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陰謀
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一難去って無事に汐留の邸へと戻った周と冰は、久しぶりの水いらずに胸を撫で下ろしながら夫婦の時を過ごしていた。
「明日から商社の仕事に専念できるねー。今回もまた劉さんにはお留守番をお任せしちゃったことだし、俺たちもがんばらなきゃね!」
大パノラマの窓辺から暮れゆく東京の景色を眺めながら冰が明るい声を上げている。そんな姿を見つめながら、周の胸には郷愁に近いような何とも言い難い気持ちが込み上げていた。
「――冰」
そっと窓辺で景色を見渡している伴侶を包み込むように寄り添って立つ。
「此度も――心配を掛けた」
低く、穏やかな声音が冰の華奢な肩の脇で揺れる。
「白龍――。ううん、そんなこと。でも無事に解決して良かった」
「ああ――そうだな。お前と――皆のお陰だ」
いつもだったらきつい抱擁で包まれ、安堵と共に夫婦の絆を確かめ合うのがほぼ恒例というような状況で、だが今宵の周はその『いつも』とは少し雰囲気が違って感じられた。
事件の解決を心から喜ぶといったふうでもないし、かといって苦しいほどに抱き締めてくるといったわけでもない。やはり自分の過去のことで多大な心配を掛けてしまったことで、後悔と戒めのような気持ちを抱いているのだろうか――そう思った冰は、亭主を気遣うように彼を見上げた。
「白龍――?」
俺だったら何も気にしていないし、無事に解決できたんだから、すまないなんて思わないで。そう告げようとした矢先だ。ほんの一足先に周からの思いもよらない言葉を聞いて、大きく瞳を見開いてしまった。
「冰――。お前と初めて会った時、俺は――不憫な思いと同時に幼いお前のこの先が気に掛かってならなかった」
「白……龍……?」
「突然、一度に両親を亡くした幼い少年が不憫で――できることなら共に側で暮らしたい、幾度そう思ったか知れない。だが当時俺はまだ親父の傘の下で暮らしていた。自立もしていない状況でお前を引き取ることは叶わなかった」
「白龍……」
「だが、そんな無力な俺とは裏腹、運命に翻弄されながらも――前向きで健気な少年の笑顔をとても愛しく思った。あの頃から俺はお前のことが気に掛かってならなかった」
それはもちろん恋情といった感情ではなかったかも知れない。ただ単に気の毒な状況になってしまった幼い子供に抱く同情の気持ちだったかも知れない。
「だが、成長していくお前を陰ながら見ていく内に、いつしか愛情が生まれた。この少年が笑顔で、元気で幸せでいてくれることが俺にとっての幸せだと思うようになった」
そう言う周の瞳が心なしか潤んでもいるように思えて、冰は心のひだがフルフルと震えるような心持ちでいた。
「明日から商社の仕事に専念できるねー。今回もまた劉さんにはお留守番をお任せしちゃったことだし、俺たちもがんばらなきゃね!」
大パノラマの窓辺から暮れゆく東京の景色を眺めながら冰が明るい声を上げている。そんな姿を見つめながら、周の胸には郷愁に近いような何とも言い難い気持ちが込み上げていた。
「――冰」
そっと窓辺で景色を見渡している伴侶を包み込むように寄り添って立つ。
「此度も――心配を掛けた」
低く、穏やかな声音が冰の華奢な肩の脇で揺れる。
「白龍――。ううん、そんなこと。でも無事に解決して良かった」
「ああ――そうだな。お前と――皆のお陰だ」
いつもだったらきつい抱擁で包まれ、安堵と共に夫婦の絆を確かめ合うのがほぼ恒例というような状況で、だが今宵の周はその『いつも』とは少し雰囲気が違って感じられた。
事件の解決を心から喜ぶといったふうでもないし、かといって苦しいほどに抱き締めてくるといったわけでもない。やはり自分の過去のことで多大な心配を掛けてしまったことで、後悔と戒めのような気持ちを抱いているのだろうか――そう思った冰は、亭主を気遣うように彼を見上げた。
「白龍――?」
俺だったら何も気にしていないし、無事に解決できたんだから、すまないなんて思わないで。そう告げようとした矢先だ。ほんの一足先に周からの思いもよらない言葉を聞いて、大きく瞳を見開いてしまった。
「冰――。お前と初めて会った時、俺は――不憫な思いと同時に幼いお前のこの先が気に掛かってならなかった」
「白……龍……?」
「突然、一度に両親を亡くした幼い少年が不憫で――できることなら共に側で暮らしたい、幾度そう思ったか知れない。だが当時俺はまだ親父の傘の下で暮らしていた。自立もしていない状況でお前を引き取ることは叶わなかった」
「白龍……」
「だが、そんな無力な俺とは裏腹、運命に翻弄されながらも――前向きで健気な少年の笑顔をとても愛しく思った。あの頃から俺はお前のことが気に掛かってならなかった」
それはもちろん恋情といった感情ではなかったかも知れない。ただ単に気の毒な状況になってしまった幼い子供に抱く同情の気持ちだったかも知れない。
「だが、成長していくお前を陰ながら見ていく内に、いつしか愛情が生まれた。この少年が笑顔で、元気で幸せでいてくれることが俺にとっての幸せだと思うようになった」
そう言う周の瞳が心なしか潤んでもいるように思えて、冰は心のひだがフルフルと震えるような心持ちでいた。
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