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2章 粛清と祭
第21話 予期せぬ協力者 ※R18シーン無し
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ちゆと手を繋いでシャワー室を出ると、案の定、待ってる女の子達がいた。
僕はちゆと顔を見合わせ苦笑すると、会釈して通り過ぎる。
僕にべったりくっ付いているちゆを不思議そうに見つめる女の子が数人いた。
そりゃ、男と2人でシャワー室から出てきたら疑うだろうなと思った。
ちゆが結構大きめな声で喘いでいたから、たぶん丸聞こえだっただろう。
あとで変な噂にならないと良いのだが。
無理な話か。
携帯を見ると、見知らぬ番号から着信があった。
誰だろう?
僕は念のため、部屋の玄関にちゆを立たせて、中に妙な気配がしないか確認する。
見た感じでは、特に変わったところもない。
パスタを食べた後の皿もそのままだ。
「おにーちゃーん、まだー?ちゆずっと立ってるのダルいー」
「あぁ、大丈夫。特におかしな所は無いみたいだ」
「そうなの?お兄ちゃん探偵みたい、かっくぃいーね」
「あはは」
ちゆは能天気だ。危機感がないと言えばないのだが、気にし過ぎて全てに疑心暗鬼になるよりはよっぽどマシと言える。
僕は念のために、ちゆに黙っておくように伝える。
「はーい、お電話するの?」
ちゆがベッドに座り、足をぶらつかせている。
「うん、知らない番号からの着信履歴があって」
「そーなんだ。ちゆ、静かにしてるね、しーっ!」
口元に人差し指を立てて言うちゆ。
ぶりっ子と言うとぶりっ子なのだが、ちゆの場合は違和感がないから困る。
僕はさっきの番号に折り返しをしてみた。
プルルルー、とコール音がなり、返答があった。
「はい、学院宅配サービスです。玉元様ですね」
普通のおじさんの声だ。
安心した。
「はい、玉元です。何か、届け物ですか?」
「そうそう、今部屋にいます?どうも、直接手渡しでお願いしますって言われてて」
「はい、構いません」
「じゃ、5分くらいで伺いますんで」
電話が切れる。
宅配サービス。何だろう?
ちゆを見ると、寝転がって、スマホで何か落ちモノゲームをやっている。
ただの宅配だ。
特に気をつけることもないだろう。
だが、何とも言えない不安に駆られる。
僕はコップにミネラルウォーターを注ぎ、一気に飲み干す。
まだ何も起こっていない。
だから、これはたぶん杞憂というやつだ。
ピンポーン!
インターホンの音。
来た。
ちゆが寝転んだままで返事する。
「はーい」
僕は玄関に向かい、ドアスコープで外を見る。
普通のおじさんが立っている。
やはり考え過ぎかと思ったが、念のためにドアチェーンを掛けて開いた。
「さっきの宅配屋さんですか?」
「はい、玉元さんで合ってますね。あれ?チェーン掛けてます?まーいいです。ちょい厚みのある封筒なんですが、通りそうなんで、このまま隙間から渡しても良いですか?」
彼は、チェーンとドアの間からA4サイズの封筒を渡してきた。
僕は受け取る。彼は早口で続ける。
「あ、サインとか大丈夫なんで、はい。確かに渡しましたからね。では」
そう言うと、急いでいるのかそそくさと去ってしまった。
僕はドアを閉めて、手にある茶封筒を眺める。
精密機器が入っているという印のシールがあり、確かに、平たい長方形の機械が入っているようだった。
中を開けてみると、黒のスマホが一台。そして、同じく黒の手紙が入っている。
手紙には、白い修正ペンでこう書かれていた。
『起動してください』
『ID:12345678 PW:angel.boy』
背筋がゾクっとした。
これは、誰が送ってきたんだ?
僕は、ちゆの方をチラッと見るが、スマホゲームに夢中だ。
少し躊躇ったが、黒のスマホの電源を入れると、白い画面に黒い文字が表示された。
『Welcome to club activities!!』
ん?
ウェルカム、トゥー、クラブ、アクティビティー、ズ?
どういう意味だろう。
普通に、クラブ活動のことかな。
画面をタップすると、銀色の天使のシルエットが、ふわっと現れて大きくなり、画面いっぱいになって消えた。
そして、IDとパスワードを入力する画面に飛ぶ。
ここで、さっきの黒い手紙の数字を入力する。
それにしても、簡単なIDだ。何でも良かったのだろうか?
パスワードの入力で、一度手が止まる。
「エンジェル、ボーイ」
これは、どういう意味なんだろう。
入力すると、今度は日本語で文字が表示された。
『おめでとうございます』
紙吹雪の花火が上がるような演出が入り、更に表示される。
『ようこそ、デーモンハンターの世界へ。私たちは貴方の参加を心より歓迎いたします』
ブーッと、突然、持っているスマホのバイブレーションが鳴る。
びっくりして落としそうになったが、何とか持ち堪えた。
着信だ。
名前は、ケルビン。
僕は震える手で、応答のアイコンをタップした。
「はい」
「転校生のタマモトセイシだな」
高い機械音のような声、これは、変声機か何かを使っている。
「そうです。何ですかあなたは」
「私はケルビン。この学院と契約している天使だ。主にデーモンハンターの育成、指導、仕事の手配を行なっている」
「どうして急にこんなものを送ってきたんですか。僕に何の用です」
「タマモトくん、キミに協力を頼みたいと思って、勝手ながらこの端末を送らせてもらった」
「僕に協力できることなんてありませんよ」
「なければ連絡はしていない。事態は一刻を争う。協力してくれれば、それ相応の対価は支払うつもりだ」
「そんなこと急に言われましても。だいたい、あなたは怪し過ぎます。必要事項しか記載されていない手紙に、声もボイスチェンジャーで変えている。この状況で協力する人間がいると考える方がおかしいと思いませんか?」
「ごもっともな意見だ。ただ、コレには理由がある。そしてこれから伝える内容は、キミにとっても悪い話ではないはずだ」
「本気で仰ってます?危険なことに巻き込まれるのはごめんですよ」
「巻き込んでしまっていることは申し訳ないと思う。しかし、この連絡はキミを救うことにも繋がる。そしてキミにもキミなりの考えがあるはずだ。そしてそれが、我々、いや、私の目的と一致していないとも限らない」
「僕の味方だと言いたいんですか?」
「むろんだ。私は、キミの味方だ」
「分かりました。どちらにせよ、僕にも何か取っ掛かりが欲しかったんです。一応、話は聞いてみることにします」
「助かる、では」
「ちょっと待ってください、あなたが声を変えているのは、この端末が傍受されている可能性があるから、ではないのですか?」
「なるほど、良い質問だ。だが、それは断じて無い。この会話が傍受されている可能性はゼロだ」
「そんな断定ができる根拠は?なら何故声を変えるんです?」
「一つずつ整理して答えよう。断定したのは、キミが使っている端末は、今私が使っている端末からしか信号を受け取れないように暗号化されているからだ。キミの端末へ送った専用の暗号が、キミの端末内で処理され、それが再生されてキミの耳に入るようになっている。音声は即初期化され、記録は一切残らない。だから傍受不可能だ。そして、もう一つ、声を変えている理由は、キミと、キミの周辺の人物に私を特定できないようにするためだ。これは、キミに特定されない事で、逆にキミを守るための工作だと考えてくれ。私が私を守ることと、私がキミを守ることは、ほぼイーヴンだ」
僕のことを知っていて、僕も会ったことがある人物ということなのか?このケルビンという人物が?
でも天使だぞ?本当に?
僕は後ろのちゆをチラッと見る。変わらず、ゲームでハイスコアを出すことに必死になっている。
「分かりました。確かに、あなたの仰ることは一理あります。僕が僕1人で話をしているとも限りませんし、そこは謝ります。では、ケルビンさんは複数いると思って良いですね」
「鋭いご指摘だが、あいにく、ケルビンは私一人だ。そこは安心してくれたまえ」
「そうですか。ケルビンさんとの関係が、この変声機の声だけだったら、どっちでも一緒ですけどね」
「ハッハッハ、まぁそう寂しいことを言うな同士よ、これからは仲間なのだから」
「早いですよ、まだ何も話を聞いていません」
「それもそうだったな。では、キミに提案だ。キミがもし、キミの気持ちを優先するのであれば、キミは私と手を組むことが望ましいだろう。何故なら、私と組むことで、キミが感じる問題を、キミ自身が解決できるのだからね」
「遠回し過ぎて何を言っているのかわかりません」
「では、いくつか質問しよう。それで信用に足る人物であるかを判断して欲しい」
「分かりました。どーぞ」
「キミは守りたい人はいるか?」
「いますよ」
「それは学院の中の誰かかい?」
「はい、そうです」
「その人のためなら命をかけられるかい?」
「大袈裟ですが、場合によっては、かけられると思います」
「断定できない理由は?」
「命と同価値な幸福、というものが存在するならば、という条件を付けたいと思って」
「なるほど、それはつまり、命をかけることで、その人を幸福にできるとは限らない、という意味で合ってるか?」
「概ねその通りですが、僕もできれば生きていたいと思います。大切な人がいて、それでもそう願うことは不誠実ですか?」
「いや、命は皆、同価値であるべきだ。死に対して価値を付けることは必ずしも善ではないだろう」
「それは、命がけで誰かを守ることに対してですか?」
「あぁそうだ。誰かを守るために命をかける必要はない」
「なら、それが断定できない理由です」
「面白い。良いだろう、では次の質問だ。イソップ童話の、酸っぱい葡萄の話のことは知っているね」
「はい、高い所にあるブドウを手に入れられなかったキツネが、アレは酸っぱいブドウだから、取っても美味しくないと決めつけるっていう童話ですよね」
「そうだ。例えば、そう、キミは今まさにそのキツネだ」
「何を言ってるんですか?」
「だから、キミは葡萄を手に入れることができなかったキツネなのだと言っている」
「僕がいつ、ブドウを欲したと言うんですか」
「今だよ」
「そんなはずありません。言い掛かりですよ」
「いや、間違いない。キミ自身、ブドウを欲しているが、それを手に入れられないことに理由を付けようとしているだろう」
「それは、悪魔の話ですか?」
「そうだ。キミは、人間と天使と悪魔をまだ区別できていない。だから混乱が生まれ、一方が望むのであれば、もう一方を差し出す必要があると思い込んでいる。違うかい」
「たしかに、僕はまだ悪魔のことも天使のことも何も分かっていません。でも、どうにかなるなら、どうにかしたいって、本気で思ってますよ、だからこうして訳の分からないあなたの話にも耳を傾けているんです」
「私は、キミが溺れている川に流れてくる藁というわけだ。掴めば助かると思うかい?」
「それを確かめる質問ではなかったんですか?」
「そうだ。結論としてはキミは助かる。なぜならキミにとって、私は丸太か、いや、カヌーだからだ」
「それを決めるのは僕です」
「溺れている状況で、流れてきた物体が何かを冷静に判断できると、本気で考えているわけではないだろう?」
「それでも、自己防衛くらいはします」
「キミの今できる最大の装備が、おたまと鍋の蓋だったとしても?」
「はい、戦いますよ」
「素晴らしい」
「バカにして遊びたいだけなら、切りますよ」
「待ちたまえ、質問に戻ろう。いずれにしろ、私はキミに美味しいブドウをプレゼントしたいと思っている」
「メリットが無いのにですか?」
「メリットはあるとも」
「それが分からないから怖いんです、それに、一時的にブドウを手に入れたとしても、結局は、次のブドウのために僕をこき使おうっていうことなら、お断りです」
「いや、もちろん悪いようにはしない、それに、正確にはプレゼントするのは、葡萄を取るための道具。梯子だ。梯子があれば、キミだって葡萄を取ることができるだろう」
「本当に梯子をくれるんですか?」
「約束しよう」
「だとしたら、本当に助け舟です」
「キミが天使と悪魔をどのように捉えているのか、それを聞き出し、修正を加えたいと考えている」
「修正が終わったらどうなるんです?僕に戦えと仰るんですか?悪魔と」
「それが、キミの意思だというのならね。戦う理由も目的も様々だ。戦うことは必ずしも剣を振るう事とは限らない」
「ケルビンさんは、本当に天使なのですか?」
「疑っているのか」
「当たり前です」
「まぎれもなく、天使だとも」
「僕はただの人間です」
「百も承知だ」
「もし、本当に解決策があるなら、僕はあなたを信用しても良いと、少しくらいは思っているんです。だから、決して裏切らないと約束してください」
「問題ない。キミは今、私が敵ではないことを認識した。なら、これでキミの願いは叶うだろう。約束しよう」
「本当にケルビンさんは、僕の願いを知っているのですね?」
「もちろんだ。そして、それを実現しようじゃないか、私と共に」
「ケルビンさんの目的は何ですか?」
「悪魔殲滅だ」
「分かりました。僕はこれから何をすれば良いですか?」
「きみには会ってもらいたい人物がいる、今からその人間の特徴を教える。見つけたら、今から伝える合言葉を言ってくれ。それで気がつく」
「分かりました。その相手は、僕の知っている人物ですか?」
「あぁ、少し意外に感じるかも知れないが、特徴と、キミが会った日を伝えればすぐわかるだろう。では、伝えるが、大丈夫か?」
「はい、お願いします」
特徴を聞くと、すぐに誰かは分かった。
しかし、まさかこの子が天使と繋がっていたとは、確かに意外な気がした。
「見当はついたかい?」
「はい。たぶん大丈夫です」
「合言葉が通じなければ、その人物ではないだろう。気にせず次へいっていい。深追いはするな」
「僕の記憶が正しければ、1人しか該当しないので、その必要はないと思います」
「なるほど、頼もしいね」
「それはどうも」
「では、またいずれ、キミと話せることを期待している」
「よろしくお願いします。ケルビンさん」
「エクセレント!さぁ、共に悪魔と戦おう!世界はキミのためにある!!」
ブッ、と電話が切れる。
見ると電源が落ちている。
もう一度、電源を入れると、
『Welcome to club activities!!』
の文字が再び表示された。
たぶん初期化されて端末が起動したのだろう。
僕は、左上に表示されるはずの電波マークが、圏外になっていることを確かめる。
ふと、なぜIDとパスワードが単純なのか考えた。
記憶しやすい。つまり、証拠隠滅のために、この黒の手紙を燃やしても、簡単に思い出せるようにするためだ。
僕は棚に置いてあるライターを取り、黒い手紙を燃やした。
ちゆが振り向く。
「なんか燃えてる?」
「ん?あぁ、念のために燃やしときたい物があって、大丈夫だよ、心配しないで」
「ふーん、変なの!」
またゲームに戻るちゆ。
ちゆは折り畳んだ羽根としっぽをパタパタ動かしながら、楽しそうに落ちゲーをしている。
今、彼女を守れるのは僕だけ、本心からそう思っているが、正直、ケルビンとの交渉が上手くいかなければ、おそらく彼女は殲滅対象になるはずだ。
ここからは僕の想像に過ぎないが、ケルビンがもし僕に悪魔殲滅を手伝わせようとしているとしたら、その引き換えに彼女を見逃してやるという条件を出してくる可能性が高い。実際、それが現実的な取引きだと思う。
僕がデーモンハンターになることによって、内側から彼女を救えるのであれば、提案に乗るしかないだろう。
しかし、それはすなわち、ちゆ以外を殲滅するということに他ならない。
ゆかはサキュバス化さえ防ぐことができれば何とかなるのだろうか?
見習いサキュバスは、殲滅対象から逃れられるのか。
どうなんだ、ケルビン。
とにかく、明日、ケルビンの使者から話を聞いてみるしかない。
「ちゆちゃん!」
「んー?まって、今ハイスコア更新中だから」
しっぽがビンビンになってピクピクしている。
サキュバスは興奮が分かりやすいな。
「僕は、ちゆちゃんの味方だから」
「うん、そーなんだー、ぁあっ!しんだ!あー!もっかいもっかい」
まったく危機感のカケラも感じないちゆ。
でもこれは、僕が勝手にやろうとしていることだ。
関係ない。
彼女は。
そういえば、ゆかが戻ってこない。
連絡したほうがいいだろうか?
