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2章 粛清と祭
第23話 明かされる事情と真実
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ふりかけが無かったので、余ってた鰹節と醤油で白ご飯を食べ切ったちゆは、さらっと食器の片付けまで終わらせた。
制服に着替えて準備し、ゆかと2人でちゆを待つ。
「ちゆちゃんって手際良いよねー、見直しちゃった」
ゆかが感心している。
僕も、ちゆは子どもっぽいと思っていたので、こういうテキパキとした家庭的なところを見てしまうと心が揺らぐ。
ギャップに弱いというのは、こういう事を言うんだろうなと自分で思った。
「おまたせー!ふふふっ、行こっかー」
楽しそうにちゆが出てくる。
この可愛さは、単なる愛嬌だけではなさそうだ。
バス停へ向かうと、いつも通り学院生が並んでいる。
その中には、当然ながら 西園寺綺羅梨もいた。
何となく気付かれないように遠回りしながら並ぼうとしたが、ちゆが僕を呼んだので気付かれてしまった。
「お兄ちゃーん、なんで離れてんの?」
「あ!?セイシくんじゃん」
ゆかとちゆの後ろに僕が並んでいたが、きらりが前にいたのにわざわざ並び直して僕の後ろに回ってきた。
「おはよう、きらりさん」
「ねー、セイシくん連絡したのに返信しなかったっしょ?何かあったの?」
「いや、はは、ちょっと忙しくて、ごめん、今見るよ」
「ま、いいんだけど、今日放課後って暇?」
「今日は、予定があるんだ。別の日だとダメかな」
「いいよ、あ、もしかして、気を遣わせてたりする?今日は3人で登校だもんね。キミってモテるよねー」
ゆかがこっちをチラチラ見るが、もともと周りを気にする性格のためか、あまり目立たないようにしているようだ。
「お兄ちゃん、この人は?」
「友達だよ。西園寺さん。学年は1つ先輩だね」
ちゆは普通に質問してくる。
「妹さん?似てないね」
「違うよ、ちゆちゃんって言うんだけど、同級生」
「へぇー、後輩でもないのに、お兄ちゃんなんて呼ばせてるんだ、ヘンタイだねー」
「何でだよ、別に呼ばせてないって!ちゆちゃんがそう呼びたいから呼んでるだけで」
「でも、拒否しないってことは、そう呼ばれたいんでしょ?」
「ちがっ!もう、良いだろ別に、なんで僕がお兄ちゃんって呼ばせてることにしたいんだよ」
「なんとなく、そっちの方が面白いし」
「面白いって。そもそも僕はその人が呼びたいように呼べば良いって思うから、ちゆが呼びたいならそれで良いんだ」
「あ、呼び捨てにしてる。お兄ちゃんってちゆちゃんが呼んで、セイシくんが、ちゆって呼び捨て。これはつまり、義理の妹設定ってことじゃない?わーわーわー」
「ここで弄るのはやめてくれよバス停だぞ」
「ゴメンゴメン、冗談じゃん、本気にしないでよ」
やり取りを聞いていて、ちゆも少し不満げにしている。
「西園寺さんって、お兄ちゃんと仲良いの?」
「えー? ふふっ、私は、セイシくんの大切な人だよ」
冗談っぽく笑いながら言うきらり。だが、ちゆは真剣な感じだった。
「大切な人は、ちゆの方なんだけど!」
「え?なに?付き合ってるってこと?この子と?」
「あー、そういうことではないんだけど」
僕が答えに詰まっていると、ちゆが僕の腕を掴んで、身体を密着させてきた。
「ちゆとお兄ちゃんは、もっと深い関係なんだよ」
きらりも、さすがにこの行動には怯んだ。
「そ、そうなんだ。私もそこそこ深い関係だとは思うんだけどね」
チラチラと僕に目線を合わせるきらり。
明らかにちゆに対して腰が引けている感じだ。
ちゆは凄い。これが正妻マウントなのか。
公認の正妻はゆかのつもりだったが、正直、ちゆの行動にはトキメキを感じてしまう。
独占欲という意味で、ゆかの方が強いと感じていたが、実際の行動で考えると、ちゆの方が上手だった。
「そ、そうだね。かなり深い関係なんだ。きらりも、浅くは無いよね。たしかに」
歯切れの悪い回答になってしまうのは、やはり、きらりとも一線を超えてしまっているからではある。
とはいえ、この場できらりの側に立って良いことは無い。
事情を知っているゆかに助けを求めるわけにもいかないし。
「ちゆとお兄ちゃんはね、こういう関係だから」
ちゆが僕ときらりの間に回り込むと、僕の首元に抱きつき、キスをしてきた。
んちゅ、くちゅ、んあむ、んちゅ
「ぷはぁ、お兄ちゃん、今日もいっぱい楽しもうねぇ」
ちゆがあからさまに独占欲を出してくる。
「そっかそっか、そんな見せつけたいなら、好きにしなよ。よかったねセイシくん、こんな可愛い女の子にベタ惚れされて」
「え?うん、そうだね」
きらりもこんな分かりやすい対抗心を向けられたら引くしかないだろう。
僕としても、ちゆの態度に関しては少し動揺している。
ゆかと違って、刺激したら本当に喧嘩しそうだ。
きらりと話したい気持ちもあったので複雑な気持ちだが、これは僕の問題だと思った。
「また連絡してね、セイシくん」
僕が何か言おうとすると、ちゆが代わりに答えた。
「もう連絡はしません!」
バスの列が動き、乗り込む。
ちゆが僕と腕を組んだままで移動する。
ゆかが前で、後ろにちゆ、その後ろにきらり、という順番で乗った。
目の前でゆかがクスクスと笑っている様子だ。
僕はちゆの敵対心に、動揺しているというのに、ゆかは面白がっているようだった。
なんて気楽なんだ。
きらりに対して敵対心を持っているのはゆかも同じだから、ちゆの態度が清々しいのかも知れない。
僕は後ろのきらりを見る。
視線が左右に動いて、落ち着かない感じだ。
目が合うと、苦笑している。
どんな顔していいか分からないが、今はちゆを優先しようと思った。
後ろからぎゅっと抱きしめるちゆ。
結構な力だ。遠慮ないところを見ると、余裕がないんだろうと思う。
ちゆにとって、僕はそれだけ大事な存在になりつつあるのかもしれない。
行動はちょっと度が過ぎているが、それでも嬉しいことには変わりない。
僕はちゆの方に少し体を傾けて、ツヤツヤの髪の毛を撫でてあげた。
ちゆが僕の方を見る。
目が輝いて微笑む彼女。
仕方ないので、学院に到着するまでずっと撫でていた。
⭐︎
午前中の授業は特に何事もなく終わり、昼休みになると、購買からパンを買ってきて教室の隅に集まった。
メンツは、ゆか、ちゆ、よもぎの3人だ。
よもぎも何となく察しはついているのか、僕らが何かをしようと考えている事はすぐに気付いた。
