくわけではないのだが、こんなふうに食べる人間の身になって選んでくれる気持ちがとても嬉しいと思う店主であった。
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