928 / 1,212
春遠からじ
5
しおりを挟む
思った通り紫月はとても喜んでくれているし、そんな彼の笑顔の側で鐘崎も嬉しそうに穏やかな表情を見せている。少しでもホッとできるひと時になればと願う周だった。
もちろんその思いを鐘崎自身も感じてくれているのだろう、相変わらずに仲の良い嫁たちを横目にしながら、ポツリと礼を述べた。
「すまねえな、氷川――」
いろいろ気を遣わせちまって――短い言葉の中にも心がこもっている。鐘崎にとってこの四人で過ごせるひと時は気負わずにいられる安寧の時間なのだろう。事件以前の素の彼が垣間見えるようで、周もまた安堵の思いがしていた。
「どうだ、カネ。世間じゃそろそろ夏の長期休暇の時期だからな。うちの社も盆休みに入る。今年は義姉貴も出産前だし、見舞いがてら香港の実家に顔を出そうと思っているんだが、お前らも一緒にどうかと思ってな」
周の誘いに鐘崎はわずか驚いたようにして顔を上げた。
「――香港か。うちの組も盆休みは毎年取っているが――。組員たちにも盆暮れくらいは実家に帰してやらなきゃいけねえし」
「おめえらは何か予定を入れてるのか?」
「いや――今のところ特にはまだ」
「だったら一緒に来ねえか。たまにゃ羽を伸ばすのも悪くねえだろうが」
「――そうだな。休み中ずっと家に篭りきりじゃ紫月も気の毒だ」
「だったら決まりだ。ウチのジェットを出すから一緒にどうだ」
なんだったら源次郎氏なども誘って――という周の気遣いに、鐘崎は素直に嬉しく思うのだった。
「ああ、じゃあ言葉に甘えさせてもらうか」
そう言うと紫月らを呼んで香港行きを打ち明けた。嫁たちが喜んだのは言うまでもない。
そうして盆休みには香港へと小旅行に行くことが決まった。仕事絡みではないので、久しぶりにのんびりと過ごせそうだ。周も冰も鐘崎らにとって少しでも息抜きになればと思うのだった。
結局、周らの方では李と劉、それに執事の真田と医師の鄧も同行することとなった。真田以外は皆香港に実家があるし、たまの里帰りも悪くない。真田としても元々は周の実母の家の執事だったこともあり、長年仕えた周の母親・あゆみに会えるのも楽しみのひとつなのだ。
鐘崎組からは源次郎が同行し、父の僚一が留守番を引き受けてくれた。仮に香港で不測の事態が起こったとしても、周ファミリーの本拠地だ。僚一としても安心して息子たちを送り出すことができるわけである。
そうして一行は香港へと旅立っていったのだった。
もちろんその思いを鐘崎自身も感じてくれているのだろう、相変わらずに仲の良い嫁たちを横目にしながら、ポツリと礼を述べた。
「すまねえな、氷川――」
いろいろ気を遣わせちまって――短い言葉の中にも心がこもっている。鐘崎にとってこの四人で過ごせるひと時は気負わずにいられる安寧の時間なのだろう。事件以前の素の彼が垣間見えるようで、周もまた安堵の思いがしていた。
「どうだ、カネ。世間じゃそろそろ夏の長期休暇の時期だからな。うちの社も盆休みに入る。今年は義姉貴も出産前だし、見舞いがてら香港の実家に顔を出そうと思っているんだが、お前らも一緒にどうかと思ってな」
周の誘いに鐘崎はわずか驚いたようにして顔を上げた。
「――香港か。うちの組も盆休みは毎年取っているが――。組員たちにも盆暮れくらいは実家に帰してやらなきゃいけねえし」
「おめえらは何か予定を入れてるのか?」
「いや――今のところ特にはまだ」
「だったら一緒に来ねえか。たまにゃ羽を伸ばすのも悪くねえだろうが」
「――そうだな。休み中ずっと家に篭りきりじゃ紫月も気の毒だ」
「だったら決まりだ。ウチのジェットを出すから一緒にどうだ」
なんだったら源次郎氏なども誘って――という周の気遣いに、鐘崎は素直に嬉しく思うのだった。
「ああ、じゃあ言葉に甘えさせてもらうか」
そう言うと紫月らを呼んで香港行きを打ち明けた。嫁たちが喜んだのは言うまでもない。
そうして盆休みには香港へと小旅行に行くことが決まった。仕事絡みではないので、久しぶりにのんびりと過ごせそうだ。周も冰も鐘崎らにとって少しでも息抜きになればと思うのだった。
結局、周らの方では李と劉、それに執事の真田と医師の鄧も同行することとなった。真田以外は皆香港に実家があるし、たまの里帰りも悪くない。真田としても元々は周の実母の家の執事だったこともあり、長年仕えた周の母親・あゆみに会えるのも楽しみのひとつなのだ。
鐘崎組からは源次郎が同行し、父の僚一が留守番を引き受けてくれた。仮に香港で不測の事態が起こったとしても、周ファミリーの本拠地だ。僚一としても安心して息子たちを送り出すことができるわけである。
そうして一行は香港へと旅立っていったのだった。
19
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる