2 / 25
1章 ー ハル ー
しおりを挟む
「カモン! ケットシー!!!」
時刻は、23時59分。
俺は一年半住んでいる、6畳アパートの黄色っぽい天井を見上げながら叫んだ。
だが、一人暮らしの狭い空間で、自分の声が静かに『こだま』しただけだった。
「ったく、俺は何やってんだよ」
つい、独り言が漏れる。そのまま布団を被り寝返りを打った。
今日、地元で親友の最期の姿を見送った。
『悠の最期』
ぶるっと震える。
最期の姿まで、白く透き通った人形のような悠は、本当に天使のようで、涙も出なかった。
お通夜から何時間、悠のそばにいただろうか。
そばにいるだけで、時間を共有できているように感じた。
一体なにがあったのか?
声を出すことなく、悠に問いかけた。
当然、返事を待っても、二度と悠の声を聞くことはできない。
本当にもどかしい。
だが悠、お前には目標があったんじゃなかったのか。
諦めて、それで良かったのか、悠、お前は将来、『守る』立場の人間になるんじゃなかったのか。
今更そんなことを責めても、何にもならないことは分かっている。
それでも、言いたい。
死ぬ前に、なぜ俺に相談の一つもなかったのかと。
どれだけ問い詰めたとしても、悠は答えない。
悠はたぶん、俺に相談しても無駄だということを分かっていたのだ。
相談すれば、過去に戻ることになる。
わざわざ離れた俺への、気遣いだ。
でも、せめて連絡くらいは欲しいと思った。
別に友達をやめたわけではなかったのだ。
どうして、助けてやれなかった。俺は、どうして、
『あの時、俺と同じ高校へ来ることを喜んでいれば』
「まったく!! 自己中心的にもほどがあるね! キミは!!!」
唐突に三毛猫の声が聞こえた。
「え!!?」
いつの間にか俺は大きな鳩時計のハトの上に座っていた
「君にとっては久しぶりだね! ハル」
ケットシーだ! 前と同じ貴族のような格好で、偉そうに砂時計の上に座っている。
場所は宇宙空間。
星々の中に大小さまざまな歯車が散らばっている。
間違いない! 『あの』空間だ!
「なんだ? 君にとっては、ってのは」
ケットシーは胸を張り、ふんぞり返る。
「私は時空の狭間で時を管理しているんだ。以前の君に会ってから、たったの5分しか経っていない」
さすがに驚いた。
「じゃあ、この空間だと、そんなに早く時間が流れるのか」
「そんなわけないだろう。私が管理しているんだから、私が早く進めれば早く進むし、緩めれば遅くなる」
「そ、そうなのか。便利だな」
「さよう! だが、時の管理について便利だとか不便だとか、そういう利己的な表現で説明されるのは、いささか不愉快ではある。首を垂れよ!」
「いや、ちょっ――」
背中に突然大きな力を感じ、鳩時計のハトから歯車の地面に叩き落された。
衝撃はあったが、身体は何ともなかった。
完全にうつ伏せに倒れている俺。
「はっはっは、実に愉快だ! 生物が自分の思うがままに動いているというのは、どうして、これほどまでに快感なのだろうね。君はどう思う?」
ケットシーの言葉に答えようにも頭が地面から離れない。
「これは失礼! ハイ!」
俺の体が軽くなった。
「何だよ、人をおもちゃみたいに」
「君たちだって私たち猫を好き勝手に扱っているんだから、このぐらい耐えなさい。対等ではないか?」
「別に俺は猫を飼ってないし、今のお前の発言を聞いて、これから未来永劫、飼おうとも思わなくなったよ」
「ほほう、それは寂しいじゃないか」
「どうして欲しいんだお前は」
ケットシーは笑みを浮かべている。
「そんなことよりハル! キミはもしかして、私を頼ろうとしていたのかな?」
見透かされているのは全て承知の上だ。
この三毛猫に、何を望んでいるのか、そんなことは分かりきっている。
俺が口を開く瞬間にケットシーが割って入った。
「ゆ――」
「悠を助けたいだって!? なんて運命に逆らったことを言うんだキミは!」
「まだ言葉にしていないだろーが」