「で、結局、お前らはセイシの部屋で同棲することにしたわけね」
「そうよ、私としては、よもぎちゃんも来てくれても良かったんだけど」
「ちょ、ゆか、それはさすがに人数が多すぎる」
僕は焦るが、よもぎは平然としている。
「そりゃ、あんな狭い部屋で4人も寝泊まりしてたら窮屈過ぎるだろ」
「秋風さんは、お兄ちゃんと寝たいの?」
ちゆがストレート過ぎる質問をする。
「セイシと?まぁ、セイシが私と寝たいって頼むなら、考えてやってもいいかもな、どーよ、私と寝たいか?」
「そ、そんな答えにくい質問しないでよ。よもぎが、良いなら、それは、その……」
「ハッキリしねーな!私の裸に興味があるかどうかだろ?」
「そんなこと、……あるよ、よもぎだし」
「だよなー!素直にならないとな、はっはっ」
バシバシと肩を叩くよもぎ。
ちゆもゆかも、よもぎに対しては何とも思わないのか、きらりの時のような敵意は無かった。
「セイシくん、よもぎちゃんに抱かれたらもっと男らしくなれるかもね」
ゆかがとんでもないことを言う。
「なんで、僕が抱かれる側なんだよ」
「だって、よもぎちゃんのこと、抱ける?セイシくん」
「抱けるに決まってるだろ?なんで抱けないと思われてるんだよ」
「よもぎちゃん、難しいと思うんだよねー、私からしたら」
よもぎもコレには反論した。
「私だって女の子なんだぜー、責められたい願望もあるし」
「お兄ちゃん、秋風さんのこと責められるの?」
「そりゃもう、責めるさ。僕だってテク持ってるんだから」
よもぎが大声で笑う。明らかに馬鹿にした感じだ。
「あっはっは!!テクだってさ!ゆかー、セイシのテクってなんだよ、そんなの存在すんのかー??」
「ないことはないでしょ、なんかあるよ多分。私はあんまり知らないけど」
ゆかがフォローできないくらい、僕にはテクニックが無かったらしい。
「お兄ちゃんのテクねぇ、……良いよ、特に、乳首舐めたあとの、中指のクイクイってのがちゆのお気に入りかなぁ」
「待ってちゆちゃん、嬉しいけど、さすがにここでは恥ずかしいから」
僕はちゆを黙らせる。
他の生徒に聞こえると考えると耐えられない。
正直よもぎに馬鹿にされるのは嫌だが、かと言ってフォローされても困る。
と、そんな話をしていると、今日の目当ての人物が、購買から弁当を買って戻ってきた。
チャンスだ。
「みんな、少し席を離れる。大事な用だ。僕のことは気にせず雑談してて」
ちゆとゆかが、小声で「分かった」「頑張って」と僕にエールを送ってくれる。
よもぎも何となく頷く。
3人がちゆの朝ごはんについて話し始めたことを確認して、目的の人物に、声をかけた。
「ちょっと、廊下に来てくれない?」
その子が、「?」とキョトンとして付いてきた。
「私に何か用?セイシ!」
「急に呼び出してごめん、アカリ。聞きたいことがあって」
生田目アカリ。
僕が初めて学院を訪れた日に出会った黒髪ポニーテールの美少女だ。
アカリは普段と何も変わらない様子で僕を見つめる。
意外だった。
だって、彼女は完全にサキュバスの特徴を持っていて、まさか天使と繋がっているとは思えなかったからだ。
だが、該当するのがアカリしか居ないのだから仕方ない。
僕はアカリに伝えた。
「アフロディーテは、選択を間違えない」
ピクッと、アカリが反応した。
「色欲は?」
アカリが真剣に僕に聞く。
「黒き翼」
僕は答える。
「なら、白き翼は?」
アカリが続ける。
「愛情」
そう僕が答えると、ため息を吐いた。
「そう、あなたがアドニスってわけね。ま、そんな事だとは思ってたけどさ」
「知ってたの?」
「知らないわよ。私だって、あの日の夜は本当大変だったんだから、あなたのせいでね」
「じゃあ、ケルビンと話したの?」
「ケルビン?誰よそれ、私が話したのは、レオミュールって天使よ。ちなみに、話したのは翌日ね。あなたに関係しているとは全く思わなかったわ」
「説明は無かったんだ」
「そ、あったのは取引の内容についてだけ」
「それは、話せるの?」
「無理ね、でも、私には、アドニスが来たら一部を伝える義務があるから、それは言うわ。放課後、化学準備室で」
「あの、人を連れてきても?」
「はぁ?誰連れてくる気?」
「一応、2人ほどいて、クラスの子なんだけど」
「情報拡散は、自殺行為よ。私たちがやろうとしてること、本当に分かってる?私とあなたで充分じゃない?」
「味方になってくれることは確かなんだ」
「そう、じゃあ、とりあえず名前教えて」
「うん」
僕は、アカリの耳元で、ちゆとゆかの名前を伝えた。ちゆに黒い羽根があることも伝える。
「なるほどね。1人は、そういうことなんだ。だったら悪くないかもね」
「良かった。じゃあ、連れて行くよ」
「ええ、くれぐれも注意してね」
話が終わり、教室へ戻る。
何とか話はまとまったが、これは今後も何かと骨が折れる展開になりそうだとヒヤヒヤした。
よもぎ達は、相変わらずちゆご飯の話で楽しそうに盛り上がっている。
できるだけ慎重にことを運ばないと、取り返しのつかないことになるかもしれない。
僕は少し気合を入れ直そうと思った。
ちなみに、ケルビンが指定した女の子の特徴はこうだ。
『では、キミが出会った日と、特徴を伝える。キミがその子と会ったのは、牧野学院長に挨拶を行った日だ。その日は休校だった。だが、キミはクラスの位置を確認するために、一度教室へ向かった。その時、紺色の制服で、黒い髪、ポニーテールに結んだ女の子と会ったと思う。彼女はかなり性欲が強く、もしかすると、その日も自慰行為に耽っていたかもしれない。もし、キミがそこに遭遇したのであれば、キミは彼女に精液を提供している可能性がある。彼女はその日の夜、覚醒した。羽化したと言った方が分かりやすいだろう。彼女もデーモンハンターだ。ただ、彼女の場合は、1人では完遂できないから、助っ人は付いているがね。彼女の勇気は称賛に値する。きっとキミとも合うだろう。楽しみにしていたまえ』
⭐︎
化学準備室は、学院の2階の最奥にあり、放課後は教員以外は出入りすることはほぼ無い。
僕は、ゆかとちゆを連れて、準備室を訪れる。
2人も緊張している。
話す相手が、アカリであることは伝えたのだが、2人ともそこまで話した事がない子だったらしく、全くリラックスしていなかった。
とりあえず、僕だけでも気合を入れて、不安を和らげなくてはと思った。
「じゃ、ノックするよ」
2人が無言で頷いた。
コンッ! コンッ!
