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2章 ー 覚醒 ー

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どこだここは?


真っ暗な空間。湿っぽい。湿度が高い。隙間風のような音がする。

苔みたいなニオイがする。海が近いのか?

背中に体育館倉庫に置いてあったマットのような感触がある。

どこかから金属音が聞こえる。

なんだ? 誰かが会話しているような気がする。

遠くからだ。

ここは部屋の中だ。

いや、部屋は部屋だが、洞窟の中のような感じがする。

洞窟? そうだ。洞窟だ。

壁がある。石だ。ざらざらしている。石地蔵を触った時の感触に似ている。

どこか、石のほこらの壁みたいだ。

なにか明かりはないか?

こんなに暗いことあるのか?

そうだ!

思い出した。たしか、魔法が使えるんだっけ?

どうすればいいんだ?

俺は魔法剣士だとか、そんなことをあの猫が言ってたよな。

火とか出せるのかな?

てことは、なにか棒とかがあれば、それが松明になるかもしれない。

俺の寝ているとこ、木造のベッドだな。

で、布とか欲しいが、全然見えない。少し慣れてきて輪郭は分かるようになったが。

あ、ちょうどいい掛布団がある。

めちゃくちゃボロいぞ、布団というか、ただの布だな。

千切るか。
『ビリビリッ』
って音が、うるせーな、大丈夫か? 周りに誰かいるよな。

寝息が微かに聞こえる。
集団で寝ているのか。同じようなベッドが並んでいる。

おそらくここは、収容所のようなところだろう。

俺の体つきから察するに、年齢は10歳くらいだな。

てっきり赤ちゃんになるのかと思っていたが、どうも違ったようだ。

あ、そうだ、松明を作ろう。

このベッドのフレームのところが、『すのこ』の柵みたいになっている。

いい感じに打ち抜けそうだ。
力づくで壊そう。力は弱いが、これくらいならいけそうだ。

よし、一本外れた。

コイツの頭の部分に布を巻いて。

オッケー! 完璧だ。松明っぽい感じになった。ぽい感じではあるが、油とかないけど大丈夫か?

そもそも魔法で火とかどうやって出せば良いんだ。

「ファイア!」

口に出してみたが、何も起こらない。
そりゃそうだろうな! 恥ずかしいなオイ!

でも、魔法剣士ってことは、火を宿すことができると思うんだが。

仕方ない。

いやいや、考えてみろよ。まだ俺の使える魔法が火だとは限らないだろう。

例えば、電気系とか
「サンダー!」

何も起こらない。
そりゃそうだろうな! キレてやろうか!

そもそも何で口に出したら魔法が使えると思っているんだ俺は。
常識的に考えてそんなわけないだろう。

だが、常識的に考えると魔法自体が非常識だぞ。

あー、ダメだ。思考がまとまらない。

ん? 思考? そうか! 思考だ!

魔法ってのは、何もない空間に肉体一つで現象を引き起こすことなのだから、思考が魔法の根本のはずだ。

考えることが具現化する。

もし魔法という非常識が、何か『合理的』な理由で存在するのだとしたら。

つまり、イメージだ。火をイメージし、松明の先が燃えるように思考を集中させる。

身体の熱を集めるのか、外気の熱を集めるのか、どっちが正解なのか分からないが、まずは自分の熱だ。

よし、何か熱くなってきたぞ。

だが、別に変化はないな?

やっぱり勘違いなのか?

いや、そんなはずはないだろう。

外気を操るほうが正解なのか? でもそれだと難易度が高いんだよな。

とにかく集中してみよう。

どんどん熱くなってきた。

そうしていると、何か目の前に手のひらサイズの小さい糸くずが浮かび上がった。

「!!?」

微妙に明るくなるが、線香花火みたいなレベルで小さいために火という感じはしなかった。

だが、成功っぽい。

とはいえ、松明の先にイメージしたのに目の前に現れたから、たぶん何か間違えたのだろう。

糸くずみたいな火のような『何か』へ松明の先を触れさせてみる。

『ボッ』という音と共に火が付いた。

「やった! 成功だ!」

「おい! 67番!!」
突然、子どもの男の声が隣からした。

振り向くと、同じく10歳くらいの茶髪で色白の男の子だった。目の色が金色っぽく、日本人の外見ではない。
なぜ67番って言われたのか分からないが、どうも今着ている服に、それっぽい感じの字が書いてあった。
だが、読めないから、男の子が何番なのかは分からなかった。