「せっかく私が止めてあげたというのに! その極めて自己中心的な発言から!!」
「人を助けたいっていうのは、自己中心的って言うのか?」
「言うとも! 当たり前だろう! キミは猫をペットと見立てて、毎日エサを与えている人間を見たことはあるかい?」
「そりゃエサくらいやるだろ、死んじゃうじゃないか」
「死なないさ。エサくらい自分で取ってくる。君たちが『世話をする』という遊びに付き合ってあげているのさ。『おままごと』。我々にとってはそういう解釈だ」
溜息が出る。
本当にこのケットシーという三毛猫は、猫の王様っぽい発言をするな。
「分かった。確かに助けたいというのは俺の自己中心的な願望だ。べつに悠がそれを望んでいたわけじゃない。望んでいたら、俺に助けを求めてくるもんな。わかってたんだ。そんなことは」
ケットシーは、また笑みを浮かべて、両手を叩いた。肉球なんだけどな。
「実にハルくんらしい考え方だ。そして、思い込みも甚だしいな!」
「何言ってるんだ? 悠が俺に気を遣って、相談しなかったってのがおかしいのか?」
ケットシーは胸を張り、両手を背中で組みながら俺の周りをグルグル回った。
「ハル、君の考え方は、一方的であり、一部の可能性を全否定している」
「可能性? なにいってんだ?」
「悠は、前からハルに相談していたんだよ」
「そんなわけないだろう? え? じゃあ、ちょっと待てよ」
俺は自分の携帯を取り出し、番号を確認した。
そうだ。忘れていた。
「ハル! 気付いたか。そう、君は携帯を買い替えたときに番号を変えた。そして、それを悠に教え忘れていた。つまり、悠の携帯の履歴には、君へ掛けた番号が残っている。しかも、彼が学校の屋上から身投げをする直前に」
なんてこった。俺は悠からちゃんと頼られてたんじゃないか。
「俺は、悠を助けてやれなかった」
なぜ俺は番号を変えたときにすぐ悠に教えなかったのか。
俺は本当に、あいつのことを何もわかってやれてなかったんだな。
「そうだ! キミは運命に逆らっただけでなく、唯一の親友である彼のSOSにも応えられなかった。実に哀れ、哀れな人間」
「なんとでも言え! どうせこれもただの夢なんだ。結局何も変わらないなら、もうどうでもいい」
「だがハル。君は私を呼んだ」
唐突にキリっとする三毛猫。
「運命は変えられないんだろ? 俺はお前に、時間を戻して欲しかったんだよ。それができるかもしれないって、一瞬だけ思ったんだ。そのためだったら、なんだってする。もし、俺の命を犠牲にすれば助けられるなら、それでも良かった。それくらい、俺は後悔したんだ。あの時、あいつを受け入れてやらなかったこと。だからお前を呼んだ。それだけだ」
ケットシーはまた笑みを浮かべた。
「素晴らしい! なんて素晴らしい友情だろう! 私は感動した! そして愚かでもある! キミは君を大切に思っている人のことを考えたことはないのかい? 友達のために自分が犠牲になる? 実に身勝手だな! だが、それほどまでに深い愛を、まさか同性に対して抱くさまを目の当たりにできるとは。珍しくも面白い! まさに感涙である!」
「俺の感情をおもちゃにしてんじゃねーよ。本気で思ったんだ。俺は悠を大事に思っている」
そうだ。俺の悠と過ごした日々は、冗談ではなく宝物だった。大切にしていたものが奪われた。そんな感情だ。
原因を突き止めたい。そして、もし悠を追い込んだ奴がいたのなら、そいつに復讐をしてやりたい。
せめて、悠への手向けとして、そいつを一発でもぶん殴って、一矢報いてやりたい。そう思う。
「助けられるよ」
ケットシーの声が聞こえた。
「は?」
「だから、悠を取り戻せるといってるんだ」
何を言っているんだこの猫は。
「だって、運命には逆らえないんだろ? 時間を戻してもいいのか?」
「時間を戻すだなんて言ってないだろう。戻さなくても、悠を取り戻す方法があるって言っているんだ」
突然、希望が湧いた。だが、どういうことだろう?
