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書き初め
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元日――。
鐘崎組では組長から組員まで全員が集まって新年の朝膳を大広間で摂ることが恒例となっている。厳かに盃を酌み交わし、今年一年の健康と平穏を祈念するのである。
元旦の膳は組専属料理人の忠吉と忠吾父子が腕によりを掛けた純和食が並び、お屠蘇で新しい春を祝う。和服姿の極道が勢揃いする光景は荘厳だ。
膳が済むと、これまた恒例となっている書き初め大会が幕を開ける。達筆堕筆にかかわらず、誰もが今年の目標や夢、あるいは志をしたためるのである。
とはいえ、この書き初め大会はそう堅苦しいものではなく、意外にもユーモアのあふれた、いわば皆でワイワイガヤガヤと楽しむ余興のようなものでもある。さすがに組長の僚一や番頭の源次郎などは生真面目な文字を半紙にしたためるのだが、若頭以下組員たちの書くものといったら半分は受け狙いのようなものも多い。そうして皆で茶化し合ったり讃え合ったりして絆を深めるのである。
そんな中、若頭の鐘崎がしたためた文言が早くも話題に上がっていた。彼が堂々たる男らしい墨字で書き付けたのは、「毎日」という二文字だ。それを目にした組員たちが不思議顔で首を傾げながらその意味するところを訊いていた。
「若、毎日ってどういう意味っスか?」
「バッカなぁ、おめえ。若のことだ、毎日仕事に励むって意味に決まってるだろが!」
「うぉー、そっか! さすが若っスね! 気合いが違いますわ!」
若い組員たちがワイのワイのと騒ぎ立てる傍らで、姐の紫月だけは背筋に寒気が走ったような顔つきで、少々顔色を蒼くしていた。そして、慌てて自らの書き初めを半紙にしたためる。しかも皆に背を向けるようにして、何やらコソコソと書き始まったのだ。
「姐さんは何て書いたっスか?」
興味津々の若い衆らが覗き込んだ半紙の文字は――。
「拾壱……? って、どういう意味っスか?」
若い衆らが口を揃えて姐さんを凝視する。
若頭の「毎日」は毎日仕事に励むという意味だとして、「拾壱」はさすがに意味不明だ。
ところが、亭主である鐘崎にだけはその意味するところが理解できてしまったらしく、途端に口元をへの字にして半泣きしそうな表情を見せる。
「おめえ……そりゃねえだろ。いくら何でも拾壱たぁ酷すぎる」
その言葉を聞いて、若い衆らが驚き顔で一斉に姐さんを見つめた。
「ああ……拾壱じゃなくて十一って意味っスか……。てか、姐さん、誰かに金でも踏み倒されてらっしゃるんスか?」
そんな戯けた輩がいるなら、即自分たちが締め上げて取り立てますぜと鼻息を荒くする。だが、このことは既に若頭の鐘崎も知っているふうな口ぶりだった。とすれば、この姐さんから金銭を借りているだろう相手はごく近しい人物という可能性もある。
「まさか……若が姐さんから借金してらっしゃるとか?」
組員たちの想像はそちらの方へ一直線のようだ。十一とは金貸しの隠語で十日に一割の利子がつくという意味だからだ。
「はぁ、十一は……さすがにキツいっスけど……」
「けど、悪徳街金ならもっと酷え利子付ける所もありやすし……」
極道の姐としては打倒というところか。組員たちは「それでこそ姐さんですぜ」などと、違う方向で敬服の眼差しを見せる。
夫婦二人が書いた「毎日」と「拾壱」の本当の意味を知る由もなく、正月早々若頭が姐さんに借金しているらしいという話題で盛り上がったのだった。
鐘崎組では組長から組員まで全員が集まって新年の朝膳を大広間で摂ることが恒例となっている。厳かに盃を酌み交わし、今年一年の健康と平穏を祈念するのである。
元旦の膳は組専属料理人の忠吉と忠吾父子が腕によりを掛けた純和食が並び、お屠蘇で新しい春を祝う。和服姿の極道が勢揃いする光景は荘厳だ。
膳が済むと、これまた恒例となっている書き初め大会が幕を開ける。達筆堕筆にかかわらず、誰もが今年の目標や夢、あるいは志をしたためるのである。
とはいえ、この書き初め大会はそう堅苦しいものではなく、意外にもユーモアのあふれた、いわば皆でワイワイガヤガヤと楽しむ余興のようなものでもある。さすがに組長の僚一や番頭の源次郎などは生真面目な文字を半紙にしたためるのだが、若頭以下組員たちの書くものといったら半分は受け狙いのようなものも多い。そうして皆で茶化し合ったり讃え合ったりして絆を深めるのである。
そんな中、若頭の鐘崎がしたためた文言が早くも話題に上がっていた。彼が堂々たる男らしい墨字で書き付けたのは、「毎日」という二文字だ。それを目にした組員たちが不思議顔で首を傾げながらその意味するところを訊いていた。
「若、毎日ってどういう意味っスか?」
「バッカなぁ、おめえ。若のことだ、毎日仕事に励むって意味に決まってるだろが!」
「うぉー、そっか! さすが若っスね! 気合いが違いますわ!」
若い組員たちがワイのワイのと騒ぎ立てる傍らで、姐の紫月だけは背筋に寒気が走ったような顔つきで、少々顔色を蒼くしていた。そして、慌てて自らの書き初めを半紙にしたためる。しかも皆に背を向けるようにして、何やらコソコソと書き始まったのだ。
「姐さんは何て書いたっスか?」
興味津々の若い衆らが覗き込んだ半紙の文字は――。
「拾壱……? って、どういう意味っスか?」
若い衆らが口を揃えて姐さんを凝視する。
若頭の「毎日」は毎日仕事に励むという意味だとして、「拾壱」はさすがに意味不明だ。
ところが、亭主である鐘崎にだけはその意味するところが理解できてしまったらしく、途端に口元をへの字にして半泣きしそうな表情を見せる。
「おめえ……そりゃねえだろ。いくら何でも拾壱たぁ酷すぎる」
その言葉を聞いて、若い衆らが驚き顔で一斉に姐さんを見つめた。
「ああ……拾壱じゃなくて十一って意味っスか……。てか、姐さん、誰かに金でも踏み倒されてらっしゃるんスか?」
そんな戯けた輩がいるなら、即自分たちが締め上げて取り立てますぜと鼻息を荒くする。だが、このことは既に若頭の鐘崎も知っているふうな口ぶりだった。とすれば、この姐さんから金銭を借りているだろう相手はごく近しい人物という可能性もある。
「まさか……若が姐さんから借金してらっしゃるとか?」
組員たちの想像はそちらの方へ一直線のようだ。十一とは金貸しの隠語で十日に一割の利子がつくという意味だからだ。
「はぁ、十一は……さすがにキツいっスけど……」
「けど、悪徳街金ならもっと酷え利子付ける所もありやすし……」
極道の姐としては打倒というところか。組員たちは「それでこそ姐さんですぜ」などと、違う方向で敬服の眼差しを見せる。
夫婦二人が書いた「毎日」と「拾壱」の本当の意味を知る由もなく、正月早々若頭が姐さんに借金しているらしいという話題で盛り上がったのだった。
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