極道恋事情

一園木蓮

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封印せし宝物

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 雪吹冰。
 現在はこの世で唯一無二といえる伴侶・周焔の籍に入って周冰である。生まれ育った香港を後にしてもうすぐ三年になろうとしている。
 伴侶の周焔は十ばかり年の離れた頼れる亭主であり、彼を取り巻く周囲の人々とも本物の家族のようにしてあたたかで幸せな日々を送っていた。
 そんな冰の心を揺るがす出来事が起こったのは、何の変哲もない日常の中でのことだった。



◇    ◇    ◇



 それは商社の打ち合わせでクライアントを訪ねた帰り道のことだった。周と李と共に車までの短い距離を歩いていた時のことだ。
 この日は天気も良く、春麗らかな気候の中、そろそろ桜の開花宣言が聞かれる頃だねとたわいのない話をしていた。ちょうどその時だった。目の前を歩いていた十歳くらいの少年が石畳に足を取られて転んだのだ。
 目の前といっても五メートルほどは離れていただろうか。だが周はすぐに駆け寄ると、逞しいその腕で少年を抱き起こした。冰と李もすぐに後を追い、三人で子供の様子を窺う。
「ボウズ、怪我はねえか?」
 周は少年に向き合ってしゃがむと、彼のズボンを払ってやりながらそう訊いた。
「ん、へーき……」
「痛いところは?」
 もう一度周が訊くと、少年は今にも泣き出しそうになるのを堪えながらブンブンと大きく首を横に振った。
「そうか。偉いぞボウズ! 強え立派な男の子だ」
 とにかく怪我がなくて良かったと言って褒めた周に、気恥ずかしいわけか少年は小さな声で「ありがとうございます」と言った。すぐに母親らしき若い女性が飛んで来て、すみませんと礼を述べ、幾度も頭を下げてはこちらを振り返りながら去って行った。ただそれだけのことだった。
 普通に考えるならば、とても親切で心やさしい亭主の行動にほっこりと気持ちが温まる――それこそたわいのない日常の中の一コマだ。だがその瞬間、冰は何故だか心がザワザワと騒ぐような、言いようのない気持ちが過ぎるのを感じて胸が苦しくなる気がしていた。次第に心拍数が速くなり、理由もなく恐怖感が背筋を伝うような奇妙な感覚だった。
 そういえば以前にも今と同じような気持ちに陥ったことがあった。そう――あれはいつだったか。

(そうだ、あの時だ……。お盆の休暇で鐘崎さんや紫月さんたちと一緒に香港に行った時)

 星光大道近くのカフェで偶然にエージョントのメビィと出会った。その彼女の頼みで台湾からやって来たという一人の少年を預かることになった時だ。
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