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封印せし宝物
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「ね、白龍……あのさ」
「どうした」
「……頼ってもいい?」
申し訳なさそうに伏し目がちながらも、懸命といったふうにそう言った。周は驚いたが、すぐに穏やかに瞳を細め、
「もちろんだ。どんなことでも受け止めてやる。それに――お前に頼られるのは他の誰よりも俺でありたいからな」
すべてを包み込むようなその眼差しに嘘はないといったふうに、絶大な安堵感を滲ませてくれる。そんな亭主に、冰はありがとうと言ってから、ポツリポツリと自らの心の内を手探りするように話し出した。
「俺……俺ね、前にここ来たことがある気がするんだ。それでね、白龍に聞いて欲しいことがあって」
生真面目な顔つきで街並みを見下ろしながら、冰は何かを決心するかのようにそうつぶやいた。
「こないだから俺……皆んなに心配掛けちゃってるでしょ? どこかに何かを置き忘れてきたように感じるっていうアレなんだけど……」
「ああ。お前の不安の原因だな?」
「うん……。あのね、今日一日ずっと感じてたことがあるの。朝、じいちゃんと住んでたアパートに行って……すごく懐かしかった。白龍がこんなにも俺のことを考えてくれて、あのアパートの部屋を手放さずにいてくれて、すごく嬉しくてさ。それでね、あの部屋で思ったんだ。幻影っていうのかな、そういうのが見えたような気がするんだ。俺は昔――あそこで誰かに勉強を見てもらってたような気がしてさ。でもじいちゃんじゃないんだ。もっと若くて……とってもやさしい人だったように思うの」
その後、散歩で出掛けた公園のベンチでも同じような感覚に陥ったという。
「あのお饅頭……。あれも遠い昔に食べたことがあった気がするんだ。誰かと一緒にあの公園のベンチでお饅頭を食べた……。多分相手は……勉強を見てくれてたのと同じ人だと思うんだ。若くてとってもやさしいお兄さん……」
そのお兄さんと先程のように饅頭を交換して食べた幻影が浮かんだのだという。
「ここへもそのお兄さんと一緒に来た気がするの。俺は小学生で、そのお兄さんは随分年上だったように思う。俺ね、その人といるとすごく嬉しくて……何を見ても何を食べても気持ちがウキウキしてさ。ずっと一緒に居たいって思ってたような気がする……」
周は驚いた。やはり冰はあの頃のことを思い出し掛けているのだと、そう確信できたからだ。
「でもね、俺その人の顔がどうしても思い出せないんだ。一緒に過ごしたんだってことは本当のような気がするの。でもそれが誰だったのか分からない……。あの頃、俺にはそんな知り合いがいた覚えもないんだ。じいちゃんはもちろん、白龍の顔もはっきり覚えてる。同級生の友達の顔もちゃんと浮かんでくるんだけど。でも肝心のその人の顔だけがどうしても思い出せなくて」
あと一歩なのだと――彼の懸命な表情がそう訴えていた。
「どうした」
「……頼ってもいい?」
申し訳なさそうに伏し目がちながらも、懸命といったふうにそう言った。周は驚いたが、すぐに穏やかに瞳を細め、
「もちろんだ。どんなことでも受け止めてやる。それに――お前に頼られるのは他の誰よりも俺でありたいからな」
すべてを包み込むようなその眼差しに嘘はないといったふうに、絶大な安堵感を滲ませてくれる。そんな亭主に、冰はありがとうと言ってから、ポツリポツリと自らの心の内を手探りするように話し出した。
「俺……俺ね、前にここ来たことがある気がするんだ。それでね、白龍に聞いて欲しいことがあって」
生真面目な顔つきで街並みを見下ろしながら、冰は何かを決心するかのようにそうつぶやいた。
「こないだから俺……皆んなに心配掛けちゃってるでしょ? どこかに何かを置き忘れてきたように感じるっていうアレなんだけど……」
「ああ。お前の不安の原因だな?」
「うん……。あのね、今日一日ずっと感じてたことがあるの。朝、じいちゃんと住んでたアパートに行って……すごく懐かしかった。白龍がこんなにも俺のことを考えてくれて、あのアパートの部屋を手放さずにいてくれて、すごく嬉しくてさ。それでね、あの部屋で思ったんだ。幻影っていうのかな、そういうのが見えたような気がするんだ。俺は昔――あそこで誰かに勉強を見てもらってたような気がしてさ。でもじいちゃんじゃないんだ。もっと若くて……とってもやさしい人だったように思うの」
その後、散歩で出掛けた公園のベンチでも同じような感覚に陥ったという。
「あのお饅頭……。あれも遠い昔に食べたことがあった気がするんだ。誰かと一緒にあの公園のベンチでお饅頭を食べた……。多分相手は……勉強を見てくれてたのと同じ人だと思うんだ。若くてとってもやさしいお兄さん……」
そのお兄さんと先程のように饅頭を交換して食べた幻影が浮かんだのだという。
「ここへもそのお兄さんと一緒に来た気がするの。俺は小学生で、そのお兄さんは随分年上だったように思う。俺ね、その人といるとすごく嬉しくて……何を見ても何を食べても気持ちがウキウキしてさ。ずっと一緒に居たいって思ってたような気がする……」
周は驚いた。やはり冰はあの頃のことを思い出し掛けているのだと、そう確信できたからだ。
「でもね、俺その人の顔がどうしても思い出せないんだ。一緒に過ごしたんだってことは本当のような気がするの。でもそれが誰だったのか分からない……。あの頃、俺にはそんな知り合いがいた覚えもないんだ。じいちゃんはもちろん、白龍の顔もはっきり覚えてる。同級生の友達の顔もちゃんと浮かんでくるんだけど。でも肝心のその人の顔だけがどうしても思い出せなくて」
あと一歩なのだと――彼の懸命な表情がそう訴えていた。
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