「ねー、お兄ちゃーん」
「ん?もうハイスコアはいいの?」
「なんかミラクルが起きなくなっちゃって、ってそれより、ゆかさんは戻らないの?」
「あぁ、僕も気になってたんだ。部屋に戻って、すぐ帰ってくると思ったんだけど」
「いちおう連絡してみたら?彼女なんでしょ?」
「え?そうだね」
何となくトゲがある。というか、攻撃性を感じる。
サキュバスとはいえ、多少は嫉妬してくれるんだなと思った。
彼女。
そうか、ちゆは彼女という立ち位置にはならないのか。
複雑な気分だった。
僕はゆかとちゆ、どっちが好きなんだろう。
そんな風に思いながら、電話を掛けてみる。
コール音。
通じない。
いや、まさか、何かあったとか、そんな。
よもぎに電話を掛けてみる。
出ない。
待て待て、そんなことあるのか?
「ちゆちゃん!」
「んー?」
「ゆかの部屋って何号室だっけ」
「知らなーい、別に友達じゃないもん」
「ちょっと、見てくる」
「わかった」
「僕が出たら、鍵とドアチェーン掛けといてね!」
「えー?めんどくさい、なんで」
「用心のためだよ」
「大丈夫でしょ?」
「とにかく掛けて!」
「うん、わかった、かける」
ダルそうに立ち上がるちゆ、後ろをついてくる。
「じゃあ、すぐ戻るからね」
「全部ピンポンする気?」
「まさか」
「秋風さんに聞くの?」
「よもぎは出なかった。下のポストを見れば分かるんだ」
「そーなの?」
「行ってくる」
「気をつけてね」
「うん」
ドアを閉めると、まず1階の集合ポストを見に行く。
名前は書いていないが、シールを貼ってあるのだ。
ゆかは、自分のポストの位置を見間違えないように、小さいウサギのシルエットのシールを貼っている。
ポストの番号は、305、3階だ。
僕は胸騒ぎがして、気が気ではなかった。
全速力で、3階の端の部屋へ向かう。
焦って上がってきたものの、いざインターホンを押す時に緊張した。
もしゆかに何かあったとして、部屋に居ないとしたら、場合によっては、ゆか以外の人間が出てくる可能性だってあり得るのだ。
もし仮にそんなことになったら、出てくるのはおそらく、天使だ。
ゆかのサキュバス化を見越して捕らえに来たとしても不思議では無い。
僕は周囲を警戒しながらインターホンを押す。
ピンポーン!
中で音が響くのが微かに聞こえた。
パタパタと足音。
いる?ゆかか?
ガチャ、とドアが開く。
「セイシくん?どうしたの?」
ふわっと花束のような良い香りが部屋の中からした。
目の前には、黒髪ボブヘアの巨乳美少女が、立っている。
僕は安堵して、勢いよくゆかを抱きしめた。
「あっ、ちょ、なに?発情?」
ゆかが焦る。
そのまま、玄関に入り、ドアが閉まる。
僕はしばらく、彼女の柔らかい身体を力いっぱい抱きしめていた。
「もう、まだ準備中だったのに、そんなに私に会いたかったんだ」
「よかった、無事で」
「え?なに?私が心配だったの?」
「うん」
「急に来るから、そっちが何かあったのかと思ったよ」
「ううん、何もないよ。ただ、ゆかに何かあったんじゃないかって思って」
「なんでよー、ちょっと部屋に戻っただけで」
「そうだよね、僕がおかしかった」
「うん、だって、ココも」
僕の股間に手を伸ばすゆか。
「珍しく大人しいままだし」
「ほんとに心配だったんだ。でも安心した」
「そっか。なんか分かんないけど、すごい心配してくれたみたいだし、ありがとう。でも」
僕の胸を押して距離を取るゆか。
「まだ荷物まとめてないから、もうちょっと部屋で待っててね」
「あとどれくらい掛かりそう?」
「うーん、30分くらいかな」
「待ってるよ」
「えええ、見られたくないんだけど」
「なら、入口で待ってるから。あと、さっき着信気付かなかった?」
「あ、洗濯機の上に置きっぱだったかも、ごめんね取れなくて」
「そうだったんだ」
「じゃあ、簡単に準備しちゃうから、外で待っててね」
「うん、じゃあ、あとで」
僕が外に出ようとすると、肩を叩いて引き止めるゆか。
「こっち向いて」
「え? んむっ」
振り返ると、ゆかの唇が至近距離にあった。
「んちゅ、ちゅっ、ちゅっ、ん」
ゆかが僕にキスをする。
柔らかくて温かい唇の感触。
数秒キスを続けると、離して、背中を押して外に出された。
「ばーか!ふふっ」
ゆかは微笑みながらそう言うとドアを閉めた。
僕はドキドキして、身体が熱かった。
やっぱり、ゆかは可愛い。
安心したと同時に、ゆかが居なくなることへの恐怖感も高まった。
ちゆはもちろん、ゆかのことも守らなくてはならない。
これから2人と過ごせる嬉しさもありつつ、天使への恐怖もあり、その上で、自分というただの人間がサキュバスと常に一緒にいて本当に大丈夫なのかと、色んな考えがグルグルと回っている。
ただ、現時点の事実として、ゆかの可愛さに惚れてしまっていることは間違いなかった。
僕はこの胸の高鳴りをどう処理したらいいのか分からず、しばらく悶々としてしまった。
僕はちゆと顔を見合わせ苦笑すると、会釈して通り過ぎる。
僕にべったりくっ付いているちゆを不思議そうに見つめる女の子が数人いた。
そりゃ、男と2人でシャワー室から出てきたら疑うだろうなと思った。
ちゆが結構大きめな声で喘いでいたから、たぶん丸聞こえだっただろう。
あとで変な噂にならないと良いのだが。
無理な話か。
携帯を見ると、見知らぬ番号から着信があった。
誰だろう?
