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三千世界に極道の涙
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川崎、鐘崎組――。
その日、組番頭の東堂源次郎を訪ねて来たのは、かくも珍しい人物であった。
中庭を彩る紅白の椿が艶やかに咲き誇る春待ちの宵、第一応接室に客人が来ていると呼び出された源次郎は、来訪者の顔を見るなり驚きとも感激ともつかない表情で大きく瞳を見開いてしまった。
「伯父上、お懐しゅうございます――」
深々と頭を垂れた若き青年は、今にも涙ぐむ勢いで源次郎を見つめた。
「お前さん……もしや――」
「はい、幼い頃に伯父上にお助けいただいた町永汰一郎でございます」
「汰一郎……君か! お元気そうで何よりだ……。ご立派になられたの……」
「勿体ないお言葉、痛み入ります。今日までこうして何とか生きて来られたのも……ひとえに伯父上――いえ、東堂さんのご助力のお陰でございます」
町永汰一郎と名乗った男は今一度丁寧に頭を下げてよこした。
歳の頃は鐘崎や紫月とほぼ同じくらいだろうか、決して高級というわけではないがきちんとしたスーツを纏い、清々しい身なりの青年だった。源次郎は彼にソファを勧めると、自らも対面に腰を下ろしては感激のままに眼差しを細めてみせた。
「まさかキミが私を訪ねてくれるとは――。達者でやっているようで何よりだよ」
「お陰様で――。今は都内にあります証券を扱う会社に勤めております。中小企業で――主には得意先様を回る営業の仕事ですが、上司にも恵まれましてお陰様で元気にやっております」
「そうか、そうか。それは良かった」
「それもこれも――すべて伯父上……東堂さんのご厚情のお陰でございます。幼い日に両親を一度に亡くした見ず知らずの私のような者に……暮らしていける施設を手配してくださり、成人の日まで欠かさず生活費のご援助までいただいて……。お陰で真っ当な職にも就けまして、人並みに生活できております。本当はもっと早くに御礼に伺うべきでございましたが、就職してからこのかた、仕事に慣れるまでにあれよあれよと月日が過ぎてしまいました」
伺うのが今になってしまったことをお許しくださいと言って、汰一郎はまた深々と頭を垂れてみせた。
「いいや、とんでもない。こうして忘れずに訪ねてくれてどんなに嬉しかったことか」
源次郎もまた、感慨深げに瞳を細めたのだった。
「実はこの度、身を固めたいと思う相手ができまして――。その前に是非とも伯父上にお会いして、これまでのご助力にひと言御礼を申し上げたくお訪ねした次第でございます」
「おお! そうでしたか。所帯を持たれるのですな」
「はい……その、私などにはもったいない女性ですが……」
そう言って汰一郎は照れたようにはにかみながら頭を掻いた。その様は誠清々しい青年の仕草だ。源次郎はまるで我が事のように喜び、こうしてわざわざ報告に来てくれたことを嬉しく思うのだった。
伯父上にも是非お会いして欲しい、近い内に結婚相手となるその女性と共に改めてご挨拶に参りますと言って、汰一郎は邸を後にした。
まさかこれが痛恨の涙を噛み締めることになる始めの出来事とは知る由もなく――源次郎と汰一郎の運命の歯車が動き出そうとしていた。
その日、組番頭の東堂源次郎を訪ねて来たのは、かくも珍しい人物であった。
中庭を彩る紅白の椿が艶やかに咲き誇る春待ちの宵、第一応接室に客人が来ていると呼び出された源次郎は、来訪者の顔を見るなり驚きとも感激ともつかない表情で大きく瞳を見開いてしまった。
「伯父上、お懐しゅうございます――」
深々と頭を垂れた若き青年は、今にも涙ぐむ勢いで源次郎を見つめた。
「お前さん……もしや――」
「はい、幼い頃に伯父上にお助けいただいた町永汰一郎でございます」
「汰一郎……君か! お元気そうで何よりだ……。ご立派になられたの……」
「勿体ないお言葉、痛み入ります。今日までこうして何とか生きて来られたのも……ひとえに伯父上――いえ、東堂さんのご助力のお陰でございます」
町永汰一郎と名乗った男は今一度丁寧に頭を下げてよこした。
歳の頃は鐘崎や紫月とほぼ同じくらいだろうか、決して高級というわけではないがきちんとしたスーツを纏い、清々しい身なりの青年だった。源次郎は彼にソファを勧めると、自らも対面に腰を下ろしては感激のままに眼差しを細めてみせた。
「まさかキミが私を訪ねてくれるとは――。達者でやっているようで何よりだよ」
「お陰様で――。今は都内にあります証券を扱う会社に勤めております。中小企業で――主には得意先様を回る営業の仕事ですが、上司にも恵まれましてお陰様で元気にやっております」
「そうか、そうか。それは良かった」
「それもこれも――すべて伯父上……東堂さんのご厚情のお陰でございます。幼い日に両親を一度に亡くした見ず知らずの私のような者に……暮らしていける施設を手配してくださり、成人の日まで欠かさず生活費のご援助までいただいて……。お陰で真っ当な職にも就けまして、人並みに生活できております。本当はもっと早くに御礼に伺うべきでございましたが、就職してからこのかた、仕事に慣れるまでにあれよあれよと月日が過ぎてしまいました」
伺うのが今になってしまったことをお許しくださいと言って、汰一郎はまた深々と頭を垂れてみせた。
「いいや、とんでもない。こうして忘れずに訪ねてくれてどんなに嬉しかったことか」
源次郎もまた、感慨深げに瞳を細めたのだった。
「実はこの度、身を固めたいと思う相手ができまして――。その前に是非とも伯父上にお会いして、これまでのご助力にひと言御礼を申し上げたくお訪ねした次第でございます」
「おお! そうでしたか。所帯を持たれるのですな」
「はい……その、私などにはもったいない女性ですが……」
そう言って汰一郎は照れたようにはにかみながら頭を掻いた。その様は誠清々しい青年の仕草だ。源次郎はまるで我が事のように喜び、こうしてわざわざ報告に来てくれたことを嬉しく思うのだった。
伯父上にも是非お会いして欲しい、近い内に結婚相手となるその女性と共に改めてご挨拶に参りますと言って、汰一郎は邸を後にした。
まさかこれが痛恨の涙を噛み締めることになる始めの出来事とは知る由もなく――源次郎と汰一郎の運命の歯車が動き出そうとしていた。
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