「な、何をすればいいんだ? 俺は何を」
「転生だ」
「て、転生? 転生って、あの転生か?」
「あの転生だ。キミは別の人間に生まれ変わるんだ」
「ちょっと待てよ、俺が転生して生まれ変わっても、しょうがないだろ?」
ケットシーは顎に手を当て、俺の目を見つめた。猫の目は大きい。
「実は、すでに悠の魂は転生の準備に入っている。君は彼の後を追うことで、一緒に同じ場所で転生することができるんだ」
「それは、来世で会うことができるってことか? 俺も死ぬってことか。いや、まぁ、ちょっと意味は変わるが、また会えるってことではあるのか」
「いや、ハル、君の目的は、転生先の世界で、悠をこの世界へ連れ戻すことだ」
また、何言っているんだこの猫は。
「そんなことができるのか? 一度転生して、また戻ってくるなんてこと」
「できる。異世界というのは時空の狭間でつながっているからね。ただ、戻るためには、とある『辞書』を探さなくてはならないんだ。ここでは詳しくは教えられないが、いずれ分かる。キミが今いる世界は、キミが戻ってくるまでの間、凍結しておいてあげるよ」
「そんなこと、していいのか?」
「問題ないさ。一時的に世界が凍結されたって、私以外は、だれも困らないからね。そう思わないかい?」
「で、でも、ケットシーは困るんだろ? 大丈夫なのか?」
「大丈夫。なぜなら、聖女ノルン様がそれを望んでいるからね」
「その、ノルン様って、何か、俺に関係しているのか?」
「ハルに? まさか、『悠』に関係しているんだよ」
「悠に?」
「そうさ、キミを導いたのも、キミを導くのも、すべてノルン様だ」
「意味が全然わからないぞ」
「大丈夫さ、ノルン様のことは、悠に聞くといい。これからキミが向かう世界は、非常に混沌としているが、この時空の狭間との関係性は深い。いつかは帰ってくることができるはずだ」
ケットシーの座っていた砂時計が上下入れ替わり、空間がゆがむのを感じた。
「俺は、悠を助けることができるんだな」
「それはキミの努力次第だ。私は可能性を与えたに過ぎない。これも、運命の女神様のおかげだ」
ゆっくりと空間が消えていく。
ケットシーが、なぜ俺の夢に現れたのか結局は分からなかったが、悠を助け出せるのなら、何でも利用してやろう。
俺はただ、悠に会いたい。悠と話したい。ただ、それだけだった。
ケットシーの声が聞こえた。もう姿は見えない。
「最後に、ハル、君に与えられる特殊能力について教えといてあげるよ」
とくしゅのうりょく? なんだそれは?
ケットシーの声が続く。
「キミは、剣士としての特性が付いている。その上で、魔力を宿すことができる」
まりょく? なんだ? 魔法か?
「そう! 魔法だ。キミは魔法剣士として、戦いに赴くことになるだろう。守ってあげなさい。キミが守るべきその人を。聖女、ノルン様を――」
ケットシーの声が消えていく。
俺が? なぜ、ノルン様を?
何を言っているんだ?
てか、玄関の鍵閉めたっけ? あした雨だ、洗濯物干しっぱだわ。やべーな。
あ、そういや、『爆食天帝』最新刊、今日発売だったな。
買っとかないとなぁ
異世界にも、売ってるのかなぁ
時刻は、23時59分。
俺は一年半住んでいる、6畳アパートの黄色っぽい天井を見上げながら叫んだ。
だが、一人暮らしの狭い空間で、自分の声が静かに『こだま』しただけだった。
「ったく、俺は何やってんだよ」
つい、独り言が漏れる。そのまま布団を被り寝返りを打った。
今日、地元で親友の最期の姿を見送った。
『悠の最期』
ぶるっと震える。
最期の姿まで、白く透き通った人形のような悠は、本当に天使のようで、涙も出なかった。
お通夜から何時間、悠のそばにいただろうか。
そばにいるだけで、時間を共有できているように感じた。
一体なにがあったのか?