「なんだよ! てか、あんた誰だ?」
つい思ったことをそのまま言ってしまった。

相手も心底驚いているようだった。

「俺だよ! 55番だ! 忘れたのかよ? てかお前って魔法が使えたのか?」

魔法が使えた? なんだろう。この世界では、全員が魔法を使えるというわけではないのか?

「え? あ、いや、そういうわけじゃないんだが、なんかライターがあってさ」
つい、自己防衛でとぼけてしまう。

「ライター? ライターっていう魔法があるのか?」

ヤバい、ライターの存在はこの世界にはなさそうだ。

「あ、そうだな、なんていうか、アレだよ、ライターっていう道具を使えば、火をおこせるんだ。油がつまっているんだよ。ハハッ」

「なんかわからんけど、火をおこせるってのは、黙っていたほうが良い。脱獄に利用できるからな」

脱獄?

「どういうことだ?」

55番は呆れたような顔になった。
「お前マジで記憶喪失かよ。昨日の夜、俺らで脱獄する作戦を立ててただろうが。なんで火をおこせること今まで黙ってたんだよ。自分だけ逃げる気だったのか?」

どうやらこの55番という奴とは仲が良いようだ。脱獄というワードから、ここが獄中であることは明白になったわけだが、転生前の俺の存在の情報がゼロっていうのは、ちょっと都合が悪い。誤魔化すより、本当に記憶がなくなったことにした方が楽に誤魔化せそうだ。

「え? あ、あぁ、そうなんだ。なんか、昨日までのここでの生活を忘れちゃってさ。何とかしてくれよ55番」

55番はほんとにびっくりしている。

「マジで記憶喪失みたいだな、さっきは55番っつったけど、俺のことをそんな呼び方したことないだろ! 俺のコードネームはアゲパンだぞ! ずっとアゲパンって呼んでただろうが。こりゃ、マリアとマイクロジャムのことも忘れてんな」

「だれだ? マイクロジャム? てかお前アゲパンかよ。なんつーコードネームだ」

アゲパンは両手をあげてヤレヤレだぜという顔をする。

「まぁいい、明日もう一回説明する。67番が火をおこせるなら、別の通路が利用できるからな」

「てか、俺だけ67番なのか? コードネームは?」

「え? ないだろ、お前コードネームいらないって言ったじゃん」

「言ってねーよ! いや、忘れたよ! 記憶が」

「とにかく、一回その火を消せ! 大人に見つかったらマジで殺されるぞ」

アゲパンはめちゃくちゃ真剣だった。

見つかったら殺されるというワードには驚いた。
それだけここの生活が過酷だということだ。
なぜ捕まっているのか分からないが、何とかしてここから抜け出す必要は感じた。
転生していきなり絶体絶命かよ。
初めはもっとぬるい感じでスタートすると思ったのに。

