見習いサキュバス学院の転入生【R18】

悠々天使

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2章 粛清と祭

第28話 闘いの予兆 ※R18シーン無し

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 見慣れた天井のはずが、とても懐かしく感じる、そんな6畳ワンルームの寮のベッドで目覚めた僕。

 窓から朝日が差し込み、鳥の鳴き声が聞こえる。


 帰ってきた、……のか?


 ジジジジー、と、小さい機械音が耳に入る。なんだろう。

 無意識に、窓の金具を確認する。

 良かった。

 この窓は開く様だ。

 そりゃそうだ。なのだから。

 防弾ガラスでもなければ、強化ガラスでも無い、普通の窓。

 起きたらすぐ確認できる様に壁に掛けている丸い時計の針は、5時47分を指している。

 深い眠りで、まるで、何日も寝ていたと錯覚するほどだ。

 と、錯覚では無い可能性も否めないが。

 枕元にある自分の携帯で日付けを確認すると、寝たのは5時間半くらいで間違いない。

 良かった。

 にしても、まだ夢の中に囚われているような、そんな気がするのは、足に重みを感じるからだろうか。

 熱などは無さそうだから、体調は悪くない。

 充分に睡眠は取れているようだ。

 意外だった。

 夢の中で吸収された生気はどうなったのか。

 僕は自分の両手の平を見つめる。

 おかしなところはない。

 無事だったということか。

 ……ちゆのおかげだ。

 夢の中で僕を襲ったのはちゆだが、助けてくれたのもちゆだった。

 これはさすがに、単なる夢だとはとても思えない。

 あとでケルビンに確認してみよう。さすがにこんなに朝早いのは迷惑だろうか。

 デーモンハンターのシフトってどうなっているんだろう。

 ワンコールだけして折り返しを期待しようかな。

 そんなことを考えていると、チンッ、と音が鳴った。

 さっきのジジジジー、という音が消えたので、オーブントースターの音だったと気がついた。

 しかし、オーブンは買ってなかったはずだと思って、上半身を起こし、キッチンの方を見ると、ピンクパジャマで寝癖のついているゆかが食パンを焼いていた。

 オーブンから取り出すと、包丁で対角線上に切っている。

 レタスとトマトと卵が置いてあるところを見ると、サンドイッチを作っている様だ。

 ゆかも料理するんだなぁと、何となくドキドキした。

 そういや、夢の中では何も覚えていなかったが、ゆかを見て、ちゃんと現実に戻ってきたと安心した。

 どうして夢というのは記憶がすぐ混濁こんだくするんだろう。

 やはり、夢の中では夢の中の法則があるのだろう。

 そう言えば昔どこかで、夢によって記憶の整理整頓をしていると聞いたことがある。

 記憶を整理する過程で、一度とっ散らかってしまっているのかもしれない。

 そんなことを考えながら、ゆかを眺める。

 ゆかのパジャマ越しに、可愛いお尻が存在を主張している。

 キュッと上がって張りがあるのに柔らかそうで、ついつい目線が追ってしまう。

 天使の羽根は健在だ。

 こんな美少女に白い羽根が付いていると、まるで絵画かいがのように見える。

 コスプレじゃなく、本物なんだよな。

 せっかくだからもう少し眺めて……。

 すると、視線に気付いたのか、僕の方を向くゆか。

「あ、起きたんだ。まだ寝ててもいいのに」

「サンドイッチ作ってるの?」

「うん、そう。私、朝は簡単にトーストにジャムとか塗って食べてるんだけど、今日はお弁当も兼ねて、サンドイッチにしようと思って」

「そうなんだ、いいね。量多いけど、もしかして、僕とか、ちゆちゃんの分も作るの?」

「当たり前でしょ、作るなら3人分、あ、4人分にしよ」

「すごいね、誰の分が増えたの?」

「よもぎちゃん、……メッセージ入れとかなきゃ」

 ゆかは包丁を置き、携帯を取り出す。

「えっとー、……よもぎちゃん、……お弁当持ってくから、お昼は、買わなくていいよ、サンドイッチの絵文字、よし、コレでおけー」

「なら、僕も何か手伝うよ」

「いいよ、こんなの1人でやった方が効率良いし、さっさと顔洗って学校の準備してて」

「……そう言えば、ちゆちゃんは?いなくない?どこ?」

 ゆかが、首を僕に向け、いつもの、ジトーっとした目線で僕の目を見つめる。

 何も言ってくれないなと思っていると、無言でゆかが下を指差す。

 下を見ろってことか?

 僕は、自分に掛かっている掛け布団をサッと開くと、僕の右太ももに両腕両足で抱きついてるちゆちゃんが現れた。

「わっ、ここにいたんだ」

 それにしても、かなりガッツリ抱き締めている。

 そりゃ足が重いはずだ。

「夜にお兄ちゃんお兄ちゃんって、寝言で泣いてたのよ。悪い夢でも見てるのかと思って、あなたのお兄ちゃんはここよって、誘導してあげたら、ふぇーんって嬉しそうに足に抱きついてたのよ。子どもか!って思ったんだけど、……まぁ、ちゆちゃん何か可哀想だったから、そのままにしといてあげたわ」

「そっか、……そう、だったんだ」

 僕はその夜中のちゆを想像すると、健気で泣きそうになった。

 夢の中で、僕を守ろうと必死だったんだな。

 そう思うと、胸が熱くなった。

 これは、感動ってやつだ。

「え?セイシくん、めっちゃ泣いてるじゃん、大丈夫?」

「……うん、大丈夫。嬉しくてつい」

「まぁ、大事に思われてるのが嬉しいってのは分かるけど、そんなに号泣すること?」

「……あぁ、号泣することだよ、これは。少なくとも僕に関してはね。……うぅ、ちゆちゃん、ありがとう」

 コレでもか言うほど涙が溢れる僕。

 気持ち良さそうに寝ているちゆのサラサラした髪を撫でる。

 僕の大粒の涙がちゆの頬に落ちて、ちゆが目覚めた。

「……ん、あれ?お兄ちゃん、おはよー、ここ、ちゆ達のおうちだよね」

「そうだよ、無事戻ってこれたんだ。ちゆちゃんのおかげで」

「そっかー、良かったね」

「ちゆちゃんは身体、平気なの?」

「なんともないよ、お兄ちゃんは?」

「変なところはなさそうだけど」

「……ごめんね、ちゆのせいで」

「何言ってんだよ、ちゆちゃんのおかげじゃないか、感謝してるよ」

「ちがうの、たぶん、ちゆのせいだから……」

 落ち込むちゆ。

 どういうことだろう。

 この様子を見るに、どうもあの夢の中での出来事は、ちゆ関連のことらしい。

 確かに、ちゆと全く同じ容姿の女の子が夢に現れて、実際に生気を吸収された。

 これは、完全にサキュバスの搾精行為だ。

 現実のちゆは低級悪魔で、実際にセックスで射精してもあんな風に生命力を持っていかれる感じは無かった。

 とすれば、あれは、夢魔としてのサキュバスであるもう1人のちゆ。

 ちゆ自身が、自分のせいだと言ってるってことは、ちゆの中の何かによって出現したものの可能性がある。

 夢でちゆが2人になっていて、最後に羽根ちゆが助けに来てくれたことを考えると、ちゆのもう1人の人格が、夢魔としては上級悪魔だったと考えるのが適切か。

 問題は、その上級悪魔版ちゆの抑制が、現実のちゆにどれほど影響するかだ。

 ケルビンに相談したいが、そのまま伝えるとマズい気がする。ケルビンのことは一応信頼しているが、天使としての対処法に関して完全に信頼はできない。

 名前だけは伏せて、慎重にいこう。

 色々と聞いてはみたいが、あまり問い詰めるのもちゆの負担になってしまうかもしれない。

 徐々に聞くことにしよう。

 それに、きらりのこともある。

 問題が次々と現れて、対処し切れるかどうか不安になってきた。

 今後のことを考えると、早めに何とかしなくては取り返しのつかないことになりかねない。

 これは危険な挑戦になりそうだ。

