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三千世界に極道の涙
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その日、組若頭である鐘崎の帰宅は珍しくも早かった。いつもは夜半過ぎになることもザラなのだが、こうして早めに戻れることもある。ちょうど汰一郎と入れ違いというタイミングで帰って来た鐘崎は、玄関を入ったところの第一応接室で一人ソファに腰掛けている源次郎に気がついて、不思議顔で首を傾げた。
「源さんじゃねえか。どうした、こんなところに一人で――」
卓の上には未だ片付けられていない茶器が二つ――。来客があったことを示している。
「客人が来ていたのか? 依頼人か?」
この第一応接室を使うということは一見の依頼人くらいだろう。ソファに腰掛けている源次郎の様子も普段とは少々異なり、何だかぼうっと考え事をしているような表情であった為、鐘崎は何かあったのかと思ったようだ。
「あ、ああ……若。お帰りなさいやし! ええ、実はたいそう嬉しい御仁が私を訪ねてくれましてな」
源次郎はハッとしたように鐘崎を見上げると、故あって以前に知り合った町永汰一郎が訪ねてくれたことを嬉しそうな素振りで話して聞かせた。
「そうだったのか。それは良かったな。源さんの昔の知り合いか?」
「ええ。立派に成長してくれて、わざわざ訪ねてくれたのです。有り難いことでございますよ」
にこやかにそう言いながらも、
「そうそう、そういえばもう一つ新しいご依頼の件でご報告したいことがございます」
と言って、源次郎は鐘崎を組最奥の事務所の方へと促した。
第一応接室の扉を閉め、廊下を歩き出した源次郎の横顔が次第に厳しい色へと変わっていく。それは、今の今まで喜んでいた柔和な表情からは想像もつかない苦渋の色が混じってもいるようだった。
永年共に暮らしてきた源次郎だ、その彼の微妙な顔色の変化に気付かない鐘崎ではない。組最奥の若頭専用の事務所へと着くなり、その原因が明らかとなった。
「若――申し訳ございません!」
いきなりガバリと頭を下げてよこしたのに、鐘崎は驚くでもなく椅子を勧めた。
「どうした、源さん。何があった」
驚くどころか、ことの他落ち着いている鐘崎に、源次郎の方が驚きを隠せないといった表情でいる。
「……お……どろかれないのでございますか?」
「応接室を出てからの様子でな。何年一緒に暮らしていると思ってる。源さんは俺にとって親父でもあり、時にお袋でもある家族だ。気付かねえわけあるまい」
「若……」
源次郎は申し訳ないとも感激ともつかない表情で肩を落としてみせた。
「実は――先程訪ねて来た青年ですが、応接室に盗聴器を仕掛けて帰りました……」
「――盗聴器だって?」
さすがの鐘崎も驚いたようだ。何かあるのだろうとは思ってはいたが、まさか盗聴器とは想像もつかなかったというところだ。
「源さんじゃねえか。どうした、こんなところに一人で――」
卓の上には未だ片付けられていない茶器が二つ――。来客があったことを示している。
「客人が来ていたのか? 依頼人か?」
この第一応接室を使うということは一見の依頼人くらいだろう。ソファに腰掛けている源次郎の様子も普段とは少々異なり、何だかぼうっと考え事をしているような表情であった為、鐘崎は何かあったのかと思ったようだ。
「あ、ああ……若。お帰りなさいやし! ええ、実はたいそう嬉しい御仁が私を訪ねてくれましてな」
源次郎はハッとしたように鐘崎を見上げると、故あって以前に知り合った町永汰一郎が訪ねてくれたことを嬉しそうな素振りで話して聞かせた。
「そうだったのか。それは良かったな。源さんの昔の知り合いか?」
「ええ。立派に成長してくれて、わざわざ訪ねてくれたのです。有り難いことでございますよ」
にこやかにそう言いながらも、
「そうそう、そういえばもう一つ新しいご依頼の件でご報告したいことがございます」
と言って、源次郎は鐘崎を組最奥の事務所の方へと促した。
第一応接室の扉を閉め、廊下を歩き出した源次郎の横顔が次第に厳しい色へと変わっていく。それは、今の今まで喜んでいた柔和な表情からは想像もつかない苦渋の色が混じってもいるようだった。
永年共に暮らしてきた源次郎だ、その彼の微妙な顔色の変化に気付かない鐘崎ではない。組最奥の若頭専用の事務所へと着くなり、その原因が明らかとなった。
「若――申し訳ございません!」
いきなりガバリと頭を下げてよこしたのに、鐘崎は驚くでもなく椅子を勧めた。
「どうした、源さん。何があった」
驚くどころか、ことの他落ち着いている鐘崎に、源次郎の方が驚きを隠せないといった表情でいる。
「……お……どろかれないのでございますか?」
「応接室を出てからの様子でな。何年一緒に暮らしていると思ってる。源さんは俺にとって親父でもあり、時にお袋でもある家族だ。気付かねえわけあるまい」
「若……」
源次郎は申し訳ないとも感激ともつかない表情で肩を落としてみせた。
「実は――先程訪ねて来た青年ですが、応接室に盗聴器を仕掛けて帰りました……」
「――盗聴器だって?」
さすがの鐘崎も驚いたようだ。何かあるのだろうとは思ってはいたが、まさか盗聴器とは想像もつかなかったというところだ。
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