極道恋事情

一園木蓮

文字の大きさ
860 / 1,212
紅椿白椿

22

しおりを挟む
 その河原では鐘崎が鞠愛を受け止めながら少々慌てたように顔を覗き込んでいた。
「お嬢さん? どうされました?」
 まるで貧血でも起こしたかのように鐘崎の胸にしがみついたまま瞳を閉じている。
「大丈夫……少し目眩がしただけ。すぐに治るわ」
「ですが……」
「本当に平気よ。たまにこうなるの。珍しいことじゃないから安心して。少しじっとしていれば大丈夫だから」
 このままこうしていてと、胸板に頬を擦り付けながらギュウギュウとしがみついてくる。
「とにかく座りましょう。安静にしないと」
「いいの! 本当に平気……」
 そう言いながらも更に身体を擦り寄せてくる。――と、そこへ若い衆が犬を引き摺りながら追いついて来た。
「若!」
 犬たちは鐘崎の周りでウォンウォンとうるさいほどに野太い声を上げている。
「こら、静かにしねえか。やはり救急車を呼ぼう」
 若い衆に電話をさせようとした時だった。遊歩道の方から紫月が組員の春日野と共にやって来たのに気がついて、鐘崎と若い衆はホッと胸を撫で下ろした。自治会館で川久保老人からの言伝を受けて、帰り際にこちらへと寄ってくれたのだろう。
「遼! どした?」
「紫月! 良かった。お嬢さんが急に具合を悪くされてな」
 紫月は独学だが医療に関しては常人よりも遥かに詳しい。実家の一之宮道場に居た時は綾乃木らと共に鐘崎組の専門医として手術の手助けなどもしていたくらいだからだ。
「急に気分が悪くなった? どれ、ちょっと診せてくれ」
「ああ、頼む」
 鐘崎の手から離され紫月に抱き抱えられた鞠愛は、何故か口惜しそうに眉根を寄せながらそっぽを向いてしまった。
「脈拍が少し早いかな。体温は異常なしだ。このところ急に湿度が上がってきたからな、自律神経が弱ってるのかも」
 紫月は『大丈夫ですか?』と声を掛けながら親身になって鞠愛を支えていたが、それに対する彼女の反応はごくごく薄いものだった。
「大丈夫……」
 蚊の鳴くような声ような声でそれだけ言うと、再び顔を背けてしまった。
「医者に連れて行かなくて平気か?」
 鐘崎が訊く傍らで、組員の春日野がすぐに車を呼びますと言ってスマートフォンを取り出した。組からなら歩いてもそう時間は掛からないから車なら本当にすぐだ。
「すぐに車が来ます。おぶりましょう」
 気分が悪くなったら遠慮せずに言ってくださいねと声を掛けながら紫月が抱き起こそうとするも、鞠愛は隣にいた鐘崎へと腕を伸ばして、『あなたがおぶって』と言いたげに抱きついてみせた。
 ちょうどその時、組から車が到着したものの、さすがにこの河原までは入って来られない。
「遼、お嬢さんをおぶってってくれ。俺は綾さんに言って事務所に来てもらう」
 そう言ってスマートフォンを取り出した。
 鐘崎組から一之宮道場までは歩いてすぐだ。綾さんというのは紫月の実家の一之宮道場に住み込みで手伝いをしてくれている男で、綾乃木天音という。鐘崎組の専属医としても活躍してくれている男だ。その彼が診れば自分よりは安心だと言って紫月は親身になってくれている。
「すまねえな、紫月。頼む」
「ああ、任せろ! それよかなるべく揺らさねえようにおぶってってくれな」
 そんな若頭と姐さんを横目に、車のドアを開けたりと準備をする為、先に遊歩道まで駆け上がった春日野と若い衆であったが、互いに何とも言えない表情で見つめ合ってしまった。
「……ッ! あの女……具合が悪そうには見えねえけどな。もしか仮病じゃねえっスかね?」
 若い衆が犬を引きながらそうこぼす。
「――そうかもな」
 春日野もまた、ふうと深い溜め息が隠せなかった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

処理中です...