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12章 ー 救出 ー

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どうする?




マリアを助けに行くか?




だが、どうやって?




間に合うのか?





時間がない。



ディークたちに報告する暇などあるのか?



「ハル? どうしたの? 何が見えているの?」

イベリスが俺に話しかける。

「ハルあなた、顔色が真っ青よ。何があったって言うの?」

カレンの声が聞こえるが、それどころではない、言うべきか、いや、しかし。


ケツァルコアトル! ケットシー! 返事をしてくれ!


……応答がない、ダメか。


信じられないくらいの量の汗が噴き出した。
こんなに動悸が激しいのは今まで生きてきて初めてかもしれない。

マリアが死ぬかもしれない。そして、その現場が今、見えているのだ。


「イベリス! ナッツをその場から動かすな!」

「は、はい! ナッツ、動かないでね」
動揺するイベリス。

「カレン、風魔法で早く移動することはできるか?」

「どうする気なの?」

「いいから答えろ!!!!」

今まで出したことのない大きな声で怒鳴った。

カレンが全身をビクつかせた。

今ので全て悟ったようだ。

「電気と風圧で対象を吹き飛ばす攻撃系の風魔法があるわ。術で全身をプロテクトすれば巻き込まれても耐えられる」

「よし分かった。北東だ! 俺が指さす方向に向けて俺ごと放ってくれ」

「わかったわ」

イベリスが慌てる。

「わわ、私も」

「イベリスはカレンと一緒にディーク達に報告してくれ。マリアを見つけた。場所はブラックポンドの果樹園だ」

「一人で行くの?」

「早くしないとマリアが死ぬ! とにかく俺にプロテクトを掛けてブラックポンドの方向へ吹っ飛ばしてくれ」

カレンがプロテクトを掛けると、俺の背後に立つ。

「ほんとに良いのね?」

「早くしろ!! ふざけんなっ!!!」


頷くカレン。
彼女は今日ほど、自分の魔力が低いことを良かったと思った日はなかった。


「頼んだわよ! ヒーロー!! 超稲妻風圧砲レヴィンバーストウェイブ!!!!!」



すさまじい稲妻の音と爆発音が背後でしたかと思うと、風圧で身体が押し上げられ、光に包まれる。

目の前で施設の壁がプロテクトされた俺の身体で破壊され、目の前は森になる。
森の緑色と破壊される木の幹が速すぎて、視界が色だけになり、どこを飛んでいるのかさっぱりわからなくなったが、マッピングで自分の身体が目的地に近づいているのは分かった。


わずか数秒。速度が落ちる。視界がクリアになる。と共に、人影が見えた。

アレだ! ドンピシャだ!


