1,144 / 1,212
封印せし宝物
16
しおりを挟む
とかく冰にとってはそれほど慕っていた兄にも等しい相手がいずれは遠く離れた異国へ行ってしまう。頻繁には会うことが叶わなくなる。幼心には受け止めることができないほどに辛かったのかも知れない。だから無意識に記憶を封じてしまった。それが鄧の言うところの『自衛』ということなのだろう。
だが当の周にはそれらの症状が分かっていたようだ。
「十五年前、鄧の親父さんにも同じことを言われてな。だから俺は――それ以後冰に会いに行くことをやめたんだ。あいつにとって俺は単なる恩人の一人で、時が経てば自然に忘れてしまう存在で構わない。あいつが――これからの長い人生を苦しまずに生きていけるならそれでいい。俺は間もなく香港を離れる身だ。側にいてずっと見守ってやれるわけじゃない。黄のじいさんと共に穏やかに暮らしてくれればそれが一番だと――そう思ったのだ」
それ以降も時折は黄老人と冰の暮らしぶりを見に行ったものの、陰からそっと見守るだけに留め、直に顔を見て会ったり言葉を交わしたりすることはしなかったそうだ。
「香港を去る前日、俺は黄のじいさんに別れを告げに行った。冰が学校に行っている時間を見計らって、あいつには会わずに帰るつもりだった。だがあいつは――冰は俺に助けられたことをずっと覚えてていてくれて、常日頃俺はどうしているかと、あの時のお兄さんに会いたいと言ってくれていたそうだ。じいさんからそう聞かされて本当に嬉しかった」
しかも周がアパートを後にする際に入れ違いで帰宅した彼は、慌ててその姿を捜しに階下の道路まで降りて来てくれたそうだ。
「たった一度会った時の記憶しかなくてもそんなふうに思ってくれていることが嬉しくて、心が揺れた……。何も日本へ行かずともこの香港で起業すればいいじゃないかと――幾度迷ったことか知れない。幼いあいつを置いて香港を離れる自分は薄情者だと、そうも思った」
だが、香港に残れば周囲からはやはり父親の跡目を狙っているのだろうと疑われ、継母や兄にも迷惑を掛ける。日本での起業に当たっては前々から父の隼にも土台となる数多の援助を受けており、土壇場で香港に残りたいとは言い出せないのもまた現実だったのだ。
「結果的に俺は冰よりもてめえの人生を選んだようなものだ……。あの時、ファミリーへの恩も……何もかもを捨ててあいつと共に生きる道を選ぶこともできただろうに……俺はそうしなかったのだ」
だが冰は十二年が過ぎても自分のことを覚えていてくれて、自らこの日本にまで訪ねて来てくれた。
だが当の周にはそれらの症状が分かっていたようだ。
「十五年前、鄧の親父さんにも同じことを言われてな。だから俺は――それ以後冰に会いに行くことをやめたんだ。あいつにとって俺は単なる恩人の一人で、時が経てば自然に忘れてしまう存在で構わない。あいつが――これからの長い人生を苦しまずに生きていけるならそれでいい。俺は間もなく香港を離れる身だ。側にいてずっと見守ってやれるわけじゃない。黄のじいさんと共に穏やかに暮らしてくれればそれが一番だと――そう思ったのだ」
それ以降も時折は黄老人と冰の暮らしぶりを見に行ったものの、陰からそっと見守るだけに留め、直に顔を見て会ったり言葉を交わしたりすることはしなかったそうだ。
「香港を去る前日、俺は黄のじいさんに別れを告げに行った。冰が学校に行っている時間を見計らって、あいつには会わずに帰るつもりだった。だがあいつは――冰は俺に助けられたことをずっと覚えてていてくれて、常日頃俺はどうしているかと、あの時のお兄さんに会いたいと言ってくれていたそうだ。じいさんからそう聞かされて本当に嬉しかった」
しかも周がアパートを後にする際に入れ違いで帰宅した彼は、慌ててその姿を捜しに階下の道路まで降りて来てくれたそうだ。
「たった一度会った時の記憶しかなくてもそんなふうに思ってくれていることが嬉しくて、心が揺れた……。何も日本へ行かずともこの香港で起業すればいいじゃないかと――幾度迷ったことか知れない。幼いあいつを置いて香港を離れる自分は薄情者だと、そうも思った」
だが、香港に残れば周囲からはやはり父親の跡目を狙っているのだろうと疑われ、継母や兄にも迷惑を掛ける。日本での起業に当たっては前々から父の隼にも土台となる数多の援助を受けており、土壇場で香港に残りたいとは言い出せないのもまた現実だったのだ。
「結果的に俺は冰よりもてめえの人生を選んだようなものだ……。あの時、ファミリーへの恩も……何もかもを捨ててあいつと共に生きる道を選ぶこともできただろうに……俺はそうしなかったのだ」
だが冰は十二年が過ぎても自分のことを覚えていてくれて、自らこの日本にまで訪ねて来てくれた。
21
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる