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2章 粛清と祭
第38話 呼び寄せられる真の脅威 ※R18シーン無し
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マリンがエリスの背中を蹴りつけた瞬間、僕の頭の中は真っ白になった。
金髪美女の夢魔エリスは、マリンに勢いよく蹴られたにも関わらず、少し身体が前に動いたくらいで、ほとんど表面的なダメージを負っていない。
彼女の顔は鬼の形相となり、背後を振り返る。
「あぁん?イマ、私に何した?」
全く怒りの感情を隠すことはなくマリンの顔を見るエリス。
マリンもさっき地上に叩き落とされたせいか、表情が険しくなってエリスを睨んでいる。
もはや交渉の余地が無いほどに敵意むき出しだ。
前に僕に言った、エリスがターゲットになったらすぐ逃げるという話はどこに行ったんだ。
こんなもん今言い訳したとしても、僕らも共犯にしか思われないぞ。
ダメだ。
ほぼ確実に、油断させる作戦だと勘違いされた。
エリスを説得して戦いを避ける作戦はもう不可能になった。
まさかこんなにすぐにマリンが復帰してくるとは……。
アカリが、マリンが蹴りつけた瞬間に状況を察し、僕の腰を掴んだままで、乗っている円盤を急速にバックさせて離れた。
この判断は正しく、エリスはマリンにそう言うなり即座に反撃に出た。
マリンの方を向き、右手の平を向けると、そこから稲妻が走る青い光線弾のようなモノを放出した。
マリンがその光を見て、また前後に回転を始めるが、その謎の稲妻の光線をもろに受けて、爆発音と共に背後に吹っ飛ぶと、ドーム状になったホワイトチョコの壁を広範囲で崩壊させて視界から消えた。
マリンがドームの外に吹っ飛んでしまったが、彼女を助けに行く余裕は無い。
アカリは僕を抱えたまま、できる限り彼女から離れる。
ピンクの円盤から凄まじい轟音がして、おそらく最高速度で逃げている事が想像できた。
極端な気が一瞬したが、この判断は間違いではない。
なぜなら、エリスは僕らの方へ飛んで来つつ、さっきの稲妻が走る青い光線弾を何発も発射させて攻撃してきたからだ。
ドームの曲線の壁に沿う様に円盤を動かすアカリ。
エリスは近づきながら光線を撃ち込んでくる。
逃げる僕らに向かってエリスが撃つと、その光線を左右に揺れながら、間一髪で避けるアカリのピンクの円盤。
ズドンッ!っと、とんでもない爆発音で壁が吹っ飛ぶ。
アカリが避ける度に、壁の穴が増えていく。
このチョコドームが完全に崩壊するのも時間の問題だ。
僕らは上空の壁を、エリスの光線からただただ逃げ惑っている。
僕はアカリに腰を抱えられながら彼女の表情を間近で見たが、恐怖心が入り混じった真剣なその表情に背筋が凍った。
アカリの額は汗がダラダラだった。
全く笑えない展開だ。
何とかスピードはエリスより円盤の方がわずかに上回っているので、追いつかれることは無さそうだが、それでも僕を抱えた状態でまともにエリスと戦うことはできないはずだ。
これは、いったんアカリに離してもらって、僕だけでも地上に降りる必要がある。
しかし、この状況で降りると間違いなく着地に失敗する。
そうなると、アンクレットの特性上、体への負担で数分は動けなくなるだろう。
さっきのインプ戦では、このクールタイム現象に関しては、そこまでネックには感じなかったが、こうなってしまうと話は別だ。
エリスから逃げながら、僕がただ地上に落ちるのはあまり得策では無い。
ならば、この状況を利用できる様に動く必要がある。
こうして考えている状態でも、エリスの猛攻は止まらない。
アカリは必死で光線弾を避けている。
それにしてもエリスの攻撃は反則だろう。
こんなバトル漫画みたいな技を使ってこられたら、凡人の僕ではまともに戦える気がしない。
だけど、一応、僕にはケルビンに貰ったこのダンテグローブがある。
コレもエリスと同じく、飛び道具として衝撃波を発する事が可能だ。
今の体勢では撃てないが、止まって対峙すればエリスの光線に僕の衝撃波をぶつける事はできる。
ただ、エリスの光線をこのグローブの衝撃波が上回っているかは謎だ。
アカリに聞いてみるしか無い。
明らかに彼女の顔は余裕がないが、僕は聞くことにした。
「アカリ、ひとつ聞いても良い?」
「な、な、なに?難しいこと言っても、頭がついていけないよ今は」
焦りが凄過ぎて、アカリがかなり早口になっている。
スピードが出過ぎて周りの風圧もすごいため、聞き取るのが難しかったが、近いから何とかなった。
「僕の拳から出る衝撃波は、エリスの光線に対抗できると思う?」
「そんなの知らないっ!」
「だよね」
やはり、アカリにも分からない様だ。
「今は逃げるしかないよ。マリンが一撃で吹っ飛ぶレベルの訳わかんないやつに、あたしらが対抗できると思うの?むりでしょ」
確かに、この状況下では逃げる以外に選択肢はない。
「それはそうかも知れないけど、このまま逃げ回ってても埒があかないでしょ」
「そんなこと言われたって、もうこれはむりだよどう考えても」
「僕を離すってのはダメなの?アカリの手が自由になれば戦えるかも」
「むりむりむりむりむり、バカ言わないでよ」
凄まじい否定をするアカリ。
この反応を見ると、相当な実力差を感じていると見える。
「アカリの本気でもエリスとは戦えないってこと?」
「あたしの本気?なにそれ?むりでしょ」
「アカリはいつも本気だったってこと?」
「当たり前でしょーが!なんで手を抜く必要があんのよ」
「……いやぁ、ほら、漫画とかアニメとかだと、普段は力は抑えてたりするのが常識でしょ?」
「それはストーリー上で盛り上げるための演出っ!あたしはただの人間とサキュバスのハーフ!普通に物理で投げるだけの女で、漫画だったら何の力もないモブキャラだよ。てか、あたしほぼほぼ人間でしょーが!」
「何言ってんだよ、強いじゃん」
「強い?あたしが?何見て言ってんの」
「ほら、前に凄い力だったじゃん」
「もしかしてゆかちゃんを押さえつけた時の話、してんの?」
「そうそう、あの時、腕が全く動かなかったから、めちゃくちゃ力が強化されてるんだと思って」
「あんなのサキュバスの平均値だよ。てかあたしの場合は平均値にすら届いてない一般サキュバスのレベルなんだけど」
「そうなの?」
「そうだよ、何で誤解してんの」
「でもさ、ちゆちゃんよりは強いんでしょ」
「ちゆちゃんは低級悪魔なんだから、そりゃ私の方が上でしょ」
「ほら、だったらアカリのが強いじゃんか」
「ちゆちゃんより強かったって冥界のザクロなんかと勝負したらビー玉弾くみたいに簡単に負けるってっ!」
なるほど、どうやらアカリは、本気でエリスには敵わないと思っているらしい。
この感じだと、アカリが戦っても負け確という事だろう。
だが、仮にアカリ単騎では負け確だとしても、僕が一緒に戦えば勝機もあるんじゃないだろうか?
僕はアカリに腰を抱えられながら、自分の顎に手を触れながら考える。
「……うーん、ほんとに敵わないのかなぁ」
「なんであんなのと私が戦えると思ってんのよ、正気なの?バカなの?」
アカリはもう余裕が全く無い。
ここに関しては仕方ない。僕も現状ではただのお荷物だ。
だが、一応提案はしてみるか。
「アカリ、僕と2人なら、戦えるかもよ」
「はぁ?何言ってんの」
「あの状態のエリスから逃げられる気がしないんだよね」
「逃げられなくったって逃げるしかないでしょ、こうしているうちに、どっかで目が覚めるのを待つしか無いよ」
「その方が現実的じゃないよ、下手したら数日間は夢の中で過ごすかもしれないんだよ?ここでは時間の流れが予測できないんだから」
「なんでそんなこと言うのよ、わざわざ私を絶望させないでよね」
「どうせ、しばらくは僕らのうちの誰も起きないよ。夢の方が現実より遥かに長いんだから。望みが薄いことに縋ったって良い事ないよ」
「んなこと言ったって」
ほんとにアカリは辛そうだ。
これだと、本当にすぐギブアップするだろう。
僕が地上に行ったとしても、アカリのやることはただただ逃げ回るだけだと想像できる。
仮にそうだとしても、逃げ回っているうちに、エリスがスタミナ切れでバテてきて離脱したり、隙ができて反撃する機会を得るかもしれない。
そういう希望は確かにある。
だが、それはあくまで、ターゲットがアカリに限定されている場合に限る。
問題は、今お菓子の家の前で寝転んでいるちゆちゃんだ。
ちゆちゃんに矛先が向いたら、僕は負け戦だろうが何だろうがエリスと戦わざるを得ない。
そして、ほぼ確実に完敗する。
マリンと同じ様に、一瞬で吹っ飛ばされて終了の可能性すらある。
そんな都合良くいくはずはない。
そもそもマリンがそういう状態なのだ。
マリンは吹っ飛ばされてるし、アカリは逃げ惑っている。
お荷物だが、一応今、戦う意思があるのは僕だけだ。
たしかに戦うのは怖いが、もうこうなっては戦い自体は避けられない。
薄い希望に縋って全滅する前にさっさと対策する必要がある。
僕にとっての最優先はちゆの安全と、ちゆの延命だ。
そこがブレない限り、エリスを抑える方法を考えなくてはならない。
……そうか、それなら、試してみるしかないな。
「アカリ、たぶん、僕のこのダンテグローブはエリスに有効だと思うんだ」
「仮にそうだとしても、どうやって当てんのよ」
「まぁ、とりあえずやってみよう」
アカリが呆れる。
「どうする気よ」
「このピンクの円盤は、アカリが自由に動かせるの?」
「動かしてるでしょ今。目ついてんの?」
「付いてるよ。……そうじゃなくて、この円盤だけをラジコンみたいに遠隔操作できるかどうか聞いてるんだ」
「単純な動きしかできないよ」
「……ってことは、できるんだね」
「上下左右の命令だけなら、乗らなくてもできるけど、どうする気なの?」
「なら、作戦自体は成功しそうだ」
「はぁ?」
アカリがキレそうなので、ぜんぶ説明することにした。
僕の作戦を聞き、一応は納得するアカリ。
「……セイシ、ほんとにそれ成功するんでしょうね」
「いけるよたぶん」
「多分じゃダメでしょ、失敗したら2人とも終了よ、この夢から2度と出られなくなるわよ」
「まーまー、それは何もしなくてもそうなるのは目に見えてるんだから」
「そりゃそうだけどさ」
「とにかく、お願いしますよ」
僕は腰を抱えられたままで両手を合わせて拝むポーズをした。
「絶対に成功させなさいよ」
「オッケー、さすがアカリ」
アカリは僕の軽い感じのノリが気にくわないのか、凄いプレッシャーを掛けようとしてくるが、こういう作戦を仕掛ける時は気楽にやるのが1番だ。
そうしなくては、もしイレギュラーが起きた時に即座に対応できなくなってしまう。
大事なのは、根拠のない余裕感と臨機応変な柔軟性だ。
失敗は覚悟の上だ。
僕もここで夢の中に閉じ込められるのはさすがに許容できない。
何としてもエリスを抑える。
さて、まず確認するのは、比較的ドームの端にあるそこそこ立派な大木だ。
あそこが今回の作戦の要となる。
今、上空の壁に沿う様に円盤で移動しながらエリスの攻撃から逃げている訳だが、さすがにあの木まではそこそこの距離がある。
ある程度は近付く必要があった。
アカリの顔を見ると、息が荒い。
かなり疲れてきている様だ。
円盤のスピードが落ちている。
これはもう時間の問題だろう。
体感で5分もすればエリスに追いつかれてお終いだ。
成功率はともかく、もう時間はない。
では、そろそろだ。
余談だが、焦って本気になっているアカリの真剣な顔はとてもセクシーと言うか色っぽい気がした。
場違いな感想ではあるが、真剣な女の子の表情というのは魅力的なものだ。
コレでモブキャラなら、随分と予算が掛かってるコンテンツだよなぁと思った。
木との距離が、そこそこ縮まる。
さて、作戦決行だ。
「ココだ!アカリ」
アカリが、スピードを一瞬落とし、方向を一本木へ変える。
アカリが僕に向かって叫ぶ。
「いくよセイシ、振り落とされんじゃないよっ!」
ドーム状の曲線になっている後ろの壁に円盤の裏側を向け、全開で空気を噴射させる。
ドガンッ!と背後の壁が崩壊して吹っ飛び、勢いよく、丘に生える一本木へ近付いた。
とんでもない風圧で、簡単に振り落とされそうになるが、アカリの僕を掴む力も強く、何とか落とされずに木の近くまで移動する。
エリスは、突然方向を変えた僕らにも臆する事なく、連続で光線弾をドカドカと撃ち込んできた。
さすがに速度を上げたおかげか、さっきよりも避ける事に意識しなくとも、追いつかれる事なく木の方へ向かうことができた。
体力の温存は考えてないので捨て身の手段だ。
エリスは緩やかに飛ぶ方向を変えつつ、攻撃しながら僕らを追いかける。
問題はここからだ。
頼んだアカリ!