「どーぞ」
中からアカリの声が聞こえた。
ガラッと開けると、正面奥の椅子に、足を組んで腕組みしている美少女がいた。
生田目アカリだ。
蛍光灯の半分は切っており、狭い準備室で、アカリのいるところだけが明るく照らされている。
妙に貫禄があり、ゆかとちゆは恐れ慄いていた。
意外と雰囲気に呑まれるんだなと思うと、少し可愛く見えたのは内緒だ。
「来たわね、アドニス。そこに椅子があるから、3人とも座って良いわよ」
ちゆとゆかは、あたふたしながら椅子に座った。
ちゆが座る時に滑って転んだ。
「はっはっはっ!なにしてんの」
アカリがちゆを見て笑う。
まるで魔王みたいだなと、その笑い方で感じた。これも雰囲気のせいだろう。
ちゆが全く笑わずに椅子に座り直すが、何となくガタガタ震えている様子だった。
そんなに怖いのだろうか、アカリが。
「で、アドニス、あなたには、これから悪魔と戦ってもらうわけだけど、どうやって戦うか、そのケルビンって人から聞いてる?」
「それが、聞いてないんだ」
「そっ、じゃあまず、あなた達には、私たちデーモンハンターの役割から説明する必要がありそうね。ほら、そこの2人、協力するんでしょ?自分たちの立場、ちゃんとわきまえなさいよ!」
「はい!」「ごめんなさい!」ゆかとちゆが深々と頭を下げる。
ちゆはなぜ謝ったんだろう。
一応、僕も習って少し頭を下げた。
「で、本来なら、サキュバスをハントするのは、エンジェルの役割なんだけど、そもそもサキュバスを全部消し去るなんて非現実的でしょ?もう存在してしまっていて、長い間増え続けてるわけで、今更って感じなわけよ。でも、人間様からハントしてくれって依頼されてるわけだから、対応せざるを得ないわよね。だって、エンジェルにとっても、デーモンは殲滅するべき存在だからね。ここまでは分かる?」
2人はうんうんと何度も首を縦に振っている。
僕は疑問があった。
「その、人間様っていうのが、ちょっと引っ掛かるんだけど、人間がお願いしたら、天使は聞かないといけない何かがあるってことなの?」
「そうね、そこよね。私もそこの立場に関しては本当に謎だと思ってたんだけど、人間って、天使にとって、必要な存在なのよ」
「それは、天使側の方が、人間を必要としていて、人間側は、それほど気にしていないってことなのかな」
「まぁー、簡単に言えばそうね。天使にとって、人間の発展は必須項目だけど、人間側からすれば、天使も悪魔も、ぶっちゃけどうでもいい存在ってわけ」
「なるほどなー、つまり、僕ら人間は、天使にとって優先度が高いんだ。ペットの猫みたいなもんなのかな?天使の方が人間より高位の存在ってイメージなんだけど」
「さすがアドニスね。いい着眼点だわ。ペルセポネも惚れる人間だけあるわね」
「それは、ありがとう?って言って良いのかな」
ちゆが小声でゆかに質問している。
「ゆかさん、アドニスってなに?」
「神話に出てくる人間よ。アフロディーテっていう豊穣の女神と、冥界の女王ペルセポネに惚れられた人間なの」
「そーなんだ、アドニスって、王様?」
「ちがう、ややこしいんだけど、アフロディーテもペルセポネも、赤ん坊のアドニスに惚れて取り合ってたの。木から生まれてるんだけど、一応普通の人間の少年よ。最後は、アフロディーテのことを慕うアドニスのことが許せないペルセポネが、アフロディーテの旦那に密告して、その旦那が、イノシシに化けて彼を殺しちゃったわけ」
「ええー、可哀想アドニス」
「ねぇー、ほんと不運な運命よね」
「コラ!そこ!コソコソしない!!」
アカリが怒鳴る。
「ごめんなさい先生」「すいませんでした」
ちゆとゆかが謝る。
ちゆは語尾が先生になっている。
何となくビクビクしている理由が理解できた。
「それで、人間の僕がデーモンハンターになれる理由は?」
「あなたは、エンジェルとは別の方法でサキュバスを減らせる存在だからよ」
「そんな特別な能力があるの?僕に?」
「単純な話、絶倫だからよ」
「そんな理由?僕以外にもできる人いるんじゃ」
「それが、そうでもないのよ。あなたは、私に精液を飲ませたでしょ」
「そう言えば、そうだけど、僕は飲まなくて良いって言った記憶が」
「それはどっちでもいいんだけど、結果、私は羽化しちゃってこの有り様よ!」
「いや全然分からない」
「実際に見た方が早そうね」
アカリはシャツを脱ぐと、背中から生えた黒い羽根を見せてくれた。
ただ、ちゆと違ってかなり小さい。
本当に、実物のカラスとかコウモリくらいの大きさだ。
しっぽも生えている感じだが、ちゆの3分の1くらいの大きさだった。
ちゆがそれに反応する。
「あーっ!羽根!ちゆの方が大きぃ!」
ちゆが元気に発言するが、すぐに口元を押さえて縮こまった。
縮こまるなら我慢すれば良いのにと思った。
「羽根の大きさは知性と関連してるの」
「てことは、ちゆちゃんはかなり大きいから」
僕がそういうと、ちゆが立ち上がる。
ちゆがドヤ顔でシャツを脱ぐと、バサっと立派な羽根を公開した。
アカリはシャツを着直し、椅子に座り直すとため息をつく。
「あのね、羽根が大きいのは、低級悪魔の特徴でもあるのよ」
「ぇえ!ちゆ、低級だったの!?うそっ!」
ちゆはショックを受けている。
「考えてみなよ、羽根が大きいってことは、それだけコウモリに近いってことよ。悪魔で羽根も身体も大きい方はいるけど、みんな知的っていうより動物的なの。実際、搾精して、生命力を吸い取るサキュバスって、みんな羽根、小さいからね」
「がーんっ!」
ちゆが自分で擬態語を吐く。
意気消沈して席に座るちゆ。
アカリは話を続けた。
「とにかく、セイシは、サキュバスを成体にできる精液を作れるわけ。で、ここからが重要なんだけど、実は、セイシの精液は、逆にサキュバス化を抑制する材料にもなるのよ」
「ってことは、僕は、サキュバス化を止める手伝いができるってことなんだ」
「手伝いっていうか、あなたが、サキュバス化を止めるのよ。その股間のモノを使ってね」
「でも、材料ってことは、僕の精液だけじゃダメなんでしょ?」
「そう、そこで、本当なら私のしっぽが役にたつ予定だったんだけど、予定変更。三神知由、あなたの尻尾にその役割を託すことにするわ」
ちゆが驚く。
「え!?ちゆが?」
「そう、サキュバス化を止める修正薬に必要なのは、悪魔のしっぽから出る愛液。これを飲んだ男が射精すると、遺伝情報が組み替えられて、サキュバス化しなくなるの。原理はまだ正確には分かっていないんだけど、悪魔の遺伝子に影響を与えるほどの精液だから、逆にサキュバスの愛液を構成する時にイレギュラーが発生するってことらしいわ」
「それって、普通の男、というか絶倫の男と、普通のサキュバスが組めばできることなんじゃない?」
「そう思うんだけど、これが上手くいかなくて」
「なぜ?」
