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マフィアの花嫁
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同じ頃、川崎の鐘崎邸でも似たような光景が繰り広げられていた。
「源さん、たーだいまぁ!」
明るい姐さんの声で帰着を知った番頭の源次郎が、元気に出迎えに顔を出した。
「若、姐さん、お帰りなさいやし! お疲れ様でござんしたな」
組員たちの様子は如何でしたか? などと聞きながら、笑顔で荷物を受け取ってくれる。
「うん! お陰でいいスーツ仕立ててもらえたようだぜ。中華もめっちゃ旨くてさ。ヤツらも喜んでたわ」
「それは良うござんした。ただいまお茶をお淹れいたしましょうな」
「さんきゅ、源さん! んじゃ、こいつで一服やるべ」
紫月が差し入れに選んできたのは、源次郎の好物である羊羹だ。
「おやおや、いつもすみませんな」
羊羹は小豆だけでなく、黒糖や紅茶味に蜂蜜味といった多種類が揃っていて風情がある。
「源さん、黒糖味が好きだべ?」
「ええ、ええ! そりゃあもう! 姐さんは今日は何になさいます?」
「そーだなぁ。俺ァこれにすべ! 紅茶味」
「紅茶もさっぱりとしていて美味しゅうございますな」
早速に茶の支度をしながら、こちらもまた汐留の真田に負けず劣らずの笑顔を見せる。
「若は一献おつけいたしますかな」
甘い物を進んで食べない鐘崎には、お茶で一服よりも熱燗の方がいいだろうとさすがの機転だ。
「ああ、すまんな源さん」
鐘崎が上着をスタンドハンガーに引っ掛けながら嬉しそうな笑みを見せる。
「あ、そんじゃさ、つまみ! 朝に漬け込んでったやつ出してくるわ。今日は人参と茄子の浅漬けだぜ」
紫月が糠床から漬物を出してくると言って、パタパタと住処のある棟へと駆けていった。その軽快な足音に言いようのない幸せを感じて、鐘崎はついつい頬をゆるめてしまった。
「なあ源さん、こういう日常ってのはいいもんだな」
お帰りなさいと出迎えてくれる笑顔のあたたかさ。ただいまと一口づつ分け合う差し入れの菓子ひとつ。労いの気持ちがこもった熱々のお茶に一献の酒。それに花を添える手作りの漬物。
何気ない日常のひとこまではあるが、共に卓を囲めるこの時間が本当にあたたかく、ホッと気持ちを癒してくれる。
「いい姐様を持たれましたな、若」
隣の棟から渡り廊下を小走りしてくる足音に耳を寄せながら、源次郎が熱燗を持ってくる。その表情も言葉の通りに穏やかで幸せに満ちている。
「ああ。俺には過ぎた嫁さんだが――有り難えことだ」
「ほほ、きっと姐さんも同じことをおっしゃるのでしょうな」
俺には過ぎた旦那だけどさ――。
ニカっと白い歯を見せてはとびきりの笑顔でそんなふうに言うだろう紫月の姿を想像すれば、源次郎も鐘崎も自然と頬がゆるんでしまう。
「きっと姐さんはこの羊羹を肴に熱燗でもイケる口でしょうな」
「言えてる――」
羊羹に熱燗という想像をしただけで思わず胸焼けを起こしそうな顔つきになって苦笑する若頭に、源次郎もまた、『プッ』と吹き出しては豪快に笑ってしまった。そこへちょうど漬物を手に紫月が戻って来た。
「おー! 熱燗も美味そうだね! 羊羹肴に俺もちびっともらうべ」
予想通り羊羹で酒を飲むらしい紫月のひと言に、またまた吹き出してしまった源次郎と、その横で苦虫を噛み潰したようななんとも言えない表情をした鐘崎の様子が滑稽だ。だが、それも浅漬けを目にした途端、瞬時に瞳は期待の輝きを見せた。
「お! 旨そうだ」
こいつはいいつまみになるぞとばかりに喉を鳴らす。
「ほれ、遼。昨夜作って冷蔵庫に入れてたやつも出してきた。レンコンの味噌漬けだ」
良かったら源さんもやってみて! と皿を差し出す。
「レンコンですか! 旨そうですな!」
「うん。ちょっと唐辛子入れてっからピリッとさ。なかなかイケるよ、これ」
と言いながら当の本人は羊羹をパクリと一口。そして熱燗を煽る。
「んめえー!」
ご満悦の表情で目を細める。そんな仕草が言葉にならないほどに愛しくて可愛くて、見ている方も目が細くなってしまう。
「うん、旨い! このレンコン、最高だ!」
「ええ、ええ、イケますな! これは私も一献いただきたくなりましたぞ」
「マジ? 気に入ってもらえて良かったわ!」