「大丈夫だよ。さぁ、顔洗って、学校の準備しなくちゃ」

「うん、わかった」

 ゆかが僕らの方に近づいてきた。

「もうっ、何話してるのか知らないけど、もう朝ごはんできるから、さっさと準備してらっしゃい」

 テーブルに運ばれた、卵サンドとハムサンド、コーンスープと、コーヒーを見て、テンションが上がった。

 まさに理想的な朝食だ。

 ゆかに感謝しなくては。

 僕とちゆは洗面台へ向かった。




 ⭐︎





『なるほど、双子の夢魔と遭遇したか』



「ふたご?ドッペルゲンガーだと思いました」

『ドッペルゲンガー?なんだ?キミはドッペルゲンガーと会ったことでもあるのかい』

「……ないです。……似てるかなぁと」



『全くの別物だ』



 僕は隠れてケルビンと電話をしている。

 今は学校の昼休み。

 屋上でお弁当を食べようと言い出したちゆと一緒に、ゆか、よもぎ、そして、何故かアカリも連れられてサンドイッチを食べることになった。

 4人分なのに計5人になっているが、女の子だし、そんなに食べないだろうと思いながら少し心配している。

 朝食のゆかのサンドイッチが格別だったからだ。

 きっと、ゆかの愛がふりかけになっているのだろう、ちゆ流に言うとしたら。

 と、それは置いといて、夢についてケルビンに聞いておかなくては、今後どう対処していいかわからない。


 対策をしなくては。


「ドッペルゲンガーではなかったんですね」

『キミがドッペルゲンガーということにしたいのであれば止めないが、違うとだけ強調しておこう』

「そんなに言うならいいですよ」

『まるで私が強要しているかのように言うね。キミが勝手に勘違いしただけだろう』

 僕は一旦、ドッペルゲンガーに関しては忘れようと思った。

 よくよく考えると大した問題ではない。

 話を変えよう。

「……でも、こんな理不尽なことが起こるなんて特殊な状況ですよね」


『割とそうでもない。全く同じ容姿の夢魔が現れるというのは、実はそれほど珍しいことではないんだ』

「よくあることなんですか?」

『ある。というと、日常的に起こっているように聞こえてしまって語弊があるが、夢魔との関わりの中で起こるケースとしては、ありふれている事と言ってもいい』

「でしたら、対処法もあるってことですよね」

『あるとも』

「例えばどんな方法があるんでしょうか」

『まずキミの目的を知りたいのだが、夢魔に対して、キミはどういったアプローチを望んでいるんだい?』

「できることなら和解したいと思っています」

『夢魔と和解したいと?』

「はい」

『ハッハッハ、それができたら勲章ものだ。天使の仕事も少なくなる。是非とも頑張ってくれたまえ』

「茶化さないでください。僕は本気なんです」

『私だって本気だとも。キミよりも、ずっと最前線で戦ってきた実績がある。一応対策はあるさ』

「では、ケルビンさんが言う、夢魔への対処法っていうのは、一時凌ぎの対策に過ぎないんですか?」

『それはどうだろうね。キミ次第だろう』

「僕のやり方が合っていれば、対処可能なんですね」

『あぁ、可能だ。方法は至ってシンプルだ。対象2人を、一つに戻せばいい』

「……え??一つに……戻す?」

 どういう意味だ?