僕は念のため、部屋の玄関にちゆを立たせて、中に妙な気配がしないか確認する。
見た感じでは、特に変わったところもない。
パスタを食べた後の皿もそのままだ。
「おにーちゃーん、まだー?ちゆずっと立ってるのダルいー」
「あぁ、大丈夫。特におかしな所は無いみたいだ」
「そうなの?お兄ちゃん探偵みたい、かっくぃいーね」
「あはは」
ちゆは能天気だ。危機感がないと言えばないのだが、気にし過ぎて全てに疑心暗鬼になるよりはよっぽどマシと言える。
僕は念のために、ちゆに黙っておくように伝える。
「はーい、お電話するの?」
ちゆがベッドに座り、足をぶらつかせている。
「うん、知らない番号からの着信履歴があって」
「そーなんだ。ちゆ、静かにしてるね、しーっ!」
口元に人差し指を立てて言うちゆ。
ぶりっ子と言うとぶりっ子なのだが、ちゆの場合は違和感がないから困る。
僕はさっきの番号に折り返しをしてみた。
プルルルー、とコール音がなり、返答があった。
「はい、学院宅配サービスです。玉元様ですね」
普通のおじさんの声だ。
安心した。
「はい、玉元です。何か、届け物ですか?」
「そうそう、今部屋にいます?どうも、直接手渡しでお願いしますって言われてて」
「はい、構いません」
「じゃ、5分くらいで伺いますんで」
電話が切れる。
宅配サービス。何だろう?
ちゆを見ると、寝転がって、スマホで何か落ちモノゲームをやっている。
ただの宅配だ。
特に気をつけることもないだろう。
だが、何とも言えない不安に駆られる。
僕はコップにミネラルウォーターを注ぎ、一気に飲み干す。
まだ何も起こっていない。
だから、これはたぶん杞憂というやつだ。
ピンポーン!
インターホンの音。
来た。
ちゆが寝転んだままで返事する。
「はーい」
僕は玄関に向かい、ドアスコープで外を見る。
普通のおじさんが立っている。
やはり考え過ぎかと思ったが、念のためにドアチェーンを掛けて開いた。
「さっきの宅配屋さんですか?」
「はい、玉元さんで合ってますね。あれ?チェーン掛けてます?まーいいです。ちょい厚みのある封筒なんですが、通りそうなんで、このまま隙間から渡しても良いですか?」
彼は、チェーンとドアの間からA4サイズの封筒を渡してきた。
僕は受け取る。彼は早口で続ける。
「あ、サインとか大丈夫なんで、はい。確かに渡しましたからね。では」
そう言うと、急いでいるのかそそくさと去ってしまった。
僕はドアを閉めて、手にある茶封筒を眺める。
精密機器が入っているという印のシールがあり、確かに、平たい長方形の機械が入っているようだった。
中を開けてみると、黒のスマホが一台。そして、同じく黒の手紙が入っている。
手紙には、白い修正ペンでこう書かれていた。
『起動してください』
『ID:12345678 PW:angel.boy』
背筋がゾクっとした。
これは、誰が送ってきたんだ?
僕は、ちゆの方をチラッと見るが、スマホゲームに夢中だ。
少し躊躇ったが、黒のスマホの電源を入れると、白い画面に黒い文字が表示された。
『Welcome to club activities!!』
ん?
ウェルカム、トゥー、クラブ、アクティビティー、ズ?
どういう意味だろう。
普通に、クラブ活動のことかな。
画面をタップすると、銀色の天使のシルエットが、ふわっと現れて大きくなり、画面いっぱいになって消えた。
そして、IDとパスワードを入力する画面に飛ぶ。
ここで、さっきの黒い手紙の数字を入力する。
それにしても、簡単なIDだ。何でも良かったのだろうか?
