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陰謀
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それから一週間後、上海を治める頭領への挨拶回りなどを滞りなく済ませた周らは、皆揃ってスーリャンの夫・チャンムーンが入院している病院へと見舞いに訪れた。
彼もまた、あの後すぐに緊急手術が行われて一命を取り留め、術後の経過も順調だそうだ。スーリャンと息子のアーティットはそれこそ平身低頭で詫びと礼を口にした。
「周焔さん、皆さん、この度は本当にご迷惑をお掛けいたしました。それなのに……このようなご厚情をいただいて……御礼の言葉もございません」
スーリャンは夫・チャンムーンの無事に安堵すると共に、周らに対して本当に申し訳ないことをしたと言って涙した。
「よいのだ。貴女には十五年前、我が息子たちを救っていただいた。それこそどこの誰とも分からぬ二人を放置することなく、手厚く看病して命を救っていただいた。そのご恩は決して忘れない」
周隼にそう言われて、スーリャンは恐縮しつつも本当に申し訳ない、有り難いと言っては、幾度も幾度も頭を下げてよこした。息子のアーティットも同様である。とかく彼にとっては冰に対して酷い言葉を投げつけてしまったことが悔やまれてならないようであった。
「冰さん、ごめんなさい……。俺、あなたに酷いこと言って……本当にごめんなさい!」
「アーティット君、ううん、そんな! どうか頭を上げてください! キミが勇気を出して本当のことを伝えに来てくれたから無事に解決できたんだもの。これからはお父様お母様、そして妹さんとお幸せに暮らしてくださるよう、僕も東京の地から祈っています」
「冰さん……」
アーティットは感極まってあふれた涙を拭いながら、しっかりとうなずいた。
「はい……。はい! 父と母と妹と、これからも家族全員仲睦まじく生きていきます!」
そしてこうも付け加えた。
「僕……今はまだ駆け出しの子役ですが……いつかちゃんとした俳優になれるようにたくさん勉強して、努力して……がんばります。いつか――僕の出演した映画を冰さんたちに観ていただけるよう」
はにかみながらもそう言った少年の瞳はキラキラと輝き、その明るい未来に誰もが期待すると共に、若き俳優の卵の成功を祈ったのだった。
「アーティット、がんばれよ。応援しているぞ」
周が不敵な笑みを見せながら黒髪の見事な頭を優しく撫でる。
「お前さんはほんの一時とはいえ、俺の息子だったわけだからな」
まるで冷やかすようにニヤっと笑う周の傍らで兄の風もまた激励の言葉を口にした。
「つまり、この私にとっては甥ということになるな。それに――私の妻がね、キミの出演した映画のファンで、録画して観ているのだよ」
きっといい俳優になろう――そう言って周兄弟は微笑んだ。
「周焔さん、周風さん、冰さん。それに皆さん、本当にありがとうございます! 俺、がんばります!」
「ああ。応援しているぞ」
またひとつ、大きな事件を乗り越えた皆の間に温かくも強い絆が生まれた。
真冬の上海の風はまだ冷たいが、誰の心にもやがて訪れる春の暖かな風がそよぐようだった。
◇ ◇ ◇
彼もまた、あの後すぐに緊急手術が行われて一命を取り留め、術後の経過も順調だそうだ。スーリャンと息子のアーティットはそれこそ平身低頭で詫びと礼を口にした。
「周焔さん、皆さん、この度は本当にご迷惑をお掛けいたしました。それなのに……このようなご厚情をいただいて……御礼の言葉もございません」
スーリャンは夫・チャンムーンの無事に安堵すると共に、周らに対して本当に申し訳ないことをしたと言って涙した。
「よいのだ。貴女には十五年前、我が息子たちを救っていただいた。それこそどこの誰とも分からぬ二人を放置することなく、手厚く看病して命を救っていただいた。そのご恩は決して忘れない」
周隼にそう言われて、スーリャンは恐縮しつつも本当に申し訳ない、有り難いと言っては、幾度も幾度も頭を下げてよこした。息子のアーティットも同様である。とかく彼にとっては冰に対して酷い言葉を投げつけてしまったことが悔やまれてならないようであった。
「冰さん、ごめんなさい……。俺、あなたに酷いこと言って……本当にごめんなさい!」
「アーティット君、ううん、そんな! どうか頭を上げてください! キミが勇気を出して本当のことを伝えに来てくれたから無事に解決できたんだもの。これからはお父様お母様、そして妹さんとお幸せに暮らしてくださるよう、僕も東京の地から祈っています」
「冰さん……」
アーティットは感極まってあふれた涙を拭いながら、しっかりとうなずいた。
「はい……。はい! 父と母と妹と、これからも家族全員仲睦まじく生きていきます!」
そしてこうも付け加えた。
「僕……今はまだ駆け出しの子役ですが……いつかちゃんとした俳優になれるようにたくさん勉強して、努力して……がんばります。いつか――僕の出演した映画を冰さんたちに観ていただけるよう」
はにかみながらもそう言った少年の瞳はキラキラと輝き、その明るい未来に誰もが期待すると共に、若き俳優の卵の成功を祈ったのだった。
「アーティット、がんばれよ。応援しているぞ」
周が不敵な笑みを見せながら黒髪の見事な頭を優しく撫でる。
「お前さんはほんの一時とはいえ、俺の息子だったわけだからな」
まるで冷やかすようにニヤっと笑う周の傍らで兄の風もまた激励の言葉を口にした。
「つまり、この私にとっては甥ということになるな。それに――私の妻がね、キミの出演した映画のファンで、録画して観ているのだよ」
きっといい俳優になろう――そう言って周兄弟は微笑んだ。
「周焔さん、周風さん、冰さん。それに皆さん、本当にありがとうございます! 俺、がんばります!」
「ああ。応援しているぞ」
またひとつ、大きな事件を乗り越えた皆の間に温かくも強い絆が生まれた。
真冬の上海の風はまだ冷たいが、誰の心にもやがて訪れる春の暖かな風がそよぐようだった。
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