周囲を見渡すと、少し離れたところに木造の扉が一つあった。あそこが入口のようだ。
近くにちょうどバケツがあり、水を張ってあったので松明を突っ込んで火を消した。

「で、どうするんだよ67番」

ベッドに戻り、薄っぺらい布団を被る。劣悪な環境だというのは、この時点ですぐ分かる。
俺は脱獄を決意してアゲパンに答えた。

「アゲパン、脱獄するなら、マジでちゃんと計画を立てないとな。絶対に失敗はできない。絶対成功させるぞ」

「そんなことじゃねーよ、お前のコードネームだよ」

コードネームの話だったのか。

「ハル」

「なんだって?」

「だから、俺のコードネームは、『ハル』だ」

アゲパンは、感心するような、意外そうな顔になった。

「いい名前だな、よし、ハル! 明日、また作戦会議だ!!」


初対面の子供、実年齢17歳の自分からしたらアゲパンはガキだったが、名前を褒められるのは悪い気分ではなかった。

とにかく、状況を整理しなくてはと思いながらその日は眠った。




◇ ◇ ◇




ハルが転生した同じ日の朝、『悠』も、とある神殿の中で転生していた。

悠は『裸』で、神殿の中央広間にある大きな祭壇の上に倒れていた。

祭壇に、巨大なステンドグラス窓からの光が差し込み、まるでスポットライトのように『彼』、いや『彼女』を浮かび上がらせた。

その日、神託があったのだ。

『聖女ノルンの依代よりしろ』が現れると。

魔導士たちは、聖典を持ち、その瞬間を待った。

神殿は聖ジグラット魔法都市の中心に位置している。

ジグラット自体も、世界3大魔法都市の1つとして数えられるほど有名だった。

まさに悠は、神の器の役割としてそこに転生したのである。

悠は目覚める。聖女、ノルンとして。

そして、悠は、転生する時に、ある約束をしてこの役を受け入れたのだ。

その約束とは。


「ノルン様だ! ノルン様が目覚めるぞ!」
「なんて美しい姿だ」
「あんなに美しい人間を見たことはあるか?」
「白く透き通った肌。人とは思えない」
「当たり前だろ、人間じゃない、神の依り代なのだぞ!」
「そうだ! 神だ! 神が舞い降りたのだ!」
「偶然ジグラットへ来ていて良かった」
「ノルン様がついに我らの世に降り立ったのだ」

魔導士たちが口々に叫ぶ。

神殿のあるじが、聖女ノルンの依り代へ、柔らかそうな白いコートを持って近づく。

主は、その姿を近くで見て驚いた。

ノルン様は、『両性具有』だったのだ。

つまり、男根と女陰を両方持っているということだ。

「ノルン様、そのような姿では風邪をひきます。このコートを羽織ってください」

ノルン、もとい、悠はコートを受け取った。

悠は俯き加減で明るい表情ではなかった。

主はその様子を見て胸を痛めた。

きっと、この世に生を受けてまだ間もないために戸惑っている。そう思った。

「皆の者! ノルン様は怯えておいでだ! この会合はこの時刻を持って閉じることとする!」

魔導士たちはその場をゆっくりと離れた。

人がほとんどいなくなった後、主は悠に語り掛けた。

「ノルン様、あなたは今、人の姿でこの世に生誕なされた。今のご気分は? 差し支えなければ、声を聞かせて頂けますでしょうか?」

悠は答えた。

「ハルくんっていう人を探してほしい」

神殿の主はまた驚いた。

「ハル、くん、という者は、いったい、どのような人間なのですか?」

「ハルくんは、ハルくんだよ。強くて、僕を守ってくれる優しい人なんだ」

主はさらに困惑することになった。

「今、生誕なさったのに、守る騎士がすでに存在しているというのですか?」

「そうだよ! ハルくんは、ここにいるんだ。でも、どこにいるのか分からなくて」

「ここにいるが、どこにいるか分からない? そんなナイトが?」

「僕はノルン様なんでしょ?」

「は、はい、あなたは、紛れもなくノルン様の依り代。お告げによって皆が集まったのです」

「なら、人を探してもらうことはできるよね」

悠のはっきりとした意思を感じる瞳を見て、神殿の主は悟った。
この方の言葉に従うことで、世界は救われるのだと。
主はその場に身を屈め、跪いた。

「かしこまりました。聖女ノルン様。全力で探させます。その、ハルくんというお方を」

悠は初めて笑った。

「うん! 任せたよ! おじさん!」

主はドキリとした。おじさんと呼ばれることなど、ここ数十年なかったからだ。
そして同時に、主は悠に恋心を抱いた。
その心をすぐに邪念として払いのける。聖職者として、神に恋をするなどと。

主は、まだ見ぬ『ハルくん』という存在に、畏怖と抗いがたいジェラシーを抱いたのだった。







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