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封印せし宝物
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「氷川……? 何か思い当たることでもあるのか?」
鐘崎が訊くと周は我に返ったようにして皆を見つめ、そして静かにうなずいた。
「……もしかしたら……あの時抜け落ちた記憶のことと関係があるってのか」
普段余程のことがあっても動じない周にしては、珍しくも動揺したように硬直気味で蒼白となっている。事実これまでにももっと驚愕といえる、彼に子供がいたかも知れないという話を突き付けられた時でさえこれほどまでに驚いた様子は見受けられなかったほどの強靭な心の持ち主だ。
その周が顔色を蒼くしてまで焦る様子に、鐘崎らの方が驚かされたくらいだった。
「抜け落ちた記憶だって? 誰の記憶だ。もしかして冰の――か?」
鐘崎が問うと周は黙ってうなずいた。
「十五年前だ。俺はファミリーの末端が起こした繁華街での抗争事件を鎮圧する為、親父から命を受けて現場に出向いた。そこで拉致されそうになっていた幼い冰をヤツらから取り戻したんだ。それが冰との出会いだった」
お前さんたちも知っての通りだと周は言った。
「その頃俺は大学に通う学生だった。冰は小学校の三年か四年だったと思う。その少し前の抗争が原因で両親を失ったあいつは隣家に住んでいた黄のじいさんに引き取られていたんだ」
そこまでは誰もが知る周と冰の馴れ初めだ。もしかしたら当時のことで周しか知らない出来事があったのだろうか。
「実はあの頃――俺は幾度も冰に会いにあいつのアパートを訪れていたんだ」
「――? 幾度もだって? お前、冰とは初めてあいつを救った日以来、一度も顔を合わせていないんじゃなかったのか?」
「いや――」
「じゃあ――当時お前らは共に過ごした時期があったと?」
「そうだ。初めてのあの日以来、俺は時折冰の様子見がてらあいつに会いに行っていたんだ。その間、約一年ほどだった」
「もしかして抜け落ちた冰の記憶ってのは……」
「――そうだ。俺と過ごした一年間の間の記憶だ」
ではなぜ、冰はその頃のことを覚えていないのだろう。周に助けられたこと自体はしっかり覚えているというのに、その後の記憶――しかも周と過ごした一年間だけの記憶を失くしてしまった理由は何なのか。鐘崎、紫月、鄧の三人は逸る気持ちを抑えつつ周の話の続きを待った。
◇ ◇ ◇
十五年前、香港――。
「坊っちゃま、坊っちゃま! 今日もお出掛けでございますか? もしかして例の――?」
「ああ、そうだ。ちょいとあのボウズの所に様子見にな。夕飯はいらねえから」
「かしこまりました。お気をつけて」
執事の真田に送り出されて、周は繁華街へと向かった。黄老人と幼き冰が住むアパートだ。そこへ出掛けることを真田が見抜いたのは周の服装を目にしたからだった。
少し前に起きた抗争事件の際、チンピラ連中から冰を救い出したのはこの香港を仕切るファミリーのトップに君臨する次男坊の周焔だということはあのアパートの誰もが知っていた。当時周は大勢の側近たちを従えて鎮圧に乗り込んだからだ。
その後も幼い少年のことが気に掛かって、周は度々アパートを訪れていた。しかしながらマフィアのトップが堅気の住むアパートにしょっちゅう出入りしていては何かと目立つ。黄老人や冰にも裏社会との繋がりがあるなどと、要らぬ噂が立ったりしたら気の毒であろう。そう思った周は、アパートを訪ねる際にはダークなスーツ姿ではなく、年相応の若者が着るような服装を心掛けるようになっていったのだ。
鐘崎が訊くと周は我に返ったようにして皆を見つめ、そして静かにうなずいた。
「……もしかしたら……あの時抜け落ちた記憶のことと関係があるってのか」
普段余程のことがあっても動じない周にしては、珍しくも動揺したように硬直気味で蒼白となっている。事実これまでにももっと驚愕といえる、彼に子供がいたかも知れないという話を突き付けられた時でさえこれほどまでに驚いた様子は見受けられなかったほどの強靭な心の持ち主だ。
その周が顔色を蒼くしてまで焦る様子に、鐘崎らの方が驚かされたくらいだった。
「抜け落ちた記憶だって? 誰の記憶だ。もしかして冰の――か?」
鐘崎が問うと周は黙ってうなずいた。
「十五年前だ。俺はファミリーの末端が起こした繁華街での抗争事件を鎮圧する為、親父から命を受けて現場に出向いた。そこで拉致されそうになっていた幼い冰をヤツらから取り戻したんだ。それが冰との出会いだった」
お前さんたちも知っての通りだと周は言った。
「その頃俺は大学に通う学生だった。冰は小学校の三年か四年だったと思う。その少し前の抗争が原因で両親を失ったあいつは隣家に住んでいた黄のじいさんに引き取られていたんだ」
そこまでは誰もが知る周と冰の馴れ初めだ。もしかしたら当時のことで周しか知らない出来事があったのだろうか。
「実はあの頃――俺は幾度も冰に会いにあいつのアパートを訪れていたんだ」
「――? 幾度もだって? お前、冰とは初めてあいつを救った日以来、一度も顔を合わせていないんじゃなかったのか?」
「いや――」
「じゃあ――当時お前らは共に過ごした時期があったと?」
「そうだ。初めてのあの日以来、俺は時折冰の様子見がてらあいつに会いに行っていたんだ。その間、約一年ほどだった」
「もしかして抜け落ちた冰の記憶ってのは……」
「――そうだ。俺と過ごした一年間の間の記憶だ」
ではなぜ、冰はその頃のことを覚えていないのだろう。周に助けられたこと自体はしっかり覚えているというのに、その後の記憶――しかも周と過ごした一年間だけの記憶を失くしてしまった理由は何なのか。鐘崎、紫月、鄧の三人は逸る気持ちを抑えつつ周の話の続きを待った。
◇ ◇ ◇
十五年前、香港――。
「坊っちゃま、坊っちゃま! 今日もお出掛けでございますか? もしかして例の――?」
「ああ、そうだ。ちょいとあのボウズの所に様子見にな。夕飯はいらねえから」
「かしこまりました。お気をつけて」
執事の真田に送り出されて、周は繁華街へと向かった。黄老人と幼き冰が住むアパートだ。そこへ出掛けることを真田が見抜いたのは周の服装を目にしたからだった。
少し前に起きた抗争事件の際、チンピラ連中から冰を救い出したのはこの香港を仕切るファミリーのトップに君臨する次男坊の周焔だということはあのアパートの誰もが知っていた。当時周は大勢の側近たちを従えて鎮圧に乗り込んだからだ。
その後も幼い少年のことが気に掛かって、周は度々アパートを訪れていた。しかしながらマフィアのトップが堅気の住むアパートにしょっちゅう出入りしていては何かと目立つ。黄老人や冰にも裏社会との繋がりがあるなどと、要らぬ噂が立ったりしたら気の毒であろう。そう思った周は、アパートを訪ねる際にはダークなスーツ姿ではなく、年相応の若者が着るような服装を心掛けるようになっていったのだ。
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