それじゃ皆んなで乾杯するべと、再度盃を持ち上げる。
ワイのワイのと賑やかに、そしてとびきり幸せな日常の夜が更けていったのだった。
後日談その3 - FIN -
「源さん、たーだいまぁ!」
明るい姐さんの声で帰着を知った番頭の源次郎が、元気に出迎えに顔を出した。
「若、姐さん、お帰りなさいやし! お疲れ様でござんしたな」
組員たちの様子は如何でしたか? などと聞きながら、笑顔で荷物を受け取ってくれる。
「うん! お陰でいいスーツ仕立ててもらえたようだぜ。中華もめっちゃ旨くてさ。ヤツらも喜んでたわ」
「それは良うござんした。ただいまお茶をお淹れいたしましょうな」
「さんきゅ、源さん! んじゃ、こいつで一服やるべ」
紫月が差し入れに選んできたのは、源次郎の好物である羊羹だ。
「おやおや、いつもすみませんな」
羊羹は小豆だけでなく、黒糖や紅茶味に蜂蜜味といった多種類が揃っていて風情がある。
「源さん、黒糖味が好きだべ?」
「ええ、ええ! そりゃあもう! 姐さんは今日は何になさいます?」
「そーだなぁ。俺ァこれにすべ! 紅茶味」
「紅茶もさっぱりとしていて美味しゅうございますな」
早速に茶の支度をしながら、こちらもまた汐留の真田に負けず劣らずの笑顔を見せる。
「若は一献おつけいたしますかな」
甘い物を進んで食べない鐘崎には、お茶で一服よりも熱燗の方がいいだろうとさすがの機転だ。
「ああ、すまんな源さん」
鐘崎が上着をスタンドハンガーに引っ掛けながら嬉しそうな笑みを見せる。
「あ、そんじゃさ、つまみ! 朝に漬け込んでったやつ出してくるわ。今日は人参と茄子の浅漬けだぜ」
紫月が糠床から漬物を出してくると言って、パタパタと住処のある棟へと駆けていった。その軽快な足音に言いようのない幸せを感じて、鐘崎はついつい頬をゆるめてしまった。
「なあ源さん、こういう日常ってのはいいもんだな」
お帰りなさいと出迎えてくれる笑顔のあたたかさ。ただいまと一口づつ分け合う差し入れの菓子ひとつ。労いの気持ちがこもった熱々のお茶に一献の酒。それに花を添える手作りの漬物。
何気ない日常のひとこまではあるが、共に卓を囲めるこの時間が本当にあたたかく、ホッと気持ちを癒してくれる。
「いい姐様を持たれましたな、若」
隣の棟から渡り廊下を小走りしてくる足音に耳を寄せながら、源次郎が熱燗を持ってくる。その表情も言葉の通りに穏やかで幸せに満ちている。
「ああ。俺には過ぎた嫁さんだが――有り難えことだ」
「ほほ、きっと姐さんも同じことをおっしゃるのでしょうな」
俺には過ぎた旦那だけどさ――。
ニカっと白い歯を見せてはとびきりの笑顔でそんなふうに言うだろう紫月の姿を想像すれば、源次郎も鐘崎も自然と頬がゆるんでしまう。
「きっと姐さんはこの羊羹を肴に熱燗でもイケる口でしょうな」
「言えてる――」
羊羹に熱燗という想像をしただけで思わず胸焼けを起こしそうな顔つきになって苦笑する若頭に、源次郎もまた、『プッ』と吹き出しては豪快に笑ってしまった。そこへちょうど漬物を手に紫月が戻って来た。
「おー! 熱燗も美味そうだね! 羊羹肴に俺もちびっともらうべ」
予想通り羊羹で酒を飲むらしい紫月のひと言に、またまた吹き出してしまった源次郎と、その横で苦虫を噛み潰したようななんとも言えない表情をした鐘崎の様子が滑稽だ。だが、それも浅漬けを目にした途端、瞬時に瞳は期待の輝きを見せた。
「お! 旨そうだ」
こいつはいいつまみになるぞとばかりに喉を鳴らす。
「ほれ、遼。昨夜作って冷蔵庫に入れてたやつも出してきた。レンコンの味噌漬けだ」
良かったら源さんもやってみて! と皿を差し出す。
「レンコンですか! 旨そうですな!」
「うん。ちょっと唐辛子入れてっからピリッとさ。なかなかイケるよ、これ」
と言いながら当の本人は羊羹をパクリと一口。そして熱燗を煽る。
「んめえー!」
ご満悦の表情で目を細める。そんな仕草が言葉にならないほどに愛しくて可愛くて、見ている方も目が細くなってしまう。
「うん、旨い! このレンコン、最高だ!」
「ええ、ええ、イケますな! これは私も一献いただきたくなりましたぞ」
「マジ? 気に入ってもらえて良かったわ!」
それじゃ皆んなで乾杯するべと、再度盃を持ち上げる。
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