僕らは一本木の少し根元まで下降して、そのまま勢いよく木の幹にぶつかると、煙が上がった。
幹は簡単に折れる。お菓子だから予想通りだ。
エリスが近くまで来て止まると、僕らを探す。
さすがに用心して距離を空けている様だ。
「……なんなのコイツら」
ボソッとエリスが独り言を漏らした。
彼女は自分の右手の平を、木の根元付近に向けて狙いを定めようとしている。
煙が消え、木を持って丘に立つアカリを見つけるエリス。
エリスは攻撃しようとしたが、アカリが大きな木を一回転させて投げてきたため、一旦その木を避けた。
「何よ、子供騙しみたいなことして。こんなの私が避けられないとでも思ったわけ?」
エリスは飛んで行く木を見た後、地面に立つアカリを見る。
仁王立ちで腕を組んでニヤニヤするアカリ。
エリスはその表情に沸点が限界突破し、アカリに向かって移動する。
エリスが近付きながら手の平を向けると、アカリが普通に走って逃げた。
1発目の光線弾は、すぐさま逃げたアカリに気を取られて外したが、2発目で決められるはず。そもそもアカリの走りで避けられる訳がない。
余裕の表情で2発目を撃とうとしたその瞬間。
エリスの身体がフワッと持ち上がる。
「ちょ、ウソっ!?なんで」
彼女はその不意打ち的な現象を理解するのに時間が掛かった。
そう、エリスの身体がフワッと持ち上がったのは、まさに、ピンクの円盤が地上から突然現れたからだ。
すぐに気付かなかった理由は、円盤が地面に埋まって擬態していたためだ。
さすがに、全速全開で地面から噴出した円盤に身体を取られては、風圧に抗うことはできない。
「ヤバっ!ちょ、まって」
エリスは高速で上空に昇る円盤に恐怖を覚えたが、そもそも、コレを仕掛けた目的が分からない。
彼女は体勢を変えて円盤から逃れようと上を見たが、その瞬間に全てを理解する。
コレは、あいつらを甘く見ていた。
そうエリスは思ったに違いない。
そりゃそうだ。
目の前には、近距離で自分の背中にダンテグローブを思い切り振り下ろしている僕がいたのだから……。
ドスッ!
……っと、確かな手応えでエリスの背中にダンテグローブが押し込まれる。
オレンジ色の円状の衝撃波が波の様に現れてブワッと広がる。
さっきのインプ戦よりも遥かに強烈な殴り心地だった。
効いている。
円盤の勢いは多少は軽減されたが、完全には止まる事はなく、僕とエリスは天井に向かってそのまま運ばれていく。
一瞬で天井のドームを崩壊させて、ちゆの夢空間の外へ出た。
まるで綺麗な夜空の様な空間に変わる。
だが、それなりに明るさもあり、視界は閉ざされる事は無かった。
周辺を気にしてる暇はない。
今はただ、集中が大事だった。
僕はその間も背中に拳をめり込ませ、緩めはしなかった。
エリスは当たった瞬間に身体を震わせ白目を剥く。
もはや痛恨の一撃だ。
確認するまでもなかった。
何故効いたのかは明白だ。
コレは、単にグローブの勢いだけでなく、地上から高速で昇るアカリの円盤との挟み撃ちが引き起こした威力だ。
実は僕はドームの曲線の天井を蹴り付け、アンクレットのスピードを存分に活かして近付いていた。
経緯はこうだ。
僕らが衝突したすぐに大木に隠れて、アカリが木を投げるタイミングで僕が天井に飛び上がったのだ。
あまりに天井が高いと、この作戦は失敗するので、ある程度はアンクレットの力で届きやすい距離の木を狙う必要があった。
だから、丘の上に点在する木を選別するには集中力が必要だった。
あとは、僕に気が付かない様に、アカリがどう振る舞うかだが、さすがに木を投げてくる女の子を見て、僕の居場所を先に確認する人はそう多くはないだろうし、そもそも初めから僕に対しては戦力的な部分でそれほど警戒心は無かっただろう。
女の子に腰に抱えられた男で、しかも、いきなり説得してくる奴が、好戦的に見られることはまず無い。
ただ、一つ警戒心を抱かれやすいとしたら、このダンテグローブだ。
ダンテの弟子なのかどうかを聞かれたことを考えると、このグローブが強力な事はサキュバス界隈では常識なのだろう。
この作戦の決行において、僕を軽く見られているかどうかはかなり重要だった。
しかし、ここは勘だけで判断する他はなかった。
アカリに攻撃して近付いてくれることはそれほど心配してなかったので、計画通りだ。
それでも上手くいったのは、アカリ自身と円盤の優秀さのおかげだ。
ひとまずコレでエリスは動けないはずだ。
物理が一切無効とか、そういうチートでなければ、コレで無傷で済む筈がない。
ここに関しては、マリンの蹴りが証明してくれていた。
衝撃が少しでも与えられていたのなら、今回の作戦を実行する価値はある。
とにかく、成功して良かった。
円盤の勢いが切れ、下へ落ちる。
僕はもちろん、空は飛べない。
となると、ただ落ちるしかない。
上手く着地できるかはよく分からないが、とりあえず白目を剥いて気絶しているエリスを抱えて2人で落ちていく。
アカリが見つけてくれるといいが、考えてみると、アカリは円盤が無ければ空は飛べない。
僕も飛べないし、アカリが飛べないのは仕方ないだろう。
……というわけで、これはもう僕は終了だ。
この高さから落ちたら僕では助からない可能性は充分ある。
そうなるとどうなるんだ?
僕は真っ逆様にエリスと一緒に落ちながら色々と考える。
アカリとちゆが無事でさえあれば、僕が落ちてくるのを確認した段階で目覚めてくれれば何とかなる。
しかし、それでは、今回の目的である双子の夢魔のちゆと会う事は叶わない。
こうなると、次のチャンスを待った方が良いのか?