パスワードの入力で、一度手が止まる。
「エンジェル、ボーイ」
これは、どういう意味なんだろう。
入力すると、今度は日本語で文字が表示された。
『おめでとうございます』
紙吹雪の花火が上がるような演出が入り、更に表示される。
『ようこそ、デーモンハンターの世界へ。私たちは貴方の参加を心より歓迎いたします』
ブーッと、突然、持っているスマホのバイブレーションが鳴る。
びっくりして落としそうになったが、何とか持ち堪えた。
着信だ。
名前は、ケルビン。
僕は震える手で、応答のアイコンをタップした。
「はい」
「転校生のタマモトセイシだな」
高い機械音のような声、これは、変声機か何かを使っている。
「そうです。何ですかあなたは」
「私はケルビン。この学院と契約している天使だ。主にデーモンハンターの育成、指導、仕事の手配を行なっている」
「どうして急にこんなものを送ってきたんですか。僕に何の用です」
「タマモトくん、キミに協力を頼みたいと思って、勝手ながらこの端末を送らせてもらった」
「僕に協力できることなんてありませんよ」
「なければ連絡はしていない。事態は一刻を争う。協力してくれれば、それ相応の対価は支払うつもりだ」
「そんなこと急に言われましても。だいたい、あなたは怪し過ぎます。必要事項しか記載されていない手紙に、声もボイスチェンジャーで変えている。この状況で協力する人間がいると考える方がおかしいと思いませんか?」
「ごもっともな意見だ。ただ、コレには理由がある。そしてこれから伝える内容は、キミにとっても悪い話ではないはずだ」
「本気で仰ってます?危険なことに巻き込まれるのはごめんですよ」
「巻き込んでしまっていることは申し訳ないと思う。しかし、この連絡はキミを救うことにも繋がる。そしてキミにもキミなりの考えがあるはずだ。そしてそれが、我々、いや、私の目的と一致していないとも限らない」
「僕の味方だと言いたいんですか?」
「むろんだ。私は、キミの味方だ」
「分かりました。どちらにせよ、僕にも何か取っ掛かりが欲しかったんです。一応、話は聞いてみることにします」
「助かる、では」
「ちょっと待ってください、あなたが声を変えているのは、この端末が傍受されている可能性があるから、ではないのですか?」
「なるほど、良い質問だ。だが、それは断じて無い。この会話が傍受されている可能性はゼロだ」
「そんな断定ができる根拠は?なら何故声を変えるんです?」
「一つずつ整理して答えよう。断定したのは、キミが使っている端末は、今私が使っている端末からしか信号を受け取れないように暗号化されているからだ。キミの端末へ送った専用の暗号が、キミの端末内で処理され、それが再生されてキミの耳に入るようになっている。音声は即初期化され、記録は一切残らない。だから傍受不可能だ。そして、もう一つ、声を変えている理由は、キミと、キミの周辺の人物に私を特定できないようにするためだ。これは、キミに特定されない事で、逆にキミを守るための工作だと考えてくれ。私が私を守ることと、私がキミを守ることは、ほぼイーヴンだ」
僕のことを知っていて、僕も会ったことがある人物ということなのか?このケルビンという人物が?
でも天使だぞ?本当に?
僕は後ろのちゆをチラッと見る。変わらず、ゲームでハイスコアを出すことに必死になっている。
「分かりました。確かに、あなたの仰ることは一理あります。僕が僕1人で話をしているとも限りませんし、そこは謝ります。では、ケルビンさんは複数いると思って良いですね」
「鋭いご指摘だが、あいにく、ケルビンは私一人だ。そこは安心してくれたまえ」
「そうですか。ケルビンさんとの関係が、この変声機の声だけだったら、どっちでも一緒ですけどね」
「ハッハッハ、まぁそう寂しいことを言うな同士よ、これからは仲間なのだから」
「早いですよ、まだ何も話を聞いていません」
「それもそうだったな。では、キミに提案だ。キミがもし、キミの気持ちを優先するのであれば、キミは私と手を組むことが望ましいだろう。何故なら、私と組むことで、キミが感じる問題を、キミ自身が解決できるのだからね」
「遠回し過ぎて何を言っているのかわかりません」
「では、いくつか質問しよう。それで信用に足る人物であるかを判断して欲しい」
「分かりました。どーぞ」
「キミは守りたい人はいるか?」
「いますよ」
「それは学院の中の誰かかい?」
「はい、そうです」
「その人のためなら命をかけられるかい?」
「大袈裟ですが、場合によっては、かけられると思います」
「断定できない理由は?」
「命と同価値な幸福、というものが存在するならば、という条件を付けたいと思って」
「なるほど、それはつまり、命をかけることで、その人を幸福にできるとは限らない、という意味で合ってるか?」
「概ねその通りですが、僕もできれば生きていたいと思います。大切な人がいて、それでもそう願うことは不誠実ですか?」
「いや、命は皆、同価値であるべきだ。死に対して価値を付けることは必ずしも善ではないだろう」
「それは、命がけで誰かを守ることに対してですか?」
「あぁそうだ。誰かを守るために命をかける必要はない」
「なら、それが断定できない理由です」
「面白い。良いだろう、では次の質問だ。イソップ童話の、酸っぱい葡萄の話のことは知っているね」
「はい、高い所にあるブドウを手に入れられなかったキツネが、アレは酸っぱいブドウだから、取っても美味しくないと決めつけるっていう童話ですよね」
「そうだ。例えば、そう、キミは今まさにそのキツネだ」
「何を言ってるんですか?」
「だから、キミは葡萄を手に入れることができなかったキツネなのだと言っている」
「僕がいつ、ブドウを欲したと言うんですか」
「今だよ」
「そんなはずありません。言い掛かりですよ」
「いや、間違いない。キミ自身、ブドウを欲しているが、それを手に入れられないことに理由を付けようとしているだろう」
「それは、悪魔の話ですか?」
