見習いサキュバス学院の転入生【R18】

悠々天使

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2章 粛清と祭

第40話 好意のゆくえ

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 ……目覚めることの素晴らしさを感じたことはあるだろうか。




 僕はベッドの上で、自分の部屋の天井を見つめる。




 窓から朝の陽の光が差し込んでくる。


 チュンっ、チュンっと、スズメの鳴き声が聞こえた。

 隙間風が白いカーテンを揺らしてパタパタと揺れる。


 ジュー、と、狭いキッチンの方から何かを焼く音が聞こえる。

 たぶん卵だ。


 身体を起こし、自分の両手を見る。

 おかしな所はない。

 左右の腕を上げて自分の脇を見つめる。

 正常な様子だ。

 僕の右太ももに、小柄な美少女がガッチリと抱き付いている。

 背中には立派なコウモリの羽根。


 幸せそうに寝息を立てている。


 こんなに可愛さの項目だけに初期ステータスが全振りされている女の子、僕は世界で1人しか知らない。





 三神ちゆだ。





 そんなに時間は経っていないのに、もう懐かしさすら感じる。


 夢空間で先に目覚めたのはちゆのはず。

 目覚める順番が前後することなどあり得るのか?

 自分の夢に一度戻ってから起きるとか、そういう理屈だろうか。

 目覚めているのか、本当に?


 自分の身体を触っても、頬をつねっても、やはり現実には違いない。



 戻ってきたらしい。




 夢空間からの帰還。


 今まで、目が覚めただけでここまで安堵感を感じたことなどなかった。



 これだけ死を間近に感じたことも、今まで生きていて一度もなかった。


 だから、この感覚は初めてだ。


 僕がもし、あの時フォルネウスに食べられていたら、この風景をもう一度見る事は無かったかもしれない。

 感慨深いというか、切ないというか、……こんなに生きていることに感謝する日が来るとは思わなかった。

 溺れそうになって初めて感じる空気の有り難みのようなモノだろうか。

 寝息を立てているちゆの頭を撫でながら、僕の両親のことを考えた。

 ……考えてみれば、ちゆは僕に対して、命をかけて自分を守ることを望んではいないのだ。

 ちゆがサキュバスだということは、本人もつい最近まで知らなかった。というか、信じていなかった。


 考えてみれば当たり前のことだ。


 サキュバスがほんとに存在していて、自分がそうだなんて言われて簡単に信じられる訳がない。

 つまり、ちゆは悪魔の羽根が生えているだけの人間に過ぎないのだ。

 彼女は僕に夢空間での戦いを望んでいなかった。僕を守ろうと、お菓子の家の中で長話をして戦いを止めようとしたり、自分の危険をかえりみず、フォルネウスに近付いて飛んでいた。


 結果、僕はこうして目覚めることができた。


 僕は彼女の行動の一つ一つを思い返しては涙する。

 まさか連日ちゆに泣かされるとは……。

 いくらサキュバスだとしても、僕個人にそこまでする理由があるのか?


 胸が熱くなる。


 何としても双子の夢魔の謎を解かなくては。





「セイシくん、大丈夫?」




 高めの透き通った聞き心地の良い声。


 黒髪ワンレンボブのIカップ美少女。


 桃正院ゆか。


 彼女がエプロン姿で僕を見下ろす。


 ゆかを見ると、現実に戻ってきた安心感があった。


 白い羽根がゆっくり動く。


 そうだ。ゆかは本物の天使……と思われる翼の持ち主。

 おそらく、フォルネウスからは狩られる対象だ。

 フォルネウスが天使の殲滅を考えているなら、ゆかも危ない。


 だが、夢空間にゆかが引き込まれる可能性はどれくらいあるのだろう。

 これはケルビンに聞くしかない。


 僕が色々と考えていると、ゆかが首を傾げた。


「どうしたの? ジッと見つめて、……早くご飯食べるよ。目玉焼きとベーコンお皿に乗せるから、早く顔洗ってきてね」


「……うん、……ゆか!」

「なによ」


 後ろを向いていたゆかが振り返る。

 なんだかキラキラしているように見える。

 好感度補正が掛かっているような気がした。


「僕はゆかのこと、好きだからね」


「なに?なんか隠し事でもしてるの?念押しして誤魔化そうとか、私には通用しないんだからね」

 なんだか機嫌を損ねている。

 逆効果だったみたいだ。

 難しいな。

「ほんとだって、僕はゆかが大好きで仕方ないんだ、もう、ほんとにほんとで、あー、なんで伝わらないんだ、本当なのに」

 僕が悶えていると、ゆかが笑った。

「もう、分かったから、そんなボサボサの髪で訴えられても困るんだけど」

 ゆかが僕の近くまで来て、頭を右手で撫でた。

 彼女の微笑みが、慈愛に満ちており、白い羽根がピクッと肩の上まで動く。

 朝の陽の光に照らされ、より神々しさが増したように思った。


 僕がちゆの頭を撫でたように、ゆかが僕の頭を撫でる。


 恥ずかしいやら嬉しいやら、よく分からない感情だ。


 気持ち良さと暖かみが同時に押し寄せた。


 ゆかがプッ……と吹いて笑う。


 どうしたんだろうと思ったら、原因はすぐ分かった。


「あのさ、それ、大きくなってんだけど」


 ゆかの言葉で気付いた。ヤバい、勃起している。



「いや、これはその、朝だからさ、仕方ないんだ、生理現象だよ」


「ハイいい訳いい訳、さっさと顔洗ってね」


 キッチンに戻るゆか。


 どうして誠実な気持ちとは裏腹に身体が反応してしまうのか。


 仕方ないとはいえ、恨めしい。


 さっきの感情は性欲ではなく、単なる愛情からくるモノだったのに。


 ゆかが女性として可愛いのが悪い。


 僕はもうこの件はゆかのせいにしてしまおうと思った。

 学校に遅れるので、ちゆのことも起こすことにした。


「ほら、ちゆちゃん、足を離して、学校に遅刻しちゃうよ」


「うーん、……なんか、なんか、……」


 モゾモゾしているちゆ。


「ちゆちゃん、起きなきゃ」


「むーん……」


「あ、ちゆちゃんっ!ちょ……」


 ちゆの右手が僕のズボンの盛り上がっているところをギュッと握る。


 ちゆが自分の頬を僕の勃起したものに擦り付ける。


 ちゆの身体の体温と、サラッとした髪の毛の感触が股、太ももに触れて気持ち良くなる。


 小さい手が僕の勃起したモノを掴んで上下に動く。

「……ちょ、ちゆちゃん、それはダメだって」


 ちゆは起きてるのか寝ぼけてるのか分からないが、とにかく自分の顔に僕の大事な棒を強く当てて頬ずりしている。


 起きないといけないと思いつつも、気持ち良さに抗えない。


 僕は我慢ができずに、ズボンを少し脱ぐ。

 すると、パンツの上からまたちゆが頬ずりを始めた。


 予想はできたが、起きない。


 ……だが、起こせない。気持ちいい。


 パンツの上から右手で握りながら上下に動き、頬に押し当てるちゆを見て、さらに硬さが増してきた。

「んん……おに、いちゃん、んんぅ、あーん」

 竿の横からパンツ越しに咥えるちゆ。

 吐息が熱く、自然と腰が上下に動いてしまう。


 ちゆの唾液が垂れて、パンツが湿ってくる。

 あむあむあむと、棒を横から咥えて舐める彼女。

 右手は僕の亀頭を優しく包むように握って揉んでいる。

 パンツがちゆの唾液で濡れた事で、より感度が増した。

 ちゅうちゅうと吸い付く口内の柔らかな頬肉の感触。

 僕は寝転び、その気持ち良さに身を委ね、彼女の右手に先っぽを押し付けた。

「ちゆちゃん、……もう、ダメ、イきそう、あ、気持ちいい……っくぅ」

 すると、僕のパンツがちゆの両手で脱がされ、温かい口内の感触をダイレクトに感じた。

 直接……、これは、フェラチオだ。


 ちゆの右手が僕のペニスの根元を握る。

 くちゅくちゅと音を立てて上下に吸うちゆ。



 頭の中が幸福感で満たされる。


 ……ちゆが、僕のを吸っている。