だが、できれば早めに決着をつけたい。
そうでなくては、いつちゆの寿命が尽きるとも限らない。
しかも今回のベルとオルゴール事件を考えると、他の夢魔が侵入してくる可能性もあるというわけだ。
これは、どうしたものか。
てか、このまま夢の中で丘に衝突したら、僕はいったい……。
「タマモト!そいつを離すなよ」
突然、マリンの声が頭上で聞こえ、僕の腰をガッチリと掴まれる。
助かった!
マリンが僕を抱えて地上に降りる。
衝撃で少し丘から跳ねたが、何とか転がって止まった。
僕らを見つけたのか、走ってくるアカリ、それに、なんと、ちゆ。
まるでさっきのデジャヴのような光景。
アンクレットを付けて初めて走った時と同じ様な気分だ。
とはいえ、今回は。
「セイシ、大丈夫?怪我はない?」
アカリが本気で心配してオロオロしている。
さっきの焦りは完全に消えて、ただただ狼狽える可愛い女の子になっている。
また場違いではある感じだが、やっぱりアカリは可愛い。
僕はなんだかんだで、アカリのことは好きなようだ。
アカリが野原に座って足を投げ出している僕の右腕を優しく掴んだ。
うるうるしているアカリにドキッとする。
ちゆもその光景を見て胸を撫で下ろす。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「あぁ、ちゆちゃんこそ、もう平気なの?」
ちゆが恥ずかしそうに赤面して、両頬に両手で触ってモジモジした。
「そ、そんなの、平気に決まってるじゃん、ちゆ、気持ち良くなっただけなのに」
「ちゆちゃん、気持ち良かったんだ」
「むぅー、お兄ちゃん達には悪いけど、ちゆ凄い気持ち良かったの、ごめん」
ちゆは反省しているようだが、オルゴールのせいならもはや文句を言う気も起こらない。
ここは仕方ないだろう。
それより、アカリが凄く可愛くなっているように感じるのが困る。
「セイシ、私、心配だったんだよ、ほんとに無事で安心したの」
ぎゅっと肩に身を寄せるアカリ。
フワッと良い香りがするアカリのポニーテールの髪。
胸がドキドキする。
アカリは僕の作戦が上手くいったことに安心して力が抜けたのだろう。
僕は立ち上がると、アカリとちゆと3人で、倒れているエリスを、しゃがんで観察しているマリンの所へ向かった。
アカリは僕の腕に抱きついたままだ。
そんなに心配だったのだろうか。
「セイシ、ありがとう」
「いやいや、どう考えても、アカリがいないと成り立たない作戦だったんだし、僕の方が何倍もありがとうだよ」
アカリが大きく首を振る。
ポニーテールが左右に揺れて可愛かった。
「ちがうよ、あたし、正直疑ってたもん、セイシが気楽に言うから、本当に投げやりになって適当に言ってるんだと思った」
「まぁ、そんな成功率の高い作戦でも無かったし、こればっかりは、アカリの方が危険じゃん」
「セイシが木から飛び上がって、天井を蹴って向かってくるってことは、外したらセイシ地面に激突じゃん、ぜったい夢の中から出られなくなってたよ」
「絶対って、……怖いこと言うね」
「ほんとだもん、怖かったよ」
アカリが震えて泣いている。
そっか、アカリは怖かったのだ。それなら納得がいく。
僕はアカリの頭を撫でてみた。
また、ぎゅっと僕の腕を抱きしめる。
ドキドキして、複雑な気持ちになった。
なんでこう、可愛い女の子はすぐ僕の様な奴をドキドキさせてくるんだ。
そういう意味で、ちょっと卑怯に感じたりしたが、それも仕方ないだろう。
マリンが僕らを見て立ち上がった。
「タマモト、アカリ、悪かった」
マリンが頭を下げる。
初めて見るマリンの態度だ。
「いやいやいや、何でだよ、マリンが助けてくれたから何とか無事だったんだよ」
「タマモト、お前、ここでそんな事言うか?どう考えても私が変な事したからだろ?」
「だって、そんなの事情が分からないと攻撃してしまうでしょ、マリンの行動におかしな所は無かったよ」
「いや、私も頭に血が上ってて、前後関係とか無視して蹴り飛ばしちゃったからさ、なんか交渉とかしてたんだろ?参謀タマモトなら、何とかできたんじゃないかって思ってさ」
「そうかな?交渉は確かにしてたけど、上手く騙し通せたとは限らないよ、結局は一時凌ぎだからね」
「それはそうかも知れないけどさ、私が横槍を入れたことには変わりないだろ。それに、こんな風にエリスがぶっ倒れてるのも、お前のお陰っぽいじゃん」
「なんで分かるの?」
マリンが僕の右腕にがっちり抱きついているアカリを何度も上下に指差す。
……なるほど、コレを見たらそう思うか。
「ちゆからもごめんねー、お兄ちゃんのお陰だよ」
ちゆが僕の後ろからお礼を言ってくる。
さすがにこんな全方位から言われると、ちょっと居心地が悪くなる。
話題を変えよう。
「そ、それよりさ、まさか、オルゴールに釣られて冥界のザクロが出てくるとは予想できなかったんじゃないか?」
「まぁなー、私もエリスが寄ってくるなんて予想外過ぎたからな、マジでここで伸びてんのが信じられんわ」
マリンがエリスを見つめてほんとに不思議そうにしている。
「やっぱり、デーモンハンターを倒すってのが、ザクロの目的なんじゃ」
「確かにそう言う可能性はある。でも、今回こうして現れたのは、何かを追って来たんじゃないかって思ってな」
「何か、そういや、悪魔を追って来たって言ってたよ、あの話か」
「だろ?その本命の方がなーんかクセぇんだよな」
マリンが本気で考えている様だ。
仮にそうだとしても、いったい何を追っているっていうんだろう。
サキュバスには、人間を襲うこと以上に何か目的があるってことなのか?
「双子の夢魔を追ってるとか?」
「んなわけねぇと思うが……」
マリンが言い終わるか否かの瞬間に、爆音が鳴った。
衝撃は、さっきのエリスの攻撃の比ではない。
地面が大きく揺れたのだ。
なんだ?