「だって、サキュバス相手に射精し続けたら、人間の男なんてすぐ死んじゃうでしょ?」
「そっか、そうだったね、だから殲滅対象になってるんだもんね」
僕は重要な部分を見逃していた。やはり、サキュバスとのセックスは命に関わるのだ。
「そこで、三神さんが役に立つってこと」
「どういうこと?」
「あまりに低級悪魔過ぎると、生命力を吸収できないのよ」
「ええ!!?」「そうなの?」
僕とゆかは同時に驚く。
「うわーん、ちゆ、サキュバスもどきじゃん!」
ちゆが普通にショックを受けている。どうやら、サキュバスだということに誇りを持っていたようだ。
「それは、確かにちゆが低級悪魔でラッキーだけど、低級悪魔って、いっぱいいるんじゃないの?」
「そりゃ、低級悪魔自体はいっぱいいるけど、なんて言うか、見た目?の問題っていうか」
「見た目?ってどういう?」
「要は、低級悪魔だけど、サキュバスの低級悪魔ってのが、あんまりいないのよ」
「ちゆちゃんは、レアってこと?」
「例えば、あなた、明らかに動物っぽい見た目のサキュバスとか、人型だけど、おっさんみたいなサキュバスに射精できる?」
「それは、……やだなぁ。そもそも勃起しないかも」
「でしょ?つまり、低級悪魔で、見た目がこんなに可愛いサキュバスって、ほとんど、というか、見たことないの」
「ということは、ちゆみたいな可愛い低級サキュバスは、逆に希少なんだ!」
「凄い!ちゆちゃん!」
ゆかがちゆを見て絶賛する。
「嬉しくないいいいいいー」
ちゆは普通に嘆いている。
さすがに気持ちは分かる。
希少価値があることはあるが、本来なら、上級悪魔になるべき容姿を持っているのに、羽根が巨大だったのだ。
そして、生命力を吸い取れないとなると、サキュバスと言うより、もはやコウモリ少女だ。
それは嫌だろうなと思った。
ただ、僕にとっては、嬉しい限りだ。
少なくとも、ちゆとのセックスで命を取られる可能性はほぼ消えたのだから。
「今までの話だと、僕はちゆと協力して、この学院の女の子のサキュバス化を止めていけば良いってことだね」
「そうよ、これはあなた達だからこそできる、サキュバスを殲滅せずに、サキュバスを減らす唯一の方法ってわけ」
「皆んなを救えるんだね」
「とはいえ、サキュバス化を望む勢力とは対決することにはなるわよ。地道に進めていけばバレないとは思うけど、もしそうなったら、せいぜい頑張ってね」
「それで、その修正薬を、ちゆから出すのは、どうすれば効率良いの?普通にしっぽを吸えば良いのかな」
「やーんっ!お兄ちゃん、エロエロえちえち過ぎー」
ちゆのテンションが戻っている。
「そうね。まず、あなたには、三神さんと、毎日セックスして貰って、どんどん射精して欲しいの。膣内から入った精液を取り込んで、三神さんが体内で修正薬を調合するでしょ。だいたい12時間くらいで作られるから、溜まってきたら、それを尻尾から放出。あなたはそれを200mlくらい飲んで、見習いサキュバスの子を絶頂させてから中出し。って流れかな」
「ちゆに射精した方が良いのか、今までの僕の葛藤は何だったんだ」
「お兄ちゃん、苦しんでちゆとえっちしてたんだね、ごめんね、気づいてあげられなくて」
「良いよ、これは僕の問題だ。それから、見習いサキュバスの子を絶頂させるのは、どういう目的なの?」
「絶頂させる必要があるのは、修正薬の抵抗をさせないためよ。もし先にイかされちゃったら効果はないわ。そうなると、サキュバス化の進行を抑えられないの。つまりは、敗北ってわけ」
「それで、サキュバス化を止めたら、その後は、天使になるの?」
「天使?そんなわけないでしょ?止まったら完全な人間の女の子になるだけ。あなたはサキュバス化抑制剤」
「なるほど。仮に成功したとして、止まった後で再発することは?」
「そりゃ、しないとは限らないわよ、だから天使たちが狙ってるんじゃない。悪魔測定器で、悪魔濃度をオールグリーンにすれば、基本的にオッケーよ」
「悪魔測定器なんてあるんだ」
「ええ、あとで渡してあげる」
「助かります!」
「と、まぁこんなとこだけど、何か質問は?」
「ターゲットになる子は、どうやって調べるんだい?」
「それは、あなたに送られてきたスマホから電話すれば、レオミュール、じゃなくて、ケルビンが教えてくれるわ。今日、帰ったら部屋で連絡してみて」
「わかった。色々ありがとう、アカリ」
「いえいえ、これも義務なので」
「サキュバス化を止めるのは決して簡単では無いと思うけど、ちゆとゆかが着いてれば、何とかなりそうだ。それに、ちゆに生命力を吸われないって分かっただけでも、僕はこの話を受けて良かったと思う」
「そっか、それは私も安心よ」
「……あの、それって」
ずっと黙っていたゆかが口を開いた。
「セイシくん、色んな女の子と、えっちするってこと、です、よね?」
「そうね、そうやって抑制するわけだから」
「私としては、あんまり気持ちのいい話では無かったかなって思うの」
ゆかにとっては、そうだ。僕にとっても、簡単に受け入れられる話ではない。だけど、それによって、ちゆやゆかが守られるなら、選択肢はない。
「ゆか、僕の気持ちは、変わらないから、大丈夫、安心して欲しい」
「でも、そんなのって……」
アカリがゆかを見つめる。
何かを探っているような目つきに見えた。
どういうことだろう?
「 桃正院由華さん、あなたには、この件とは別で、確かめたいことがあります。良いですか?」
急にかしこまったような口調になるアカリ。
何だろう?
ゆかに個別に話があるってことは、さっきのやり取りの中で、何か引っ掛かる所があったというのだろうか。
「少し、ゆかさんと2人で話がしたいと思います。お二人は、先に帰っていただいて結構ですよ」
やはり、何か問い詰める気だろう。
「そういうわけにはいきません。僕らは3人揃って、部屋に帰ります」
「そだよ!ちゆが今晩のご飯作る予定なんだから、来てもらわないと!」
「では、少し部屋の外で待っていて貰えますか?」
「いや、それも」
「いいわよ!」
ゆかが勢いよく声を上げる。
「でも、それは」
「いいの、私も、アカリさんに聞きたいことがあるから」
僕とちゆはお互いに目を合わせる。
「そっか、ゆかがそう望むなら、席を外すよ」
少し不穏な気配がした。
何事もなく終わって欲しい、そう思った。
「では、お二人は、外に出ててください。今から行う確認は、お二人にとっても重要なことになりますので」
「はい」
僕はちゆと部屋を出た。
とりあえず長くなりそうなので、近くの廊下に設置されている自販機で、コーヒーとココアを買って、ドアの前に座った。
ココアをちゆに渡す。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「お兄ちゃん、ゆかさん、大丈夫だと思う?」
「うーん、今回の話は、ゆかにとっては確かに受け入れられるものじゃないよな」
「そー、だよねー」
「ちゆちゃんは、大丈夫なの?僕とこれから、えっと、その」
言おうとすると恥ずかしくなる。
「ええー?お兄ちゃん恥ずかしいの?そんなの良いに決まってるじゃん。それより、お兄ちゃんも頑張ってね。失敗したら大変だよ」
「ちゆちゃんは、僕が他の子とえっちするの、嫌じゃない?」
「イヤだけど、仕方ないよね」
「うーん、一応、この話には乗ったけど、もう一つ選択肢はあるんだ」
「どういうこと?」
「ちゆちゃんが、どうしても嫌だったら、僕はちゆちゃんの気持ちを優先したいと思ってるんだ」
「それって、ほんとにちゆと恋人になるってこと?」
「とにかく、僕の願いを叶えるって、ケルビンは言ってくれた。それは、ちゆちゃんが本心から納得できる条件も含まれてるんだ」
「そんなカッコいいこと言って、ちゆ期待しちゃうよ、いいの?」
「ははっ、そうだね、ケルビンと相談してから決めるよ」
「ちゆは、お兄ちゃんの……」
急に、ゆかの怒鳴る声が聞こえた。
「私はっ!天使なんか許さない!!!」
僕は立ち上がると、再びドアを開けた。
制服に着替えて準備し、ゆかと2人でちゆを待つ。
「ちゆちゃんって手際良いよねー、見直しちゃった」
ゆかが感心している。
僕も、ちゆは子どもっぽいと思っていたので、こういうテキパキとした家庭的なところを見てしまうと心が揺らぐ。
ギャップに弱いというのは、こういう事を言うんだろうなと自分で思った。
「おまたせー!ふふふっ、行こっかー」
楽しそうにちゆが出てくる。
この可愛さは、単なる愛嬌だけではなさそうだ。
バス停へ向かうと、いつも通り学院生が並んでいる。
その中には、当然ながら 西園寺綺羅梨もいた。
何となく気付かれないように遠回りしながら並ぼうとしたが、ちゆが僕を呼んだので気付かれてしまった。
「お兄ちゃーん、なんで離れてんの?」
「あ!?セイシくんじゃん」
ゆかとちゆの後ろに僕が並んでいたが、きらりが前にいたのにわざわざ並び直して僕の後ろに回ってきた。
「おはよう、きらりさん」
「ねー、セイシくん連絡したのに返信しなかったっしょ?何かあったの?」
「いや、はは、ちょっと忙しくて、ごめん、今見るよ」
「ま、いいんだけど、今日放課後って暇?」
「今日は、予定があるんだ。別の日だとダメかな」
「いいよ、あ、もしかして、気を遣わせてたりする?今日は3人で登校だもんね。キミってモテるよねー」
ゆかがこっちをチラチラ見るが、もともと周りを気にする性格のためか、あまり目立たないようにしているようだ。
「お兄ちゃん、この人は?」
「友達だよ。西園寺さん。学年は1つ先輩だね」
ちゆは普通に質問してくる。
「妹さん?似てないね」
「違うよ、ちゆちゃんって言うんだけど、同級生」
「へぇー、後輩でもないのに、お兄ちゃんなんて呼ばせてるんだ、ヘンタイだねー」
「何でだよ、別に呼ばせてないって!ちゆちゃんがそう呼びたいから呼んでるだけで」
「でも、拒否しないってことは、そう呼ばれたいんでしょ?」
「ちがっ!もう、良いだろ別に、なんで僕がお兄ちゃんって呼ばせてることにしたいんだよ」
「なんとなく、そっちの方が面白いし」
「面白いって。そもそも僕はその人が呼びたいように呼べば良いって思うから、ちゆが呼びたいならそれで良いんだ」
「あ、呼び捨てにしてる。お兄ちゃんってちゆちゃんが呼んで、セイシくんが、ちゆって呼び捨て。これはつまり、義理の妹設定ってことじゃない?わーわーわー」
「ここで弄るのはやめてくれよバス停だぞ」
「ゴメンゴメン、冗談じゃん、本気にしないでよ」
やり取りを聞いていて、ちゆも少し不満げにしている。
「西園寺さんって、お兄ちゃんと仲良いの?」
「えー? ふふっ、私は、セイシくんの大切な人だよ」
冗談っぽく笑いながら言うきらり。だが、ちゆは真剣な感じだった。
「大切な人は、ちゆの方なんだけど!」
「え?なに?付き合ってるってこと?この子と?」
「あー、そういうことではないんだけど」
僕が答えに詰まっていると、ちゆが僕の腕を掴んで、身体を密着させてきた。
「ちゆとお兄ちゃんは、もっと深い関係なんだよ」
きらりも、さすがにこの行動には怯んだ。
「そ、そうなんだ。私もそこそこ深い関係だとは思うんだけどね」
チラチラと僕に目線を合わせるきらり。
明らかにちゆに対して腰が引けている感じだ。
ちゆは凄い。これが正妻マウントなのか。
公認の正妻はゆかのつもりだったが、正直、ちゆの行動にはトキメキを感じてしまう。
独占欲という意味で、ゆかの方が強いと感じていたが、実際の行動で考えると、ちゆの方が上手だった。
「そ、そうだね。かなり深い関係なんだ。きらりも、浅くは無いよね。たしかに」
歯切れの悪い回答になってしまうのは、やはり、きらりとも一線を超えてしまっているからではある。
とはいえ、この場できらりの側に立って良いことは無い。
事情を知っているゆかに助けを求めるわけにもいかないし。
「ちゆとお兄ちゃんはね、こういう関係だから」
ちゆが僕ときらりの間に回り込むと、僕の首元に抱きつき、キスをしてきた。
んちゅ、くちゅ、んあむ、んちゅ
「ぷはぁ、お兄ちゃん、今日もいっぱい楽しもうねぇ」
ちゆがあからさまに独占欲を出してくる。
「そっかそっか、そんな見せつけたいなら、好きにしなよ。よかったねセイシくん、こんな可愛い女の子にベタ惚れされて」
「え?うん、そうだね」
きらりもこんな分かりやすい対抗心を向けられたら引くしかないだろう。
僕としても、ちゆの態度に関しては少し動揺している。
ゆかと違って、刺激したら本当に喧嘩しそうだ。
きらりと話したい気持ちもあったので複雑な気持ちだが、これは僕の問題だと思った。
「また連絡してね、セイシくん」
僕が何か言おうとすると、ちゆが代わりに答えた。
「もう連絡はしません!」
バスの列が動き、乗り込む。
ちゆが僕と腕を組んだままで移動する。
ゆかが前で、後ろにちゆ、その後ろにきらり、という順番で乗った。
目の前でゆかがクスクスと笑っている様子だ。
僕はちゆの敵対心に、動揺しているというのに、ゆかは面白がっているようだった。
なんて気楽なんだ。
きらりに対して敵対心を持っているのはゆかも同じだから、ちゆの態度が清々しいのかも知れない。
僕は後ろのきらりを見る。
視線が左右に動いて、落ち着かない感じだ。
目が合うと、苦笑している。
どんな顔していいか分からないが、今はちゆを優先しようと思った。
後ろからぎゅっと抱きしめるちゆ。
結構な力だ。遠慮ないところを見ると、余裕がないんだろうと思う。
ちゆにとって、僕はそれだけ大事な存在になりつつあるのかもしれない。
行動はちょっと度が過ぎているが、それでも嬉しいことには変わりない。
僕はちゆの方に少し体を傾けて、ツヤツヤの髪の毛を撫でてあげた。
ちゆが僕の方を見る。
目が輝いて微笑む彼女。
仕方ないので、学院に到着するまでずっと撫でていた。
⭐︎
午前中の授業は特に何事もなく終わり、昼休みになると、購買からパンを買ってきて教室の隅に集まった。
メンツは、ゆか、ちゆ、よもぎの3人だ。
よもぎも何となく察しはついているのか、僕らが何かをしようと考えている事はすぐに気付いた。
「で、結局、お前らはセイシの部屋で同棲することにしたわけね」
「そうよ、私としては、よもぎちゃんも来てくれても良かったんだけど」
「ちょ、ゆか、それはさすがに人数が多すぎる」
僕は焦るが、よもぎは平然としている。
「そりゃ、あんな狭い部屋で4人も寝泊まりしてたら窮屈過ぎるだろ」
「秋風さんは、お兄ちゃんと寝たいの?」
ちゆがストレート過ぎる質問をする。
「セイシと?まぁ、セイシが私と寝たいって頼むなら、考えてやってもいいかもな、どーよ、私と寝たいか?」
「そ、そんな答えにくい質問しないでよ。よもぎが、良いなら、それは、その……」
「ハッキリしねーな!私の裸に興味があるかどうかだろ?」
「そんなこと、……あるよ、よもぎだし」
「だよなー!素直にならないとな、はっはっ」
バシバシと肩を叩くよもぎ。
ちゆもゆかも、よもぎに対しては何とも思わないのか、きらりの時のような敵意は無かった。
「セイシくん、よもぎちゃんに抱かれたらもっと男らしくなれるかもね」
ゆかがとんでもないことを言う。
「なんで、僕が抱かれる側なんだよ」
「だって、よもぎちゃんのこと、抱ける?セイシくん」
「抱けるに決まってるだろ?なんで抱けないと思われてるんだよ」
「よもぎちゃん、難しいと思うんだよねー、私からしたら」
よもぎもコレには反論した。
「私だって女の子なんだぜー、責められたい願望もあるし」
「お兄ちゃん、秋風さんのこと責められるの?」
「そりゃもう、責めるさ。僕だってテク持ってるんだから」
よもぎが大声で笑う。明らかに馬鹿にした感じだ。
「あっはっは!!テクだってさ!ゆかー、セイシのテクってなんだよ、そんなの存在すんのかー??」
「ないことはないでしょ、なんかあるよ多分。私はあんまり知らないけど」
ゆかがフォローできないくらい、僕にはテクニックが無かったらしい。
「お兄ちゃんのテクねぇ、……良いよ、特に、乳首舐めたあとの、中指のクイクイってのがちゆのお気に入りかなぁ」
「待ってちゆちゃん、嬉しいけど、さすがにここでは恥ずかしいから」
僕はちゆを黙らせる。
他の生徒に聞こえると考えると耐えられない。
正直よもぎに馬鹿にされるのは嫌だが、かと言ってフォローされても困る。
と、そんな話をしていると、今日の目当ての人物が、購買から弁当を買って戻ってきた。
チャンスだ。
「みんな、少し席を離れる。大事な用だ。僕のことは気にせず雑談してて」
ちゆとゆかが、小声で「分かった」「頑張って」と僕にエールを送ってくれる。
よもぎも何となく頷く。
3人がちゆの朝ごはんについて話し始めたことを確認して、目的の人物に、声をかけた。
「ちょっと、廊下に来てくれない?」
その子が、「?」とキョトンとして付いてきた。
「私に何か用?セイシ!」
「急に呼び出してごめん、アカリ。聞きたいことがあって」
生田目アカリ。
僕が初めて学院を訪れた日に出会った黒髪ポニーテールの美少女だ。
アカリは普段と何も変わらない様子で僕を見つめる。
意外だった。
だって、彼女は完全にサキュバスの特徴を持っていて、まさか天使と繋がっているとは思えなかったからだ。
だが、該当するのがアカリしか居ないのだから仕方ない。
僕はアカリに伝えた。
「アフロディーテは、選択を間違えない」
ピクッと、アカリが反応した。
「色欲は?」
アカリが真剣に僕に聞く。
「黒き翼」
僕は答える。
「なら、白き翼は?」
アカリが続ける。
「愛情」
そう僕が答えると、ため息を吐いた。
「そう、あなたがアドニスってわけね。ま、そんな事だとは思ってたけどさ」
「知ってたの?」
「知らないわよ。私だって、あの日の夜は本当大変だったんだから、あなたのせいでね」
「じゃあ、ケルビンと話したの?」
「ケルビン?誰よそれ、私が話したのは、レオミュールって天使よ。ちなみに、話したのは翌日ね。あなたに関係しているとは全く思わなかったわ」
「説明は無かったんだ」
「そ、あったのは取引の内容についてだけ」
「それは、話せるの?」
「無理ね、でも、私には、アドニスが来たら一部を伝える義務があるから、それは言うわ。放課後、化学準備室で」
「あの、人を連れてきても?」
「はぁ?誰連れてくる気?」
「一応、2人ほどいて、クラスの子なんだけど」
「情報拡散は、自殺行為よ。私たちがやろうとしてること、本当に分かってる?私とあなたで充分じゃない?」
「味方になってくれることは確かなんだ」
「そう、じゃあ、とりあえず名前教えて」
「うん」
僕は、アカリの耳元で、ちゆとゆかの名前を伝えた。ちゆに黒い羽根があることも伝える。
「なるほどね。1人は、そういうことなんだ。だったら悪くないかもね」
「良かった。じゃあ、連れて行くよ」
「ええ、くれぐれも注意してね」
話が終わり、教室へ戻る。
何とか話はまとまったが、これは今後も何かと骨が折れる展開になりそうだとヒヤヒヤした。
よもぎ達は、相変わらずちゆご飯の話で楽しそうに盛り上がっている。
できるだけ慎重にことを運ばないと、取り返しのつかないことになるかもしれない。
僕は少し気合を入れ直そうと思った。
ちなみに、ケルビンが指定した女の子の特徴はこうだ。
『では、キミが出会った日と、特徴を伝える。キミがその子と会ったのは、牧野学院長に挨拶を行った日だ。その日は休校だった。だが、キミはクラスの位置を確認するために、一度教室へ向かった。その時、紺色の制服で、黒い髪、ポニーテールに結んだ女の子と会ったと思う。彼女はかなり性欲が強く、もしかすると、その日も自慰行為に耽っていたかもしれない。もし、キミがそこに遭遇したのであれば、キミは彼女に精液を提供している可能性がある。彼女はその日の夜、覚醒した。羽化したと言った方が分かりやすいだろう。彼女もデーモンハンターだ。ただ、彼女の場合は、1人では完遂できないから、助っ人は付いているがね。彼女の勇気は称賛に値する。きっとキミとも合うだろう。楽しみにしていたまえ』
⭐︎
化学準備室は、学院の2階の最奥にあり、放課後は教員以外は出入りすることはほぼ無い。
僕は、ゆかとちゆを連れて、準備室を訪れる。
2人も緊張している。
話す相手が、アカリであることは伝えたのだが、2人ともそこまで話した事がない子だったらしく、全くリラックスしていなかった。
とりあえず、僕だけでも気合を入れて、不安を和らげなくてはと思った。
「じゃ、ノックするよ」
2人が無言で頷いた。
コンッ! コンッ!