マリアの首を絞めていた銀髪メガネの男が、吹っ飛んでくる何かの存在に気づいて振り返る。

一瞬、コマ送りのような視界で目が合い、俺は男の背中に思いっきりダイブした。

男は吹っ飛ばされ、メガネが衝撃で吹き飛び、森の奥で倒れた。

地面に倒れる俺。全身がヒリヒリしたが、プロテクトのおかげで何とか持ちこたえたようだ。

取り乱したな、あとでカレンに謝っておこう。

マリアが倒れている。

「マリア、大丈夫か?」

マリアを抱きかかえる。息を確認する。一応、呼吸は大丈夫そうだ。

「コネクター」

マリアと、さっきの男へ飛ばす。


カレンのコネクトは一本だけだから、『見破る』は使えないが、男の情報については、別の戦士が持っていた。

男の名は、『ロベルト』。高等魔術師。ウィザードランクSS+エスエスプラス

とにかく、マリアを抱えて、この場から退散だ。ランクについては良く分からないが、かなり危険だ。まともに戦える相手ではない。


マリアを、お姫様抱っこの形で抱きかかえると、養成学校の方向へ走る。


ロベルトが目覚めたとしても、すぐには見つからないだろう。

戦士にコネクトしているので、位置を探る。

斧の戦士は、島の北端へ向かっているため、逆方向だ。

鎧の戦士が、比較的近い場所にいる。

ロベルトと互角に渡り合える力があるかは分からないが、マリアを保護してもらうことが最優先だ。

イベリスに頼んで、擬態の魔法を掛けてもらってから飛べば良かったかもしれない。て、そんな余裕もなかったか。

俺が見えなくても、マリアが見えちゃ仕方ないしな。

マリアの状態を正確に知りたいが、カレンとのコネクトが弱いため感知がほとんどできない。

辛うじて、心音を読み取れる程度だ。

コネクターのスキルは色んな可能性を秘めているが、今の段階では不十分だろう。

何か、傷を癒すような魔法をコネクターに付与できれば、実用性は上がるのだが。

やはりフォースインゴットで、魔術の勉強をしておく必要がある。
なんとかディークに交渉できないものか。

「ゴホッ、ごほっ……」

マリア? 気付いたのか?

「……え? ハル?」

「マリア、気付いたか! 大丈夫か?」

「あんまり大丈夫じゃないかも……」

「頼むぜマジで」

「服ぼろっぼろじゃない、……ハル、助けに来てくれたの?」

「これで助けに来てなければ何なんだよ、安心したよ」

「ごめんね」

「なにを」

「急にいなくなっちゃって」

「本当に大丈夫なんだろうな? そのまま死んだりしないよなマリア」

「……たぶん」

「たぶんじゃ困るんだよ、勘弁してくれよ」

「ハル、泣いてるの?」

俺は涙を流しながら走っていた。

「もう嫌なんだよ、友達が死ぬのは」

「……ごめんね、そうだよね、見たくないよね」

「そういう最期っぽいこと言ってるんじゃねーよ、生きろよ、若いだろうが」

マリアがくすっと笑う。

「おっかしい、あなたの方が若いし、小さいのに。なんでだろう、お兄ちゃんみたい」

「後で何があったのか聞かせてもらうからな」

「うん」


マリアが眠る。コネクターで、ロベルトの反応があった。これは、探している。

見つかったらアウトだ。ここからは慎重に進まなくては。

林に隠れ、音を立てずに、ロベルトの逆方向へ逃げつつ、徐々に鎧の戦士がいる場所へ向かう。

捜索に関する風魔法をロベルトも持っている可能性はあるが、一瞬しか会っていない。俺の場所を特定することはできないはずだ。

だが、マリアの場所の特定はできるかもしれない。

コネクター以外のマッピングについては知識がないために、他の風魔法でどこまで捜索できるのかは分からないが、ケツァルコアトルの話によれば、風魔法の場合は、風の精霊に地図を見せてもらうのだそうだ。
地図の正確性や、人に関してどれほど把握できるのかは分からないが、おそらくこの『コネクター』を俺に渡したということは、精霊の地図はそれほど精度が高くはないのだろう。

しかし、相手は、高等魔術師。詳細は分からないが、何か別の魔法と複合して強化している可能性はある。

一瞬の隙も許さない。相手の力が分からない以上は、迂闊なことは避けたほうが良い。

最大限の警戒が必要だ。

マッピングで、ロベルトの動きを観察する。幸いにも、ナッツがロベルトの動きを追ってくれている。

だがナッツ、お前も逃げたほうが良いかもしれない。そいつに見つかったら、お前はその形状を保っていられないくらい粉々にされる可能性がある。
だが、主人の指示は絶対なのだろう。元は俺の指示だ。すまない。

裏切らないことを確信しているというのがこんなにも切ないものだとは、前世では考えたこともなかった。


頼む、裏切ってくれよ、ナッツ。


鎧の戦士の位置に、じりじりと近づいていく。

幸運にも、戦士はその場から動かないで止まってくれている。

鎧の戦士の視界へコネクトする。座っているのか? 休憩中か? 何をしているのだろう。

まあいい、もうすぐ彼のところへ着く。


鎧の戦士がいた。名前はドレイク。だが。


「あ、あの、ドレイクさん?」

声を掛けようとしたが、驚いた。すでに瀕死の重傷を負っている。

「だ、大丈夫ですか?」

大丈夫なわけない、下腹部のところが出血している。

ドレイクは俺を見た。

「あぁ、君は施設の子だね。ダメだろう外に出ては。今外は危険なんだ。魔物が徘徊している。しかし施設長は何をやっているんだ。門から人が出たのを監視していなかったのか」