何が起きた。
「おい、タマモト、こりゃ、本気の本気で大物が釣れちまったようだぞ」
僕とアカリ、ちゆが、マリンに続いて目線を上げると、とんでもないモノが見えた。
ドームの天井がほぼほぼ半壊しており、その天井に、20メートルくらいありそうな巨大な銀色のサメの半身が覗いていた。
「……なんだアレ?」
「フォルネウスだ」
マリンは冷静にそう答えた。
金髪美女の夢魔エリスは、マリンに勢いよく蹴られたにも関わらず、少し身体が前に動いたくらいで、ほとんど表面的なダメージを負っていない。
彼女の顔は鬼の形相となり、背後を振り返る。
「あぁん?イマ、私に何した?」
全く怒りの感情を隠すことはなくマリンの顔を見るエリス。
マリンもさっき地上に叩き落とされたせいか、表情が険しくなってエリスを睨んでいる。
もはや交渉の余地が無いほどに敵意むき出しだ。
前に僕に言った、エリスがターゲットになったらすぐ逃げるという話はどこに行ったんだ。
こんなもん今言い訳したとしても、僕らも共犯にしか思われないぞ。
ダメだ。
ほぼ確実に、油断させる作戦だと勘違いされた。
エリスを説得して戦いを避ける作戦はもう不可能になった。
まさかこんなにすぐにマリンが復帰してくるとは……。
アカリが、マリンが蹴りつけた瞬間に状況を察し、僕の腰を掴んだままで、乗っている円盤を急速にバックさせて離れた。
この判断は正しく、エリスはマリンにそう言うなり即座に反撃に出た。
マリンの方を向き、右手の平を向けると、そこから稲妻が走る青い光線弾のようなモノを放出した。
マリンがその光を見て、また前後に回転を始めるが、その謎の稲妻の光線をもろに受けて、爆発音と共に背後に吹っ飛ぶと、ドーム状になったホワイトチョコの壁を広範囲で崩壊させて視界から消えた。
マリンがドームの外に吹っ飛んでしまったが、彼女を助けに行く余裕は無い。
アカリは僕を抱えたまま、できる限り彼女から離れる。
ピンクの円盤から凄まじい轟音がして、おそらく最高速度で逃げている事が想像できた。
極端な気が一瞬したが、この判断は間違いではない。
なぜなら、エリスは僕らの方へ飛んで来つつ、さっきの稲妻が走る青い光線弾を何発も発射させて攻撃してきたからだ。
ドームの曲線の壁に沿う様に円盤を動かすアカリ。
エリスは近づきながら光線を撃ち込んでくる。
逃げる僕らに向かってエリスが撃つと、その光線を左右に揺れながら、間一髪で避けるアカリのピンクの円盤。
ズドンッ!っと、とんでもない爆発音で壁が吹っ飛ぶ。
アカリが避ける度に、壁の穴が増えていく。
このチョコドームが完全に崩壊するのも時間の問題だ。
僕らは上空の壁を、エリスの光線からただただ逃げ惑っている。
僕はアカリに腰を抱えられながら彼女の表情を間近で見たが、恐怖心が入り混じった真剣なその表情に背筋が凍った。
アカリの額は汗がダラダラだった。
全く笑えない展開だ。
何とかスピードはエリスより円盤の方がわずかに上回っているので、追いつかれることは無さそうだが、それでも僕を抱えた状態でまともにエリスと戦うことはできないはずだ。
これは、いったんアカリに離してもらって、僕だけでも地上に降りる必要がある。
しかし、この状況で降りると間違いなく着地に失敗する。
そうなると、アンクレットの特性上、体への負担で数分は動けなくなるだろう。
さっきのインプ戦では、このクールタイム現象に関しては、そこまでネックには感じなかったが、こうなってしまうと話は別だ。
エリスから逃げながら、僕がただ地上に落ちるのはあまり得策では無い。
ならば、この状況を利用できる様に動く必要がある。
こうして考えている状態でも、エリスの猛攻は止まらない。
アカリは必死で光線弾を避けている。
それにしてもエリスの攻撃は反則だろう。
こんなバトル漫画みたいな技を使ってこられたら、凡人の僕ではまともに戦える気がしない。
だけど、一応、僕にはケルビンに貰ったこのダンテグローブがある。
コレもエリスと同じく、飛び道具として衝撃波を発する事が可能だ。
今の体勢では撃てないが、止まって対峙すればエリスの光線に僕の衝撃波をぶつける事はできる。
ただ、エリスの光線をこのグローブの衝撃波が上回っているかは謎だ。
アカリに聞いてみるしか無い。
明らかに彼女の顔は余裕がないが、僕は聞くことにした。
「アカリ、ひとつ聞いても良い?」
「な、な、なに?難しいこと言っても、頭がついていけないよ今は」
焦りが凄過ぎて、アカリがかなり早口になっている。
スピードが出過ぎて周りの風圧もすごいため、聞き取るのが難しかったが、近いから何とかなった。
「僕の拳から出る衝撃波は、エリスの光線に対抗できると思う?」
「そんなの知らないっ!」
「だよね」
やはり、アカリにも分からない様だ。
「今は逃げるしかないよ。マリンが一撃で吹っ飛ぶレベルの訳わかんないやつに、あたしらが対抗できると思うの?むりでしょ」
確かに、この状況下では逃げる以外に選択肢はない。
「それはそうかも知れないけど、このまま逃げ回ってても埒があかないでしょ」
「そんなこと言われたって、もうこれはむりだよどう考えても」
「僕を離すってのはダメなの?アカリの手が自由になれば戦えるかも」
「むりむりむりむりむり、バカ言わないでよ」
凄まじい否定をするアカリ。
この反応を見ると、相当な実力差を感じていると見える。
「アカリの本気でもエリスとは戦えないってこと?」
「あたしの本気?なにそれ?むりでしょ」
「アカリはいつも本気だったってこと?」
「当たり前でしょーが!なんで手を抜く必要があんのよ」
「……いやぁ、ほら、漫画とかアニメとかだと、普段は力は抑えてたりするのが常識でしょ?」
「それはストーリー上で盛り上げるための演出っ!あたしはただの人間とサキュバスのハーフ!普通に物理で投げるだけの女で、漫画だったら何の力もないモブキャラだよ。てか、あたしほぼほぼ人間でしょーが!」
「何言ってんだよ、強いじゃん」
「強い?あたしが?何見て言ってんの」
「ほら、前に凄い力だったじゃん」
「もしかしてゆかちゃんを押さえつけた時の話、してんの?」
「そうそう、あの時、腕が全く動かなかったから、めちゃくちゃ力が強化されてるんだと思って」
「あんなのサキュバスの平均値だよ。てかあたしの場合は平均値にすら届いてない一般サキュバスのレベルなんだけど」
「そうなの?」
「そうだよ、何で誤解してんの」
「でもさ、ちゆちゃんよりは強いんでしょ」
「ちゆちゃんは低級悪魔なんだから、そりゃ私の方が上でしょ」
「ほら、だったらアカリのが強いじゃんか」
「ちゆちゃんより強かったって冥界のザクロなんかと勝負したらビー玉弾くみたいに簡単に負けるってっ!」
なるほど、どうやらアカリは、本気でエリスには敵わないと思っているらしい。
この感じだと、アカリが戦っても負け確という事だろう。
だが、仮にアカリ単騎では負け確だとしても、僕が一緒に戦えば勝機もあるんじゃないだろうか?
