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倒産の罠
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ふと、冰が思いついたように瞳を輝かせた。
「あ……! だったら俺……ひとつだけしたいことが……」
「何だ? 何でも言ってくれ!」
身を乗り出した周だったが、冰の『したいこと』というのを聞いて思わず赤面させられてしまう事態となった。何と冰は汐留へ戻る前にもう一晩を川崎のアパートで過ごしたいと希望したからだ。
「あのアパートでもう一泊だと?」
周にとっては驚かされる言い分だ。ところがその理由を聞いて堪らない思いにさせられてしまうことになるとはさすがに想像できなかった。
「あの……俺、その……。も一回……あの時みたい……に」
頬を真っ赤にしながら声を潜めてうつむく。
「――あの時?」
「えっと……その、テ、テレビつけて……その……」
茹蛸のように頬を染めたその様子で、周にもようやく言わんとしていることが分かったようだ。
「ああ――」
冰が言っているのは少し前にアパートで激しく抱いた夜のことだと分かったからだ。変な話だが、汐留を後にしてからはゆっくりと夫婦の情を交わす時間は持てていなかった。慣れない肉体労働の仕事で疲れていたというわけではないが、布団に入るとすぐに爆睡といった日が多かったのだ。
そんな中でも男の生理現象はきちんとやってくる。囮作戦のことも告げられないまま不憫な思いをさせているとの気持ちもあってか、無性に熱を重ね合いたいという欲でいっぱいになった晩のことだ。隣の部屋の真田に悟られまいとしてテレビをつけ、賑やかなバラエティ番組の声に紛れるようにして夢中で抱いた――冰はあの夜のようにもう一度抱いて欲しいとそう言っているのだ。
「冰……お前」
「あ、あの……ど、どうしてもっていう……わけじゃないんで、その……」
ああー、もう堪らない! 何ていう可愛いことを言ってくれるんだ――!
そんな思いのまま、目の前の華奢な身体を思い切り抱き包んでしまった。
「バカだな――そんなことなら何もあのアパートでなくともいくらだって、お前……」
周とてあまりに嬉しすぎて愛しすぎて上手くは言葉にならない。
「う、うん……そ、そうなん……だけどさ。何ていうかその……」
冰にとってはあの夜のことがそれほどうれしかったのだろう、普段は何事につけてもクールで取り乱さないことの多い周が、我を忘れたようにして激しく求めてくれたことがあのアパートの部屋とイコールという印象なのだ。
「分かった。じゃあ今夜はアパートへ帰ろう」
とびきりやさしげに細めた瞳で周が感激の面持ちでいるのに、側で聞いていた鐘崎や紫月はいったい何のことだ――? と、不思議顔で首を傾げ合っている。
「まあ、荷物もまだアパートにあることだしな」
どのみち引越しや賃貸解約の手続きなどで訪れる必要があるわけだ。
「何だったら一晩と言わずもう二、三日泊まっていくか? 部屋の契約期間はまだ残っているし、任務完了でしばらく休みを取るのも悪くねえ。それともこのまま借りっぱなしでも構わんぞ。そうすりゃたまにあそこへ行って――」
またあの晩のようにめちゃくちゃに愛してやる――
などと言いたげな亭主の胸元に思い切り顔を埋めてしまった冰だった。
「いやだぁ、白龍ったら……! え、でもホント? やだ、マジ? ウソ……嬉し……」
まるで地団駄を踏む勢いでモゾモゾと頬染める。可愛いも可愛い、それこそどうしようもないほど愛しくて堪らなくなり、周は今すぐにでも押し倒してしまいたい気にさせられてしまった。
「あ……! だったら俺……ひとつだけしたいことが……」
「何だ? 何でも言ってくれ!」
身を乗り出した周だったが、冰の『したいこと』というのを聞いて思わず赤面させられてしまう事態となった。何と冰は汐留へ戻る前にもう一晩を川崎のアパートで過ごしたいと希望したからだ。
「あのアパートでもう一泊だと?」
周にとっては驚かされる言い分だ。ところがその理由を聞いて堪らない思いにさせられてしまうことになるとはさすがに想像できなかった。
「あの……俺、その……。も一回……あの時みたい……に」
頬を真っ赤にしながら声を潜めてうつむく。
「――あの時?」
「えっと……その、テ、テレビつけて……その……」
茹蛸のように頬を染めたその様子で、周にもようやく言わんとしていることが分かったようだ。
「ああ――」
冰が言っているのは少し前にアパートで激しく抱いた夜のことだと分かったからだ。変な話だが、汐留を後にしてからはゆっくりと夫婦の情を交わす時間は持てていなかった。慣れない肉体労働の仕事で疲れていたというわけではないが、布団に入るとすぐに爆睡といった日が多かったのだ。
そんな中でも男の生理現象はきちんとやってくる。囮作戦のことも告げられないまま不憫な思いをさせているとの気持ちもあってか、無性に熱を重ね合いたいという欲でいっぱいになった晩のことだ。隣の部屋の真田に悟られまいとしてテレビをつけ、賑やかなバラエティ番組の声に紛れるようにして夢中で抱いた――冰はあの夜のようにもう一度抱いて欲しいとそう言っているのだ。
「冰……お前」
「あ、あの……ど、どうしてもっていう……わけじゃないんで、その……」
ああー、もう堪らない! 何ていう可愛いことを言ってくれるんだ――!
そんな思いのまま、目の前の華奢な身体を思い切り抱き包んでしまった。
「バカだな――そんなことなら何もあのアパートでなくともいくらだって、お前……」
周とてあまりに嬉しすぎて愛しすぎて上手くは言葉にならない。
「う、うん……そ、そうなん……だけどさ。何ていうかその……」
冰にとってはあの夜のことがそれほどうれしかったのだろう、普段は何事につけてもクールで取り乱さないことの多い周が、我を忘れたようにして激しく求めてくれたことがあのアパートの部屋とイコールという印象なのだ。
「分かった。じゃあ今夜はアパートへ帰ろう」
とびきりやさしげに細めた瞳で周が感激の面持ちでいるのに、側で聞いていた鐘崎や紫月はいったい何のことだ――? と、不思議顔で首を傾げ合っている。
「まあ、荷物もまだアパートにあることだしな」
どのみち引越しや賃貸解約の手続きなどで訪れる必要があるわけだ。
「何だったら一晩と言わずもう二、三日泊まっていくか? 部屋の契約期間はまだ残っているし、任務完了でしばらく休みを取るのも悪くねえ。それともこのまま借りっぱなしでも構わんぞ。そうすりゃたまにあそこへ行って――」
またあの晩のようにめちゃくちゃに愛してやる――
などと言いたげな亭主の胸元に思い切り顔を埋めてしまった冰だった。
「いやだぁ、白龍ったら……! え、でもホント? やだ、マジ? ウソ……嬉し……」
まるで地団駄を踏む勢いでモゾモゾと頬染める。可愛いも可愛い、それこそどうしようもないほど愛しくて堪らなくなり、周は今すぐにでも押し倒してしまいたい気にさせられてしまった。
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