さすがに、施設の壁を吹き飛ばして外に出たとは思わないだろうな。カレンほど術が扱える戦士は他にはいないだろうし。

「いえ、そんなことより、あなたも重症じゃないですか」

「あぁ、これは、大丈夫だ。この鎧には、自然治癒の術が施されている。激しい戦闘時は効果がないが、こうして座って動かないでいると、治癒力が強化される。短時間で元の状態に戻るさ。君たちは早く戻りなさい」

「そ、そうですか。では、失礼いたします」

「あぁ、くれぐれも、影の魔物には気を付けることだ」

「影の魔物? それは、どういう魔物ですか?」

「シャドウだ。ブラックポンドという研究所から、何体かのリトルシャドウという魔物が逃げている」

「リトルシャドウとは?」

「黒い煙のようなオーラを纏っている悪魔だ。人型をしているが、形は自在に変えられる。出会ったらコアを狙え」

「コアですか?」

「体の一部に赤紫の8面体をした結晶がある。ソイツが核だ。それを狙え。土産を渡してやる」

ドレイクが、肩に背負っていた弓矢を外し、俺に屈むように手でジェスチャーした。マリアを抱えているため、姿勢がややキツい。
彼は、俺の肩に弓矢を掛けてくれた。

「これは、いいんですか?」

「いいとも、その子を守りたいんだろ?」

「は、はい」

「戦うためには武器が必要だ」

「はい」

「少年、いざという時は、覚悟を決めろ。今、その子を守れるのは君だけだ」

「はい、ありがとうございます」

ドレイクと別れ、養成学校へ再び向かう。

リトルシャドウ? そんな魔物がいるのか? 聞いてないぞ。だが、昨日のディークの焦り様を考えると、納得できる。
コアを狙うのか。だが、そんな上手くいくものなのか? 
カレンのスキルがあれば、位置を把握することは可能かもしれないが、正確に当てることなんて俺にできるのか?


マリアが目覚めた。
「ハル?」

「マリア、もうすぐ、施設に着く。それまでの我慢だ」

「さっき、リトルシャドウって聞こえた」

聞いていたのか。

「マリアは知っているのか?」

「うん、ブラックポンドで実験してる魔物に、その魔物がいることは知ってた」

「そうか、さすがマリア。博識だな」

「ありがとう、すごい褒めてくれるね。良いことでもあったの? ふふっ」

マリア、自分の状態を分かって言ってるのか。この状況で適当なことが言えるわけがないだろう。
唯一の良いことと言えば、マリアが生きていたことだ。


「ハル、さっきのメガネの人いたよね?」

「ああ、ロベルトっていう男だろ。アイツ、研究者か何かか? とんでもない闇魔術師なんじゃないのか? マリアを実験台にしようとして、逃げたからあんなことになったんだよな? そうなんだろ? 施設の子どもって、全員、実験材料なんだろ? そんな気がしてたんだよ俺」

「ちがうよ」

違うのかよ。俺の勘はすぐに外れる。

「あの人は、関係ない。最初、私を守ろうとしてくれてたの」

なんだって!!! どういうことなんだ?