僕はアカリに腰を抱えられながら、自分の顎に手を触れながら考える。
「……うーん、ほんとに敵わないのかなぁ」
「なんであんなのと私が戦えると思ってんのよ、正気なの?バカなの?」
アカリはもう余裕が全く無い。
ここに関しては仕方ない。僕も現状ではただのお荷物だ。
だが、一応提案はしてみるか。
「アカリ、僕と2人なら、戦えるかもよ」
「はぁ?何言ってんの」
「あの状態のエリスから逃げられる気がしないんだよね」
「逃げられなくったって逃げるしかないでしょ、こうしているうちに、どっかで目が覚めるのを待つしか無いよ」
「その方が現実的じゃないよ、下手したら数日間は夢の中で過ごすかもしれないんだよ?ここでは時間の流れが予測できないんだから」
「なんでそんなこと言うのよ、わざわざ私を絶望させないでよね」
「どうせ、しばらくは僕らのうちの誰も起きないよ。夢の方が現実より遥かに長いんだから。望みが薄いことに縋ったって良い事ないよ」
「んなこと言ったって」
ほんとにアカリは辛そうだ。
これだと、本当にすぐギブアップするだろう。
僕が地上に行ったとしても、アカリのやることはただただ逃げ回るだけだと想像できる。
仮にそうだとしても、逃げ回っているうちに、エリスがスタミナ切れでバテてきて離脱したり、隙ができて反撃する機会を得るかもしれない。
そういう希望は確かにある。
だが、それはあくまで、ターゲットがアカリに限定されている場合に限る。
問題は、今お菓子の家の前で寝転んでいるちゆちゃんだ。
ちゆちゃんに矛先が向いたら、僕は負け戦だろうが何だろうがエリスと戦わざるを得ない。
そして、ほぼ確実に完敗する。
マリンと同じ様に、一瞬で吹っ飛ばされて終了の可能性すらある。
そんな都合良くいくはずはない。
そもそもマリンがそういう状態なのだ。
マリンは吹っ飛ばされてるし、アカリは逃げ惑っている。
お荷物だが、一応今、戦う意思があるのは僕だけだ。
たしかに戦うのは怖いが、もうこうなっては戦い自体は避けられない。
薄い希望に縋って全滅する前にさっさと対策する必要がある。
僕にとっての最優先はちゆの安全と、ちゆの延命だ。
そこがブレない限り、エリスを抑える方法を考えなくてはならない。
……そうか、それなら、試してみるしかないな。
「アカリ、たぶん、僕のこのダンテグローブはエリスに有効だと思うんだ」
「仮にそうだとしても、どうやって当てんのよ」
「まぁ、とりあえずやってみよう」
アカリが呆れる。
「どうする気よ」
「このピンクの円盤は、アカリが自由に動かせるの?」
「動かしてるでしょ今。目ついてんの?」
「付いてるよ。……そうじゃなくて、この円盤だけをラジコンみたいに遠隔操作できるかどうか聞いてるんだ」
「単純な動きしかできないよ」
「……ってことは、できるんだね」
「上下左右の命令だけなら、乗らなくてもできるけど、どうする気なの?」
「なら、作戦自体は成功しそうだ」
「はぁ?」
アカリがキレそうなので、ぜんぶ説明することにした。
僕の作戦を聞き、一応は納得するアカリ。
「……セイシ、ほんとにそれ成功するんでしょうね」
「いけるよたぶん」
「多分じゃダメでしょ、失敗したら2人とも終了よ、この夢から2度と出られなくなるわよ」
「まーまー、それは何もしなくてもそうなるのは目に見えてるんだから」
「そりゃそうだけどさ」
「とにかく、お願いしますよ」
僕は腰を抱えられたままで両手を合わせて拝むポーズをした。
「絶対に成功させなさいよ」
「オッケー、さすがアカリ」
アカリは僕の軽い感じのノリが気にくわないのか、凄いプレッシャーを掛けようとしてくるが、こういう作戦を仕掛ける時は気楽にやるのが1番だ。
そうしなくては、もしイレギュラーが起きた時に即座に対応できなくなってしまう。
大事なのは、根拠のない余裕感と臨機応変な柔軟性だ。
失敗は覚悟の上だ。
僕もここで夢の中に閉じ込められるのはさすがに許容できない。
何としてもエリスを抑える。
さて、まず確認するのは、比較的ドームの端にあるそこそこ立派な大木だ。
あそこが今回の作戦の要となる。
今、上空の壁に沿う様に円盤で移動しながらエリスの攻撃から逃げている訳だが、さすがにあの木まではそこそこの距離がある。
ある程度は近付く必要があった。
アカリの顔を見ると、息が荒い。
かなり疲れてきている様だ。
円盤のスピードが落ちている。
これはもう時間の問題だろう。
体感で5分もすればエリスに追いつかれてお終いだ。
成功率はともかく、もう時間はない。
では、そろそろだ。
余談だが、焦って本気になっているアカリの真剣な顔はとてもセクシーと言うか色っぽい気がした。
場違いな感想ではあるが、真剣な女の子の表情というのは魅力的なものだ。
コレでモブキャラなら、随分と予算が掛かってるコンテンツだよなぁと思った。
木との距離が、そこそこ縮まる。
さて、作戦決行だ。
「ココだ!アカリ」
アカリが、スピードを一瞬落とし、方向を一本木へ変える。
アカリが僕に向かって叫ぶ。
「いくよセイシ、振り落とされんじゃないよっ!」
ドーム状の曲線になっている後ろの壁に円盤の裏側を向け、全開で空気を噴射させる。
ドガンッ!と背後の壁が崩壊して吹っ飛び、勢いよく、丘に生える一本木へ近付いた。
とんでもない風圧で、簡単に振り落とされそうになるが、アカリの僕を掴む力も強く、何とか落とされずに木の近くまで移動する。
エリスは、突然方向を変えた僕らにも臆する事なく、連続で光線弾をドカドカと撃ち込んできた。
さすがに速度を上げたおかげか、さっきよりも避ける事に意識しなくとも、追いつかれる事なく木の方へ向かうことができた。
体力の温存は考えてないので捨て身の手段だ。
エリスは緩やかに飛ぶ方向を変えつつ、攻撃しながら僕らを追いかける。
問題はここからだ。
頼んだアカリ!