 口内の頬肉の感触が、亀頭やカリ首を刺激し、舌が裏筋を往復する。


 僕は我慢ができず、出そうになっていた。


「ちゆちゃん、もうダメ、もうダメ、イクから、それ、イクから」

 じゅぷじゅぷと、唾液の音を鳴らしながら、さらに深く咥えてくるちゆ。


 喉奥に亀頭が当たる感覚がした。


 キュッと口がすぼめられて、口内の肉が竿を閉じ込め、喉奥のくぼみに亀頭をハメている。

 そのまま、ちゆの頭が小さく輪を描くように回るが、右手でちんぽの根元をしっかり握って固定されている。

 手で固定されているおかげで、喉奥の肉壁が亀頭とカリを上手く刺激される。

 ちゆがこんなにフェラチオが上手いとは思わなかった。

 実はちゆって、すごい賢いんじゃないかと、こんな性技で思わされてしまった。

 ダメだ、こんなの耐えられない。


 ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドク


 射精。


 ちゆの口の中に、なすすべなく射精してしまった。


 こんな朝から、しかも、あんな夢を見た直後だというのに……。


 罪悪感というか、背徳感のような気持ちで脱力していると、ちゆの舌が僕の亀頭を綺麗に舐めている。

 ズポズポと吸い取るように精子を吸っていた。

 コレはもう……。


「ちゆちゃん……」


 ちゆがズポンッ、と、ちんぽから口を外すと、自分の唇を舌で舐めながら、身体を起こし、トロンとした目で僕を見下ろす。

「んふふ、……お兄ちゃん、おはよう」


 ニヤニヤといたずらっ子のような顔で、いやらしく微笑むちゆ。


「……どこから起きてたの?」


「ふふー、ないしょー」


 サキュバスの羽根がビクビクと動いて開かれる。


 楽しそうというか、嬉しそうというか、僕の腰に跨りながら艶っぽく笑うちゆは、本物のサキュバスにしか見えなかった。


 黒くて大きな翼は、やはり悪魔を象徴しているようだ。

 身体は小さい筈なのに、その遥か高みにいるような、嘲笑とも取れる表情と羽根が合わさって、逆らえない何かを感じた。

 普通ならフェラチオをさせている男側が優位に立ちそうなものだが、全くそう思わせないような振る舞いに心臓が掴まれる思いだ。


 やはり、ちゆは悪魔。人間よりも高位なのだろう。


 てか、考えてみると、フェラチオをさせたのではなく、ちゆが勝手にフェラしてきたのに乗っかっただけなので、初めから僕が優位では無かった訳だけども。


「ちょっと、2人ともー、朝からやるのは良いけど、時間も考えてね」


 ……と、ゆかが急かせてくる。

 ちゆにフェラされている僕をどんな風に見ていたのか考えると背筋が凍る。


 別にちゆとの関係は変わってないが、ゆかの心情は掴みきれてないので、何だかんだで良くは思っていない気がする。


 実のところ、僕はまだゆかに怯えているのかもしれない。


 僕とちゆはベッドから降りると、洗面台へ向かった。






 ⭐︎


 




 朝食で、トーストと目玉焼きとベーコンを美味しくいただいた後、猛スピードで登校の準備を進めてバス停へ行く。


 バス停にはいつも通りに着いて、列に並んだ。


 順番は、ゆか、ちゆ、僕の順だ。


 そこで会うのは、いつも決まっている。


「やっほー、セイシくん!昨日はありがとーね!」


 西園寺きらり。


 茶髪ロングにピンクのスカートが特徴的なきらりは、相変わらず元気そうだ。


 僕が並んですぐに後ろに並んだ所を見ると、もしかして待っていたのか。


「きらり、おはよう、昨日って……、そっか、ちょっとだけ話したもんね」


 つい言葉を濁してしまう。

 ……それも仕方ない。

 ちゆがきらりの方を向いてあからさまに睨んでいるのだ。

 何というか、敵意むき出しという感じだ。


「ええー、ガッツリ話したじゃん、それとごめんねラナが失礼なこと言ったみたいで」


 ラナ……、月富ラナ。

 金髪小柄のツインテール美少女、そしてダンス部エースのラナ。

 失礼な事を言ったという、そんな単純な話で片付けられる内容では無かった。


 本気で殴り掛かってきたのだから。


 昨日の夢空間でフォルネウスに食われそうになったからか、ラナのことは完全に忘れていたが、彼女もかなり乱暴な女の子だ。


 そういや、ケルビンが、ラナのサキュバス化に関しても止めるように言っていたが、とてもじゃないが僕では手に負えないとしか思えない。

 何か作戦があるように言っていたが、本当なのだろうか?


 今はちゆの事でサキュバス化抑制どころでは無いのだが……。


「月富さん、平気だった?けっこう押さえ込んじゃったからさ」


「え?うん、平気平気、ラナほんと暴れ馬だからね、もう物理で止めないとダメなんだよね、……でも、なんか話してると、セイシくんのこと、けっこう気に入ってる気がしたんだよね、なんでだろ」

 気に入っている?

 もしかして、好敵手というやつか?