『混乱しているようだね。双子を双子になる前まで戻す。つまり、工事を行うということだ』

「原状、回復、なんですかアパートじゃないんですから、元の状態に戻すなんて、そんな都合の良い話」

『できる』

「本当ですか?なぜそんなことができるんです?」

『夢魔というのは、夢の住人だ。現実とは違って、。つまり、分離した双子の夢魔というのは、同じ素体から出現しているため、融合することもできるということだ』

「合体するんですね」

『違う、だ』

「なにが違うんですか」

『合体では、それぞれの特徴を持った状態で形が変わるが、融合は溶け合って混ざり別の個体になる。つまり、2人の意識が完全に一つになるということだ』

「てことは、融合した後は、違う人になるってことですか?」

『意識の集合体としての構成要素は変わる。別人になるが、見た目は全く同じだ。それほど気にすることはないだろう』

「気にしますよ。せっかく仲良くなれたと思ったのに」

『誤解しているようだが、記憶も溶け合うのだから、キミのことを忘れたりはしない、心配無用だ』

「分かりました。信じます。それで、僕は何をすれば……」

『分離した夢魔に、戻りたいと思わせれば良い』

「それって、難しくないですか?」

『難しいかどうかは分離した原因によると思うがね。プリンが食べたくて分離したのなら、プリンをあげると言えば融合するだろう』

「だから、茶化さないでください」

『至って真剣だ』

「結局は本人に聞くしかないみたいですね」

『この場合の本人は、どちらのことかな?』

「夢魔の方です」

『2人とも夢魔だぞ?』

「そっか、……えっと、夢で初めて会った方の夢魔です」

『ふむ。しかし、それでは、その夢魔が自分の分離した理由や欲望を知らない場合は、対処不可能にならないかい』

「確かに、そういう場合もありますね」

『双方の記憶から探るしかないだろう』

「それで、原因が分かったとして、融合する意思が確認できたら、僕は何をすれば良いんですか?」

『何もしなくても大丈夫だ。そうなったら、あとは2人の問題だからね』

「まるで喧嘩の仲裁みたいですね」

『解釈としては似たようなものだろう』

「それと、過去のケースについても聞きたいんですが、双子の夢魔は、敵になることが多いんですか?」

『本来、双子の夢魔は敵ではない。ただ、仲違いすることが多いのは確かだ。その対象が2人に分かれたタイミングで、何か事故があったと考えるのが妥当だろうね』

「そうですか、夢魔本人から、その事故の内容が聞けると良いんですが」

『そうだね。頑張りたまえ』

「どうすれば引き出せるでしょうか?ヒントとかありませんか?」

『うーむ。そうだな、もし、本人が双子を認識していたとしたら、わだかまりを解消することによって、あるいは関係を修復できるかもしれない』

「それと、僕はその夢魔から搾精されたんですが、その時に生命力が抜けている感じがしたんです。これが続くと命に関わると思いますか?」

『関わるだろうね』

「やっぱりそうでしたか……融合したら、夢魔としては、上級悪魔になるんでしょうか」

『なんだい?元は下級悪魔ってことかい?』

「はい、一応、低級悪魔っていう認識なんですが、搾精しても、生気を吸収できないみたいで、平気なんです」

『ほう、興味深いね。人型で、サキュバスで、なのに生気を吸収できないのか』

「おかしいんですか?低級悪魔だと、吸収できないって聞いたんですが」

『なるほど。だが、双子の夢魔からは吸収されたのだろう?』

「はい」

 ケルビンが黙る。

 何だろう。

 やはり特殊なケースなのかもしれない。

 ちゆがもし融合に成功したとして、生気を吸収できるようになってしまうと、僕はちゆとの関係を続けることが難しくなる。

 そこに不安を感じているのだ。

 僕はもう、ちゆの事を手放したくないと本心から思っているのだろう。

 それくらい彼女のことを好きになってしまっているということだ。



『別個体かもしれない』



「え?」


『別個体、つまり、夢魔が2人に分かれたのではなく、本当に瓜二つの悪魔が存在している可能性がある』

「じゃあ、本当に2人いるってことですか?」

『そうだ。この場合、夢だけでなく、現実にも同じ個体が存在していることになる』

「てことは、つまり……」




「『ドッペルゲンガー』」



 ケルビンと僕の声が被った。



『しかし、まだそうとも断定できない。私も、少し資料を漁ってみるつもりだ。ドッペルゲンガーかどうかはともかく、夢魔として別個体であるなら、融合はできないだろう。ただ、物理的にも近くにいなくては夢に入り込むことはできないはずだ。おそらく、本体も近くにいる可能性がある』

「そんな、怖い事言わないでください」

『全ての可能性を潰していかなくては真実が分からない』

「分かりました。でも、僕はどうすれば良いでしょうか」

『いずれにしても対処法は同じだ。融合できるにしても、そうでないにしても、夢で会うからには何とかしなくてはならない。キミもこのまま生気を吸われ続けるわけにはいかないだろう』

「はい、命に関わるなら尚更です」

『一応、今夜、夢の中に1人夢魔を送り込む。その子は味方だ』

「名前は何ですか?」

 隅影すみかげ 真凛まりん

「すみかげ、まりん……女の子ですか?」

『あぁ、サキュバスの女の子だ』

「特徴とかってあります?」

『身長は160、体重も50くらいで、平均的な体型をしている。特徴といえば、いつも巻き髪にしていて、ツインテールを好んでいる。そして赤髪だ。髪の色については、サキュバス化が進むごとに何故か赤くなった。地毛から赤くなるそうだ。元の性格は陽気で、ある意味、かなりサキュバスっぽいのだが、学院生としてはちと問題があってな』

