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そうして少しの間続いた沈黙の中、岩本が言葉を発する。

「寺山知事、行くのはよろしいですが本当に気を付けて、何かあったらすぐに引き返してくださいね」

寺山ははっとして岩本のほうを向く。
そして問いかけた。

「いいんですか?本当に現地に行っても?」

寺山の言葉に対して無言でうなずく岩本。
それはほかの職員も同様だった。

「あ、ありがとうございます…」

職員たちの温かいまなざしを見て、寺山も思わず感謝の言葉を漏らす。

「私はここで副知事として、あなたの代わりに指揮を執ります。知事は現場に行って、しっかりと現地で情報を集めてきてください」
「わかりました、がんばります」

平松の応援を受けて、気持ちを奮い立たせる寺山。
かくして大勢の合意のもと、寺山も現地を視察することが決まったのであった。

それから一同は出発の準備を整え、本庁舎に隣接する駐車場に集合した。
寺山含めて総勢8名の視察隊は二台の車で四人ずつ移動することになり、そのための公用車が彼らのもとに停まった。

職員たち含め、平松自身も地震が起きて間もない被災地に現役知事である寺山を送るのに不安がないわけではない。
だがすでに警察や自衛隊が現場に駆けつけていて、ある程度安全が確保されていること。
そして奇妙なほどにけが人や死傷者がいないという点も踏まえ、しっかりと護衛をつけることを条件に寺山を被災地に送り出す。

窓越しにお互い手を振る視察隊とそれを見送る人たち。
どちらも自らの責務を全うするために各々の現場に向かうのであった。

かくして寺山達を乗せた車は鳥取との県境へ向かうこととなった。
彼らが通る島根県庁から国道9号線を通って鳥取の米子へ向かう経路は、普段なら一時間かからない。
だが今回はその途中で自衛隊の災害派遣部隊と合流することになっており、そこからは自衛隊の護衛付きで動くことになっている。
そのため合流地点までしばらく車に揺られることになった。

米子への旅路を急ぐ中、ふと車窓の奥を流れる風景に目をやる寺山。
松江の中心部を出てからしばらくすると建物の数は減っていき、やがてまばらになる。
そして住宅街や田畑ばかりになっていった。
目に映るのはいつもと変わらない島根の日常。
あたたかな秋の太陽の下に映える穏やかな景色は、地震の被害などみじんも感じさせなかった。

深刻な通信障害が起こっているのだから、地震によって深刻な被害が出ているのかと思って寺山は不安に駆られていた。
だが普段通りの光景が見られたことで、少しだけ安心を取り戻す。
そんな寺山を乗せて、車窓に秋を移しながら車は東へと進んでいった。



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