 きらりのハートを射抜くライバルとして認められたということだろうか。

 ……素直に喜んで良いのか。


 順番に口説くフェアプレイで勝負するとか何とか言ってたが、その辺の話もハッキリついてないのにどうする気なんだろう。

「お兄ちゃん、ラナってだれ?」

「わっ!」

 ちゆが僕の脇のすぐ下まで来ていた。

 身体を僕に押し付けるようにくっ付けている。

 こんなに分かりやすい独占欲、他にあるだろうか。

「あ、三神さん、おはよー」

 さすがのきらりもちょっとビビりながらちゆに挨拶している。

「むー、西園寺さんおはよう!ちゆのお兄ちゃんになんか用ですか」

「うん、セイシくんと話してたんだ、知ってる?セイシくんって、けっこう相談したら真面目に聞いてくれるんだよ、優しいよね」

「お兄ちゃんが優しいのはちゆにだけだよ」


 さすがにそれは言い過ぎではないか。


「えー?そんな事ないよ、セイシくんはみんなに優しいよ、三神さんにだけ特別ってことじゃないと思うなぁ、私は」

「ちゆには特別だもん。あー、もしかして、ちゆのことにどれだけお兄ちゃんが本気か知らないなーっ!」

「知るわけないでしょ、そんなの」

「お兄ちゃんは、ちゆの為だったら、どんな危険な事でもしてくれるんだよ、すごい強いしカッコいいし」

「……へー、それはセイシくんが可哀想」

「なんで!!?」

「だって、危険なことに巻き込まれて、何かあったら三神さんは助けられるの?……って、むりかー、三神さんは、守ってもらうことしか出来ないもんね」

「……ち、ちがうもん……うぅ」

 ちゆの顔が赤くなり、涙をポロポロこぼし始めた。


 まずい、さすがに、今のちゆにその言葉はキツ過ぎる。


「……きらり、それくらいにしてくれないか。ちゆは、僕の事を想ってくれているだけなんだ。ちゆがこんなに言ってくれるのは、僕の為なんだ。だから、お願いだ、ちゆには酷い事を言わないで欲しい」

 ちゆが僕にしがみつく。

 わりと本気で抱きしめている感じだ。

 ラナのことはうやむやになりそうで安心した。

 ちゆが泣いたからか、きらりもバツが悪そうだ。

 事情を知らないから仕方ないのだが、きらりも結構ハッキリ言うよなと思った。

 ダンス部の副部長をしていると、イヤでもこれくらいハッキリ言わないといけないことも有りそうだもんな。

「……うん、ごめんセイシくん。こんな事くらいで泣くと思わなくて」

「そう、……だよね。実はさ、僕、ちゆちゃんに命を救われた事があってさ」

「え?マジ?ほんとに?うそーっ」

 かなり驚いている。

 たしかに、なかなか日常では聞かない言葉だよな。命を救われたなんて。

「これが、嘘じゃないんだ。つい最近のことなんだけど、工事中の看板をよく見ずに建設現場に入っちゃってさ、そこで、ちゆちゃんに助けられてね。……アハハ、ほんとに、僕の行動をいつも気に掛けてくれてたから、後を追って来てくれたんだ。危なかったよ」