「どーぞ」
中からアカリの声が聞こえた。
ガラッと開けると、正面奥の椅子に、足を組んで腕組みしている美少女がいた。
生田目アカリだ。
蛍光灯の半分は切っており、狭い準備室で、アカリのいるところだけが明るく照らされている。
妙に貫禄があり、ゆかとちゆは恐れ慄いていた。
意外と雰囲気に呑まれるんだなと思うと、少し可愛く見えたのは内緒だ。
「来たわね、アドニス。そこに椅子があるから、3人とも座って良いわよ」
ちゆとゆかは、あたふたしながら椅子に座った。
ちゆが座る時に滑って転んだ。
「はっはっはっ!なにしてんの」
アカリがちゆを見て笑う。
まるで魔王みたいだなと、その笑い方で感じた。これも雰囲気のせいだろう。
ちゆが全く笑わずに椅子に座り直すが、何となくガタガタ震えている様子だった。
そんなに怖いのだろうか、アカリが。
「で、アドニス、あなたには、これから悪魔と戦ってもらうわけだけど、どうやって戦うか、そのケルビンって人から聞いてる?」
「それが、聞いてないんだ」
「そっ、じゃあまず、あなた達には、私たちデーモンハンターの役割から説明する必要がありそうね。ほら、そこの2人、協力するんでしょ?自分たちの立場、ちゃんとわきまえなさいよ!」
「はい!」「ごめんなさい!」ゆかとちゆが深々と頭を下げる。
ちゆはなぜ謝ったんだろう。
一応、僕も習って少し頭を下げた。
「で、本来なら、サキュバスをハントするのは、エンジェルの役割なんだけど、そもそもサキュバスを全部消し去るなんて非現実的でしょ?もう存在してしまっていて、長い間増え続けてるわけで、今更って感じなわけよ。でも、人間様からハントしてくれって依頼されてるわけだから、対応せざるを得ないわよね。だって、エンジェルにとっても、デーモンは殲滅するべき存在だからね。ここまでは分かる?」
2人はうんうんと何度も首を縦に振っている。
僕は疑問があった。
「その、人間様っていうのが、ちょっと引っ掛かるんだけど、人間がお願いしたら、天使は聞かないといけない何かがあるってことなの?」
「そうね、そこよね。私もそこの立場に関しては本当に謎だと思ってたんだけど、人間って、天使にとって、必要な存在なのよ」
「それは、天使側の方が、人間を必要としていて、人間側は、それほど気にしていないってことなのかな」
「まぁー、簡単に言えばそうね。天使にとって、人間の発展は必須項目だけど、人間側からすれば、天使も悪魔も、ぶっちゃけどうでもいい存在ってわけ」
「なるほどなー、つまり、僕ら人間は、天使にとって優先度が高いんだ。ペットの猫みたいなもんなのかな?天使の方が人間より高位の存在ってイメージなんだけど」
「さすがアドニスね。いい着眼点だわ。ペルセポネも惚れる人間だけあるわね」
「それは、ありがとう?って言って良いのかな」
ちゆが小声でゆかに質問している。
「ゆかさん、アドニスってなに?」
「神話に出てくる人間よ。アフロディーテっていう豊穣の女神と、冥界の女王ペルセポネに惚れられた人間なの」
「そーなんだ、アドニスって、王様?」
「ちがう、ややこしいんだけど、アフロディーテもペルセポネも、赤ん坊のアドニスに惚れて取り合ってたの。木から生まれてるんだけど、一応普通の人間の少年よ。最後は、アフロディーテのことを慕うアドニスのことが許せないペルセポネが、アフロディーテの旦那に密告して、その旦那が、イノシシに化けて彼を殺しちゃったわけ」
「ええー、可哀想アドニス」
「ねぇー、ほんと不運な運命よね」
「コラ!そこ!コソコソしない!!」
アカリが怒鳴る。
「ごめんなさい先生」「すいませんでした」
ちゆとゆかが謝る。
ちゆは語尾が先生になっている。
何となくビクビクしている理由が理解できた。
「それで、人間の僕がデーモンハンターになれる理由は?」
「あなたは、エンジェルとは別の方法でサキュバスを減らせる存在だからよ」
「そんな特別な能力があるの?僕に?」
「単純な話、絶倫だからよ」
「そんな理由?僕以外にもできる人いるんじゃ」
「それが、そうでもないのよ。あなたは、私に精液を飲ませたでしょ」
「そう言えば、そうだけど、僕は飲まなくて良いって言った記憶が」
「それはどっちでもいいんだけど、結果、私は羽化しちゃってこの有り様よ!」
「いや全然分からない」
「実際に見た方が早そうね」
アカリはシャツを脱ぐと、背中から生えた黒い羽根を見せてくれた。
ただ、ちゆと違ってかなり小さい。
本当に、実物のカラスとかコウモリくらいの大きさだ。
しっぽも生えている感じだが、ちゆの3分の1くらいの大きさだった。
ちゆがそれに反応する。
「あーっ!羽根!ちゆの方が大きぃ!」
ちゆが元気に発言するが、すぐに口元を押さえて縮こまった。
縮こまるなら我慢すれば良いのにと思った。
「羽根の大きさは知性と関連してるの」
「てことは、ちゆちゃんはかなり大きいから」
僕がそういうと、ちゆが立ち上がる。
ちゆがドヤ顔でシャツを脱ぐと、バサっと立派な羽根を公開した。
アカリはシャツを着直し、椅子に座り直すとため息をつく。
「あのね、羽根が大きいのは、低級悪魔の特徴でもあるのよ」
「ぇえ!ちゆ、低級だったの!?うそっ!」
ちゆはショックを受けている。
「考えてみなよ、羽根が大きいってことは、それだけコウモリに近いってことよ。悪魔で羽根も身体も大きい方はいるけど、みんな知的っていうより動物的なの。実際、搾精して、生命力を吸い取るサキュバスって、みんな羽根、小さいからね」
「がーんっ!」
ちゆが自分で擬態語を吐く。
意気消沈して席に座るちゆ。
アカリは話を続けた。
「とにかく、セイシは、サキュバスを成体にできる精液を作れるわけ。で、ここからが重要なんだけど、実は、セイシの精液は、逆にサキュバス化を抑制する材料にもなるのよ」
「ってことは、僕は、サキュバス化を止める手伝いができるってことなんだ」
「手伝いっていうか、あなたが、サキュバス化を止めるのよ。その股間のモノを使ってね」
「でも、材料ってことは、僕の精液だけじゃダメなんでしょ?」
「そう、そこで、本当なら私のしっぽが役にたつ予定だったんだけど、予定変更。三神知由、あなたの尻尾にその役割を託すことにするわ」
ちゆが驚く。
「え!?ちゆが?」
「そう、サキュバス化を止める修正薬に必要なのは、悪魔のしっぽから出る愛液。これを飲んだ男が射精すると、遺伝情報が組み替えられて、サキュバス化しなくなるの。原理はまだ正確には分かっていないんだけど、悪魔の遺伝子に影響を与えるほどの精液だから、逆にサキュバスの愛液を構成する時にイレギュラーが発生するってことらしいわ」
「それって、普通の男、というか絶倫の男と、普通のサキュバスが組めばできることなんじゃない?」
「そう思うんだけど、これが上手くいかなくて」
「なぜ?」
「だって、サキュバス相手に射精し続けたら、人間の男なんてすぐ死んじゃうでしょ?」
「そっか、そうだったね、だから殲滅対象になってるんだもんね」
僕は重要な部分を見逃していた。やはり、サキュバスとのセックスは命に関わるのだ。
「そこで、三神さんが役に立つってこと」
「どういうこと?」
「あまりに低級悪魔過ぎると、生命力を吸収できないのよ」
「ええ!!?」「そうなの?」
僕とゆかは同時に驚く。
「うわーん、ちゆ、サキュバスもどきじゃん!」
ちゆが普通にショックを受けている。どうやら、サキュバスだということに誇りを持っていたようだ。
