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紅椿白椿
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「たーだいまぁ……っと。どーした、皆んなででっけえ声出して」
大きな瞳をクリクリとさせながら首を傾げてみせる。彼の後ろからは周と冰、それに姐さん側付きの春日野も顔を出し、ひとまずは緊張状態が中断されたことに誰もがホウーっと深い溜め息を落とす。
「自治会から帰ってきたらさ、玄関トコでちょうど冰君たちと会ってな」
紫月はケーキの箱を掲げながらにこやかな笑顔を見せる。
「今日はさ、皆んなにもバームクーヘンをたくさん戴いたぜ!」
例のラウンジで冰らが買ってきてくれたものだ。ケーキは生物の為、紫月への差し入れだが、いつも周らがここを訪れる時には組員たちにもたくさんの心付けを欠かさないでいてくれる。時間が経っても食べやすく、分けやすい個包装のクッキーや煎餅、饅頭などの茶菓子をたんまりと持参してくれるのだ。
紫月も、そして周らも特に変わりない様子でいることから、鞠愛とは鉢合わせなくて済んだようだ。ちょうど彼女が帰った直後に到着したのだろうが、それだけは良かったと思う一同だった。
しかしながら小川たちが声を張り上げているのは分かったようで、紫月もまた、中庭の方から怒鳴り合いのような声が聞こえてくるのに気がついていたのだろう。まるで場の雰囲気を和ませるように穏やかな笑顔で皆を見渡す。その姿を目にしただけで、組員たちはまるで救世主でも見るかのような顔つきになっていった。中には涙を堪えるような表情をしている者も見受けられたくらいだ。
そう、自分たちの姐さんはあなた一人であって、誰にもその代わりなど出来得ないといったように紫月を見つめる。今しがた小川が例えた言葉を借りるわけではないが、万が一にも鞠愛のような娘に姐さんの立場を取って代わられたらと想像すれば、虫唾の走る思いがするからだ。
「姐さん! お帰りなさいやし!」
「自治会のお勤めご苦労様でございやす!」
「周様ご夫妻にも――我々にまでいつも多大なるお心遣い感謝いたしやす!」
野太い声が庭中に響き渡り、いつにも増して全員がビシッと腰を九十度に折りながら自分たちの姐さんとその友人を出迎える。その様からは姐さんが誰かということを目に見える形で認識したいという組員たちの内心が窺えるようでもあった。
「お、おう! 皆んなもお疲れなぁ!」
紫月は半ば驚きながらもいつもと変わらず労いの言葉を掛ける。その声を、その笑顔を感じただけで、誰もがその帰りを切望していたような顔つきを見せていた。
あなたがいいんです。あなたが姐さんだから、俺たちはついていけるんです。
朗らかであったかくて、誰に対しても思いやりにあふれてる……。
若頭の姐という高い立場にいながらも決して驕らず威張ることもしない。常にフレンドリーに接してくれて、近所の爺ちゃん婆ちゃんとも仲がいい。まるで本当の孫のように可愛がられてる。
町内会の子供たちにも優しく、自分たち組員に対しても分け隔てなく家族のように親身に接してくれる。
そんなあなただから俺たちは姐さんと呼ぶんです。そんなあなたの為ならば、いくらでもこの身を賭して闘えるんです。
あなたと、あなたを何より大切にしている若頭の――そんな仲睦まじいお二人と共に生きていきたいんです!
組員たち全員の表情からはそんな思いが滲み出ているかのようだった。
「姐さん……お帰りなさいやし。周様も……ようこそいらっしゃいませ」
気を利かせた清水がすぐに周らを案内すると同時に、この場は一旦お開きとなったのだった。
◇ ◇ ◇
大きな瞳をクリクリとさせながら首を傾げてみせる。彼の後ろからは周と冰、それに姐さん側付きの春日野も顔を出し、ひとまずは緊張状態が中断されたことに誰もがホウーっと深い溜め息を落とす。
「自治会から帰ってきたらさ、玄関トコでちょうど冰君たちと会ってな」
紫月はケーキの箱を掲げながらにこやかな笑顔を見せる。
「今日はさ、皆んなにもバームクーヘンをたくさん戴いたぜ!」
例のラウンジで冰らが買ってきてくれたものだ。ケーキは生物の為、紫月への差し入れだが、いつも周らがここを訪れる時には組員たちにもたくさんの心付けを欠かさないでいてくれる。時間が経っても食べやすく、分けやすい個包装のクッキーや煎餅、饅頭などの茶菓子をたんまりと持参してくれるのだ。
紫月も、そして周らも特に変わりない様子でいることから、鞠愛とは鉢合わせなくて済んだようだ。ちょうど彼女が帰った直後に到着したのだろうが、それだけは良かったと思う一同だった。
しかしながら小川たちが声を張り上げているのは分かったようで、紫月もまた、中庭の方から怒鳴り合いのような声が聞こえてくるのに気がついていたのだろう。まるで場の雰囲気を和ませるように穏やかな笑顔で皆を見渡す。その姿を目にしただけで、組員たちはまるで救世主でも見るかのような顔つきになっていった。中には涙を堪えるような表情をしている者も見受けられたくらいだ。
そう、自分たちの姐さんはあなた一人であって、誰にもその代わりなど出来得ないといったように紫月を見つめる。今しがた小川が例えた言葉を借りるわけではないが、万が一にも鞠愛のような娘に姐さんの立場を取って代わられたらと想像すれば、虫唾の走る思いがするからだ。
「姐さん! お帰りなさいやし!」
「自治会のお勤めご苦労様でございやす!」
「周様ご夫妻にも――我々にまでいつも多大なるお心遣い感謝いたしやす!」
野太い声が庭中に響き渡り、いつにも増して全員がビシッと腰を九十度に折りながら自分たちの姐さんとその友人を出迎える。その様からは姐さんが誰かということを目に見える形で認識したいという組員たちの内心が窺えるようでもあった。
「お、おう! 皆んなもお疲れなぁ!」
紫月は半ば驚きながらもいつもと変わらず労いの言葉を掛ける。その声を、その笑顔を感じただけで、誰もがその帰りを切望していたような顔つきを見せていた。
あなたがいいんです。あなたが姐さんだから、俺たちはついていけるんです。
朗らかであったかくて、誰に対しても思いやりにあふれてる……。
若頭の姐という高い立場にいながらも決して驕らず威張ることもしない。常にフレンドリーに接してくれて、近所の爺ちゃん婆ちゃんとも仲がいい。まるで本当の孫のように可愛がられてる。
町内会の子供たちにも優しく、自分たち組員に対しても分け隔てなく家族のように親身に接してくれる。
そんなあなただから俺たちは姐さんと呼ぶんです。そんなあなたの為ならば、いくらでもこの身を賭して闘えるんです。
あなたと、あなたを何より大切にしている若頭の――そんな仲睦まじいお二人と共に生きていきたいんです!
組員たち全員の表情からはそんな思いが滲み出ているかのようだった。
「姐さん……お帰りなさいやし。周様も……ようこそいらっしゃいませ」
気を利かせた清水がすぐに周らを案内すると同時に、この場は一旦お開きとなったのだった。
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