声を出すことなく、悠に問いかけた。
当然、返事を待っても、二度と悠の声を聞くことはできない。
本当にもどかしい。
だが悠、お前には目標があったんじゃなかったのか。
諦めて、それで良かったのか、悠、お前は将来、『守る』立場の人間になるんじゃなかったのか。
今更そんなことを責めても、何にもならないことは分かっている。
それでも、言いたい。
死ぬ前に、なぜ俺に相談の一つもなかったのかと。
どれだけ問い詰めたとしても、悠は答えない。
悠はたぶん、俺に相談しても無駄だということを分かっていたのだ。
相談すれば、過去に戻ることになる。
わざわざ離れた俺への、気遣いだ。
でも、せめて連絡くらいは欲しいと思った。
別に友達をやめたわけではなかったのだ。
どうして、助けてやれなかった。俺は、どうして、
『あの時、俺と同じ高校へ来ることを喜んでいれば』
「まったく!! 自己中心的にもほどがあるね! キミは!!!」
唐突に三毛猫の声が聞こえた。
「え!!?」
いつの間にか俺は大きな鳩時計のハトの上に座っていた
「君にとっては久しぶりだね! ハル」
ケットシーだ! 前と同じ貴族のような格好で、偉そうに砂時計の上に座っている。
場所は宇宙空間。
星々の中に大小さまざまな歯車が散らばっている。
間違いない! 『あの』空間だ!
「なんだ? 君にとっては、ってのは」
ケットシーは胸を張り、ふんぞり返る。
「私は時空の狭間で時を管理しているんだ。以前の君に会ってから、たったの5分しか経っていない」
さすがに驚いた。
「じゃあ、この空間だと、そんなに早く時間が流れるのか」
「そんなわけないだろう。私が管理しているんだから、私が早く進めれば早く進むし、緩めれば遅くなる」
「そ、そうなのか。便利だな」
「さよう! だが、時の管理について便利だとか不便だとか、そういう利己的な表現で説明されるのは、いささか不愉快ではある。首を垂れよ!」
「いや、ちょっ――」
背中に突然大きな力を感じ、鳩時計のハトから歯車の地面に叩き落された。
衝撃はあったが、身体は何ともなかった。
完全にうつ伏せに倒れている俺。
「はっはっは、実に愉快だ! 生物が自分の思うがままに動いているというのは、どうして、これほどまでに快感なのだろうね。君はどう思う?」
ケットシーの言葉に答えようにも頭が地面から離れない。
「これは失礼! ハイ!」
俺の体が軽くなった。
「何だよ、人をおもちゃみたいに」
「君たちだって私たち猫を好き勝手に扱っているんだから、このぐらい耐えなさい。対等ではないか?」
「別に俺は猫を飼ってないし、今のお前の発言を聞いて、これから未来永劫、飼おうとも思わなくなったよ」
「ほほう、それは寂しいじゃないか」
「どうして欲しいんだお前は」
ケットシーは笑みを浮かべている。
「そんなことよりハル! キミはもしかして、私を頼ろうとしていたのかな?」
見透かされているのは全て承知の上だ。
この三毛猫に、何を望んでいるのか、そんなことは分かりきっている。
俺が口を開く瞬間にケットシーが割って入った。
「ゆ――」
「悠を助けたいだって!? なんて運命に逆らったことを言うんだキミは!」
「まだ言葉にしていないだろーが」
「せっかく私が止めてあげたというのに! その極めて自己中心的な発言から!!」
「人を助けたいっていうのは、自己中心的って言うのか?」
「言うとも! 当たり前だろう! キミは猫をペットと見立てて、毎日エサを与えている人間を見たことはあるかい?」
「そりゃエサくらいやるだろ、死んじゃうじゃないか」
