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紅椿白椿
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「あらぁ、遼二さん! 偶然ね!」
犬たちを連れている姿を見て嬉しそうに駆け寄って来る。
「ああ、お嬢さんこんにちは。先日はどうも」
「今日はお休み? お散歩に行かれるの?」
「ええ。嫁さんを迎えがてらコイツらを散歩させようと思いまして」
「嫁さん……って、あの紫月さんとかいう……? アタシがあなたを助けてあげた時にも一緒にいたそうね?」
「ええ、お嬢さんも覚えていてくださいましたか!」
「……さあ、もうずっと昔のことだからよく分からないわね……」
鐘崎は『そうですよね』と笑ってみせたが、鞠愛は面白くなさそうな顔つきでいる。
「遼二さんとは幼馴染だとか……。男の人なんでしょ?」
「ええ、そうです」
「それなのに結婚……?」
「ええ。確かに驚かれるかも知れませんが、自分たちにとっては世間一般の夫婦と何ら変わりないと思っていますよ」
「……ふぅん」
犬たちは落ち着きのなく鐘崎の足元で行ったり来たりを繰り返している。何か不穏なものを感じるわけか、低い唸り声まで上げている様子に、鐘崎は『どうどう』と尻を撫でてはしゃがみ込んで二匹を抱き抱えた。万が一にも鞠愛に噛みついたりしたらまずい。鐘崎は犬たちを宥めながらも、危ないですからと言って彼女との距離を取った。
「立派なワンちゃんたちね。アタシのこと警戒してるのかしら?」
「すみません。何せ番犬として飼っているものですから」
鐘崎に撫でられながら犬たちはペロペロと彼の顔を舐めては身体を擦り付けている。
「ふふ、こんなに強面なのに甘えん坊さんね! でも懐かしいわ。アタシも小さい頃は犬を飼っていたもの」
もちろんそれは承知している。その散歩中に辰冨親娘に助けられたわけだからだ。
「ね、ご一緒しても構わないかしら?」
尋ねながらも返事を待つまでもなくすっかりついて歩き始めている。こうなったら仕方がない。追い返すわけにもいかず、鐘崎は犬を引きながら鞠愛と肩を並べて歩き始めた。まあ若い衆もいることだし、自治会館まで行けば紫月とも合流できる。少しくらいは辛抱せねばなるまい。
「お嬢さんも散歩ですか?」
何も喋らないわけにもいかず、当たり障りのない会話を振る。
「ええ、まあ。でも懐かしい街並みだわ。この辺りは子供の頃とあまり変わっていないのね」
「そうですね。駅前なんかはだいぶ開発が進んで様変わりしてしまいましたが」
若い衆はそんな二人の後ろを黙ってついて歩く。彼もまた二匹を連れているので、鞠愛に近づけないようにとの配慮からか少し距離を置いている為、傍から見ればお散歩デートのような感じといえる。気重ながらも若い衆は舌打ちたいのを必死に堪えるのだった。
と、助け舟か。近所のタバコ屋の川久保老人が正面から向かって来るのが見えた。
この老人は鐘崎が小さい頃からの馴染みで、紫月と共によく面倒を見てもらった人の好いお爺さんである。以前、三崎財閥の令嬢が鐘崎に心を寄せた際にも、そのとばっちりで拉致に巻き込まれたこともあったのだが、その時にも鐘崎と紫月の絆をご令嬢の前で話して聞かせたほどで、よくよく理解の深いお人だった。
「おや、遼ちゃん! 散歩かい? 珍しいね。紫月ちゃんは一緒じゃないんかい」
連れ立っている鞠愛を見やりながらそんなふうに声を掛けてきた。
「川久保さん、こんちわっス! あいつは今日は自治会の会合でして。迎えがてらコイツらの散歩をと思いましてね」
犬たちを指差して笑う。
「おや、そうだったのかい。今日はまた綺麗なお嬢さんを連れておいでだ。ご親戚か何かかい?」
にこやかに話し掛けられて、鞠愛も軽く会釈で返した。
犬たちを連れている姿を見て嬉しそうに駆け寄って来る。
「ああ、お嬢さんこんにちは。先日はどうも」
「今日はお休み? お散歩に行かれるの?」
「ええ。嫁さんを迎えがてらコイツらを散歩させようと思いまして」
「嫁さん……って、あの紫月さんとかいう……? アタシがあなたを助けてあげた時にも一緒にいたそうね?」
「ええ、お嬢さんも覚えていてくださいましたか!」
「……さあ、もうずっと昔のことだからよく分からないわね……」
鐘崎は『そうですよね』と笑ってみせたが、鞠愛は面白くなさそうな顔つきでいる。
「遼二さんとは幼馴染だとか……。男の人なんでしょ?」
「ええ、そうです」
「それなのに結婚……?」
「ええ。確かに驚かれるかも知れませんが、自分たちにとっては世間一般の夫婦と何ら変わりないと思っていますよ」
「……ふぅん」
犬たちは落ち着きのなく鐘崎の足元で行ったり来たりを繰り返している。何か不穏なものを感じるわけか、低い唸り声まで上げている様子に、鐘崎は『どうどう』と尻を撫でてはしゃがみ込んで二匹を抱き抱えた。万が一にも鞠愛に噛みついたりしたらまずい。鐘崎は犬たちを宥めながらも、危ないですからと言って彼女との距離を取った。
「立派なワンちゃんたちね。アタシのこと警戒してるのかしら?」
「すみません。何せ番犬として飼っているものですから」
鐘崎に撫でられながら犬たちはペロペロと彼の顔を舐めては身体を擦り付けている。
「ふふ、こんなに強面なのに甘えん坊さんね! でも懐かしいわ。アタシも小さい頃は犬を飼っていたもの」
もちろんそれは承知している。その散歩中に辰冨親娘に助けられたわけだからだ。
「ね、ご一緒しても構わないかしら?」
尋ねながらも返事を待つまでもなくすっかりついて歩き始めている。こうなったら仕方がない。追い返すわけにもいかず、鐘崎は犬を引きながら鞠愛と肩を並べて歩き始めた。まあ若い衆もいることだし、自治会館まで行けば紫月とも合流できる。少しくらいは辛抱せねばなるまい。
「お嬢さんも散歩ですか?」
何も喋らないわけにもいかず、当たり障りのない会話を振る。
「ええ、まあ。でも懐かしい街並みだわ。この辺りは子供の頃とあまり変わっていないのね」
「そうですね。駅前なんかはだいぶ開発が進んで様変わりしてしまいましたが」
若い衆はそんな二人の後ろを黙ってついて歩く。彼もまた二匹を連れているので、鞠愛に近づけないようにとの配慮からか少し距離を置いている為、傍から見ればお散歩デートのような感じといえる。気重ながらも若い衆は舌打ちたいのを必死に堪えるのだった。
と、助け舟か。近所のタバコ屋の川久保老人が正面から向かって来るのが見えた。
この老人は鐘崎が小さい頃からの馴染みで、紫月と共によく面倒を見てもらった人の好いお爺さんである。以前、三崎財閥の令嬢が鐘崎に心を寄せた際にも、そのとばっちりで拉致に巻き込まれたこともあったのだが、その時にも鐘崎と紫月の絆をご令嬢の前で話して聞かせたほどで、よくよく理解の深いお人だった。
「おや、遼ちゃん! 散歩かい? 珍しいね。紫月ちゃんは一緒じゃないんかい」
連れ立っている鞠愛を見やりながらそんなふうに声を掛けてきた。
「川久保さん、こんちわっス! あいつは今日は自治会の会合でして。迎えがてらコイツらの散歩をと思いましてね」
犬たちを指差して笑う。
「おや、そうだったのかい。今日はまた綺麗なお嬢さんを連れておいでだ。ご親戚か何かかい?」
にこやかに話し掛けられて、鞠愛も軽く会釈で返した。
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