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2章 粛清と祭
第37話 戦いの鐘が鳴る
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「タマモト、お前に渡すもんがある」
ちゆと僕がお菓子の家を出ると、マリンがグレーの手袋を投げて寄越した。
僕はその手袋を受け取る。
「……コレは?」
「それ、アドニス用の武器なんだよ、ケルビンから渡せっていう指示があって」
もしかして、さっきのベルとかオルゴールじゃなくて、こっちがケルビンの言ってた物なのか?
グレーのハーフフィンガーグローブ。指が出せるタイプの手袋。それほど厚手では無いが、妙に重みを感じる。表面が布では無く、ゴム製のようだ。何となく、内部の精密機器を保護しているような、そういう触り心地がした。
単なるグローブでは無い事は明らかだ。
「それと、コレも」
また、投げて来たのは、2つの青いアンクレットだ。
足首につける装飾品で、僕はまだ人生で付けたことはない。
鎖っぽい部分がキラキラしていてオシャレだった。
「そっちはアドニス用じゃなくて、私が使ってるやつの旧型、この前までそれ付けてた」
マリンの私物か。何かこれも武器なのか?貰っていいのだろうか。……いや、貸してくれるだけだろうな、たぶん。
「マリンが使ってるって何?」
「説明するより付けてみれば分かる」
僕は、さっきのハーフフィンガーグローブと、アンクレットを手足に装着する。
すると、グローブの方は赤くなり、アンクレットは青く光った。
「動いてみなよ」
歩くと、身体が浮く様に軽い。
丘を小走りすると、いつもの倍以上の速度が出た。
ただ、止まろうとすると身体が跳ねて、3メートルくらい空中を舞った。
まるでトランポリンにでも乗ったような気分だ。
風が気持ちいい。遊園地以外でこんな体験をしようと思ったら、スカイダイビングやバンジージャンプをするしかないだろうな。
だけど……。
ヤバい、これは、どうやって着地するんだ?
「下手くそっ!」
マリンが叫び、足で地面を蹴って僕の方へ向かって飛んできた。
蹴った衝撃で半径1メートルくらいの草原の草が抜けて飛び、地面にクレーターができる。
とんでもない脚力だ。
一瞬で僕の真横まで来て、右腕をガッシリ掴むと地面に着地する。
着いて即、腕を離されたが、着地の衝撃でバランスが崩れ、丘を転がった。
「セイシ!」「お兄ちゃんっ」
アカリとちゆが僕を呼ぶ。
僕は足を投げ出して座る。怪我はないようだ。
「大丈夫だよ、……でも凄いな。このアンクレット、身体が軽くなるんだ」
マリンが近付いて来る。さっきはヘマをしたが、全く怒ってない様子だ。むしろ楽しそうにしている。
「面白いでしょ?気に入った?」
ニヤニヤしながら僕の目を見つめるマリン。
確かにすごいアイテムだ。
でも、動力源的なモノはどこから得ているんだろうか。
「こんなの使ってたんだ。なんでマリンがあんな人間離れした動きができるのか不思議だったんだよ……って、マリンはサキュバスだから普通なのか」
「サキュバスだって、そこまで万能じゃないよ。物理で戦わないとしても、デーモンハンターをやるなら、何かしらの補助は身に付けておかないとね」
「これって、何か副作用はないの?」
「副作用?」
「うん、ずっと付けていたら、体の負担が倍になるとか、そういう感じの」
「無いよ」
「嘘だろ?」
「……まぁ、ないってこともない、か」
「ほらやっぱり」
「なんつーか、衝撃が増える」
「なに?骨折するとかそういうこと?」
「そういう物理的なもんじゃなくて、精神的なもんって言うかな、例えば、どっかぶつかったりしたら、結構動けなくなったりする」
「それは、物理的にってことじゃないの?」
「違うんだよ、なんて言うかな、復帰まで時間が掛かるんだ。ダメージが大きいっていうのかな。別に身体は平気なんだけどね、たぶん、バランス調整してるんだと思う。使う人の性能自体は変わらないままで強化するってのが、このアイテムの特徴だからさ」
「つまり、重いものを運ぶとスピードは出るけど、止まりにくかったり、発進に時間が掛かったりするみたいな、そういうこと?」
「あっ、それだわ。重量がある分スピード出るんだけど、反動がデカいってことだな」
これが物理的でないのだとしたら、夢空間の肉体強化ってのは、現実とは別の法則があるってことなんだろうな。
そこが分かるとかなり便利だ。
僕だって、いつ悪魔に襲われないとも限らないんだ。対策しておくに越した事はない。
「そういうことか、気をつけなきゃな、無闇にスピード出すと危ないってことか」
「そそっ、使えそうか?」
「めちゃくちゃ良いアイテムだよ、ケルビンに感謝だね」
「おいおい、そのアンクレットは私が個人的にアドニスにあげようと思って持ってきただけだよ」
「え、そうなんだ。ケルビンの指示じゃないのか」
「ケルビンのやつは、その手袋の方」
「そっか。……このハーフフィンガーグローブ、色が赤くなったけど、どうなるんだろう」
「そっちは、マジの武器。空中殴ってみて」
僕は、昔、家の近くの道場に通ってた友達を思い出して、その子に教わった正拳突きをしてみる。
ブワッと、風圧があり、何かオレンジっぽい衝撃波が出て、5メートル先くらいにある岩が勢いよく砕けた。
冷や汗が出る。
なんだこの凶器は……。
マリンは楽しそうだ。
「アッハッハッハ!タマモトの顔っ、最高だわ」
「ほんとに武器じゃんか。コレがケルビンに渡されたモノなんだ。びっくりしたよ」
「良いだろ、ぜったいタマモト喜ぶと思った」
「僕、喜んでる?」
「え?喜んでない?うそー?」
「まずは単に驚きだよこんなの」
「デーモンハンターやるんなら、あった方が良いじゃん」
「そりゃ、武器は無いよりは良いよ、で、このグローブの副作用は?」
「副作用っていうとアレだけど、機能の限界はある。そのグローブはアドニス用で、精力を消費してパワーを上げてるから、乱用するとスタミナ切れになって動けなくなるよ」
「そうなの?じゃあ、むやみに使わない方が良いじゃん」
「言っても、タマモトって絶倫でしょ?」
「一応、世間的には絶倫の部類に位置するとお見受けしますが」
「何?急にお見受けしますとか言って……、それ、元々インキュバスが愛用してた武器で、人間の女を襲う時に邪魔してくる夢魔を吹っ飛ばすために、はめてたらしいよ」
「インキュバスって、男版サキュバスだよね」
「そうそう」
「そんなの、人間の僕がはめても大丈夫なのかな」
「そりゃ、普通はヤバいよ、だからアドニス用なんじゃん」
「どういうこと?絶倫だから大丈夫みたいな?」
「そうだね、ケルビン的には、アドニス、イコール、絶倫、いっぱい射精しても平気、だからインキュバスの武器もオーケー!……って理由らしいよ」
そんな理由アリなのか?
「とんでもない理屈だな」
「まぁ仮に人間が使っても最終的にスタミナ切れになって倒れるだけだから、命には関わらないんだってさ、そういう意味だと、やっぱタマモトが1番効果を発揮するよね」
……絶倫だからか。
不思議な武器だなぁ。
要はコレがあれば、絶倫パンチ衝撃波を撃てるわけだ。
何度も射精できるって、そんなに凄い事なのだろうか。
出し過ぎると命に関わるというのはよく聞くが。
……あまり深く考えない方がいいかもしれない。
そもそも夢空間で強くなれるなら何でもいいか。
「慣れるのに少し時間が掛かりそうだよ」
「んなこと言ってられないって、もうベル鳴らさないと、現実で朝になったらどうすんだ」
「夢は、現実とは時間の流れが違うんだろ?マリン達は、夢の時間のコントロールはできないの?」
「できるかよ、夢の長さは個人差があるし、長く夢を見たいと思ったところでそうはならない。これは誰でもそうだ。急に目覚めると夢空間も急に消えるし、その空間にいたヤツはみんな一斉に起きる」
「そういうものなんだ。となると、ちゆちゃん本人に聞くしかないな」
ちゆを見ると、恥ずかしそうにモジモジする。
「なーに?ちゆのこと見つめて。チュウしたいの?」
唇を突き出すちゆ。
「チュウしないよ。……えっとね、眠りの深さとかって、自分で分かったりする?」
「……分かんないけど、ぐっすり眠ってるよ」
「いつ目が覚めるかって分かる?」
「知らない」
「まぁ、そうだよね」
そうなると、ふとしたタイミングで目覚めてしまう可能性はある。
例えば、トイレに行きたくて目覚めたりしたら、そこで終了するわけだ。
マリン達はともかく、僕が先に目覚めたら、ちゆを起こすべきか迷う。
再び眠って、夢で合流できるとも限らないし、そもそも眠れないかもしれない。
そう言う意味でも、すぐにベルを鳴らすべきだろう。
とはいえ、戦力的に大丈夫なのか……。
「お兄ちゃんは分かる?」
「僕も分からないな」
「いっしょだね」
嬉しそうなちゆ。さっきから彼女の周りからハートマークが飛んでるように錯覚してしまうほどデレデレだ。
全く嫌じゃないが、ここまで極端だと心配になる。
僕はマリンに声を掛ける。
「マリン、ちゆちゃんは家の中にいて貰ってもいい?」
「なんで?」
「悪魔を呼ぶなら、夢空間の主は守った方がいいと思うんだ」
「なら、その子とくっ付いてれば良いんじゃね?」
「僕も戦おうと思ってるんだけど」
「必要ない」
「え?でも、ケルビンが武器くれたし」
「相手はどーせインプとかリリムだし、ザコしかいねぇって」
「そんなに弱い相手なの?」
「ちがうよ」
「え?」
「私が、強いっ!」
ガラン、ガラーン♫
と、ベルを楽しそうに鳴らすマリン。
鳴らしてしまった。
すると、しばらく無音の時間が流れたが、徐々に何か羽音が近付いてくるのが耳に入ってきた。
来たか!?
マリンは、オルゴールを開くと、僕とちゆを両手で払いながら家のドアの前に置いた。
ゆったりとした綺麗で切ないメロディを奏でるオルゴール。
懐かしいようでもあり、新しくもある、不思議な音色だった。
これが近くで流れていれば、夢魔でなくとも吸い寄せられてしまいそうだ。
少なくとも、僕が帰り際にこの音色を学院の近くで聞いたとしたら、足を運んでしまうだろう。
きっと、夢魔に対してならその効果が2倍にも3倍にも膨れ上がるに違いない。
良いアイテムだ。
羽音が少しづつ大きくなる。
マリンの表情は真剣だ。
アカリも空、というか、ホワイトチョコっぽい明るい天井を見上げている。
以前に化学準備室で会った時は人外の力に恐怖したが、ここではそれが頼りになる。
ちゆと友達になってくれて本当に良かった。
まぁ、これはちゆの人徳とも言えるから、ちゆ自身の功績だろう。さっきのマリンの怒りを鎮めてくれたのもアカリなのだ。
感謝しても仕切れないとはこういう事を言うのだろう。
ケルビンが僕にこのグローブを渡したという事は、こういう肉弾戦も想定済みというわけだ。
そして、その成功率を高める為にマリンを僕に引き合わせたのだろう。
サキュバス化抑制のみであれば、こうはならなかったと考えると、この戦いは僕の招いたものだ。
ならば、ここで僕が先陣に出ないでどうする?
戦うしかない!
夢魔に関してはマリンから色々と話は聞いた。
まず、前提として、夢魔は、他人の夢空間を自由に行き来できる。
つまり、他の人々の夢を渡り歩き僕らの夢に侵入してくるのだ。
インプは、人の夢にイタズラをしてナイトメア化する。
ナイトメア化、言い換えると悪夢化。
悪夢。
その原因の一つがインプによるイタズラなのだとすれば、ここで粛清することによって、他の人が夢にうなされることが無くなるわけだ。
インプ達には悪いが、今回は倒させてもらう。
「来た!行くぞアカリ、それと念の為に言っとくが、いいか、タマモト、とクソガキ、インプに情けは無用だ。アイツらは吹っ飛ばしたら消滅するが、死ぬわけじゃない、天使が魂とか何とかを処置してくれるから全力でいけよ、腐っても夢魔だ。怯むな。もしリリムが来たらお前に任せる」
「任せてくれ!」
僕は力いっぱい答える。
「よし、そこのアホにも伝えといてくれよ」
アホに?ちゆちゃんか?隣にいるんだから聞いてるだろ、と思ってちゆを見ると、オルゴールの前に寝転んで頬を赤らめてウットリしている。
聞いてない!!?
オルゴール効果テキメンだな!
「おにいちゃーん、ちゆ、この音楽好きぃー、なんかえっちな気分になってきた」
ちゆが口からよだれを垂らしながら、横向きに寝て、自分の股間に右手を伸ばす。
股間をモミモミして、赤面しながらオナニーするちゆ。
「あんっ、あっ、うんっ、ちゆ、戦わないといけないのに……、こんなっ、あっ、あっ、きもちいい、どうしよう、気持ちいいよ、だめ、ダメなのにぃー、助けて、お兄ちゃん……」
夢魔のオルゴールが、ちゆにクリティカルヒットしている。こんなもん見たら勃起するんだが。まずい。
「ちょ、マリン、ちゆちゃんがヤバいんだけど!」
マリンに言うと、半ギレしている。
「このガキ、初めてだから中毒症状が出てやがる。こうなったらもうすぐには動けないな。仕方ねぇー、タマモト、この家に近づいてきたインプ全部お前が倒せ、私らは入ってきた奴らまとめて潰す」
バキバキっ!
と、天井が割れると、影のように真っ黒な小さい人型の夢魔が何体か寄ってきた。複数、見た感じ6体くらいいる。
アレがインプか。
「行くぞ、アカリ!」
「おうよ」
ヒューっと、アカリは指で輪っかを作って咥え、口笛を吹く。
すると、どこからかピンクっぽい小さな円盤が高速で近づいて来た。
何だアレ?
乗り物か?アカリが呼んだから、アカリのか?
マリンは円盤には見向きもせず、しゃがんで、勢いよくジャンプすると、またマリンの足元の地面がゴゴっと凹み、彼女自身は前後に回転しながら加速して天井に近付いていく。
マリンのジャンプとほぼ同時に、アカリがその謎の円盤に飛び乗ると、円盤の裏から突風が吹いて草原の草がこっちでも吹き飛び、そのまま凄いスピードで飛び上がった。
回転するマリンと、円盤の上で腕組みして飛ぶアカリに圧倒されながら僕はちゆをチラッと見る。
僕の視線に気付き、微笑むちゆ。汗が額に張り付いて興奮している彼女。めちゃくちゃ可愛くてえっちだ。
「お兄ちゃん、ちゆね、気持ちいいの……勝手に気持ち良くなってごめんなさい。ちゆ、言うこと聞かなくてごめんなさい。悪い子でごめんなさい、あっ、イク、イクの、あんっ、ふふっ、みんなちゆのためにありがとう、みんな大好きだよっ、あん、あっ、すき、すきぃー、……ん、……ん、あっ、ちゆ、イクの……」
ちゆの身体がブルブルっと震える。
「……イっちゃった。ちゆのオナニー、お兄ちゃんに見られちゃった。ごめんね、ちゆ、えっちな子で、嫌いにならないでね、うぅ……、きもちいいよ、うぅ……」
イったようだが、ちゆの指は止まらず、さらにショーツを脱いで、中指を膣内に挿入して喘ぐ。
心地良さそうに頬を染めて、クチュクチュと音を鳴らす。
視線を僕に向けたままで、とろんとした目で指を出し入れさせている。
幸せそうな表情だ。
だが一方で、性欲に負けてオナニーしている自分の罪悪感から涙が止まらず溢れている。
複雑な感情だろうなと思う。
同情する気持ちもあるが、光景があまりにも淫美過ぎる。ドキドキして、胸が張り裂けそうだ。目に毒とはこのことだろう。
ちゆはちゆで頑張っている感じはするので、コレはもう放っておくしかない。
見上げると、天井から侵入してきたインプを、思い切り蹴飛ばすマリンが見えた。
見事な回転蹴りだ。
空を飛ぶには全身を回転させる必要があるようだが、蹴りつける時は、その回転を利用して当てているように見える。
インプはなすすべなく吹っ飛んでフワッと消える。
アレが消滅というやつか。
消滅しても天使が何とかするって、ほんとなのか?
真偽はともかく、全力でやれとマリンに言われたからには従うつもりだが、抵抗感はある。
だが、こうなったら後には引けないのも事実だ。
マリンを信じる。
アカリも、インプの腕を掴んで投げ飛ばしている。
こっちは、投げ飛ばした先の壁が壊れて視界から消えた。
消滅したかどうかは分からない。
だが、蹴散らすことには成功している。
本当に投げ飛ばしているんだなぁと変に感心してしまった。
見たところ、マリンは回転蹴りが主な戦い方で、アカリは投げ技特化ということらしい。
アカリの場合、ピンクの円盤の上に常に立っているので、足が動かせないという面もある。
だが、円盤の可動範囲が自由だからか、マリンより戦いやすそうに見える。
マリンは、蹴り飛ばした反動を利用して方向を変えている。
ドーム状になっている天井の壁を上手く利用しながら飛び回っているので、かなり器用だ。
あんな動きができたら楽しいだろうなと、戦いとはいえ思ってしまった。
インプ達を効率よく叩いている2人だが、さすがに数が多かったのか、一体こっちに向かってきた。
「おいタマモト!1匹そっち行ったぞっ!ぶっ飛ばせ!」
マリンが僕に叫んだ。けっこう距離があるのに聞こえるのが、マリンの凄いところだ。
僕は右腕を構えて、勢いをつけるためにしゃがむ。
近付いた方が威力が大きいとマリンに習った。
なら、アンクレットの力で限界まで近付いてぶん殴るのが最善だろう。
狙いは一直線に向かってくるインプ。黒い羽根が広がり、頭にツノがある、明らかな悪魔だ。
飛び跳ねようとしたら、ちゆが僕に言う。
「お兄ちゃん、……負けないでねっ、好き……あっ、んっ」
僕は喘ぐちゆを見ると頷く。
「あぁ、僕も好きだよ、ちゆちゃん」
僕が飛び跳ねると、ちゆの絶頂する声が背後で聞こえた。
アンクレットの効果は凄い、ほんの数秒で、何メートルもの差がいっきに縮まり、インプも動きを止め、腕を広げて怯んだ。
こうなったらチャンスだ。
僕は勢いよくインプの腹に右拳を叩き込んだ。
ドスっ!っと音が聞こえ、確かな手応えを感じた。
オレンジ色の衝撃波が円形に拡散されると同時に、インプが飛んだと思ったら即消滅した。
すごい威力だ。
「うぇーい、タマモトやるじゃん!」
ホワイトチョコの天井に足裏で逆さに張り付いてしゃがんでいるマリンが嬉しそうに叫んだ。
僕は反動で回転して、地面に落ちていく。
野原に生えている木の幹で衝撃を緩和しようとしたが、幹が太い割に簡単に折れたせいで、結局転がってしまった。
そういや、あの木もお菓子だった。
反動で身体が重たくなる。
天井では、マリンがバコバコと入ってくるインプを吹っ飛ばしている。
円盤が弧を描きながら僕の方へ近付いてきた。
アカリだ。
「セイシー!大丈夫か?」
ふつうに心配で来てくれたようだ。
「うん、何とか無事だった。てかこっち来て大丈夫なの?むしろ」
「数的にはマリンが仕留められる範囲以下になってるから、いけるよ」
「そんなの分かるんだ」
「まぁ、マリンと何回かバトってるからね、あ、共闘してるって意味で、2人でバトルしたわけじゃないから安心してね」
「そう願いたいよ」
アカリとマリンが戦ったらどっちが強いのかは純粋に気にはなる。
別にそんなことする必要はないことは分かってはいるが、単なる好奇心だ。
「セイシ、戦えそう?」
「なんとかなりそう。このグローブが優秀過ぎるよ、ある意味危険だね」
「そりゃ危険だよ、大砲を手にはめてるようなもんだからね」
「そっか、なるほどね」
大砲。
たしかにそれくらいの威力はある。
これなら戦える。
……と、思ったその時だった。
ドンっ!と、花火でも上がったかの様な音が聞こえ、僕とアカリはマリンの方を見た。
マリンがいるはずの天井付近に、明らかにサキュバスらしい女性のシルエットが見えた。
マリンの姿が見当たらないと思ったら、そのサキュバスの真下の地面に叩き付けられて倒れているマリンがいた。
アカリは即方向を変え、円盤の突風でサキュバスの方へ向かった。
僕もとりあえず、アカリに続いてジャンプした。
着地点が無いなと、飛びながら思ったが、敵らしきサキュバスの前でアカリが止まると、僕に気付いて受け止め、円盤の端に乗せてくれた。
ただ、ほぼ片足立ち状態なので、アカリに腰を支えて貰っている状態だ。
「セイシまで来なくていいのに」
耳元で囁くアカリ。
「いや、この状況でそんなわけにも」
つい反射的に来てしまったが、マリンが倒されるとは思ってなかったので仕方ない。
あと、アカリの吐息が耳に当たりちょっと気持ち良かったのが自分で自分に対して恥ずかしい。
目の前のサキュバスは、長い金髪で、スタイルも良く、現実世界でいたら、モデルをやっていても良いくらいの容姿だった。
羽根がそこそこ大きいが、羽根で飛んでいる様子でもない。
背後に何か魔法陣みたいな黄色い文字入りの円状のホログラムが浮かんでいる。
アレが動力源っぽい。
どういう理屈で飛んでいるのか分からないが、それを言ったらマリンの飛び方も意味不明なので、あまりそこを言及しても意味ないだろう。
アカリが話しかける。
「あなた、もしかして、冥界の石榴?」
ザクロって!
まさか。マリンの言っていた凄いサキュバスの所属。ってことは、この人が。
「へぇー、ザクロ知ってるんだ、ちょっとは賢いサキュバスってわけね」
金髪美女が、高圧的な雰囲気で話す。
「なんで冥界の石榴が、悪魔の呼びベルなんかで来るんですか?インプ狩りなんて、あなた達がする事じゃないでしょ」
「そうね、インプなんてどうでもいいわ」
「だったら、目的は何?」
「私の追ってる悪魔がたまたまこの近くをうろついててね、追いかけてたら綺麗な音色が聴こえてついね」
「この音は、夢魔のオルゴールよ、知って、ます、よね?」
「だから、ついつい引き寄せられちゃっただけ。不満?」
アカリが緊張で震えているのが体から伝わる。やはり、冥界のザクロというのはサキュバス達にとっては恐ろしい組織なのだろう。
「不満って言うか、不思議です。オルゴールで寄ってくる夢魔にしては、あなたはレベルが高過ぎます」
「なに?上級悪魔は寄ってこないって思ったわけ?」
「……それは、そんなことはないですが」
たしかに、双子の夢魔であるもう1人のちゆも上級悪魔だ。
そう考えると、上級悪魔だからオルゴールに反応しないという理屈は無理がある。
とはいえ、冥界のザクロのような、いわゆる、大手事務所の所属のような存在が寄ってくるのは想定外ということだろう。
「本当にたまたまよ、しかも、見たことある顔とも対面できたし、来て良かったわ」
マリンのことを言っているんだろう。
だけど、対面して即座に吹っ飛ばすのはさすがにおかしいだろう。
「あの、ザクロさん」
僕は声を掛けてみる。
「私はエリスって言うんだけど」
「あ、では、エリスさん、あの、さっき吹き飛ばした赤い髪の女の子は知り合いなんですか?」
「ええ、たしか、何とか影、マリンちゃんでしょ?知ってるわ、前に助けてあげた元気な子だもん」
「なんで、話し合いもせずに吹き飛ばしたんですか?友達じゃないんですか?」
「なに言ってんの?あの子はデーモンハンター、つまり、私たちの敵なんだから仕方ないでしょ」
やはり、デーモンハンターだから攻撃されたのか。
こうなると、デーモンハンターである限りは交渉することは難しいかもしれない。
アカリのことはまだ知らないはずだ。
なら、マリンだけがデーモンハンターだということにしてしまえば、帰ってもらうことはできるかもしれない。
あるいは、マリンが特殊なデーモンハンターであると納得してもらえれば。
「……確かに、デーモンハンターがあなた方の敵だということは認めますが、マリンに関しては誤解です」
「誤解?なにが?デーモンハンターだって事は、本人からも聞いて知ってるんだけど、今更じゃない?」
「マリンは、実はデーモンハンターでは無いんです」
アカリとエリスがポカンとする。
そうか、アカリもなにを言ってんだコイツは、となっているだろうな。だが、アカリなら上手く乗ってくれるだろう。
信じてるぞ!
「マリンちゃん、デーモンハンターだって自分で言ってたけど?」
「マリンの境遇について、エリスさんは知らないんですか?」
「知らないわよ」
「マリンは、サキュバスのことを助けるためにデーモンハンターのフリをしているんです」
「何を言い出すかと思えば」
「ほんとです」
「証拠は?」
「ありません」
「話にならないわね」
「でも、あとで本人に聞いてみれば分かると思うんですが、マリンは、エリスさんの事を尊敬しています」
「なに?私を尊敬してることと、デーモンハンターでは無いことの、何が関係してるっての?」
「関係してます」
「だから、何故って聞いてるの」
「マリンは、エリスさんがターゲットになっても、決して命令に従わないと僕に言いました」
そう、これは本当の話だ。
ただ、違うのは、戦っても勝てないから絶対に何が何でも逃げるという意味で、ちょっとニュアンスは違う。
だが、命令に従わないというのは本当だから、嘘では無い。
エリスも少し信じ始めている。
「へぇー、そうなんだ。確かに、マリンちゃんが私を好きなことは何となく分かるわ、でも、それとコレとは違うでしょ?」
「違いません、考えてください、マリンは、あなたとは絶対に戦う気はないんですよ?だとしたら、倒す意味、あります?」
「……それは、ないけど」
少し折れてきている。可能性はありそうだ。
「そうなんです。むしろ、仲間です。しかも、デーモンハンターのフリをしていると言うことは、今後、あなたの役に立つことは確実。生かしておくべきではありませんか?」
「……だけど、デーモンハンターのフリをする意味が分からないと、何とも」
「マリンは、学院で孤立していたんですよ、あまりにも夢が壮大過ぎて、周りから引かれてしまって、一時期は引き篭もってしまっていました。だけど、僕が説得して、何とか明日から復帰することになったんです。未来のサキュバス達の為に」
「へぇー、……で?」
適当に流している様に見えるが、興味を持っている。明らかに食い付きが良い。これならいけるかもしれない。
「マリンには使命があるんです」
「どんな」
「サキュバスの帝国を築くという使命です」
「サキュバスの帝国?そんな夢物語、本気で考えてるの?」
「そうです。だから、天使の内情を探るべく、デーモンハンターのフリをして、孤軍奮闘中なんですよ」
「それが本当なら、……凄いわね」
「ですよね、僕も彼女のことは尊敬しています」
「だけど、よく天使を騙せるわね。バレたら捕まるでしょ」
「だから、僕らがフォローしているんじゃないですか、冥界のザクロなら、それくらい分かってくださいよ」
「そう……まぁ、それなら、少しくらいは話を聞いてもいいけど、で、あなたの名前は?」
「僕ですか?」
「そうよ、当然でしょ。今話してるのはあなたなんだから」
「玉元セイシです」
「へぇー、タマモトセイシね、覚えたわ」
「ありがとうございます、エリスさん」
「……あなた、ダンテの弟子か何か?」
「ダンテ?ダンテって、誰ですか?」
「違うの?その手袋、ダンテグローブでしょ?ダンテの遺品を相続したインキュバスだと思ったんだけど、違う?」
初めて聞いたぞ、なんだダンテグローブって?
「え、……あー、そうか、そういや、そうだったような」
チラッとアカリを見るが、とんでもなく複雑な表情で僕を見ている。
コレは、完全に困惑している様子だ。
このグローブはダンテという人の遺品らしい。
しかも、エリスは、僕のことをインキュバスだと勘違いしている。
……なら、そのまま勘違いしていてくれた方が都合が良い。
「そうなのね、で、そっちの女の子は?」
「え?……私は、あの、生田目アカリって言います。よろしくお願いします」
エリスが近付いてきて、アカリの手を取った。
握手だ。
「あなたも大変なのね。もし、困ったことがあったら、私たちザクロを頼って貰って構わないわ」
「あ、あ、ありがとうございます。感激です」
アカリはかなり焦っているようだが、今のところは順調だ。
これなら、エリスから攻撃されることは無いだろう。
とんでもなく強いことは、マリンから聞いている。
おそらく、ここでアカリと協力してエリスと戦ったところで負けは確定だ。
ならば、とにかくこの場を去ってもらうか、一時的にも味方に引き入れるしかない。
単純な人で助かった。
と、……その瞬間。
回転する赤い物体が、下から飛んできて、エリスの背後で静止する。
まずい!
「マリン!やめっ……」
ドカッ!
エリスの背中へ、マリンが軽やかに回転蹴りを決めた。
ちゆと僕がお菓子の家を出ると、マリンがグレーの手袋を投げて寄越した。
僕はその手袋を受け取る。
「……コレは?」
「それ、アドニス用の武器なんだよ、ケルビンから渡せっていう指示があって」
もしかして、さっきのベルとかオルゴールじゃなくて、こっちがケルビンの言ってた物なのか?
グレーのハーフフィンガーグローブ。指が出せるタイプの手袋。それほど厚手では無いが、妙に重みを感じる。表面が布では無く、ゴム製のようだ。何となく、内部の精密機器を保護しているような、そういう触り心地がした。
単なるグローブでは無い事は明らかだ。
「それと、コレも」
また、投げて来たのは、2つの青いアンクレットだ。
足首につける装飾品で、僕はまだ人生で付けたことはない。
鎖っぽい部分がキラキラしていてオシャレだった。
「そっちはアドニス用じゃなくて、私が使ってるやつの旧型、この前までそれ付けてた」
マリンの私物か。何かこれも武器なのか?貰っていいのだろうか。……いや、貸してくれるだけだろうな、たぶん。
「マリンが使ってるって何?」
「説明するより付けてみれば分かる」
僕は、さっきのハーフフィンガーグローブと、アンクレットを手足に装着する。
すると、グローブの方は赤くなり、アンクレットは青く光った。
「動いてみなよ」
歩くと、身体が浮く様に軽い。
丘を小走りすると、いつもの倍以上の速度が出た。
ただ、止まろうとすると身体が跳ねて、3メートルくらい空中を舞った。
まるでトランポリンにでも乗ったような気分だ。
風が気持ちいい。遊園地以外でこんな体験をしようと思ったら、スカイダイビングやバンジージャンプをするしかないだろうな。
だけど……。
ヤバい、これは、どうやって着地するんだ?
「下手くそっ!」
マリンが叫び、足で地面を蹴って僕の方へ向かって飛んできた。
蹴った衝撃で半径1メートルくらいの草原の草が抜けて飛び、地面にクレーターができる。
とんでもない脚力だ。
一瞬で僕の真横まで来て、右腕をガッシリ掴むと地面に着地する。
着いて即、腕を離されたが、着地の衝撃でバランスが崩れ、丘を転がった。
「セイシ!」「お兄ちゃんっ」
アカリとちゆが僕を呼ぶ。
僕は足を投げ出して座る。怪我はないようだ。
「大丈夫だよ、……でも凄いな。このアンクレット、身体が軽くなるんだ」
マリンが近付いて来る。さっきはヘマをしたが、全く怒ってない様子だ。むしろ楽しそうにしている。
「面白いでしょ?気に入った?」
ニヤニヤしながら僕の目を見つめるマリン。
確かにすごいアイテムだ。
でも、動力源的なモノはどこから得ているんだろうか。
「こんなの使ってたんだ。なんでマリンがあんな人間離れした動きができるのか不思議だったんだよ……って、マリンはサキュバスだから普通なのか」
「サキュバスだって、そこまで万能じゃないよ。物理で戦わないとしても、デーモンハンターをやるなら、何かしらの補助は身に付けておかないとね」
「これって、何か副作用はないの?」
「副作用?」
「うん、ずっと付けていたら、体の負担が倍になるとか、そういう感じの」
「無いよ」
「嘘だろ?」
「……まぁ、ないってこともない、か」
「ほらやっぱり」
「なんつーか、衝撃が増える」
「なに?骨折するとかそういうこと?」
「そういう物理的なもんじゃなくて、精神的なもんって言うかな、例えば、どっかぶつかったりしたら、結構動けなくなったりする」
「それは、物理的にってことじゃないの?」
「違うんだよ、なんて言うかな、復帰まで時間が掛かるんだ。ダメージが大きいっていうのかな。別に身体は平気なんだけどね、たぶん、バランス調整してるんだと思う。使う人の性能自体は変わらないままで強化するってのが、このアイテムの特徴だからさ」
「つまり、重いものを運ぶとスピードは出るけど、止まりにくかったり、発進に時間が掛かったりするみたいな、そういうこと?」
「あっ、それだわ。重量がある分スピード出るんだけど、反動がデカいってことだな」
これが物理的でないのだとしたら、夢空間の肉体強化ってのは、現実とは別の法則があるってことなんだろうな。
そこが分かるとかなり便利だ。
僕だって、いつ悪魔に襲われないとも限らないんだ。対策しておくに越した事はない。
「そういうことか、気をつけなきゃな、無闇にスピード出すと危ないってことか」
「そそっ、使えそうか?」
「めちゃくちゃ良いアイテムだよ、ケルビンに感謝だね」
「おいおい、そのアンクレットは私が個人的にアドニスにあげようと思って持ってきただけだよ」
「え、そうなんだ。ケルビンの指示じゃないのか」
「ケルビンのやつは、その手袋の方」
「そっか。……このハーフフィンガーグローブ、色が赤くなったけど、どうなるんだろう」
「そっちは、マジの武器。空中殴ってみて」
僕は、昔、家の近くの道場に通ってた友達を思い出して、その子に教わった正拳突きをしてみる。
ブワッと、風圧があり、何かオレンジっぽい衝撃波が出て、5メートル先くらいにある岩が勢いよく砕けた。
冷や汗が出る。
なんだこの凶器は……。
マリンは楽しそうだ。
「アッハッハッハ!タマモトの顔っ、最高だわ」
「ほんとに武器じゃんか。コレがケルビンに渡されたモノなんだ。びっくりしたよ」
「良いだろ、ぜったいタマモト喜ぶと思った」
「僕、喜んでる?」
「え?喜んでない?うそー?」
「まずは単に驚きだよこんなの」
「デーモンハンターやるんなら、あった方が良いじゃん」
「そりゃ、武器は無いよりは良いよ、で、このグローブの副作用は?」
「副作用っていうとアレだけど、機能の限界はある。そのグローブはアドニス用で、精力を消費してパワーを上げてるから、乱用するとスタミナ切れになって動けなくなるよ」
「そうなの?じゃあ、むやみに使わない方が良いじゃん」
「言っても、タマモトって絶倫でしょ?」
「一応、世間的には絶倫の部類に位置するとお見受けしますが」
「何?急にお見受けしますとか言って……、それ、元々インキュバスが愛用してた武器で、人間の女を襲う時に邪魔してくる夢魔を吹っ飛ばすために、はめてたらしいよ」
「インキュバスって、男版サキュバスだよね」
「そうそう」
「そんなの、人間の僕がはめても大丈夫なのかな」
「そりゃ、普通はヤバいよ、だからアドニス用なんじゃん」
「どういうこと?絶倫だから大丈夫みたいな?」
「そうだね、ケルビン的には、アドニス、イコール、絶倫、いっぱい射精しても平気、だからインキュバスの武器もオーケー!……って理由らしいよ」
そんな理由アリなのか?
「とんでもない理屈だな」
「まぁ仮に人間が使っても最終的にスタミナ切れになって倒れるだけだから、命には関わらないんだってさ、そういう意味だと、やっぱタマモトが1番効果を発揮するよね」
……絶倫だからか。
不思議な武器だなぁ。
要はコレがあれば、絶倫パンチ衝撃波を撃てるわけだ。
何度も射精できるって、そんなに凄い事なのだろうか。
出し過ぎると命に関わるというのはよく聞くが。
……あまり深く考えない方がいいかもしれない。
そもそも夢空間で強くなれるなら何でもいいか。
「慣れるのに少し時間が掛かりそうだよ」
「んなこと言ってられないって、もうベル鳴らさないと、現実で朝になったらどうすんだ」
「夢は、現実とは時間の流れが違うんだろ?マリン達は、夢の時間のコントロールはできないの?」
「できるかよ、夢の長さは個人差があるし、長く夢を見たいと思ったところでそうはならない。これは誰でもそうだ。急に目覚めると夢空間も急に消えるし、その空間にいたヤツはみんな一斉に起きる」
「そういうものなんだ。となると、ちゆちゃん本人に聞くしかないな」
ちゆを見ると、恥ずかしそうにモジモジする。
「なーに?ちゆのこと見つめて。チュウしたいの?」
唇を突き出すちゆ。
「チュウしないよ。……えっとね、眠りの深さとかって、自分で分かったりする?」
「……分かんないけど、ぐっすり眠ってるよ」
「いつ目が覚めるかって分かる?」
「知らない」
「まぁ、そうだよね」
そうなると、ふとしたタイミングで目覚めてしまう可能性はある。
例えば、トイレに行きたくて目覚めたりしたら、そこで終了するわけだ。
マリン達はともかく、僕が先に目覚めたら、ちゆを起こすべきか迷う。
再び眠って、夢で合流できるとも限らないし、そもそも眠れないかもしれない。
そう言う意味でも、すぐにベルを鳴らすべきだろう。
とはいえ、戦力的に大丈夫なのか……。
「お兄ちゃんは分かる?」
「僕も分からないな」
「いっしょだね」
嬉しそうなちゆ。さっきから彼女の周りからハートマークが飛んでるように錯覚してしまうほどデレデレだ。
全く嫌じゃないが、ここまで極端だと心配になる。
僕はマリンに声を掛ける。
「マリン、ちゆちゃんは家の中にいて貰ってもいい?」
「なんで?」
「悪魔を呼ぶなら、夢空間の主は守った方がいいと思うんだ」
「なら、その子とくっ付いてれば良いんじゃね?」
「僕も戦おうと思ってるんだけど」
「必要ない」
「え?でも、ケルビンが武器くれたし」
「相手はどーせインプとかリリムだし、ザコしかいねぇって」
「そんなに弱い相手なの?」
「ちがうよ」
「え?」
「私が、強いっ!」
ガラン、ガラーン♫
と、ベルを楽しそうに鳴らすマリン。
鳴らしてしまった。
すると、しばらく無音の時間が流れたが、徐々に何か羽音が近付いてくるのが耳に入ってきた。
来たか!?
マリンは、オルゴールを開くと、僕とちゆを両手で払いながら家のドアの前に置いた。
ゆったりとした綺麗で切ないメロディを奏でるオルゴール。
懐かしいようでもあり、新しくもある、不思議な音色だった。
これが近くで流れていれば、夢魔でなくとも吸い寄せられてしまいそうだ。
少なくとも、僕が帰り際にこの音色を学院の近くで聞いたとしたら、足を運んでしまうだろう。
きっと、夢魔に対してならその効果が2倍にも3倍にも膨れ上がるに違いない。
良いアイテムだ。
羽音が少しづつ大きくなる。
マリンの表情は真剣だ。
アカリも空、というか、ホワイトチョコっぽい明るい天井を見上げている。
以前に化学準備室で会った時は人外の力に恐怖したが、ここではそれが頼りになる。
ちゆと友達になってくれて本当に良かった。
まぁ、これはちゆの人徳とも言えるから、ちゆ自身の功績だろう。さっきのマリンの怒りを鎮めてくれたのもアカリなのだ。
感謝しても仕切れないとはこういう事を言うのだろう。
ケルビンが僕にこのグローブを渡したという事は、こういう肉弾戦も想定済みというわけだ。
そして、その成功率を高める為にマリンを僕に引き合わせたのだろう。
サキュバス化抑制のみであれば、こうはならなかったと考えると、この戦いは僕の招いたものだ。
ならば、ここで僕が先陣に出ないでどうする?
戦うしかない!
夢魔に関してはマリンから色々と話は聞いた。
まず、前提として、夢魔は、他人の夢空間を自由に行き来できる。
つまり、他の人々の夢を渡り歩き僕らの夢に侵入してくるのだ。
インプは、人の夢にイタズラをしてナイトメア化する。
ナイトメア化、言い換えると悪夢化。
悪夢。
その原因の一つがインプによるイタズラなのだとすれば、ここで粛清することによって、他の人が夢にうなされることが無くなるわけだ。
インプ達には悪いが、今回は倒させてもらう。
「来た!行くぞアカリ、それと念の為に言っとくが、いいか、タマモト、とクソガキ、インプに情けは無用だ。アイツらは吹っ飛ばしたら消滅するが、死ぬわけじゃない、天使が魂とか何とかを処置してくれるから全力でいけよ、腐っても夢魔だ。怯むな。もしリリムが来たらお前に任せる」
「任せてくれ!」
僕は力いっぱい答える。
「よし、そこのアホにも伝えといてくれよ」
アホに?ちゆちゃんか?隣にいるんだから聞いてるだろ、と思ってちゆを見ると、オルゴールの前に寝転んで頬を赤らめてウットリしている。
聞いてない!!?
オルゴール効果テキメンだな!
「おにいちゃーん、ちゆ、この音楽好きぃー、なんかえっちな気分になってきた」
ちゆが口からよだれを垂らしながら、横向きに寝て、自分の股間に右手を伸ばす。
股間をモミモミして、赤面しながらオナニーするちゆ。
「あんっ、あっ、うんっ、ちゆ、戦わないといけないのに……、こんなっ、あっ、あっ、きもちいい、どうしよう、気持ちいいよ、だめ、ダメなのにぃー、助けて、お兄ちゃん……」
夢魔のオルゴールが、ちゆにクリティカルヒットしている。こんなもん見たら勃起するんだが。まずい。
「ちょ、マリン、ちゆちゃんがヤバいんだけど!」
マリンに言うと、半ギレしている。
「このガキ、初めてだから中毒症状が出てやがる。こうなったらもうすぐには動けないな。仕方ねぇー、タマモト、この家に近づいてきたインプ全部お前が倒せ、私らは入ってきた奴らまとめて潰す」
バキバキっ!
と、天井が割れると、影のように真っ黒な小さい人型の夢魔が何体か寄ってきた。複数、見た感じ6体くらいいる。
アレがインプか。
「行くぞ、アカリ!」
「おうよ」
ヒューっと、アカリは指で輪っかを作って咥え、口笛を吹く。
すると、どこからかピンクっぽい小さな円盤が高速で近づいて来た。
何だアレ?
乗り物か?アカリが呼んだから、アカリのか?
