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3章 ー 仲間 ー

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「お前ら起きろ! 死にたいのか!!!」



中学時代の体育教師を彷彿させる、おっさんの怒号が寝室中に鳴り響いた。


時計がないために何時かは分からなかったが、高い天井の上にある隙間から朝の光が入っていた。

「ハル、あいつは教官のディークだ。絶対に逆らうなよ」
アゲパンが俺に耳打ちした。

言われなくても、あの気迫は生徒の髪を引っ張って引きずり回すタイプの教師だと思った。


ただ、学校と違ってここは牢獄。


真面目な生徒であったとしても引きずり回される可能性は充分にある。
一体何をさせられるのだろうか。

労働か?

まさか、みんなで仲良く布団でも縫うなんて、そんな平和な労働じゃないだろう。

肉体を酷使する労働であることは間違いない。

ひたすら木を切るとか、家具の組み立て作業とか、そういうタイプの労働な気がする。

だが、集まってる人間をざっと見渡しても、大半が子どもだ。
子どもにできることは限界がある。

せいぜいベルトコンベアーに流れてくる刺身にたんぽぽを乗せる程度の力しかないぞ。


「いいか!? 戦士に必要なのは意思の強さだ! 」


「!!?」


今、なんて言った?

戦士だと?

「朝早く起き、眠っている身体をほぐすために体操を行う。当然のルーティーンだ。各自、朝食までの間、しっかりこなしておくように。今日も、昨日と同様、午前は座学、午後は戦闘訓練だ! 逃げ出すなよ」

そのままディークはドアの外へ出ていった。

緊張感が解けたアゲパンは、俺を見て苦笑した。

「良かった、今日はディークとは別に体操ができる」

俺は意外だった。脱獄というからには、過酷な労働があると思っていた。


「アゲパン、ここは何なんだ? 戦士の養成学校か何かか?」

「牢獄だよ」

「でも、戦士の訓練をするんだろ? てっきり肉体労働だと思ったんだが」

「そんなもん肉体労働の方がマシだろ。なんであんな重い剣とか槍とか振り回さないといけないんだよ。早くここから出ていきたいよ」

どうもまだ状況が分からない。アゲパンは自分の意思とは無関係にここにいるようだ。


「なぁ、アゲパン、なんで、俺たちはここにいるんだ?」


アゲパンは不思議そうに俺を見た。

「なんでって、そりゃ、俺らは―――」

割って別の男が声を掛けてきた
「アゲパン! 今日は何時に訓練抜け出すんだ?」

「――っと、うるさいぞマイクロジャム! まだディークがドアの外で聞き耳を立てている可能性もあるんだ。ちょっとは自分でも気にしろよ!」

コイツがマイクロジャムか。
大柄だが、教官と違って、まったく貫禄を感じない明るそうなやつだ。
憎めない可愛げのある顔立ちをしている。
目が細く、四角い顔。人が良いのだろうが、天然な雰囲気だ。
アゲパンがやんちゃな不良って感じで、対照的だった。

「えっと、マイクロジャムくん、だね」
少し控えめに声を掛ける

「お? 67番か、なんで『くん』付けなんだ?」

マイクロジャムにとっては当然であろう疑問にアゲパンが説明する。
「あぁ、こいつな、昨日までの記憶がさっぱり消えちゃったんだ。お前とも初めましてだぜ」

「ほんとにー? 信じられないなー」

そりゃ信じられないだろうな。俺でも信じない。

「ほんとだって、色々質問してみたけど、マジで覚えてないっぽいんだよ。今も、なんで俺らがここにいるのか分からないみたいなこと言ってて」

「なるほどねー、それは確かに重症だねー、でもさ、一部にはいるみたいだよ。自分で、今までのことをリセットする人。完全に新しい自分に生まれ変わるんだ」

「自分でリセットなんてできるわけないだろ、どんだけ都合がいい頭なんだよ。忘れちゃいけないだろ」

「そうだよねー、本当に覚えてないならいいけど、自分で勝手にリセットするってのはね、ちょっとね」

「だろ? 運命の女神は、許してくれないぜ。ちゃんと運命には立ち向かわないとな」

アゲパンの言葉に一瞬鳥肌が立った。

運命の女神。ケットシーの言葉を思い出した。

運命には逆らうな、立ち向かえ。
記憶をリセットするというのは、運命に逆らっているということだ。

だとすれば、過去について清算したいのであれば、忘れるのではなく、受け入れるということが必要になる。

そういや、昔、トラウマに対しては、否定ではなく肯定することで、生きやすくなるって聞いたことがある。

恐怖に対して名前を付けることもコレと同じ意味を持つのだろう。

たとえば、夜になると襲ってくる四つ足の獣、という存在に対し、『ライオン』と名付けることで、その恐怖を半減させるような、そういう受け入れ方だ。

ただ、忘れたい過去も、中にはあるもんだけどな。

「あ、そろそろ飯の時間だ。飯だけだよ、この地獄から救ってくれるのは」

アゲパンは、本当に脱獄したいと思っているのだろうか?