「そうだ。キミは、人間と天使と悪魔をまだ区別できていない。だから混乱が生まれ、一方が望むのであれば、もう一方を差し出す必要があると思い込んでいる。違うかい」
「たしかに、僕はまだ悪魔のことも天使のことも何も分かっていません。でも、どうにかなるなら、どうにかしたいって、本気で思ってますよ、だからこうして訳の分からないあなたの話にも耳を傾けているんです」
「私は、キミが溺れている川に流れてくる藁というわけだ。掴めば助かると思うかい?」
「それを確かめる質問ではなかったんですか?」
「そうだ。結論としてはキミは助かる。なぜならキミにとって、私は丸太か、いや、カヌーだからだ」
「それを決めるのは僕です」
「溺れている状況で、流れてきた物体が何かを冷静に判断できると、本気で考えているわけではないだろう?」
「それでも、自己防衛くらいはします」
「キミの今できる最大の装備が、おたまと鍋の蓋だったとしても?」
「はい、戦いますよ」
「素晴らしい」
「バカにして遊びたいだけなら、切りますよ」
「待ちたまえ、質問に戻ろう。いずれにしろ、私はキミに美味しいブドウをプレゼントしたいと思っている」
「メリットが無いのにですか?」
「メリットはあるとも」
「それが分からないから怖いんです、それに、一時的にブドウを手に入れたとしても、結局は、次のブドウのために僕をこき使おうっていうことなら、お断りです」
「いや、もちろん悪いようにはしない、それに、正確にはプレゼントするのは、葡萄を取るための道具。梯子だ。梯子があれば、キミだって葡萄を取ることができるだろう」
「本当に梯子をくれるんですか?」
「約束しよう」
「だとしたら、本当に助け舟です」
「キミが天使と悪魔をどのように捉えているのか、それを聞き出し、修正を加えたいと考えている」
「修正が終わったらどうなるんです?僕に戦えと仰るんですか?悪魔と」
「それが、キミの意思だというのならね。戦う理由も目的も様々だ。戦うことは必ずしも剣を振るう事とは限らない」
「ケルビンさんは、本当に天使なのですか?」
「疑っているのか」
「当たり前です」
「まぎれもなく、天使だとも」
「僕はただの人間です」
「百も承知だ」
「もし、本当に解決策があるなら、僕はあなたを信用しても良いと、少しくらいは思っているんです。だから、決して裏切らないと約束してください」
「問題ない。キミは今、私が敵ではないことを認識した。なら、これでキミの願いは叶うだろう。約束しよう」
「本当にケルビンさんは、僕の願いを知っているのですね?」
「もちろんだ。そして、それを実現しようじゃないか、私と共に」
「ケルビンさんの目的は何ですか?」
「悪魔殲滅だ」
「分かりました。僕はこれから何をすれば良いですか?」
「きみには会ってもらいたい人物がいる、今からその人間の特徴を教える。見つけたら、今から伝える合言葉を言ってくれ。それで気がつく」
「分かりました。その相手は、僕の知っている人物ですか?」
「あぁ、少し意外に感じるかも知れないが、特徴と、キミが会った日を伝えればすぐわかるだろう。では、伝えるが、大丈夫か?」
「はい、お願いします」
特徴を聞くと、すぐに誰かは分かった。
しかし、まさかこの子が天使と繋がっていたとは、確かに意外な気がした。
「見当はついたかい?」
「はい。たぶん大丈夫です」
「合言葉が通じなければ、その人物ではないだろう。気にせず次へいっていい。深追いはするな」
「僕の記憶が正しければ、1人しか該当しないので、その必要はないと思います」
「なるほど、頼もしいね」
「それはどうも」
「では、またいずれ、キミと話せることを期待している」
「よろしくお願いします。ケルビンさん」
「エクセレント!さぁ、共に悪魔と戦おう!世界はキミのためにある!!」
ブッ、と電話が切れる。
見ると電源が落ちている。
もう一度、電源を入れると、
『Welcome to club activities!!』
の文字が再び表示された。
たぶん初期化されて端末が起動したのだろう。
僕は、左上に表示されるはずの電波マークが、圏外になっていることを確かめる。
ふと、なぜIDとパスワードが単純なのか考えた。
記憶しやすい。つまり、証拠隠滅のために、この黒の手紙を燃やしても、簡単に思い出せるようにするためだ。
僕は棚に置いてあるライターを取り、黒い手紙を燃やした。
ちゆが振り向く。
「なんか燃えてる?」
「ん?あぁ、念のために燃やしときたい物があって、大丈夫だよ、心配しないで」
「ふーん、変なの!」
またゲームに戻るちゆ。
ちゆは折り畳んだ羽根としっぽをパタパタ動かしながら、楽しそうに落ちゲーをしている。
今、彼女を守れるのは僕だけ、本心からそう思っているが、正直、ケルビンとの交渉が上手くいかなければ、おそらく彼女は殲滅対象になるはずだ。
ここからは僕の想像に過ぎないが、ケルビンがもし僕に悪魔殲滅を手伝わせようとしているとしたら、その引き換えに彼女を見逃してやるという条件を出してくる可能性が高い。実際、それが現実的な取引きだと思う。
僕がデーモンハンターになることによって、内側から彼女を救えるのであれば、提案に乗るしかないだろう。
しかし、それはすなわち、ちゆ以外を殲滅するということに他ならない。
ゆかはサキュバス化さえ防ぐことができれば何とかなるのだろうか?
見習いサキュバスは、殲滅対象から逃れられるのか。
どうなんだ、ケルビン。
とにかく、明日、ケルビンの使者から話を聞いてみるしかない。
「ちゆちゃん!」
「んー?まって、今ハイスコア更新中だから」
しっぽがビンビンになってピクピクしている。
サキュバスは興奮が分かりやすいな。
「僕は、ちゆちゃんの味方だから」
「うん、そーなんだー、ぁあっ!しんだ!あー!もっかいもっかい」
まったく危機感のカケラも感じないちゆ。
でもこれは、僕が勝手にやろうとしていることだ。
関係ない。
彼女は。
そういえば、ゆかが戻ってこない。
連絡したほうがいいだろうか?