マリンは円盤には見向きもせず、しゃがんで、勢いよくジャンプすると、またマリンの足元の地面がゴゴっと凹み、彼女自身は前後に回転しながら加速して天井に近付いていく。
マリンのジャンプとほぼ同時に、アカリがその謎の円盤に飛び乗ると、円盤の裏から突風が吹いて草原の草がこっちでも吹き飛び、そのまま凄いスピードで飛び上がった。
回転するマリンと、円盤の上で腕組みして飛ぶアカリに圧倒されながら僕はちゆをチラッと見る。
僕の視線に気付き、微笑むちゆ。汗が額に張り付いて興奮している彼女。めちゃくちゃ可愛くてえっちだ。
「お兄ちゃん、ちゆね、気持ちいいの……勝手に気持ち良くなってごめんなさい。ちゆ、言うこと聞かなくてごめんなさい。悪い子でごめんなさい、あっ、イク、イクの、あんっ、ふふっ、みんなちゆのためにありがとう、みんな大好きだよっ、あん、あっ、すき、すきぃー、……ん、……ん、あっ、ちゆ、イクの……」
ちゆの身体がブルブルっと震える。
「……イっちゃった。ちゆのオナニー、お兄ちゃんに見られちゃった。ごめんね、ちゆ、えっちな子で、嫌いにならないでね、うぅ……、きもちいいよ、うぅ……」
イったようだが、ちゆの指は止まらず、さらにショーツを脱いで、中指を膣内に挿入して喘ぐ。
心地良さそうに頬を染めて、クチュクチュと音を鳴らす。
視線を僕に向けたままで、とろんとした目で指を出し入れさせている。
幸せそうな表情だ。
だが一方で、性欲に負けてオナニーしている自分の罪悪感から涙が止まらず溢れている。
複雑な感情だろうなと思う。
同情する気持ちもあるが、光景があまりにも淫美過ぎる。ドキドキして、胸が張り裂けそうだ。目に毒とはこのことだろう。
ちゆはちゆで頑張っている感じはするので、コレはもう放っておくしかない。
見上げると、天井から侵入してきたインプを、思い切り蹴飛ばすマリンが見えた。
見事な回転蹴りだ。
空を飛ぶには全身を回転させる必要があるようだが、蹴りつける時は、その回転を利用して当てているように見える。
インプはなすすべなく吹っ飛んでフワッと消える。
アレが消滅というやつか。
消滅しても天使が何とかするって、ほんとなのか?
真偽はともかく、全力でやれとマリンに言われたからには従うつもりだが、抵抗感はある。
だが、こうなったら後には引けないのも事実だ。
マリンを信じる。
アカリも、インプの腕を掴んで投げ飛ばしている。
こっちは、投げ飛ばした先の壁が壊れて視界から消えた。
消滅したかどうかは分からない。
だが、蹴散らすことには成功している。
本当に投げ飛ばしているんだなぁと変に感心してしまった。
見たところ、マリンは回転蹴りが主な戦い方で、アカリは投げ技特化ということらしい。
アカリの場合、ピンクの円盤の上に常に立っているので、足が動かせないという面もある。
だが、円盤の可動範囲が自由だからか、マリンより戦いやすそうに見える。
マリンは、蹴り飛ばした反動を利用して方向を変えている。
ドーム状になっている天井の壁を上手く利用しながら飛び回っているので、かなり器用だ。
あんな動きができたら楽しいだろうなと、戦いとはいえ思ってしまった。
インプ達を効率よく叩いている2人だが、さすがに数が多かったのか、一体こっちに向かってきた。
「おいタマモト!1匹そっち行ったぞっ!ぶっ飛ばせ!」
マリンが僕に叫んだ。けっこう距離があるのに聞こえるのが、マリンの凄いところだ。
僕は右腕を構えて、勢いをつけるためにしゃがむ。
近付いた方が威力が大きいとマリンに習った。
なら、アンクレットの力で限界まで近付いてぶん殴るのが最善だろう。
狙いは一直線に向かってくるインプ。黒い羽根が広がり、頭にツノがある、明らかな悪魔だ。
飛び跳ねようとしたら、ちゆが僕に言う。
「お兄ちゃん、……負けないでねっ、好き……あっ、んっ」
僕は喘ぐちゆを見ると頷く。
「あぁ、僕も好きだよ、ちゆちゃん」
僕が飛び跳ねると、ちゆの絶頂する声が背後で聞こえた。
アンクレットの効果は凄い、ほんの数秒で、何メートルもの差がいっきに縮まり、インプも動きを止め、腕を広げて怯んだ。
こうなったらチャンスだ。
僕は勢いよくインプの腹に右拳を叩き込んだ。
ドスっ!っと音が聞こえ、確かな手応えを感じた。
オレンジ色の衝撃波が円形に拡散されると同時に、インプが飛んだと思ったら即消滅した。
すごい威力だ。
「うぇーい、タマモトやるじゃん!」
ホワイトチョコの天井に足裏で逆さに張り付いてしゃがんでいるマリンが嬉しそうに叫んだ。
僕は反動で回転して、地面に落ちていく。
野原に生えている木の幹で衝撃を緩和しようとしたが、幹が太い割に簡単に折れたせいで、結局転がってしまった。
そういや、あの木もお菓子だった。
反動で身体が重たくなる。
天井では、マリンがバコバコと入ってくるインプを吹っ飛ばしている。
円盤が弧を描きながら僕の方へ近付いてきた。
アカリだ。
「セイシー!大丈夫か?」
ふつうに心配で来てくれたようだ。
「うん、何とか無事だった。てかこっち来て大丈夫なの?むしろ」
「数的にはマリンが仕留められる範囲以下になってるから、いけるよ」
「そんなの分かるんだ」
「まぁ、マリンと何回かバトってるからね、あ、共闘してるって意味で、2人でバトルしたわけじゃないから安心してね」
「そう願いたいよ」
アカリとマリンが戦ったらどっちが強いのかは純粋に気にはなる。
別にそんなことする必要はないことは分かってはいるが、単なる好奇心だ。
「セイシ、戦えそう?」
「なんとかなりそう。このグローブが優秀過ぎるよ、ある意味危険だね」
「そりゃ危険だよ、大砲を手にはめてるようなもんだからね」
「そっか、なるほどね」
大砲。
たしかにそれくらいの威力はある。
これなら戦える。
……と、思ったその時だった。
ドンっ!と、花火でも上がったかの様な音が聞こえ、僕とアカリはマリンの方を見た。
マリンがいるはずの天井付近に、明らかにサキュバスらしい女性のシルエットが見えた。
マリンの姿が見当たらないと思ったら、そのサキュバスの真下の地面に叩き付けられて倒れているマリンがいた。
アカリは即方向を変え、円盤の突風でサキュバスの方へ向かった。
僕もとりあえず、アカリに続いてジャンプした。
着地点が無いなと、飛びながら思ったが、敵らしきサキュバスの前でアカリが止まると、僕に気付いて受け止め、円盤の端に乗せてくれた。
ただ、ほぼ片足立ち状態なので、アカリに腰を支えて貰っている状態だ。
「セイシまで来なくていいのに」
耳元で囁くアカリ。
「いや、この状況でそんなわけにも」
つい反射的に来てしまったが、マリンが倒されるとは思ってなかったので仕方ない。
あと、アカリの吐息が耳に当たりちょっと気持ち良かったのが自分で自分に対して恥ずかしい。
目の前のサキュバスは、長い金髪で、スタイルも良く、現実世界でいたら、モデルをやっていても良いくらいの容姿だった。
羽根がそこそこ大きいが、羽根で飛んでいる様子でもない。
背後に何か魔法陣みたいな黄色い文字入りの円状のホログラムが浮かんでいる。
アレが動力源っぽい。
どういう理屈で飛んでいるのか分からないが、それを言ったらマリンの飛び方も意味不明なので、あまりそこを言及しても意味ないだろう。
アカリが話しかける。
「あなた、もしかして、冥界の石榴?」
ザクロって!