木製のドアを出ると、廊下を挟んで正面の壁に紙が貼ってあった。

左が訓練校。
右が食堂。

寝室にいたのは15人くらいの子どもだが、年齢のバラつきは感じていた。
そういや、男ばかりだが、女部屋は別にあるのだろうか?
それとも、こういう部屋は他には存在しないのか。

だが、その疑問はすぐに解消された。

食堂に着くと、女性の姿もちらほらあったからだ。

そして、木製のテーブル席が何席かあり、その一席に座っていたのが――

「おう! マリア、席取りありがとな!」
アゲパンが元気に声を掛ける。
一番左奥のテーブルにいた、どことなく倦怠感のある、物憂げな女の子がマリアだった。

「いいよ、この席、落ち着くから」

高めだが、どこか感情の起伏がないような声でマリアは言った。

静かではあるが、気弱な印象は受けなかった。
歳はアゲパンやマイクロジャムより上の印象だ。
マイクロジャムが13~14歳だとすると、マリアは15~16歳くらいの印象だった。
今の俺より少し背が高い。
160センチを少し超えているくらいだろう。
マリアというのが本名かコードネームかは分からないが、その名前から受ける通り、少々のことなら全て受け入れてくれそうな雰囲気を持った子だった。
髪はセミロングの黒髪。目はダークブラウン。
鼻筋がすっきりしていて、小さい口元がキュッと締まっている。
目元は少し垂れていて、キツい印象は受けなかった。

なるほど、たしかに『マリア』だ。

朝食のパンとスープを貰ってきたマイクロジャムが、腰を低くしながらテーブルに並べた。

「マリアさん、どうぞ」

「ありがとう、ジャム」

ジャムって言われてるんだなと初めて知った。突然気を遣いだしたように見えて、マリアを特別視しているように感じた。
たしかに美人だし、緊張するのも何となくわかる気がした。

だが、俺としては、ここはあまり緊張したくはなかった。
できることなら、俺が転生する前の67番の印象を崩したくなかったのだ。

男同士ならともかく、いきなり記憶が消えて別人格の人間が出てきたら、ちょっとこれからの付き合いを考えてしまうものだろう。

まず、軽くあいさつを試みた。

「おはよう! マリア!」

一瞬にしてその場が凍り付いた。

不審な目で俺を見る3人。

なんと、一言目でさっそく地雷を爆発させたようだ。

フランクに言ったつもりが、フランク過ぎたのかもしれない。

マリアが、びっくりしながら挨拶を返してくる。

「お、おはよう、ございます、67番様」

様!!?

衝撃を受けた。まさか、マリアが、俺のことを『様呼ばわり』してくるとは。

どういう関係なのか全く分からないが、意外にもこちら側が主人のような立場らしい。
だが、アゲパンもマイクロジャムも、ぜんぜん主人扱いなんてしてないぞ。どういうことなんだろう。

ここですかさずアゲパンが助けてくれた。

「そ、そうなんだ。マリアもびっくりしていると思うが、実は、67番は、昨日から記憶喪失なんだよ」

マリアが心配そうに俺とアゲパンを交互に見た。

「そ、そうなんだ。だから、敬語じゃないんだ」

「そうなんだよ。67番、いや、今はコードネーム、ハルって言うんだけど、ハル、普通にしゃべってくるんだよ。俺としては話しやすくて助かるんだけどな。誰に対してもずっと敬語でしか話さなかったからな」

「おいアゲパン、前の俺は、ずっと敬語だったのか?」

「あぁ、敬語だったし、めちゃくちゃ高飛車っていうか、貴族って感じだった」

「俺が? 貴族のふりしてたのかよ。最悪だな」

「いや、だってハル、お前、貴族だぞ? 」

え? なにいってんだ?

「貴族? そんなわけないだろ、なんで貴族が牢獄にいるんだよ、冗談だろ、はっはっは」

笑ってみたが、周りはぜんぜん笑ってない。滑ったのか。

「え? 本当に、貴族なのか俺?」

「そうだぜハル、お前は貴族だし、マリアの姉は、お前専属のメイドだったんだ」

「マジですか?」

「マジマジ。そうなのか、そんなに記憶がないんだったら、もう別の人間と変わりないな」

「ちょっと待てよ、俺ってどんな奴だったんだ。そんな嫌な奴だったのか」

「いや、それは、なんだろうな、ハル、お前、本当に記憶がないんだろうな。そうやって演技をして、俺たちを嵌めようってんじゃないだろうな?」

ここでマリアが会話に割って入った。
「私、お姉ちゃんから、すごいあなたのこと聞かされてて、どっちかというとあんまり良い印象ではなかったの」

すかさずアゲパン。
「待て待て、マリア! まだそういうことを言う時期じゃないだろ。ハルが試している可能性だってあるぜ」

それでもマリアはつづけた。
「ありがとうアゲパン、でも、お姉ちゃんが居なくなったこと、やっぱり許せないと思った。だから、謝ってほしい。もし、今試していたとしても、いつかは言わなきゃって思ってたもの。だから、ちゃんと、あなたに」

「待てよ、マリア、絶対に67番の名前を言うなよ。数字か、コードネームで呼ぶんだ。この島のルール、忘れてないよな」

「分かったわ、ありがとうアゲパン。私も気を付ける」

「早く食べようよ。おなかへったよ」
マイクロジャムが耐えかねて口を出した。
しゃべらないと思ったら、会話が終わるのを待っていたんだな。でも、先に食べないのは、気を遣っていたのか。

「そうだな、とにかくマリア、今の67番は、前の67番じゃない。名前はハルだ。気をつけろよ」

「分かったわ。でも、本当に人が変わったみたい。ぜんぜん印象が違うもの」

「いや、俺も、今のハルになってから、違う奴と話してるみたいな感覚なんだ」

マイクロジャムが割って入る
「でもさ、67番じゃなくて、コードネームをハルって名前にしたの、良いと思うよ」

「それは俺も思った。やっぱ名前って大事だもんな」

「そうそう、アゲパンってかっこいい名前だもんな」

アゲパンのどこがカッコイイんだ?

「そうだろ、なんたって、『アゲパン』だもんな」

「おいアゲパン、アゲパンってどういう意味なんだ?」

不思議な顔をするアゲパン。

「ん? ああ、アゲパンの意味忘れたのか。アゲパンは、聖ジグラット魔法都市の用語で、『運命』って意味なんだぜ」




え!? 揚げたパンって意味じゃなかったのか。












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