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マフィアの花嫁
40(後日談その3)
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汐留の邸に帰ると、大パノラマの窓の外はすっかり宵闇に包まれて、眼下には初冬の街のイルミネーションがキラキラと輝き始めていた。
「坊っちゃま、冰さん、お帰りなさいまし!」
日曜というのに真田がいつも通りの執事姿で出迎えてくれて、コートやマフラーなども手際良く受け取っては消臭消毒機能を備えた玄関ホール脇のクローゼットに吊るしてくれる。ここは全面クリアガラス張りになっていて、一時的に脱いだコートやジャケットなどを引っ掛けておけるスペースなのだ。鐘崎ら客人が来た際にもここで預かる仕組みとなっている。その後は丁寧にブラシをかけたり、プレスしてシワを伸ばしたりとメンテナンスをしてから本格的にクローゼットへしまう。それも真田の仕事のひとつである。
「皆様のお仕立ては如何でございましたか?」
「ああ、お陰様でな。カネのところの若い衆たちにも喜んでもらえたようで良かった」
「左様でございましたか。それは良うございました。冰さんもお疲れ様でございます」
「真田さん、ただいまですー!」
冰は土産の小さな紙袋を差し出しながら、心ばかりですがと言ってぺこりと頭を下げた。
「まあまあ! このようなお心遣い、いつもながら恐れ入ります」
袋は老舗和菓子店の物で、中身は見ずとも想像がつくというものだ。箱の厚さからすると、おそらく真田の好物である求肥入りの薄皮どら焼きである。
「真田、お前さんも晩メシはまだだろう? こいつで茶をしたら、一緒にやらんか」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」
休日の夜は真田ら家令の者たちにできるだけ負担をかけまいと、大概は外食か、冰の手作り愛妻料理と決まっている。だが、今日は朝から採寸の付き添いで出掛けて行った為、お夜食はご用意しておきましょうと真田が見送りの際にそう言ってくれていたのだ。昼は中華のコースと聞いていたし、鐘崎組の組員たちも一緒だということから、そんなに遅くならずに帰宅するのだろうということが真田には解っていたのだろう。
「今夜は和食でご用意させていただいておりますぞ」
昼がボリュームのある中華だから、夜はさっぱりとした和食で――と気遣ってくれる心遣いが有り難い。
早速に土産の和菓子に合わせたお茶を淹れ始めた真田に世話を焼かれながら、周と冰は買って来た便箋と切手などを袋から取り出しては今日一日の楽しかった時間を振り返っていた。
「そういえばもうそのような時期でございますな」
便箋と封筒の山を目にした真田にも、それがお礼状用の物だということが解ったのだろう。
「冰さんが良くお気付きになってくださるので、坊っちゃまも本当に助かっておられますな」
夫婦仲の睦まじい様子が嬉しくて堪らないという真田の思いが、皺の深くなった目元によくよく表れている。そんなとびきりの笑顔が冰にとっても周にとっても嬉しいものなのだ。
その後、三人で茶と和菓子を楽しみながら、今日の買い物の様子や散歩した道のりなど、たわいのない話で和やかな時間を過ごした。
冰にとっては亭主である周とはもちろんのことだが、こうして真田と三人で語り合えるひと時がなんとも言えずに心地の好い時間と言える。亡き黄老人を彷彿とさせるあたたかい真田の相槌や声音、意外にもユーモラスなところのある性質などもそうだが、一緒にいるだけで心が温まるというか、ずっとこうしていたいと思うほどに楽しい時間なのである。真田は二人にとってまさにこの邸の『お父さん』といった存在だ。
「そうそう、坊っちゃま! 台湾の楊大人から年明けに催されるご襲名披露の招待状が届いておりますぞ」
「楊礼偉か。確か今度の春節に合わせての披露目だったな」
「左様で。お昼間に大人から直々にお電話がございましてな。なんでも台湾までの道中をクルーズで如何かとのことでした」
「クルーズ? 船旅か」
楊家も粋な計らいをするものだと周は双眸をゆるめた。
「そうか。ではちょいと電話を入れてくるか」
「そうなさいまし。それまでにお夕膳を整えておきましょう」
「ああ、すまんな。頼む」
周は電話の為に一旦自室へと戻り、冰も部屋着に着替える為、二人仲良くダイニングを後にしていった。
「さてと! お夕膳のお支度と参りましょうな」
茶器を片付けて手際の良く三人分のテーブルセッティングに取り掛かる。息子とも孫ともいえる周と冰と共にする夕食の時間は、真田にとってもたいそう嬉しく元気の源でもあるのだった。弾む心を体現すべく、ニコニコとあたたかな笑みをたたえながら、はつらつと動く真田の足音がダイニングと調理場に心地好くも幸せな空気を作り出す、そんな夜だった。
◆ ◆ ◆
「坊っちゃま、冰さん、お帰りなさいまし!」
日曜というのに真田がいつも通りの執事姿で出迎えてくれて、コートやマフラーなども手際良く受け取っては消臭消毒機能を備えた玄関ホール脇のクローゼットに吊るしてくれる。ここは全面クリアガラス張りになっていて、一時的に脱いだコートやジャケットなどを引っ掛けておけるスペースなのだ。鐘崎ら客人が来た際にもここで預かる仕組みとなっている。その後は丁寧にブラシをかけたり、プレスしてシワを伸ばしたりとメンテナンスをしてから本格的にクローゼットへしまう。それも真田の仕事のひとつである。
「皆様のお仕立ては如何でございましたか?」
「ああ、お陰様でな。カネのところの若い衆たちにも喜んでもらえたようで良かった」
「左様でございましたか。それは良うございました。冰さんもお疲れ様でございます」
「真田さん、ただいまですー!」
冰は土産の小さな紙袋を差し出しながら、心ばかりですがと言ってぺこりと頭を下げた。
「まあまあ! このようなお心遣い、いつもながら恐れ入ります」
袋は老舗和菓子店の物で、中身は見ずとも想像がつくというものだ。箱の厚さからすると、おそらく真田の好物である求肥入りの薄皮どら焼きである。
「真田、お前さんも晩メシはまだだろう? こいつで茶をしたら、一緒にやらんか」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」
休日の夜は真田ら家令の者たちにできるだけ負担をかけまいと、大概は外食か、冰の手作り愛妻料理と決まっている。だが、今日は朝から採寸の付き添いで出掛けて行った為、お夜食はご用意しておきましょうと真田が見送りの際にそう言ってくれていたのだ。昼は中華のコースと聞いていたし、鐘崎組の組員たちも一緒だということから、そんなに遅くならずに帰宅するのだろうということが真田には解っていたのだろう。
「今夜は和食でご用意させていただいておりますぞ」
昼がボリュームのある中華だから、夜はさっぱりとした和食で――と気遣ってくれる心遣いが有り難い。
早速に土産の和菓子に合わせたお茶を淹れ始めた真田に世話を焼かれながら、周と冰は買って来た便箋と切手などを袋から取り出しては今日一日の楽しかった時間を振り返っていた。
「そういえばもうそのような時期でございますな」
便箋と封筒の山を目にした真田にも、それがお礼状用の物だということが解ったのだろう。
「冰さんが良くお気付きになってくださるので、坊っちゃまも本当に助かっておられますな」
夫婦仲の睦まじい様子が嬉しくて堪らないという真田の思いが、皺の深くなった目元によくよく表れている。そんなとびきりの笑顔が冰にとっても周にとっても嬉しいものなのだ。
その後、三人で茶と和菓子を楽しみながら、今日の買い物の様子や散歩した道のりなど、たわいのない話で和やかな時間を過ごした。
冰にとっては亭主である周とはもちろんのことだが、こうして真田と三人で語り合えるひと時がなんとも言えずに心地の好い時間と言える。亡き黄老人を彷彿とさせるあたたかい真田の相槌や声音、意外にもユーモラスなところのある性質などもそうだが、一緒にいるだけで心が温まるというか、ずっとこうしていたいと思うほどに楽しい時間なのである。真田は二人にとってまさにこの邸の『お父さん』といった存在だ。
「そうそう、坊っちゃま! 台湾の楊大人から年明けに催されるご襲名披露の招待状が届いておりますぞ」
「楊礼偉か。確か今度の春節に合わせての披露目だったな」
「左様で。お昼間に大人から直々にお電話がございましてな。なんでも台湾までの道中をクルーズで如何かとのことでした」
「クルーズ? 船旅か」
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「そうか。ではちょいと電話を入れてくるか」
「そうなさいまし。それまでにお夕膳を整えておきましょう」
「ああ、すまんな。頼む」
周は電話の為に一旦自室へと戻り、冰も部屋着に着替える為、二人仲良くダイニングを後にしていった。
「さてと! お夕膳のお支度と参りましょうな」
茶器を片付けて手際の良く三人分のテーブルセッティングに取り掛かる。息子とも孫ともいえる周と冰と共にする夕食の時間は、真田にとってもたいそう嬉しく元気の源でもあるのだった。弾む心を体現すべく、ニコニコとあたたかな笑みをたたえながら、はつらつと動く真田の足音がダイニングと調理場に心地好くも幸せな空気を作り出す、そんな夜だった。
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