まさか。マリンの言っていた凄いサキュバスの所属。ってことは、この人が。
「へぇー、ザクロ知ってるんだ、ちょっとは賢いサキュバスってわけね」
金髪美女が、高圧的な雰囲気で話す。
「なんで冥界の石榴が、悪魔の呼びベルなんかで来るんですか?インプ狩りなんて、あなた達がする事じゃないでしょ」
「そうね、インプなんてどうでもいいわ」
「だったら、目的は何?」
「私の追ってる悪魔がたまたまこの近くをうろついててね、追いかけてたら綺麗な音色が聴こえてついね」
「この音は、夢魔のオルゴールよ、知って、ます、よね?」
「だから、ついつい引き寄せられちゃっただけ。不満?」
アカリが緊張で震えているのが体から伝わる。やはり、冥界のザクロというのはサキュバス達にとっては恐ろしい組織なのだろう。
「不満って言うか、不思議です。オルゴールで寄ってくる夢魔にしては、あなたはレベルが高過ぎます」
「なに?上級悪魔は寄ってこないって思ったわけ?」
「……それは、そんなことはないですが」
たしかに、双子の夢魔であるもう1人のちゆも上級悪魔だ。
そう考えると、上級悪魔だからオルゴールに反応しないという理屈は無理がある。
とはいえ、冥界のザクロのような、いわゆる、大手事務所の所属のような存在が寄ってくるのは想定外ということだろう。
「本当にたまたまよ、しかも、見たことある顔とも対面できたし、来て良かったわ」
マリンのことを言っているんだろう。
だけど、対面して即座に吹っ飛ばすのはさすがにおかしいだろう。
「あの、ザクロさん」
僕は声を掛けてみる。
「私はエリスって言うんだけど」
「あ、では、エリスさん、あの、さっき吹き飛ばした赤い髪の女の子は知り合いなんですか?」
「ええ、たしか、何とか影、マリンちゃんでしょ?知ってるわ、前に助けてあげた元気な子だもん」
「なんで、話し合いもせずに吹き飛ばしたんですか?友達じゃないんですか?」
「なに言ってんの?あの子はデーモンハンター、つまり、私たちの敵なんだから仕方ないでしょ」
やはり、デーモンハンターだから攻撃されたのか。
こうなると、デーモンハンターである限りは交渉することは難しいかもしれない。
アカリのことはまだ知らないはずだ。
なら、マリンだけがデーモンハンターだということにしてしまえば、帰ってもらうことはできるかもしれない。
あるいは、マリンが特殊なデーモンハンターであると納得してもらえれば。
「……確かに、デーモンハンターがあなた方の敵だということは認めますが、マリンに関しては誤解です」
「誤解?なにが?デーモンハンターだって事は、本人からも聞いて知ってるんだけど、今更じゃない?」
「マリンは、実はデーモンハンターでは無いんです」
アカリとエリスがポカンとする。
そうか、アカリもなにを言ってんだコイツは、となっているだろうな。だが、アカリなら上手く乗ってくれるだろう。
信じてるぞ!
「マリンちゃん、デーモンハンターだって自分で言ってたけど?」
「マリンの境遇について、エリスさんは知らないんですか?」
「知らないわよ」
「マリンは、サキュバスのことを助けるためにデーモンハンターのフリをしているんです」
「何を言い出すかと思えば」
「ほんとです」
「証拠は?」
「ありません」
「話にならないわね」
「でも、あとで本人に聞いてみれば分かると思うんですが、マリンは、エリスさんの事を尊敬しています」
「なに?私を尊敬してることと、デーモンハンターでは無いことの、何が関係してるっての?」
「関係してます」
「だから、何故って聞いてるの」
「マリンは、エリスさんがターゲットになっても、決して命令に従わないと僕に言いました」
そう、これは本当の話だ。
ただ、違うのは、戦っても勝てないから絶対に何が何でも逃げるという意味で、ちょっとニュアンスは違う。
だが、命令に従わないというのは本当だから、嘘では無い。
エリスも少し信じ始めている。
「へぇー、そうなんだ。確かに、マリンちゃんが私を好きなことは何となく分かるわ、でも、それとコレとは違うでしょ?」
「違いません、考えてください、マリンは、あなたとは絶対に戦う気はないんですよ?だとしたら、倒す意味、あります?」
「……それは、ないけど」
少し折れてきている。可能性はありそうだ。
「そうなんです。むしろ、仲間です。しかも、デーモンハンターのフリをしていると言うことは、今後、あなたの役に立つことは確実。生かしておくべきではありませんか?」
「……だけど、デーモンハンターのフリをする意味が分からないと、何とも」
「マリンは、学院で孤立していたんですよ、あまりにも夢が壮大過ぎて、周りから引かれてしまって、一時期は引き篭もってしまっていました。だけど、僕が説得して、何とか明日から復帰することになったんです。未来のサキュバス達の為に」
「へぇー、……で?」
適当に流している様に見えるが、興味を持っている。明らかに食い付きが良い。これならいけるかもしれない。
「マリンには使命があるんです」
「どんな」
「サキュバスの帝国を築くという使命です」
「サキュバスの帝国?そんな夢物語、本気で考えてるの?」
「そうです。だから、天使の内情を探るべく、デーモンハンターのフリをして、孤軍奮闘中なんですよ」
「それが本当なら、……凄いわね」
「ですよね、僕も彼女のことは尊敬しています」
「だけど、よく天使を騙せるわね。バレたら捕まるでしょ」
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「へぇー、タマモトセイシね、覚えたわ」
「ありがとうございます、エリスさん」
「……あなた、ダンテの弟子か何か?」
「ダンテ?ダンテって、誰ですか?」
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初めて聞いたぞ、なんだダンテグローブって?
「え、……あー、そうか、そういや、そうだったような」
チラッとアカリを見るが、とんでもなく複雑な表情で僕を見ている。
コレは、完全に困惑している様子だ。
このグローブはダンテという人の遺品らしい。
しかも、エリスは、僕のことをインキュバスだと勘違いしている。
……なら、そのまま勘違いしていてくれた方が都合が良い。
「そうなのね、で、そっちの女の子は?」
「え?……私は、あの、生田目アカリって言います。よろしくお願いします」
エリスが近付いてきて、アカリの手を取った。
握手だ。
「あなたも大変なのね。もし、困ったことがあったら、私たちザクロを頼って貰って構わないわ」
「あ、あ、ありがとうございます。感激です」
アカリはかなり焦っているようだが、今のところは順調だ。
これなら、エリスから攻撃されることは無いだろう。
とんでもなく強いことは、マリンから聞いている。
おそらく、ここでアカリと協力してエリスと戦ったところで負けは確定だ。
ならば、とにかくこの場を去ってもらうか、一時的にも味方に引き入れるしかない。
単純な人で助かった。
と、……その瞬間。
回転する赤い物体が、下から飛んできて、エリスの背後で静止する。
まずい!
「マリン!やめっ……」
ドカッ!
エリスの背中へ、マリンが軽やかに回転蹴りを決めた。
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