「学院生として、ですか?」

『そうだ。不適な笑みを浮かべていて、よく人に絡む性格をしているのだが、それが原因でイジメに合ったのだよ』

「イジメ……ひどいですね。上級生ですか?もう卒業しているとか?」


『いや、キミの同級生だ』


「赤髪の同級生なんていたら、すぐ気付きそうなもんですが、休みがちなんですか?」






『ちがう、引きこもりだ』








 写真が一枚送られて来た。





 

  隅影すみかげ 真凛まりん



「この子が……」


 確かに髪は赤いし、明るそうな表情だった。


 それにしても、めちゃくちゃ可愛いな。


 学院生じゃなく、こんな子が普通の共学にいたらモテまくりだろう。

 そのせいでイジメられてもおかしくない。

 生気を吸われて、そこの男子生徒全員滅びるんじゃないだろうか。


『参考資料だ。2年Cクラスに在籍しているが、現在は引きこもっている』


「よく、協力してくれましたね」

『逆にハンターとしてのスカウトは簡単だったさ。彼女は、自分がイジメられている原因を自身ではなく、サキュバスにあると思っているからね。サキュバスに対して復讐する気は、ある意味で1番高い。だからこそキミの相棒としてはうってつけだろう。キミも欲しいだろう、そういう存在も』

「あ、はい、そうですね」

 そう言えば、ケルビンには、ちゆに関しては何も言ってない。

 僕としては相棒はちゆだと思っていたが、ケルビンからすれば僕に明確な味方は居ないと見ているだろう。

 ゆかとちゆの存在自体は、以前の電話でやんわり伝わっているので、ぼんやりと協力者はいると認識しているはず。

 とはいえ、味方は多いに越したことはない。

 今はちゆの双子問題もあるから、ここを解決できるなら是非協力してほしい。

『今夜、キミの夢に入るように指示しておく。今回は、合言葉は不要だ。キミの顔写真や特徴はこちらから伝えておこう』

「そうして貰えると助かります」

『それと、別件の方はどうだ?約束は取り付けたかい?』

 きらりの話だ。

 こっちも緊急度は高い。

 なんとかしなくては。

「はい、今日の夕方会う予定です」

『早いね。もう対応したのか、もう少し日数が掛かると踏んでいたのだが』

「実は、すでに連絡先を知っている相手だったので」

『そうだったのか、どおりで早いはずだ。それなら、良い成果を期待できそうだな』

「プレッシャーかけないでください。かなり緊張しているので」

『そうなのか、それは失敬した。では、幸運を祈る』

「ありがとうございます。また何かあれば連絡します」

『そうしてくれ』

「あ、そうだ」

『どうした』

「ケルビンさんのシフトって、どうなっているのかと思って」

『私のシフト?そんなものはない。なぜ聞く』

「いつ電話を掛けて良いか分からなかったので」

『24時間対応可能だ』

「そんなことあります?ケルビンさん1人ですよね」

『ハッハッハ、気にするな。遠慮なく電話してくれたまえ、他に質問はないな』

「わ、分かりました。それでは、また報告します」

『では、健闘を祈る。キミの人生に幸あれ!』



 ブッ……と、電話が切れる。



 ほんとにケルビンさんは何者なんだろうか。

 天使と人間では、翼以外にも構造的に違っている部分が多いのだろうか?

 ゆかはかなり人間っぽい感じはあるが、違いを知っておきたい気もする。

 今度ゆかに話を聞いてみよう、何か分かるかもしれない。


 僕は自分の携帯を見る。

 ヤバい、昼休み終わりまであと12分しかない。

 お腹減ったぞ!

 ゆか達のところに戻ると、お弁当は片付けて4人で談笑していた。

 アカリもなんだかんだ楽しそうだ。

 これは良い傾向だ。

 ゆかとも普通に話しているところを見ると、一応和解しているように見える。

 それはそうと、サンドイッチだ!


