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1章 ー ハル ー

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「カモン! ケットシー!!!」


時刻は、23時59分。

俺は一年半住んでいる、6畳アパートの黄色っぽい天井を見上げながら叫んだ。

だが、一人暮らしの狭い空間で、自分の声が静かに『こだま』しただけだった。

「ったく、俺は何やってんだよ」
つい、独り言が漏れる。そのまま布団を被り寝返りを打った。

今日、地元で親友の最期の姿を見送った。


『悠の最期』


ぶるっと震える。
最期の姿まで、白く透き通った人形のような悠は、本当に天使のようで、涙も出なかった。

お通夜から何時間、悠のそばにいただろうか。

そばにいるだけで、時間を共有できているように感じた。

一体なにがあったのか?

声を出すことなく、悠に問いかけた。
当然、返事を待っても、二度と悠の声を聞くことはできない。

本当にもどかしい。

だが悠、お前には目標があったんじゃなかったのか。
諦めて、それで良かったのか、悠、お前は将来、『守る』立場の人間になるんじゃなかったのか。


今更そんなことを責めても、何にもならないことは分かっている。

それでも、言いたい。
死ぬ前に、なぜ俺に相談の一つもなかったのかと。

どれだけ問い詰めたとしても、悠は答えない。

悠はたぶん、俺に相談しても無駄だということを分かっていたのだ。

相談すれば、過去に戻ることになる。
わざわざ離れた俺への、気遣いだ。

でも、せめて連絡くらいは欲しいと思った。
別に友達をやめたわけではなかったのだ。

どうして、助けてやれなかった。俺は、どうして、



『あの時、俺と同じ高校へ来ることを喜んでいれば』



「まったく!! 自己中心的にもほどがあるね! キミは!!!」

唐突に三毛猫の声が聞こえた。

「え!!?」

いつの間にか俺は大きな鳩時計のハトの上に座っていた


「君にとっては久しぶりだね! ハル」


ケットシーだ! 前と同じ貴族のような格好で、偉そうに砂時計の上に座っている。

場所は宇宙空間。
星々の中に大小さまざまな歯車が散らばっている。


間違いない! 『あの』空間だ!


「なんだ? 君にとっては、ってのは」

ケットシーは胸を張り、ふんぞり返る。

「私は時空の狭間で時を管理しているんだ。以前の君に会ってから、たったの5分しか経っていない」

さすがに驚いた。

「じゃあ、この空間だと、そんなに早く時間が流れるのか」

「そんなわけないだろう。私が管理しているんだから、私が早く進めれば早く進むし、緩めれば遅くなる」

「そ、そうなのか。便利だな」

「さよう! だが、時の管理について便利だとか不便だとか、そういう利己的な表現で説明されるのは、いささか不愉快ではある。こうべを垂れよ!」

「いや、ちょっ――」

背中に突然大きな力を感じ、鳩時計のハトから歯車の地面に叩き落された。

衝撃はあったが、身体は何ともなかった。

完全にうつ伏せに倒れている俺。

「はっはっは、実に愉快だ! 生物が自分の思うがままに動いているというのは、どうして、これほどまでに快感なのだろうね。君はどう思う?」

ケットシーの言葉に答えようにも頭が地面から離れない。

「これは失礼! ハイ!」

俺の体が軽くなった。

「何だよ、人をおもちゃみたいに」

「君たちだって私たち猫を好き勝手に扱っているんだから、このぐらい耐えなさい。対等ではないか?」

「別に俺は猫を飼ってないし、今のお前の発言を聞いて、これから未来永劫、飼おうとも思わなくなったよ」

「ほほう、それは寂しいじゃないか」

「どうして欲しいんだお前は」

ケットシーは笑みを浮かべている。

「そんなことよりハル! キミはもしかして、私を頼ろうとしていたのかな?」

見透かされているのは全て承知の上だ。
この三毛猫に、何を望んでいるのか、そんなことは分かりきっている。

俺が口を開く瞬間にケットシーが割って入った。

「ゆ――」

「悠を助けたいだって!? なんて運命に逆らったことを言うんだキミは!」

「まだ言葉にしていないだろーが」

「せっかく私が止めてあげたというのに! その極めて自己中心的な発言から!!」

「人を助けたいっていうのは、自己中心的って言うのか?」

「言うとも! 当たり前だろう! キミは猫をペットと見立てて、毎日エサを与えている人間を見たことはあるかい?」

「そりゃエサくらいやるだろ、死んじゃうじゃないか」

「死なないさ。エサくらい自分で取ってくる。君たちが『世話をする』という遊びに付き合ってあげているのさ。『おままごと』。我々にとってはそういう解釈だ」

溜息が出る。

本当にこのケットシーという三毛猫は、猫の王様っぽい発言をするな。

「分かった。確かに助けたいというのは俺の自己中心的な願望だ。べつに悠がそれを望んでいたわけじゃない。望んでいたら、俺に助けを求めてくるもんな。わかってたんだ。そんなことは」

ケットシーは、また笑みを浮かべて、両手を叩いた。肉球なんだけどな。

「実にハルくんらしい考え方だ。そして、思い込みも甚だしいな!」

「何言ってるんだ? 悠が俺に気を遣って、相談しなかったってのがおかしいのか?」

ケットシーは胸を張り、両手を背中で組みながら俺の周りをグルグル回った。

「ハル、君の考え方は、一方的であり、一部の可能性を全否定している」

「可能性? なにいってんだ?」

「悠は、前からハルに相談していたんだよ」

「そんなわけないだろう? え? じゃあ、ちょっと待てよ」

俺は自分の携帯を取り出し、番号を確認した。
そうだ。忘れていた。

「ハル! 気付いたか。そう、君は携帯を買い替えたときに番号を変えた。そして、それを悠に教え忘れていた。つまり、悠の携帯の履歴には、君へ掛けた番号が残っている。しかも、彼が学校の屋上から身投げをする直前に」

なんてこった。俺は悠からちゃんと頼られてたんじゃないか。

「俺は、悠を助けてやれなかった」

なぜ俺は番号を変えたときにすぐ悠に教えなかったのか。
俺は本当に、あいつのことを何もわかってやれてなかったんだな。

「そうだ! キミは運命に逆らっただけでなく、唯一の親友である彼のSOSにも応えられなかった。実に哀れ、哀れな人間」

「なんとでも言え! どうせこれもただの夢なんだ。結局何も変わらないなら、もうどうでもいい」

「だがハル。君は私を呼んだ」
唐突にキリっとする三毛猫。

「運命は変えられないんだろ? 俺はお前に、時間を戻して欲しかったんだよ。それができるかもしれないって、一瞬だけ思ったんだ。そのためだったら、なんだってする。もし、俺の命を犠牲にすれば助けられるなら、それでも良かった。それくらい、俺は後悔したんだ。あの時、あいつを受け入れてやらなかったこと。だからお前を呼んだ。それだけだ」

ケットシーはまた笑みを浮かべた。

「素晴らしい! なんて素晴らしい友情だろう! 私は感動した! そして愚かでもある! キミは君を大切に思っている人のことを考えたことはないのかい? 友達のために自分が犠牲になる? 実に身勝手だな! だが、それほどまでに深い愛を、まさか同性に対して抱くさまを目の当たりにできるとは。珍しくも面白い! まさに感涙である!」

「俺の感情をおもちゃにしてんじゃねーよ。本気で思ったんだ。俺は悠を大事に思っている」

そうだ。俺の悠と過ごした日々は、冗談ではなく宝物だった。大切にしていたものが奪われた。そんな感情だ。
原因を突き止めたい。そして、もし悠を追い込んだ奴がいたのなら、そいつに復讐をしてやりたい。
せめて、悠への手向けとして、そいつを一発でもぶん殴って、一矢報いてやりたい。そう思う。



「助けられるよ」



ケットシーの声が聞こえた。



「は?」



「だから、悠を取り戻せるといってるんだ」

何を言っているんだこの猫は。

「だって、運命には逆らえないんだろ? 時間を戻してもいいのか?」

「時間を戻すだなんて言ってないだろう。戻さなくても、悠を取り戻す方法があるって言っているんだ」

突然、希望が湧いた。だが、どういうことだろう?

「な、何をすればいいんだ? 俺は何を」

「転生だ」

「て、転生? 転生って、あの転生か?」

「あの転生だ。キミは別の人間に生まれ変わるんだ」

「ちょっと待てよ、俺が転生して生まれ変わっても、しょうがないだろ?」

ケットシーは顎に手を当て、俺の目を見つめた。猫の目は大きい。

「実は、すでに悠の魂は転生の準備に入っている。君は彼の後を追うことで、一緒に同じ場所で転生することができるんだ」

「それは、来世で会うことができるってことか? 俺も死ぬってことか。いや、まぁ、ちょっと意味は変わるが、また会えるってことではあるのか」

「いや、ハル、君の目的は、転生先の世界で、悠をこの世界へ連れ戻すことだ」

また、何言っているんだこの猫は。

「そんなことができるのか? 一度転生して、また戻ってくるなんてこと」

「できる。異世界というのは時空の狭間でつながっているからね。ただ、戻るためには、とある『辞書』を探さなくてはならないんだ。ここでは詳しくは教えられないが、いずれ分かる。キミが今いる世界は、キミが戻ってくるまでの間、凍結しておいてあげるよ」

「そんなこと、していいのか?」

「問題ないさ。一時的に世界が凍結されたって、私以外は、だれも困らないからね。そう思わないかい?」

「で、でも、ケットシーは困るんだろ? 大丈夫なのか?」

「大丈夫。なぜなら、聖女ノルン様がそれを望んでいるからね」

「その、ノルン様って、何か、俺に関係しているのか?」

「ハルに? まさか、『悠』に関係しているんだよ」

「悠に?」

「そうさ、キミを導いたのも、キミを導くのも、すべてノルン様だ」

「意味が全然わからないぞ」

「大丈夫さ、ノルン様のことは、悠に聞くといい。これからキミが向かう世界は、非常に混沌としているが、この時空の狭間との関係性は深い。いつかは帰ってくることができるはずだ」

ケットシーの座っていた砂時計が上下入れ替わり、空間がゆがむのを感じた。

「俺は、悠を助けることができるんだな」

「それはキミの努力次第だ。私は可能性を与えたに過ぎない。これも、運命の女神様のおかげだ」

ゆっくりと空間が消えていく。

ケットシーが、なぜ俺の夢に現れたのか結局は分からなかったが、悠を助け出せるのなら、何でも利用してやろう。

俺はただ、悠に会いたい。悠と話したい。ただ、それだけだった。

ケットシーの声が聞こえた。もう姿は見えない。

「最後に、ハル、君に与えられる特殊能力について教えといてあげるよ」

とくしゅのうりょく? なんだそれは? 
ケットシーの声が続く。

「キミは、剣士としての特性が付いている。その上で、魔力を宿すことができる」

まりょく? なんだ? 魔法か?

「そう! 魔法だ。キミは魔法剣士として、戦いに赴くことになるだろう。守ってあげなさい。キミが守るべきその人を。聖女、ノルン様を――」

ケットシーの声が消えていく。

俺が? なぜ、ノルン様を?



何を言っているんだ?

てか、玄関の鍵閉めたっけ? あした雨だ、洗濯物干しっぱだわ。やべーな。



あ、そういや、『爆食天帝』最新刊、今日発売だったな。


買っとかないとなぁ





異世界にも、売ってるのかなぁ









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