886 / 1,212
紅椿白椿
48
しおりを挟む
しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのは紫月の父親の飛燕だった。
「いいんじゃねえか。お前たちの気持ちはよく分かっているつもりだ。遼二坊と紫月がそうしたいと思うのならば私に異存はないよ」
そう言いながら隣の僚一を見やる。
「僚一、お前さんはどうだ」
「ああ。飛燕がそう言うのなら俺も異存はない」
父親たちの言葉を受けて鐘崎と紫月は大きな瞳を見開いては対面の親たちを見上げた。
「深いご理解をいただき感謝いたします」
「ありがとうございます!」
二人は今一度畳に手をついて深々と頭を下げた。
「では早速に彫り師を手配せねばならんな。遼二坊のを彫ってくれたのはウチの綾乃木君のお父上だったな?」
実はそうなのだ。綾乃木天音とは元々僚一からの伝手で知り合い、道場を手伝ってもらうことになったわけだが、その伝手というのは綾乃木の父親に鐘崎の紅椿を彫ってもらった縁から来ているのだった。
その綾乃木といえば無免許ながら凄腕の医師であるのは皆承知だが、彼の父親はその道一本の彫り師である。裏の世界ではよくよく名の知れた名門処で、鐘崎組とも昔から縁のある人物だった。
「天音君の親父殿は京都にお住まいだったな。彫り物の範囲にもよるが、遼二のと対にするというなら結構な大仕事だぞ」
鐘崎の紅椿は肩から胸、それに腕にかけても入っている。まあ周焔のように背中全面というわけではないから、それよりは規模が小さいものの、冰の肩に入っているような小さい白蘭よりは格段に広範囲となるだろう。体力的にはもちろんのこと、時間的にもかなりの日数を費やすことが予想される。
「天音君の親父殿に関東へいらしてもらうという手もあるが、我々より少々ご高齢だしな。長期間拘束するとなると難しいかも知れん。やはり紫月が京都へ出向いて彫ってもらうのが筋か……」
「だが、遼二坊からしたら気が気でないんじゃねえか? どんなに急いでもひと月そこらは掛かるだろうが」
その間、紫月一人を京都へやったままで鐘崎が耐えられるのかと飛燕が笑う。鐘崎の紫月に対する愛情の深さは傍で見ていても明らかだ。独占欲も当然強い上に心配性な性質をよくよく分かっているからこその言葉なのだ。
「ふむ、まあ我が組としても若頭と姐さんが揃って長期不在となると、さすがに厳しいところではあるな。俺と源さんがいるから大丈夫だと言ってやりたいところだが、俺の方はいつ海外からの依頼が入らんとも限らんからな。遼二には留守番として組に居てもらわにゃならんか……」
どうしたものかと思っていたところへ当の綾乃木がお茶を持ってやって来た。
「すみません、不躾ながらお話が聞こえてしまったもので恐縮です。もしもよろしければ僭越ながら私にやらせてはいただけないでしょうか」
「天音君、キミがかね?」
「はい。元々私は父の後を継いで彫り師になれと言われていたのですが、医学の方に興味が出てしまいまして、勝手をした身です」
医大へ行き学問を積んだものの医師免許を取らなかったのは、裏の世界とは切っても切れない親密な関係にある父親の影響であったらしい。
「いいんじゃねえか。お前たちの気持ちはよく分かっているつもりだ。遼二坊と紫月がそうしたいと思うのならば私に異存はないよ」
そう言いながら隣の僚一を見やる。
「僚一、お前さんはどうだ」
「ああ。飛燕がそう言うのなら俺も異存はない」
父親たちの言葉を受けて鐘崎と紫月は大きな瞳を見開いては対面の親たちを見上げた。
「深いご理解をいただき感謝いたします」
「ありがとうございます!」
二人は今一度畳に手をついて深々と頭を下げた。
「では早速に彫り師を手配せねばならんな。遼二坊のを彫ってくれたのはウチの綾乃木君のお父上だったな?」
実はそうなのだ。綾乃木天音とは元々僚一からの伝手で知り合い、道場を手伝ってもらうことになったわけだが、その伝手というのは綾乃木の父親に鐘崎の紅椿を彫ってもらった縁から来ているのだった。
その綾乃木といえば無免許ながら凄腕の医師であるのは皆承知だが、彼の父親はその道一本の彫り師である。裏の世界ではよくよく名の知れた名門処で、鐘崎組とも昔から縁のある人物だった。
「天音君の親父殿は京都にお住まいだったな。彫り物の範囲にもよるが、遼二のと対にするというなら結構な大仕事だぞ」
鐘崎の紅椿は肩から胸、それに腕にかけても入っている。まあ周焔のように背中全面というわけではないから、それよりは規模が小さいものの、冰の肩に入っているような小さい白蘭よりは格段に広範囲となるだろう。体力的にはもちろんのこと、時間的にもかなりの日数を費やすことが予想される。
「天音君の親父殿に関東へいらしてもらうという手もあるが、我々より少々ご高齢だしな。長期間拘束するとなると難しいかも知れん。やはり紫月が京都へ出向いて彫ってもらうのが筋か……」
「だが、遼二坊からしたら気が気でないんじゃねえか? どんなに急いでもひと月そこらは掛かるだろうが」
その間、紫月一人を京都へやったままで鐘崎が耐えられるのかと飛燕が笑う。鐘崎の紫月に対する愛情の深さは傍で見ていても明らかだ。独占欲も当然強い上に心配性な性質をよくよく分かっているからこその言葉なのだ。
「ふむ、まあ我が組としても若頭と姐さんが揃って長期不在となると、さすがに厳しいところではあるな。俺と源さんがいるから大丈夫だと言ってやりたいところだが、俺の方はいつ海外からの依頼が入らんとも限らんからな。遼二には留守番として組に居てもらわにゃならんか……」
どうしたものかと思っていたところへ当の綾乃木がお茶を持ってやって来た。
「すみません、不躾ながらお話が聞こえてしまったもので恐縮です。もしもよろしければ僭越ながら私にやらせてはいただけないでしょうか」
「天音君、キミがかね?」
「はい。元々私は父の後を継いで彫り師になれと言われていたのですが、医学の方に興味が出てしまいまして、勝手をした身です」
医大へ行き学問を積んだものの医師免許を取らなかったのは、裏の世界とは切っても切れない親密な関係にある父親の影響であったらしい。
21
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる