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紅椿白椿
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その河原では鐘崎が鞠愛を受け止めながら少々慌てたように顔を覗き込んでいた。
「お嬢さん? どうされました?」
まるで貧血でも起こしたかのように鐘崎の胸にしがみついたまま瞳を閉じている。
「大丈夫……少し目眩がしただけ。すぐに治るわ」
「ですが……」
「本当に平気よ。たまにこうなるの。珍しいことじゃないから安心して。少しじっとしていれば大丈夫だから」
このままこうしていてと、胸板に頬を擦り付けながらギュウギュウとしがみついてくる。
「とにかく座りましょう。安静にしないと」
「いいの! 本当に平気……」
そう言いながらも更に身体を擦り寄せてくる。――と、そこへ若い衆が犬を引き摺りながら追いついて来た。
「若!」
犬たちは鐘崎の周りでウォンウォンとうるさいほどに野太い声を上げている。
「こら、静かにしねえか。やはり救急車を呼ぼう」
若い衆に電話をさせようとした時だった。遊歩道の方から紫月が組員の春日野と共にやって来たのに気がついて、鐘崎と若い衆はホッと胸を撫で下ろした。自治会館で川久保老人からの言伝を受けて、帰り際にこちらへと寄ってくれたのだろう。
「遼! どした?」
「紫月! 良かった。お嬢さんが急に具合を悪くされてな」
紫月は独学だが医療に関しては常人よりも遥かに詳しい。実家の一之宮道場に居た時は綾乃木らと共に鐘崎組の専門医として手術の手助けなどもしていたくらいだからだ。
「急に気分が悪くなった? どれ、ちょっと診せてくれ」
「ああ、頼む」
鐘崎の手から離され紫月に抱き抱えられた鞠愛は、何故か口惜しそうに眉根を寄せながらそっぽを向いてしまった。
「脈拍が少し早いかな。体温は異常なしだ。このところ急に湿度が上がってきたからな、自律神経が弱ってるのかも」
紫月は『大丈夫ですか?』と声を掛けながら親身になって鞠愛を支えていたが、それに対する彼女の反応はごくごく薄いものだった。
「大丈夫……」
蚊の鳴くような声ような声でそれだけ言うと、再び顔を背けてしまった。
「医者に連れて行かなくて平気か?」
鐘崎が訊く傍らで、組員の春日野がすぐに車を呼びますと言ってスマートフォンを取り出した。組からなら歩いてもそう時間は掛からないから車なら本当にすぐだ。
「すぐに車が来ます。おぶりましょう」
気分が悪くなったら遠慮せずに言ってくださいねと声を掛けながら紫月が抱き起こそうとするも、鞠愛は隣にいた鐘崎へと腕を伸ばして、『あなたがおぶって』と言いたげに抱きついてみせた。
ちょうどその時、組から車が到着したものの、さすがにこの河原までは入って来られない。
「遼、お嬢さんをおぶってってくれ。俺は綾さんに言って事務所に来てもらう」
そう言ってスマートフォンを取り出した。
鐘崎組から一之宮道場までは歩いてすぐだ。綾さんというのは紫月の実家の一之宮道場に住み込みで手伝いをしてくれている男で、綾乃木天音という。鐘崎組の専属医としても活躍してくれている男だ。その彼が診れば自分よりは安心だと言って紫月は親身になってくれている。
「すまねえな、紫月。頼む」
「ああ、任せろ! それよかなるべく揺らさねえようにおぶってってくれな」
そんな若頭と姐さんを横目に、車のドアを開けたりと準備をする為、先に遊歩道まで駆け上がった春日野と若い衆であったが、互いに何とも言えない表情で見つめ合ってしまった。
「……ッ! あの女……具合が悪そうには見えねえけどな。もしか仮病じゃねえっスかね?」
若い衆が犬を引きながらそうこぼす。
「――そうかもな」
春日野もまた、ふうと深い溜め息が隠せなかった。
「お嬢さん? どうされました?」
まるで貧血でも起こしたかのように鐘崎の胸にしがみついたまま瞳を閉じている。
「大丈夫……少し目眩がしただけ。すぐに治るわ」
「ですが……」
「本当に平気よ。たまにこうなるの。珍しいことじゃないから安心して。少しじっとしていれば大丈夫だから」
このままこうしていてと、胸板に頬を擦り付けながらギュウギュウとしがみついてくる。
「とにかく座りましょう。安静にしないと」
「いいの! 本当に平気……」
そう言いながらも更に身体を擦り寄せてくる。――と、そこへ若い衆が犬を引き摺りながら追いついて来た。
「若!」
犬たちは鐘崎の周りでウォンウォンとうるさいほどに野太い声を上げている。
「こら、静かにしねえか。やはり救急車を呼ぼう」
若い衆に電話をさせようとした時だった。遊歩道の方から紫月が組員の春日野と共にやって来たのに気がついて、鐘崎と若い衆はホッと胸を撫で下ろした。自治会館で川久保老人からの言伝を受けて、帰り際にこちらへと寄ってくれたのだろう。
「遼! どした?」
「紫月! 良かった。お嬢さんが急に具合を悪くされてな」
紫月は独学だが医療に関しては常人よりも遥かに詳しい。実家の一之宮道場に居た時は綾乃木らと共に鐘崎組の専門医として手術の手助けなどもしていたくらいだからだ。
「急に気分が悪くなった? どれ、ちょっと診せてくれ」
「ああ、頼む」
鐘崎の手から離され紫月に抱き抱えられた鞠愛は、何故か口惜しそうに眉根を寄せながらそっぽを向いてしまった。
「脈拍が少し早いかな。体温は異常なしだ。このところ急に湿度が上がってきたからな、自律神経が弱ってるのかも」
紫月は『大丈夫ですか?』と声を掛けながら親身になって鞠愛を支えていたが、それに対する彼女の反応はごくごく薄いものだった。
「大丈夫……」
蚊の鳴くような声ような声でそれだけ言うと、再び顔を背けてしまった。
「医者に連れて行かなくて平気か?」
鐘崎が訊く傍らで、組員の春日野がすぐに車を呼びますと言ってスマートフォンを取り出した。組からなら歩いてもそう時間は掛からないから車なら本当にすぐだ。
「すぐに車が来ます。おぶりましょう」
気分が悪くなったら遠慮せずに言ってくださいねと声を掛けながら紫月が抱き起こそうとするも、鞠愛は隣にいた鐘崎へと腕を伸ばして、『あなたがおぶって』と言いたげに抱きついてみせた。
ちょうどその時、組から車が到着したものの、さすがにこの河原までは入って来られない。
「遼、お嬢さんをおぶってってくれ。俺は綾さんに言って事務所に来てもらう」
そう言ってスマートフォンを取り出した。
鐘崎組から一之宮道場までは歩いてすぐだ。綾さんというのは紫月の実家の一之宮道場に住み込みで手伝いをしてくれている男で、綾乃木天音という。鐘崎組の専属医としても活躍してくれている男だ。その彼が診れば自分よりは安心だと言って紫月は親身になってくれている。
「すまねえな、紫月。頼む」
「ああ、任せろ! それよかなるべく揺らさねえようにおぶってってくれな」
そんな若頭と姐さんを横目に、車のドアを開けたりと準備をする為、先に遊歩道まで駆け上がった春日野と若い衆であったが、互いに何とも言えない表情で見つめ合ってしまった。
「……ッ! あの女……具合が悪そうには見えねえけどな。もしか仮病じゃねえっスかね?」
若い衆が犬を引きながらそうこぼす。
「――そうかもな」
春日野もまた、ふうと深い溜め息が隠せなかった。
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