極道恋事情

一園木蓮

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紅椿白椿

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 だが、『こんにちは』でもなければ『はじめまして』でもない。鐘崎の背に隠れるようにしながら困ったように視線を泳がせるのみだ。
「辰冨さんのところのお嬢さんですよ。ほら、以前この近くに住んでおられた外交官の。ご主人も覚えてるっしょ? 俺がガキの頃にそこの河川敷で溺れ掛かったのを助けてくださった」
 鐘崎が説明すると、老人も『ああ!』と言って懐かしそうに瞳を見開いた。
「覚えておるとも! あの時のお嬢さん……するってーと鞠愛ちゃんかい! 大きくなりなすったなぁ」
「長期休暇が取れたそうで久しぶりに日本に帰って来られたんですよ。つい先日、お父上と一緒に組を訪ねてくださいましてね」
「おお、そうだったんかい。お父上もお元気かの?」
「え、ええ……お陰様で」
 老人が親しげに話し掛けるも会話はあまり続かない。そんな様子に鐘崎が気を利かせて話を繋いだ。
「ご主人は? これから買い物か何か?」
「いや、わしも自治会館へ向かうトコさ。夕方から防犯パトロールがあるんでの」
 ここの自治会では毎日有志が集まって町内のパトロールをして歩くのが習慣になっているのだ。
「そっか。今年はご主人のところは防犯担当だったっスね。ご苦労様っス! あ、じゃあ自治会館まで一緒に行きましょう」
 どうせ紫月を迎えに行くのだ。一緒にという鐘崎を鞠愛が引き留めた。
「ね、遼二さん。良かったら少し河川敷を散歩したいわ。付き合ってくれないかしら? 久しぶりだから懐かしくて」
 思わず老人と鐘崎は互いに視線を見合わせてしまったものの、場の雰囲気から遠慮すべきと思ったのだろう老人がすぐに引き下がった。
「じゃあわしは先に行っとるさ。気ィつけてな」
「悪いなご主人。そうだ、紫月に会ったら河川敷に寄ると伝えといてくれますか?」
「いいともさ。伝えとくよ」
 川久保老人とはそこで別れた。

 河川敷に着くと鞠愛がゆっくり散歩したいと言うので、犬を若い衆に預けて少し付き合うことになった。
 鞠愛はたいそうご機嫌である。鐘崎の前を歩き、キャッキャとはしゃぎながら、「遼二さんも早く早くー」などと手招きして走る。
「見て! 確かこの辺だったわね。アタシがあなたを助けた場所」
 遊歩道から河原へと向かって駆け降りる。
「お嬢さん、あまり急ぐと危ないですよ。転んだりしたらいけない」
「ふふ、これでも運動神経はいい方よ! 遼二さんも早く来て!」
 そう言ってどんどんと若い衆から遠ざかる。遊歩道の上ではその彼が心配そうな面持ちで二人を見つめていた。
「クソッ! あの女……調子こいてんじゃねえぞ。つか、コイツらいるし……。ああーもう! どうしたらいいってんだ」
 犬を四匹連れながら後を追って駆け降りるべきか、このままここで戻って来るのを待つべきかと焦れる。
 と、そのしばし後だった。突如女が鐘崎に抱きつくように腕の中へとなだれ込んだのを目撃して、さすがに黙っていられずに若い衆は自らも河原へと向かった。
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