「ねー、お兄ちゃーん」
「ん?もうハイスコアはいいの?」
「なんかミラクルが起きなくなっちゃって、ってそれより、ゆかさんは戻らないの?」
「あぁ、僕も気になってたんだ。部屋に戻って、すぐ帰ってくると思ったんだけど」
「いちおう連絡してみたら?彼女なんでしょ?」
「え?そうだね」
何となくトゲがある。というか、攻撃性を感じる。
サキュバスとはいえ、多少は嫉妬してくれるんだなと思った。
彼女。
そうか、ちゆは彼女という立ち位置にはならないのか。
複雑な気分だった。
僕はゆかとちゆ、どっちが好きなんだろう。
そんな風に思いながら、電話を掛けてみる。
コール音。
通じない。
いや、まさか、何かあったとか、そんな。
よもぎに電話を掛けてみる。
出ない。
待て待て、そんなことあるのか?
「ちゆちゃん!」
「んー?」
「ゆかの部屋って何号室だっけ」
「知らなーい、別に友達じゃないもん」
「ちょっと、見てくる」
「わかった」
「僕が出たら、鍵とドアチェーン掛けといてね!」
「えー?めんどくさい、なんで」
「用心のためだよ」
「大丈夫でしょ?」
「とにかく掛けて!」
「うん、わかった、かける」
ダルそうに立ち上がるちゆ、後ろをついてくる。
「じゃあ、すぐ戻るからね」
「全部ピンポンする気?」
「まさか」
「秋風さんに聞くの?」
「よもぎは出なかった。下のポストを見れば分かるんだ」
「そーなの?」
「行ってくる」
「気をつけてね」
「うん」
ドアを閉めると、まず1階の集合ポストを見に行く。
名前は書いていないが、シールを貼ってあるのだ。
ゆかは、自分のポストの位置を見間違えないように、小さいウサギのシルエットのシールを貼っている。
ポストの番号は、305、3階だ。
僕は胸騒ぎがして、気が気ではなかった。
全速力で、3階の端の部屋へ向かう。
焦って上がってきたものの、いざインターホンを押す時に緊張した。
もしゆかに何かあったとして、部屋に居ないとしたら、場合によっては、ゆか以外の人間が出てくる可能性だってあり得るのだ。
もし仮にそんなことになったら、出てくるのはおそらく、天使だ。
ゆかのサキュバス化を見越して捕らえに来たとしても不思議では無い。
僕は周囲を警戒しながらインターホンを押す。
ピンポーン!
中で音が響くのが微かに聞こえた。
パタパタと足音。
いる?ゆかか?
ガチャ、とドアが開く。
「セイシくん?どうしたの?」
ふわっと花束のような良い香りが部屋の中からした。
目の前には、黒髪ボブヘアの巨乳美少女が、立っている。
僕は安堵して、勢いよくゆかを抱きしめた。
「あっ、ちょ、なに?発情?」
ゆかが焦る。
そのまま、玄関に入り、ドアが閉まる。
僕はしばらく、彼女の柔らかい身体を力いっぱい抱きしめていた。
「もう、まだ準備中だったのに、そんなに私に会いたかったんだ」
「よかった、無事で」
「え?なに?私が心配だったの?」
「うん」
「急に来るから、そっちが何かあったのかと思ったよ」
「ううん、何もないよ。ただ、ゆかに何かあったんじゃないかって思って」
「なんでよー、ちょっと部屋に戻っただけで」
「そうだよね、僕がおかしかった」
「うん、だって、ココも」
僕の股間に手を伸ばすゆか。
「珍しく大人しいままだし」
「ほんとに心配だったんだ。でも安心した」
「そっか。なんか分かんないけど、すごい心配してくれたみたいだし、ありがとう。でも」
僕の胸を押して距離を取るゆか。
「まだ荷物まとめてないから、もうちょっと部屋で待っててね」
「あとどれくらい掛かりそう?」
「うーん、30分くらいかな」
「待ってるよ」
「えええ、見られたくないんだけど」
「なら、入口で待ってるから。あと、さっき着信気付かなかった?」
「あ、洗濯機の上に置きっぱだったかも、ごめんね取れなくて」
「そうだったんだ」
「じゃあ、簡単に準備しちゃうから、外で待っててね」
「うん、じゃあ、あとで」
僕が外に出ようとすると、肩を叩いて引き止めるゆか。
「こっち向いて」
「え? んむっ」
振り返ると、ゆかの唇が至近距離にあった。
「んちゅ、ちゅっ、ちゅっ、ん」
ゆかが僕にキスをする。
柔らかくて温かい唇の感触。
数秒キスを続けると、離して、背中を押して外に出された。
「ばーか!ふふっ」
ゆかは微笑みながらそう言うとドアを閉めた。
僕はドキドキして、身体が熱かった。
やっぱり、ゆかは可愛い。
安心したと同時に、ゆかが居なくなることへの恐怖感も高まった。
ちゆはもちろん、ゆかのことも守らなくてはならない。
これから2人と過ごせる嬉しさもありつつ、天使への恐怖もあり、その上で、自分というただの人間がサキュバスと常に一緒にいて本当に大丈夫なのかと、色んな考えがグルグルと回っている。
ただ、現時点の事実として、ゆかの可愛さに惚れてしまっていることは間違いなかった。
僕はこの胸の高鳴りをどう処理したらいいのか分からず、しばらく悶々としてしまった。
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