極道恋事情

一園木蓮

文字の大きさ
971 / 1,212
倒産の罠

しおりを挟む
 鐘崎組に着くと、紫月が玄関口で首を長くしたようにしながら待っていた。
「紫月さん……! お世話になります」
「冰君! よく来てくれたな!」
 紫月もまた、本当のことを知らされていない。周のことはもちろんだが、何を置いてもこの冰の身の上を我が事のように思ってか、彼が車を降りたと同時に抱き締めた。
「冰君、なんも心配はいらねえ! 自分の家だと思って自由にしてな!」
「紫月さん、ありがとうございます」
「真田さんも! 要る物とか用事があれば、些細なことでもいいっす。遠慮なく言ってください!」
 荷物を持ちましょうと言って、紫月は真田の手から大きな鞄をもらい受けた。
「紫月さん、お世話をお掛けします」
「いえ、とんでもねえ!」
 そこへ鐘崎もやって来て、まずはこれから厄介になる部屋へと案内された。
「うわぁ……素敵なお部屋」
 周と冰が泊めてもらうのは広々とした洋室であった。来客用に設られたその部屋は、バスルームなども完備されていて、ホテルのような感覚だ。真田には同じくバスルーム付きの和室が用意されていた。周らの部屋と隣同士である。急にすべてを失った彼らに少しでも明るい気持ちになってもらえるようにと、紫月が心を込めて掃除からベッド周りの設えまで準備したものだ。
「ありがとうございます……何から何まで……」
 丁寧に頭を下げる冰の傍らで、周もまた心からの礼を述べたのだった。
「カネ、一之宮、すまねえな。世話になる」
「構わん。気を遣わねえでくれることが一番だ。真田氐も冰も我が家と思って寛いでくれ」
「はい……ありがとうございます。本当に……」
 その後、軽く荷解きを済ませてから、周は早速にこれから住むアパートの契約に取り掛かった。
「住処はこの周辺でいくつか見繕っておいた。冰の仕事先は紫月が既に話を通してくれている。午後から案内させてもらうな」
 組事務所に移動して、鐘崎から資料を受け取る。
「カネ、一之宮、いろいろとすまねえ。俺はとにかく、手っ取り早く現金を稼げる日雇いの職に就くつもりだ」
 周はこの近辺で日雇い労働者として当座の生活費を稼ぐという。
「今は時期的にも年度末の調整の為、各所で道路工事が行われている。このすぐ近所で働けるように知り合いの飯場に話をつけておいた」
 周の仕事先も既に鐘崎が手配してくれていた。
「すまねえ、カネ。助かる」
 社が乗っ取られたと分かった時点で、冰からはこれまでずっと周に支援してもらっていた莫大な金を生活費に充ててくれと言われていたのだが、実のところその金も含めて新CEOの曹来にそっくり預けてきていた。当然のこと、冰は新しい経営者が曹来ということすら知らされていないわけで、彼の意識下では社も邸も、それに現金も全て失ったという認識でいる。つまり表向きは一文無しも同然というわけだ。
 冰は周が十年以上も掛けて援助してくれていたその気持ちまで洗いざらい失ってしまったことには心を痛めて号泣したものの、彼にとっては金を失ったこと自体よりも周の気持ちが踏みにじられたことが何より悲しかったようだ。
 まさに天から地へ真っ逆さまの貧乏生活となったわけだが、それでも冰が周や真田と共にいられるだけで充分だと言ってくれたことには有り難いと思うと共に申し訳ない気持ちでいっぱいであった。
 周はとにかく即金になる日雇いの労動夫として仕事に出ると伝えていた。真田にはこれまで通り身の回りの世話を頼み、アパートにいて食事や洗濯などを行ってもらうことにする。
 まあこれも敵方の目を欺く作戦のひとつなのだが、何も知らない冰や真田にしてみれば、先行きの不安だらけであろう。周も鐘崎も申し訳ないと思いつつ、彼らに真実を打ち明けられない胸の痛みを堪える日々であった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

処理中です...