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紅椿白椿
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組員たちも小川の言っていることは満更でもないと感じている者が多いのだろう。誰もが清水と共にその通りだとうなずいてみせる。と、そこへ鞠愛を見送った鐘崎が戻って来た。泰造はすかさず小川の首根っこを掴みながら駆け寄っては平身低頭で謝罪を口にした。
「若……先程はとんだご無礼を……。コイツにもよく言って聞かせますんでどうかご勘弁くだせえ」
小川の頭を押さえながら、お前も謝罪しろと土下座の勢いだ。
「親方、頭を上げてくれ。謝るのは俺の方だ。小川にも嫌な思いをさせてしまった」
鐘崎の存外素直な言葉に誰もが驚き顔でいたが、心の中ではやはり我々の若頭はよく分かってくださっていると誇らしげに安堵の表情を浮かべる。ここで鞠愛の肩を持って小川を詰るような若頭でないことが嬉しいのだ。
当の小川もまた然りで、ホッとしたような表情を浮かべてはみたものの、そんな若頭だからこそ伝えたいことがあるといったふうにとんでもないことを口にしてみせた。
「若さんは……本当はどう思ってらっしゃるんスか?」
鐘崎はわずか眉根を寄せながらも首を傾げた。
「どう……と言うと?」
「姐さんのことです。若さんにとって姐さんはこの世で一番大事なお人なンしょ? なのに何であんな女に好きにさせてるんス」
「…………好きにさせているつもりはないが、あのお嬢さんには少々恩があるのでな」
「知ってます……。命の恩人だってんでしょ?」
「――そうだ。確かに少々行き過ぎた感はあろうが、あまり邪険にもできんのだ」
「そりゃ……分からねえでもねっスよ。俺、俺は……ただの庭師で、俺なんかが口出しすることじゃねえってのも分かってます。けど、辛いっス! 命の恩人ってのをいいことに、まるで若さんのこと恋人同然みてえにベタベタしたり……あわよくばてめえが姐さんの立場を掻っ攫おうなんて勢いじゃないスか! そういうの、見てて腹立つっス! 若さんがあの女に気がねえってのと正直困ってらっしゃるのは見てて感じるっス。けど、姐さんはどうスか? 姐さんだって口じゃ何も言わねえのかも知れませんけど、心ン中じゃモヤってんじゃないっスか? つか……俺が姐さんの立場だったら我慢ならねっス! 何で若さんはあの女にビシッと言ってやらねえんです!」
正論も正論、誰もが心の中にあることを代弁してぶちまけた小川に、一瞬場が静まり返る。が、いかに正論であっても言っていいことではない。すかさず清水が制止に入った。
「小川! 口を慎め」
だが小川は止まらないようだ。
「いいえ、慎まねえっス! 若さんに訊きたいっス! もしも立場が逆だったらどうっスか? 姐さんの命の恩人ってのが突然訪ねて来て、あんたのことを助けてやったんだからっつって毎日のようにベタベタしてきたら……若さんはそれでも当然だって笑ってるスか? 助けてもらったんだから相手の気の済むまで付き合ってやれって言いますか? そんなんしてる内に姐さんを掻っ攫われちまったらどうです? それでも黙ってるつもりスか!」
「駈飛ッ! やめんか、駈飛!」
泰造が小川の腕を引っ張るも、完全には抑えきれないでいる。というのも、泰造とて心のどこかで小川の言うことも理解できないではないといった感情が少なからずあるからなのだろう。本来ならばそれこそ殴ってでも止めるべきなのだろうが、そこまでできずにいること自体が泰造の胸の内を物語ってもいた。小川もまた、親方に掴まれた腕を振り切る勢いで続けた。
「俺が若さんだったら姐さんにそんな思いはぜってえさせねえッ! あんな綺麗で……心が広くて優しい姐さんを……泣かせるような真似はぜってえしねえ! 若さんがこのまんま腑抜けでいるんだったら俺が姐さんをもらいます! それでもいいンスかッ!」
「小川ッ! いい加減にしねえかッ!」
さすがに清水が駆け寄って胸ぐらを掴み上げた時だった。
「よせ!」
鐘崎が清水をとめた。
「よせ、清水。いいんだ。小川の言う通りだ」
「ですが、若……」
「彼の言ってることは間違っていない」