僕らは一本木の少し根元まで下降して、そのまま勢いよく木の幹にぶつかると、煙が上がった。
幹は簡単に折れる。お菓子だから予想通りだ。
エリスが近くまで来て止まると、僕らを探す。
さすがに用心して距離を空けている様だ。
「……なんなのコイツら」
ボソッとエリスが独り言を漏らした。
彼女は自分の右手の平を、木の根元付近に向けて狙いを定めようとしている。
煙が消え、木を持って丘に立つアカリを見つけるエリス。
エリスは攻撃しようとしたが、アカリが大きな木を一回転させて投げてきたため、一旦その木を避けた。
「何よ、子供騙しみたいなことして。こんなの私が避けられないとでも思ったわけ?」
エリスは飛んで行く木を見た後、地面に立つアカリを見る。
仁王立ちで腕を組んでニヤニヤするアカリ。
エリスはその表情に沸点が限界突破し、アカリに向かって移動する。
エリスが近付きながら手の平を向けると、アカリが普通に走って逃げた。
1発目の光線弾は、すぐさま逃げたアカリに気を取られて外したが、2発目で決められるはず。そもそもアカリの走りで避けられる訳がない。
余裕の表情で2発目を撃とうとしたその瞬間。
エリスの身体がフワッと持ち上がる。
「ちょ、ウソっ!?なんで」
彼女はその不意打ち的な現象を理解するのに時間が掛かった。
そう、エリスの身体がフワッと持ち上がったのは、まさに、ピンクの円盤が地上から突然現れたからだ。
すぐに気付かなかった理由は、円盤が地面に埋まって擬態していたためだ。
さすがに、全速全開で地面から噴出した円盤に身体を取られては、風圧に抗うことはできない。
「ヤバっ!ちょ、まって」
エリスは高速で上空に昇る円盤に恐怖を覚えたが、そもそも、コレを仕掛けた目的が分からない。
彼女は体勢を変えて円盤から逃れようと上を見たが、その瞬間に全てを理解する。
コレは、あいつらを甘く見ていた。
そうエリスは思ったに違いない。
そりゃそうだ。
目の前には、近距離で自分の背中にダンテグローブを思い切り振り下ろしている僕がいたのだから……。
ドスッ!
……っと、確かな手応えでエリスの背中にダンテグローブが押し込まれる。
オレンジ色の円状の衝撃波が波の様に現れてブワッと広がる。
さっきのインプ戦よりも遥かに強烈な殴り心地だった。
効いている。
円盤の勢いは多少は軽減されたが、完全には止まる事はなく、僕とエリスは天井に向かってそのまま運ばれていく。
一瞬で天井のドームを崩壊させて、ちゆの夢空間の外へ出た。
まるで綺麗な夜空の様な空間に変わる。
だが、それなりに明るさもあり、視界は閉ざされる事は無かった。
周辺を気にしてる暇はない。
今はただ、集中が大事だった。
僕はその間も背中に拳をめり込ませ、緩めはしなかった。
エリスは当たった瞬間に身体を震わせ白目を剥く。
もはや痛恨の一撃だ。
確認するまでもなかった。
何故効いたのかは明白だ。
コレは、単にグローブの勢いだけでなく、地上から高速で昇るアカリの円盤との挟み撃ちが引き起こした威力だ。
実は僕はドームの曲線の天井を蹴り付け、アンクレットのスピードを存分に活かして近付いていた。
経緯はこうだ。
僕らが衝突したすぐに大木に隠れて、アカリが木を投げるタイミングで僕が天井に飛び上がったのだ。
あまりに天井が高いと、この作戦は失敗するので、ある程度はアンクレットの力で届きやすい距離の木を狙う必要があった。
だから、丘の上に点在する木を選別するには集中力が必要だった。
あとは、僕に気が付かない様に、アカリがどう振る舞うかだが、さすがに木を投げてくる女の子を見て、僕の居場所を先に確認する人はそう多くはないだろうし、そもそも初めから僕に対しては戦力的な部分でそれほど警戒心は無かっただろう。
女の子に腰に抱えられた男で、しかも、いきなり説得してくる奴が、好戦的に見られることはまず無い。
ただ、一つ警戒心を抱かれやすいとしたら、このダンテグローブだ。
ダンテの弟子なのかどうかを聞かれたことを考えると、このグローブが強力な事はサキュバス界隈では常識なのだろう。
この作戦の決行において、僕を軽く見られているかどうかはかなり重要だった。
しかし、ここは勘だけで判断する他はなかった。
アカリに攻撃して近付いてくれることはそれほど心配してなかったので、計画通りだ。
それでも上手くいったのは、アカリ自身と円盤の優秀さのおかげだ。
ひとまずコレでエリスは動けないはずだ。
物理が一切無効とか、そういうチートでなければ、コレで無傷で済む筈がない。
ここに関しては、マリンの蹴りが証明してくれていた。
衝撃が少しでも与えられていたのなら、今回の作戦を実行する価値はある。
とにかく、成功して良かった。
円盤の勢いが切れ、下へ落ちる。
僕はもちろん、空は飛べない。
となると、ただ落ちるしかない。
上手く着地できるかはよく分からないが、とりあえず白目を剥いて気絶しているエリスを抱えて2人で落ちていく。
アカリが見つけてくれるといいが、考えてみると、アカリは円盤が無ければ空は飛べない。
僕も飛べないし、アカリが飛べないのは仕方ないだろう。
……というわけで、これはもう僕は終了だ。
この高さから落ちたら僕では助からない可能性は充分ある。
そうなるとどうなるんだ?
僕は真っ逆様にエリスと一緒に落ちながら色々と考える。
アカリとちゆが無事でさえあれば、僕が落ちてくるのを確認した段階で目覚めてくれれば何とかなる。
しかし、それでは、今回の目的である双子の夢魔のちゆと会う事は叶わない。
こうなると、次のチャンスを待った方が良いのか?