「どういう意味だよそりゃ。なんで首絞めてるんだよ」

「あの人、私を守ろうとして、憑依されたの」

「憑依? 憑依って、あの憑依か?」

「そう、たぶん、その憑依。闇魔法だよ」

「そうなのか。憑依っていう魔法があるのか。知らなかったな」

だいたいにおいて俺は知らない。

「私をさらったのは、そのリトルシャドウっていう魔物で、リトルシャドウに取り込まれていたところを、あの人が救い出してくれた」

なんだよ、俺が来る前からもうマリアはヤバい状態だったんじゃねーか、なんてこった。

「だけど、そのあと、私を守ろうとして、あの人が憑依されちゃって。だから、あの人を助けて欲しい」

「なんて無茶なことを。あのロベルトって魔術師、無茶苦茶強いんだぞ」

「知ってる。戦ってるの、見たから」

「それで憑依されちゃったんじゃ浮かばれねーな。どんなドジ踏んだんだよ」

「私のせい」

「何をやったんだ?」

「憑依されたの」

「マリアが?」

「そう」

「どうしようもねーなそりゃ」

「シャドウは、私を人質にして、あの人へ憑依したのよ。私を生かす代わりに、憑依させろって」

「知能が高いんだな、そのリトルシャドウってやつは」

「そう。マリオネットっていうスキルも持ってる」

「マリオネット?」

「うん、人を操るスキル」

「憑依とは違うのか?」

「マリオネットは、憑依と違って、自分自身が対象に取り込まれる必要がないから、簡単なの。それにすごい強力」

「そんなスキル持たれて何体も出てこられたら太刀打ちできないだろ」

「それは大丈夫。今、あの人に憑依しているシャドウだけよ、マリオネットが使えるのは」

「そうなのか。そこまでよく知ってるな」

「話したから」

「誰と?」

「リトルシャドウ」

「えええっ!?」

俺はどれだけ驚けば良いんだ?

「憑依されてるとね、リトルシャドウの思考が頭に入ってきて、会話ができるのよ」

「有り難くないシステムだなそりゃ」

「私を解放するって言ってたのに、結局、あの人は操られてしまって」

「とは言っても、マジで間一髪だったよ」

「そうよ、ハルが来なかったら、私、たぶん……」

「間に合ってよかった。だが、まさかそんな事情があったとはな。ロベルトの方も被害者ってことだな」

「うん、ごめんね、私、迷惑ばっかりかけて……うぅ」

マリアが泣き始める。

困った。どうしたものか。

ロベルトも被害者だと考えると、話はややこしくなる。しかも、マリアを救おうとしていたわけだし、何だったら、ロベルトも命の恩人じゃないか。


俺一人じゃ荷が重すぎるぞ。


そんなことを考えていると、急にマップの中のロベルトが方向を変えた。

まずい、気付かれた可能性がある。

何に対して反応してこっちへ移動しているのか分からないが、様子がおかしい。

ナッツがロベルトを追いかける。

ロベルトのスピードもかなり速い。ナッツが追い付けていない。ナッツから見えるロベルトの背中がどんどん遠くなると同時に、俺たちへの接近も早くなる。

これはガチでまずいぞ!

「マリア、気付かれた! 経路を変える。ちょっと狭い林に入るぞ」

「うぇぐ、……ごめんなざいぃいい」

まだマリアは両目に手を当てて泣いている。精神的にかなり限界のようだ。

隠れてバレないようにする他はない。

もう、訓練校の入口まで3キロってところだ。

リトルシャドウが憑依しているロベルトをここまで連れてきてしまったのは失敗だ。仕方ないとはいえ、全体の状況は悪化している。

コアが分かればいいが、そのためには憑依を解かなくてはならない。

そんなもん、どうやって!!


ロベルトの姿が見えた。早い。なんという跳躍力だ。ハイジャンプか? 何かブーストが掛かっていないか?

見つかったらおしまいだぞ。

マリアが泣きながら声が漏れているので、口元を抑える。涙の量がさらに増えた気がした。

ロベルトが周囲を見渡している。探しているのだろう。


気付くんじゃないぞロベルト。お前が一度助けようとした子なんだぞ。理性を取り戻してくれ!頼む!




すると、なんと、訓練校の方から、知った顔が歩いてきた。あれは!



「まさか、ロベルト。まだこの島にいたとはな。それとも、君の意思に反して、ここに居るのかな?」


ディーク教官!


知り合いだったのか!? だが、この様子、ロベルトが憑依されていることに気づいている?


ロベルトが口を開いた。

「ディーク教官。お久しぶりです。あなたの失態。ここで償っていただきましょう」

何の話だ? 憑依されているんじゃないのか?

「ロベルト、昨日会ったばかりなのに、お久しぶりですはないだろう。しかし、どうも昔話をしたがっているように見えるね。そんなに私が憎いか?」

「ええ、あなたのことを許すつもりはありません」

「まったく、仕方ない。ならば、私がここで君を恨みごと消し去ってやろう」

ディークが腰の剣を抜いた。

「ディーク! あなたごときに、この僕が負けるわけがないでしょう。後悔させてあげますよ」

ロベルトが杖を両手に持って、武器のように構える。



「これ以上好きにはさせんぞ、リトルシャドウ。ここで私が、お前を叩く!」



ディークが地面を蹴り上げ、ロベルトへ向かって剣をふりかぶった。






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