「死なないさ。エサくらい自分で取ってくる。君たちが『世話をする』という遊びに付き合ってあげているのさ。『おままごと』。我々にとってはそういう解釈だ」
溜息が出る。
本当にこのケットシーという三毛猫は、猫の王様っぽい発言をするな。
「分かった。確かに助けたいというのは俺の自己中心的な願望だ。べつに悠がそれを望んでいたわけじゃない。望んでいたら、俺に助けを求めてくるもんな。わかってたんだ。そんなことは」
ケットシーは、また笑みを浮かべて、両手を叩いた。肉球なんだけどな。
「実にハルくんらしい考え方だ。そして、思い込みも甚だしいな!」
「何言ってるんだ? 悠が俺に気を遣って、相談しなかったってのがおかしいのか?」
ケットシーは胸を張り、両手を背中で組みながら俺の周りをグルグル回った。
「ハル、君の考え方は、一方的であり、一部の可能性を全否定している」
「可能性? なにいってんだ?」
「悠は、前からハルに相談していたんだよ」
「そんなわけないだろう? え? じゃあ、ちょっと待てよ」
俺は自分の携帯を取り出し、番号を確認した。
そうだ。忘れていた。
「ハル! 気付いたか。そう、君は携帯を買い替えたときに番号を変えた。そして、それを悠に教え忘れていた。つまり、悠の携帯の履歴には、君へ掛けた番号が残っている。しかも、彼が学校の屋上から身投げをする直前に」
なんてこった。俺は悠からちゃんと頼られてたんじゃないか。
「俺は、悠を助けてやれなかった」
なぜ俺は番号を変えたときにすぐ悠に教えなかったのか。
俺は本当に、あいつのことを何もわかってやれてなかったんだな。
「そうだ! キミは運命に逆らっただけでなく、唯一の親友である彼のSOSにも応えられなかった。実に哀れ、哀れな人間」
「なんとでも言え! どうせこれもただの夢なんだ。結局何も変わらないなら、もうどうでもいい」
「だがハル。君は私を呼んだ」
唐突にキリっとする三毛猫。
「運命は変えられないんだろ? 俺はお前に、時間を戻して欲しかったんだよ。それができるかもしれないって、一瞬だけ思ったんだ。そのためだったら、なんだってする。もし、俺の命を犠牲にすれば助けられるなら、それでも良かった。それくらい、俺は後悔したんだ。あの時、あいつを受け入れてやらなかったこと。だからお前を呼んだ。それだけだ」
ケットシーはまた笑みを浮かべた。
「素晴らしい! なんて素晴らしい友情だろう! 私は感動した! そして愚かでもある! キミは君を大切に思っている人のことを考えたことはないのかい? 友達のために自分が犠牲になる? 実に身勝手だな! だが、それほどまでに深い愛を、まさか同性に対して抱くさまを目の当たりにできるとは。珍しくも面白い! まさに感涙である!」
「俺の感情をおもちゃにしてんじゃねーよ。本気で思ったんだ。俺は悠を大事に思っている」
そうだ。俺の悠と過ごした日々は、冗談ではなく宝物だった。大切にしていたものが奪われた。そんな感情だ。
原因を突き止めたい。そして、もし悠を追い込んだ奴がいたのなら、そいつに復讐をしてやりたい。
せめて、悠への手向けとして、そいつを一発でもぶん殴って、一矢報いてやりたい。そう思う。
「助けられるよ」
ケットシーの声が聞こえた。
「は?」
「だから、悠を取り戻せるといってるんだ」
何を言っているんだこの猫は。
「だって、運命には逆らえないんだろ? 時間を戻してもいいのか?」
「時間を戻すだなんて言ってないだろう。戻さなくても、悠を取り戻す方法があるって言っているんだ」
突然、希望が湧いた。だが、どういうことだろう?