だが、できれば早めに決着をつけたい。
そうでなくては、いつちゆの寿命が尽きるとも限らない。
しかも今回のベルとオルゴール事件を考えると、他の夢魔が侵入してくる可能性もあるというわけだ。
これは、どうしたものか。
てか、このまま夢の中で丘に衝突したら、僕はいったい……。
「タマモト!そいつを離すなよ」
突然、マリンの声が頭上で聞こえ、僕の腰をガッチリと掴まれる。
助かった!
マリンが僕を抱えて地上に降りる。
衝撃で少し丘から跳ねたが、何とか転がって止まった。
僕らを見つけたのか、走ってくるアカリ、それに、なんと、ちゆ。
まるでさっきのデジャヴのような光景。
アンクレットを付けて初めて走った時と同じ様な気分だ。
とはいえ、今回は。
「セイシ、大丈夫?怪我はない?」
アカリが本気で心配してオロオロしている。
さっきの焦りは完全に消えて、ただただ狼狽える可愛い女の子になっている。
また場違いではある感じだが、やっぱりアカリは可愛い。
僕はなんだかんだで、アカリのことは好きなようだ。
アカリが野原に座って足を投げ出している僕の右腕を優しく掴んだ。
うるうるしているアカリにドキッとする。
ちゆもその光景を見て胸を撫で下ろす。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「あぁ、ちゆちゃんこそ、もう平気なの?」
ちゆが恥ずかしそうに赤面して、両頬に両手で触ってモジモジした。
「そ、そんなの、平気に決まってるじゃん、ちゆ、気持ち良くなっただけなのに」
「ちゆちゃん、気持ち良かったんだ」
「むぅー、お兄ちゃん達には悪いけど、ちゆ凄い気持ち良かったの、ごめん」
ちゆは反省しているようだが、オルゴールのせいならもはや文句を言う気も起こらない。
ここは仕方ないだろう。
それより、アカリが凄く可愛くなっているように感じるのが困る。
「セイシ、私、心配だったんだよ、ほんとに無事で安心したの」
ぎゅっと肩に身を寄せるアカリ。
フワッと良い香りがするアカリのポニーテールの髪。
胸がドキドキする。
アカリは僕の作戦が上手くいったことに安心して力が抜けたのだろう。
僕は立ち上がると、アカリとちゆと3人で、倒れているエリスを、しゃがんで観察しているマリンの所へ向かった。
アカリは僕の腕に抱きついたままだ。
そんなに心配だったのだろうか。
「セイシ、ありがとう」
「いやいや、どう考えても、アカリがいないと成り立たない作戦だったんだし、僕の方が何倍もありがとうだよ」
アカリが大きく首を振る。
ポニーテールが左右に揺れて可愛かった。
「ちがうよ、あたし、正直疑ってたもん、セイシが気楽に言うから、本当に投げやりになって適当に言ってるんだと思った」
「まぁ、そんな成功率の高い作戦でも無かったし、こればっかりは、アカリの方が危険じゃん」
「セイシが木から飛び上がって、天井を蹴って向かってくるってことは、外したらセイシ地面に激突じゃん、ぜったい夢の中から出られなくなってたよ」
「絶対って、……怖いこと言うね」
「ほんとだもん、怖かったよ」
アカリが震えて泣いている。
そっか、アカリは怖かったのだ。それなら納得がいく。
僕はアカリの頭を撫でてみた。
また、ぎゅっと僕の腕を抱きしめる。
ドキドキして、複雑な気持ちになった。
なんでこう、可愛い女の子はすぐ僕の様な奴をドキドキさせてくるんだ。
そういう意味で、ちょっと卑怯に感じたりしたが、それも仕方ないだろう。
マリンが僕らを見て立ち上がった。
「タマモト、アカリ、悪かった」
マリンが頭を下げる。
初めて見るマリンの態度だ。
「いやいやいや、何でだよ、マリンが助けてくれたから何とか無事だったんだよ」
「タマモト、お前、ここでそんな事言うか?どう考えても私が変な事したからだろ?」
「だって、そんなの事情が分からないと攻撃してしまうでしょ、マリンの行動におかしな所は無かったよ」
「いや、私も頭に血が上ってて、前後関係とか無視して蹴り飛ばしちゃったからさ、なんか交渉とかしてたんだろ?参謀タマモトなら、何とかできたんじゃないかって思ってさ」
「そうかな?交渉は確かにしてたけど、上手く騙し通せたとは限らないよ、結局は一時凌ぎだからね」
「それはそうかも知れないけどさ、私が横槍を入れたことには変わりないだろ。それに、こんな風にエリスがぶっ倒れてるのも、お前のお陰っぽいじゃん」
「なんで分かるの?」
マリンが僕の右腕にがっちり抱きついているアカリを何度も上下に指差す。
……なるほど、コレを見たらそう思うか。
「ちゆからもごめんねー、お兄ちゃんのお陰だよ」
ちゆが僕の後ろからお礼を言ってくる。
さすがにこんな全方位から言われると、ちょっと居心地が悪くなる。
話題を変えよう。
「そ、それよりさ、まさか、オルゴールに釣られて冥界のザクロが出てくるとは予想できなかったんじゃないか?」
「まぁなー、私もエリスが寄ってくるなんて予想外過ぎたからな、マジでここで伸びてんのが信じられんわ」
マリンがエリスを見つめてほんとに不思議そうにしている。
「やっぱり、デーモンハンターを倒すってのが、ザクロの目的なんじゃ」
「確かにそう言う可能性はある。でも、今回こうして現れたのは、何かを追って来たんじゃないかって思ってな」
「何か、そういや、悪魔を追って来たって言ってたよ、あの話か」
「だろ?その本命の方がなーんかクセぇんだよな」
マリンが本気で考えている様だ。
仮にそうだとしても、いったい何を追っているっていうんだろう。
サキュバスには、人間を襲うこと以上に何か目的があるってことなのか?
「双子の夢魔を追ってるとか?」
「んなわけねぇと思うが……」
マリンが言い終わるか否かの瞬間に、爆音が鳴った。
衝撃は、さっきのエリスの攻撃の比ではない。
地面が大きく揺れたのだ。
なんだ?
何が起きた。
「おい、タマモト、こりゃ、本気の本気で大物が釣れちまったようだぞ」
僕とアカリ、ちゆが、マリンに続いて目線を上げると、とんでもないモノが見えた。
ドームの天井がほぼほぼ半壊しており、その天井に、20メートルくらいありそうな巨大な銀色のサメの半身が覗いていた。
「……なんだアレ?」
「フォルネウスだ」
マリンは冷静にそう答えた。
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