「あ、お兄ちゃんお帰りー!すっごい話してたね」

 ちゆが僕の方を見る。

「セイシくん戻って来ないのかと思っちゃった」

 ゆかも楽しそうにしながら僕を見た。

 チラッとアカリを見ると、少し気まずい感じで小さく会釈する。

 アカリからは、過去の話を聞き過ぎて、逆に距離感ができた気がする。これは後で僕の小学生時代のへタレ話でもしてバランス取っておく必要がありそうだ。

「おいセイシ!セイシの分もうないぜ」

 よもぎが嬉しそうに言った。

 ない!?

 まさかサンドイッチが。

「僕のサンドイッチ、無いの!?ええー、お腹減ってるのに!」

 ゆかがクスクス笑っている。

「よもぎちゃん、いじわる言っちゃダメでしょ、ちゃんと残してるよセイシくんの分も」

 ゆかはタッパーを取り出すと、蓋を開く。

 たまごサンドと、ハムとレタスのサンド、ポテトとチキンのサラダサンドが入っていた。

 僕は安心するとお腹が鳴った。

 4人が爆笑する。

「お兄ちゃん可愛いー」

「セイシくんそんなに私のサンドイッチ食べたかったんだ、ふふっ」

 ゆかが嬉しそうだ。

「セイシ、よだれ出てるよ」

 アカリが真面目に指摘する。

「あっはっは!セイシの顔、間抜け過ぎて一生笑えるわ」

 よもぎはいちいち突っ込みが激しい。

 4人の反応は嬉しくもあるがイジられて恥ずかしい。

 この中に入るのは男としては勇気がいる。

 身体と顔が熱くなる。

 自分の適応力の低さに何だか落ち込んでしまった。

「勝手に言ってろよもう、僕はお腹が減ってるんだ」

 ゆかが、紙コップにお茶を注ぎ、僕の前に置いた。

 僕はそれを一気に飲み干す。

 ハムレタスサンドを手に持ったゆかが、僕の右側、ほぼ真横に移動した。

「ほら、セイシくん、あーん」

 ゆかがまた僕に食べさせようとしてくる。

 みんなこっちを見ている。

 恥ずかしさで顔が熱くなった。

「あーっ、ちゆもやりたい!」

 ちゆが反応する。

「やれば良いんじゃね?」

 よもぎがゆかのタッパーからたまごサンドを取ると、ちゆに渡す。

 ちゆが受け取ると、ふふんっ!と鼻息を荒げて僕の目の前に来る。

 正面からちゆのたまごサンド、右隣りからゆかのハムレタスサンドが迫って来る。

 僕が迷ってると、よもぎも左隣りに寄ってきた。

「ほら、セイシー、こっち見なよ」

 僕は左隣りを見ると、口を突き出しているよもぎがいた。

「よもぎっ!!ちょ、何やってんだ」

「えー?面白そうだから参加してみた」

「サンドイッチ持ってないだろ!?」

「私とのキスも美味しいかもよ」

 吐息が僕の顔に当たり、胸が高鳴る。

「バカかよ!」

 とっさにそう言って視線を逸らすが、よもぎの健康的に日焼けした小麦色の肌に目が奪われ、逆に耐えられないので顔に戻ってくる。

 柔らかそうな少し厚めの唇の中心から、唾液が陽の光に当たってキラキラして見える。

 別の意味で美味しそうだった。

 だが、僕は簡単には流されまいと、感情を振り切って正面に向き直ると、ちゆとゆかのサンドイッチを奪って、自分で食べた。

「「「あーっ!」」」

 3人の声がハモる。

 アカリがちゆの後ろでケラケラ笑ってる。


 わいわい文句を言う3人に囲まれながら残りのサンドイッチも食べ切ると、授業5分前を知らせる学院のチャイムが鳴り、急いで教室に戻った。


 色々と思い悩むが、この瞬間だけは平和で幸せなひと時だった。



 手に入るか分からないものを追いかけて失敗するより、手に入ったものを失うことの方がショックが大きいというのはよく言ったものだ。


 100点取ったら買ってあげるよと言われるより、100点取らなければ没収されることの方が、心理的にはキツいものだ。



 つまり僕は、何としても100点を獲得しなくてはならないということだ。




 僕は闘志がみなぎり過ぎて、午後の授業の内容がさっぱり頭に入って来なかった。
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