「な、何をすればいいんだ? 俺は何を」
「転生だ」
「て、転生? 転生って、あの転生か?」
「あの転生だ。キミは別の人間に生まれ変わるんだ」
「ちょっと待てよ、俺が転生して生まれ変わっても、しょうがないだろ?」
ケットシーは顎に手を当て、俺の目を見つめた。猫の目は大きい。
「実は、すでに悠の魂は転生の準備に入っている。君は彼の後を追うことで、一緒に同じ場所で転生することができるんだ」
「それは、来世で会うことができるってことか? 俺も死ぬってことか。いや、まぁ、ちょっと意味は変わるが、また会えるってことではあるのか」
「いや、ハル、君の目的は、転生先の世界で、悠をこの世界へ連れ戻すことだ」
また、何言っているんだこの猫は。
「そんなことができるのか? 一度転生して、また戻ってくるなんてこと」
「できる。異世界というのは時空の狭間でつながっているからね。ただ、戻るためには、とある『辞書』を探さなくてはならないんだ。ここでは詳しくは教えられないが、いずれ分かる。キミが今いる世界は、キミが戻ってくるまでの間、凍結しておいてあげるよ」
「そんなこと、していいのか?」
「問題ないさ。一時的に世界が凍結されたって、私以外は、だれも困らないからね。そう思わないかい?」
「で、でも、ケットシーは困るんだろ? 大丈夫なのか?」
「大丈夫。なぜなら、聖女ノルン様がそれを望んでいるからね」
「その、ノルン様って、何か、俺に関係しているのか?」
「ハルに? まさか、『悠』に関係しているんだよ」
「悠に?」
「そうさ、キミを導いたのも、キミを導くのも、すべてノルン様だ」
「意味が全然わからないぞ」
「大丈夫さ、ノルン様のことは、悠に聞くといい。これからキミが向かう世界は、非常に混沌としているが、この時空の狭間との関係性は深い。いつかは帰ってくることができるはずだ」
ケットシーの座っていた砂時計が上下入れ替わり、空間がゆがむのを感じた。
「俺は、悠を助けることができるんだな」
「それはキミの努力次第だ。私は可能性を与えたに過ぎない。これも、運命の女神様のおかげだ」
ゆっくりと空間が消えていく。
ケットシーが、なぜ俺の夢に現れたのか結局は分からなかったが、悠を助け出せるのなら、何でも利用してやろう。
俺はただ、悠に会いたい。悠と話したい。ただ、それだけだった。
ケットシーの声が聞こえた。もう姿は見えない。
「最後に、ハル、君に与えられる特殊能力について教えといてあげるよ」
とくしゅのうりょく? なんだそれは?
ケットシーの声が続く。
「キミは、剣士としての特性が付いている。その上で、魔力を宿すことができる」
まりょく? なんだ? 魔法か?
「そう! 魔法だ。キミは魔法剣士として、戦いに赴くことになるだろう。守ってあげなさい。キミが守るべきその人を。聖女、ノルン様を――」
ケットシーの声が消えていく。
俺が? なぜ、ノルン様を?
何を言っているんだ?
てか、玄関の鍵閉めたっけ? あした雨だ、洗濯物干しっぱだわ。やべーな。
あ、そういや、『爆食天帝』最新刊、今日発売だったな。
買っとかないとなぁ
異世界にも、売ってるのかなぁ
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。
りつ
恋愛
~身代わり令嬢は強面辺境伯に溺愛される~
行方不明になった伯爵家の娘によく似ていると孤児院から引き取られたマリア。孤独を抱えながら必死に伯爵夫妻の望む子どもを演じる。数年後、ようやく伯爵家での暮らしにも慣れてきた矢先、夫妻の本当の娘であるヒルデが見つかる。自分とは違う天真爛漫な性格をしたヒルデはあっという間に伯爵家に馴染み、マリアの婚約者もヒルデに惹かれてしまう……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる