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倒産の罠
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「え――? 倒産……ッ!?」
元々大きな瞳を更にまん丸く見開いて、冰は大口を開けたまま固まってしまった。汐留の社長室でのことだ。
「……倒産って……それ、本当なの白龍……」
愛しき伴侶の問いに、周はわずか苦そうにうなずいてみせた。
「本当だ。正しくは乗っ取られたといった方が正しいが――」
さすがの周も日本語が曖昧になるほどの由々しき事態だ。
「どうしてそんな……乗っ取られたって……いったい誰に」
冰はとてもじゃないが信じられないでいるらしい。
「このところ巷で横行している詐欺集団だ。中堅から割合大手といわれている企業が軒並み引っ掛けられている。うちもそれにまんまとやられたということだ」
「まさかそんな……」
周は大学在学中からこの仕事に携わり、腕一本でここまで大きく発展させてきたやり手だ。むろんのこと香港の父親からのバックアップも大きいとはいえ、日本で本格的に起業してからは、ほぼ自分の力量だけで社を大きくしてきたのだ。
表の経営だけではない。マフィアの頂点に立つ父親の下、生まれた時からどっぷりと裏の世界で酸いも甘いもを体験し、見聞きしながら育ってきた精鋭である。そんな彼がいとも簡単に詐欺集団などに引っ掛かるだろうか。冰はそう思いながらも、驚きを抑えられずにいた。
「急なことだが、社だけではなく今の住まいもすべてがヤツらの手に渡る。今週中にはツインタワーの邸も出ていかなければならなくなった」
ますます驚愕な話である。今週中というが、今は週後半に入ったばかり。つまりはもうあと二、三日しか猶予がないということだ。
「出て行くって……」
「当面はカネの邸に身を寄せさせてもらえるようになった。新しい住処が決まり次第、またすぐに引っ越すことになろう」
周はすまないと言って机に手をついたまま、下げた頭を上げられずに身を震わせた。
「お前にも苦労を掛けちまう……」
「白龍……ううん、俺は全然! 白龍と一緒にいられるならどんな所だっていいよ。ただ……社員さんたちはどうなるのかなって……」
冰にとって気掛かりなのは、自分たちの今後ではなく社員たちの生活のことのようだ。
「倒産といっても実際は乗っ取られただけだからな。経営陣が変わるだけで、社員たちにはこれまで通りに勤めてもらえる。正直なところ、上が変わったことすら知らずに勤める者が殆どだろう。報酬も極端な減棒などにならないようにと新しい経営陣に約束させた」
つまり、このまま社に残りたいと言ってくれる者には、今までと何ら変わりのない生活が保証されるということのようだ。
「そっか、良かった……。だったらひとまずのところ安心だけど」
ホッと肩を下ろした冰に、周は胸の熱くなる思いを抑えられなかった。
自分のことよりも社員たちの今後を即座に考えてくれること、そして何よりもすべてを失う自分を見限ることなく、当然といったふうにこれからも共に暮らしてくれるという意思。白龍と一緒にいられるならどこだって構わない――そう言ってくれる冰の気持ちが周には何よりも嬉しかった。
すまねえ、冰――。
お前にさえ本当のことを言えずに苦労を掛ける。
だが分かってくれ。これは極秘任務、例えこの世で唯一無二のお前にさえ云えないシークレットミッションなんだ……!
同じ頃、鐘崎の方でも似たような思いに苦さを噛み締めていた。
周と鐘崎、そしてごく近しい側近の者たちにしか共有が許されない極秘の任務――。
男たちの孤独な闘いが幕を上げようとしていた。
元々大きな瞳を更にまん丸く見開いて、冰は大口を開けたまま固まってしまった。汐留の社長室でのことだ。
「……倒産って……それ、本当なの白龍……」
愛しき伴侶の問いに、周はわずか苦そうにうなずいてみせた。
「本当だ。正しくは乗っ取られたといった方が正しいが――」
さすがの周も日本語が曖昧になるほどの由々しき事態だ。
「どうしてそんな……乗っ取られたって……いったい誰に」
冰はとてもじゃないが信じられないでいるらしい。
「このところ巷で横行している詐欺集団だ。中堅から割合大手といわれている企業が軒並み引っ掛けられている。うちもそれにまんまとやられたということだ」
「まさかそんな……」
周は大学在学中からこの仕事に携わり、腕一本でここまで大きく発展させてきたやり手だ。むろんのこと香港の父親からのバックアップも大きいとはいえ、日本で本格的に起業してからは、ほぼ自分の力量だけで社を大きくしてきたのだ。
表の経営だけではない。マフィアの頂点に立つ父親の下、生まれた時からどっぷりと裏の世界で酸いも甘いもを体験し、見聞きしながら育ってきた精鋭である。そんな彼がいとも簡単に詐欺集団などに引っ掛かるだろうか。冰はそう思いながらも、驚きを抑えられずにいた。
「急なことだが、社だけではなく今の住まいもすべてがヤツらの手に渡る。今週中にはツインタワーの邸も出ていかなければならなくなった」
ますます驚愕な話である。今週中というが、今は週後半に入ったばかり。つまりはもうあと二、三日しか猶予がないということだ。
「出て行くって……」
「当面はカネの邸に身を寄せさせてもらえるようになった。新しい住処が決まり次第、またすぐに引っ越すことになろう」
周はすまないと言って机に手をついたまま、下げた頭を上げられずに身を震わせた。
「お前にも苦労を掛けちまう……」
「白龍……ううん、俺は全然! 白龍と一緒にいられるならどんな所だっていいよ。ただ……社員さんたちはどうなるのかなって……」
冰にとって気掛かりなのは、自分たちの今後ではなく社員たちの生活のことのようだ。
「倒産といっても実際は乗っ取られただけだからな。経営陣が変わるだけで、社員たちにはこれまで通りに勤めてもらえる。正直なところ、上が変わったことすら知らずに勤める者が殆どだろう。報酬も極端な減棒などにならないようにと新しい経営陣に約束させた」
つまり、このまま社に残りたいと言ってくれる者には、今までと何ら変わりのない生活が保証されるということのようだ。
「そっか、良かった……。だったらひとまずのところ安心だけど」
ホッと肩を下ろした冰に、周は胸の熱くなる思いを抑えられなかった。
自分のことよりも社員たちの今後を即座に考えてくれること、そして何よりもすべてを失う自分を見限ることなく、当然といったふうにこれからも共に暮らしてくれるという意思。白龍と一緒にいられるならどこだって構わない――そう言ってくれる冰の気持ちが周には何よりも嬉しかった。
すまねえ、冰――。
お前にさえ本当のことを言えずに苦労を掛ける。
だが分かってくれ。これは極秘任務、例えこの世で唯一無二のお前にさえ云えないシークレットミッションなんだ……!
同じ頃、鐘崎の方でも似たような思いに苦さを噛み締めていた。
周と鐘崎、そしてごく近しい側近の者たちにしか共有が許されない極秘の任務――。
男たちの孤独な闘いが幕を上げようとしていた。
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