放してやれと顎先で合図をすると、清水もまた眉をしかめながらも掴んでいた胸ぐらから手を引いた。
と、その時だった。中庭を囲む廊下の端から紫月がひょっこりと顔を出したのに、その場の誰もがいっせいにそちらを振り返った。
◇ ◇ ◇
「若……先程はとんだご無礼を……。コイツにもよく言って聞かせますんでどうかご勘弁くだせえ」
小川の頭を押さえながら、お前も謝罪しろと土下座の勢いだ。
「親方、頭を上げてくれ。謝るのは俺の方だ。小川にも嫌な思いをさせてしまった」
鐘崎の存外素直な言葉に誰もが驚き顔でいたが、心の中ではやはり我々の若頭はよく分かってくださっていると誇らしげに安堵の表情を浮かべる。ここで鞠愛の肩を持って小川を詰るような若頭でないことが嬉しいのだ。
当の小川もまた然りで、ホッとしたような表情を浮かべてはみたものの、そんな若頭だからこそ伝えたいことがあるといったふうにとんでもないことを口にしてみせた。
「若さんは……本当はどう思ってらっしゃるんスか?」
鐘崎はわずか眉根を寄せながらも首を傾げた。
「どう……と言うと?」
「姐さんのことです。若さんにとって姐さんはこの世で一番大事なお人なンしょ? なのに何であんな女に好きにさせてるんス」
「…………好きにさせているつもりはないが、あのお嬢さんには少々恩があるのでな」
「知ってます……。命の恩人だってんでしょ?」
「――そうだ。確かに少々行き過ぎた感はあろうが、あまり邪険にもできんのだ」
「そりゃ……分からねえでもねっスよ。俺、俺は……ただの庭師で、俺なんかが口出しすることじゃねえってのも分かってます。けど、辛いっス! 命の恩人ってのをいいことに、まるで若さんのこと恋人同然みてえにベタベタしたり……あわよくばてめえが姐さんの立場を掻っ攫おうなんて勢いじゃないスか! そういうの、見てて腹立つっス! 若さんがあの女に気がねえってのと正直困ってらっしゃるのは見てて感じるっス。けど、姐さんはどうスか? 姐さんだって口じゃ何も言わねえのかも知れませんけど、心ン中じゃモヤってんじゃないっスか? つか……俺が姐さんの立場だったら我慢ならねっス! 何で若さんはあの女にビシッと言ってやらねえんです!」
正論も正論、誰もが心の中にあることを代弁してぶちまけた小川に、一瞬場が静まり返る。が、いかに正論であっても言っていいことではない。すかさず清水が制止に入った。
「小川! 口を慎め」
だが小川は止まらないようだ。
「いいえ、慎まねえっス! 若さんに訊きたいっス! もしも立場が逆だったらどうっスか? 姐さんの命の恩人ってのが突然訪ねて来て、あんたのことを助けてやったんだからっつって毎日のようにベタベタしてきたら……若さんはそれでも当然だって笑ってるスか? 助けてもらったんだから相手の気の済むまで付き合ってやれって言いますか? そんなんしてる内に姐さんを掻っ攫われちまったらどうです? それでも黙ってるつもりスか!」
「駈飛ッ! やめんか、駈飛!」
泰造が小川の腕を引っ張るも、完全には抑えきれないでいる。というのも、泰造とて心のどこかで小川の言うことも理解できないではないといった感情が少なからずあるからなのだろう。本来ならばそれこそ殴ってでも止めるべきなのだろうが、そこまでできずにいること自体が泰造の胸の内を物語ってもいた。小川もまた、親方に掴まれた腕を振り切る勢いで続けた。
「俺が若さんだったら姐さんにそんな思いはぜってえさせねえッ! あんな綺麗で……心が広くて優しい姐さんを……泣かせるような真似はぜってえしねえ! 若さんがこのまんま腑抜けでいるんだったら俺が姐さんをもらいます! それでもいいンスかッ!」
「小川ッ! いい加減にしねえかッ!」
さすがに清水が駆け寄って胸ぐらを掴み上げた時だった。
「よせ!」
鐘崎が清水をとめた。
「よせ、清水。いいんだ。小川の言う通りだ」
「ですが、若……」
「彼の言ってることは間違っていない」
放してやれと顎先で合図をすると、清水もまた眉をしかめながらも掴んでいた胸ぐらから手を引いた。
と、その時だった。中庭を囲む廊下の端から紫月がひょっこりと顔を出したのに、その場の誰もがいっせいにそちらを振り返った。
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