「それは、確かにちゆが低級悪魔でラッキーだけど、低級悪魔って、いっぱいいるんじゃないの?」
「そりゃ、低級悪魔自体はいっぱいいるけど、なんて言うか、見た目?の問題っていうか」
「見た目?ってどういう?」
「要は、低級悪魔だけど、サキュバスの低級悪魔ってのが、あんまりいないのよ」
「ちゆちゃんは、レアってこと?」
「例えば、あなた、明らかに動物っぽい見た目のサキュバスとか、人型だけど、おっさんみたいなサキュバスに射精できる?」
「それは、……やだなぁ。そもそも勃起しないかも」
「でしょ?つまり、低級悪魔で、見た目がこんなに可愛いサキュバスって、ほとんど、というか、見たことないの」
「ということは、ちゆみたいな可愛い低級サキュバスは、逆に希少なんだ!」
「凄い!ちゆちゃん!」
ゆかがちゆを見て絶賛する。
「嬉しくないいいいいいー」
ちゆは普通に嘆いている。
さすがに気持ちは分かる。
希少価値があることはあるが、本来なら、上級悪魔になるべき容姿を持っているのに、羽根が巨大だったのだ。
そして、生命力を吸い取れないとなると、サキュバスと言うより、もはやコウモリ少女だ。
それは嫌だろうなと思った。
ただ、僕にとっては、嬉しい限りだ。
少なくとも、ちゆとのセックスで命を取られる可能性はほぼ消えたのだから。
「今までの話だと、僕はちゆと協力して、この学院の女の子のサキュバス化を止めていけば良いってことだね」
「そうよ、これはあなた達だからこそできる、サキュバスを殲滅せずに、サキュバスを減らす唯一の方法ってわけ」
「皆んなを救えるんだね」
「とはいえ、サキュバス化を望む勢力とは対決することにはなるわよ。地道に進めていけばバレないとは思うけど、もしそうなったら、せいぜい頑張ってね」
「それで、その修正薬を、ちゆから出すのは、どうすれば効率良いの?普通にしっぽを吸えば良いのかな」
「やーんっ!お兄ちゃん、エロエロえちえち過ぎー」
ちゆのテンションが戻っている。
「そうね。まず、あなたには、三神さんと、毎日セックスして貰って、どんどん射精して欲しいの。膣内から入った精液を取り込んで、三神さんが体内で修正薬を調合するでしょ。だいたい12時間くらいで作られるから、溜まってきたら、それを尻尾から放出。あなたはそれを200mlくらい飲んで、見習いサキュバスの子を絶頂させてから中出し。って流れかな」
「ちゆに射精した方が良いのか、今までの僕の葛藤は何だったんだ」
「お兄ちゃん、苦しんでちゆとえっちしてたんだね、ごめんね、気づいてあげられなくて」
「良いよ、これは僕の問題だ。それから、見習いサキュバスの子を絶頂させるのは、どういう目的なの?」
「絶頂させる必要があるのは、修正薬の抵抗をさせないためよ。もし先にイかされちゃったら効果はないわ。そうなると、サキュバス化の進行を抑えられないの。つまりは、敗北ってわけ」
「それで、サキュバス化を止めたら、その後は、天使になるの?」
「天使?そんなわけないでしょ?止まったら完全な人間の女の子になるだけ。あなたはサキュバス化抑制剤」
「なるほど。仮に成功したとして、止まった後で再発することは?」
「そりゃ、しないとは限らないわよ、だから天使たちが狙ってるんじゃない。悪魔測定器で、悪魔濃度をオールグリーンにすれば、基本的にオッケーよ」
「悪魔測定器なんてあるんだ」
「ええ、あとで渡してあげる」
「助かります!」
「と、まぁこんなとこだけど、何か質問は?」
「ターゲットになる子は、どうやって調べるんだい?」
「それは、あなたに送られてきたスマホから電話すれば、レオミュール、じゃなくて、ケルビンが教えてくれるわ。今日、帰ったら部屋で連絡してみて」
「わかった。色々ありがとう、アカリ」
「いえいえ、これも義務なので」
「サキュバス化を止めるのは決して簡単では無いと思うけど、ちゆとゆかが着いてれば、何とかなりそうだ。それに、ちゆに生命力を吸われないって分かっただけでも、僕はこの話を受けて良かったと思う」
「そっか、それは私も安心よ」
「……あの、それって」
ずっと黙っていたゆかが口を開いた。
「セイシくん、色んな女の子と、えっちするってこと、です、よね?」
「そうね、そうやって抑制するわけだから」
「私としては、あんまり気持ちのいい話では無かったかなって思うの」
ゆかにとっては、そうだ。僕にとっても、簡単に受け入れられる話ではない。だけど、それによって、ちゆやゆかが守られるなら、選択肢はない。
「ゆか、僕の気持ちは、変わらないから、大丈夫、安心して欲しい」
「でも、そんなのって……」
アカリがゆかを見つめる。
何かを探っているような目つきに見えた。
どういうことだろう?
「 桃正院由華さん、あなたには、この件とは別で、確かめたいことがあります。良いですか?」
急にかしこまったような口調になるアカリ。
何だろう?
ゆかに個別に話があるってことは、さっきのやり取りの中で、何か引っ掛かる所があったというのだろうか。
「少し、ゆかさんと2人で話がしたいと思います。お二人は、先に帰っていただいて結構ですよ」
やはり、何か問い詰める気だろう。
「そういうわけにはいきません。僕らは3人揃って、部屋に帰ります」
「そだよ!ちゆが今晩のご飯作る予定なんだから、来てもらわないと!」
「では、少し部屋の外で待っていて貰えますか?」
「いや、それも」
「いいわよ!」
ゆかが勢いよく声を上げる。
「でも、それは」
「いいの、私も、アカリさんに聞きたいことがあるから」
僕とちゆはお互いに目を合わせる。
「そっか、ゆかがそう望むなら、席を外すよ」
少し不穏な気配がした。
何事もなく終わって欲しい、そう思った。
「では、お二人は、外に出ててください。今から行う確認は、お二人にとっても重要なことになりますので」
「はい」
僕はちゆと部屋を出た。
とりあえず長くなりそうなので、近くの廊下に設置されている自販機で、コーヒーとココアを買って、ドアの前に座った。
ココアをちゆに渡す。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「お兄ちゃん、ゆかさん、大丈夫だと思う?」
「うーん、今回の話は、ゆかにとっては確かに受け入れられるものじゃないよな」
「そー、だよねー」
「ちゆちゃんは、大丈夫なの?僕とこれから、えっと、その」
言おうとすると恥ずかしくなる。
「ええー?お兄ちゃん恥ずかしいの?そんなの良いに決まってるじゃん。それより、お兄ちゃんも頑張ってね。失敗したら大変だよ」
「ちゆちゃんは、僕が他の子とえっちするの、嫌じゃない?」
「イヤだけど、仕方ないよね」
「うーん、一応、この話には乗ったけど、もう一つ選択肢はあるんだ」
「どういうこと?」
「ちゆちゃんが、どうしても嫌だったら、僕はちゆちゃんの気持ちを優先したいと思ってるんだ」
「それって、ほんとにちゆと恋人になるってこと?」
「とにかく、僕の願いを叶えるって、ケルビンは言ってくれた。それは、ちゆちゃんが本心から納得できる条件も含まれてるんだ」
「そんなカッコいいこと言って、ちゆ期待しちゃうよ、いいの?」
「ははっ、そうだね、ケルビンと相談してから決めるよ」
「ちゆは、お兄ちゃんの……」
急に、ゆかの怒鳴る声が聞こえた。
「私はっ!天使なんか許さない!!!」
僕は立ち上がると、再びドアを開けた。
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