「……そっか、そんなことがあったんだ。だけど、だからって、……まぁ、いっか。セイシくんが良いなら、私がどうこう言うことじゃないもんね」

 さすがはきらりだ。引き下がってくれた。さっきのは、即興で考えた言い訳だったが、一応、命を救ってくれた事には変わりないから、納得はできるだろう。

 きらりが、ちゆの耳元で優しく囁く。

「三神さん、あなたの気持ちは分かるけど、助けた相手だからって、何でも押し付けて良いものじゃ無いんだからね。そこは忘れないで」

 ちゆは答えなかったが、僕を掴んでいた腕の力が弱まった。

 ……かなり効いただろうなと思った。

 きらりは正しい。

 正しいが、ちゆにとっては重過ぎる言葉だ。

 ちゆは一度、自分の運命を受け入れている。

 それでも僕が無理矢理に何とかしようとしているだけだ。


 ちゆが僕を遠ざける理由はすでに出揃っている。


 それでも、ちゆは僕の意思を尊重してくれているのだ。




 僕が、勝手にちゆを助けようとしている。




 そこへの理解だ。



 ちゆの独占欲は、むしろ、それによってバランスを取ろうとしているのかも知れない。





 ……僕が離れるなら、その方がちゆにとっては良い。その方が、彼女の精神的な負担は減るのだから。





 諦めた方がずっと楽な事なんて、世の中には溢れている。


 大事なのは自分の選択だけだ。



「きらり、今度ちゃんと話そう。だから、そっとしてて欲しい」


「……ったく、セイシくん、その子のことになると、何か真剣なんだよね。ほんとに妹なんじゃ無いかって時々思っちゃうよ」

「不自然かな?」

「かなりねー」


 そんな話をしていると、バスが到着した。


 相変わらず、ゆかはこっちを気にせずスマホを見ている。


 関心が無いのか、敢えて無視を決めているのか、その辺は分からない。



 どうなんだろう。




 きらりとの関係を進めるのは、今は厳しそうだ。

 ……だが、サキュバス化の指標は赤。どうしたものか。





 ⭐︎








 昇降口で、思わぬ人物と再会した。








 いや、再会と言っていいのか、現実で会うのは初めてだ。






 赤い髪のツインテールに、紺色の制服、明らかに美少女だ。






 


 隅影マリン。





 僕の記憶の中では、とにかく気が強く、暴言吐きまくりで、目的意識もある逞しいデーモンハンターなのだが、何となく様子がおかしい。



 特徴的な赤髪を発見した段階で、僕は彼女に会う為に通り過ぎた後に引き返す事に決めたのだが、ちゆはともかく、ゆかに関しては一旦教室へ行ってもらう必要がある。


 僕らは何食わぬ顔で靴を履き替え、雑談で2人の気を引きつつ教室へ誘導した。


 マリンは、昇降口の端でビクビクと怯えていたが、僕を見つけた瞬間、欲しかった物を見つけたような見事な笑顔になり、視線を向けていた。


 僕は引き返すつもりだったので、マリンから目をそらせるようにゆかとちゆを誘導するが、僕が気付かないフリをしていることが分かったのか、マリンの表情が次第に暗くなり、不安で震えているようだった。


 ピクピクと身体を震わせ、僕を恨めしそうに見つめている。



 ……マリン、なんだその不安そうな顔は。

 すぐ戻るからほんの少し辛抱してくれ。


 階段を上がっている途中にマリンの表情を見たが、絶望で貧血になりそうな顔だった。



 そんなにつらいのか!?


 あんなに夢の中で教室の奴らに制裁をと豪語していたのに……。


 いや、とりあえず、一旦教室だ。



 僕は2人と教室に入ると、その足で、トイレを理由に教室を出た。



 階段を降りると、シューズボックスの端の方で腰を引かせて怯えている赤髪の美少女がいた。


 やたらと不安そうで、夢と同一人物とは思えない。


 そんなに学校が怖いのだろうか。


 いや、怖いか。


 いくら夢の中で気丈なマリンとはいえ、かつて虐められていた教室に戻るのは相当なハードルだろう。



 ある意味で、夢空間にいる彼女とは別人だと考えた方がいいかも知れない。

 もうすぐ朝礼なので、周辺に人は皆無だ。

 2人だけだ。

 僕が近付いていくと、安心したのか、嬉しそうだった。

 ギャップで可愛過ぎるだろと思ったが、それは見せない様に気をつける事にした。


「隅影マリン、だよね?」


「参謀タマモト!!遅いよ」


「ごめんごめん、まさか、こんなとこで足止め食らってるとは思いもしなくて」

「タマモトがいないと教室に入れるはずないでしょーが、考えてよぉー、ぐすんっ」

 半泣きでヘナヘナになっている。

 マリンがここまで弱々しくなるとは思いもしなかった。

 男勝りなのは夢の中だけだったのか。

「ほんとに学校来たんだね」

「うわぁー、タマモト、そんなこと言うの!!?酷いよぉおおおお」


「ちょ、なんでだよ、変なこと言った?」


「言ったよぉー、私に学校来るなって」

「言ってないよ、なんでさ」

「ほんとに来たって、……バカにしてるぅうう」

「してないって、なんでバカにしてる事になるんだよ、おかしいだろ」

 後ろに下がるマリン。怯えている様子だ。

「ふぇーん、怖い、タマモトが怒るよぉおおお、もう、かえるうううう」

 外に出ようとするマリンの腕をギュッと掴んでみる。

「あぁああああ、ごめんなさい、ごめんなさい、悪い子でごめんなさいぃいいい」

「ちょっと、一旦落ち着いて、マリン、僕はマリンに怒ってないから」

 そういうと、少し落ち着いたのか、ゆっくりこっちに振り返るマリン。

 涙目で、震えている。

 ほんとに不安なのだ。

 久しぶりの学校、さすがに傷は癒えていないようだ。

 それにしても凄まじいギャップだ。

 こんなに傷が深いとは、初対面の時は思わなかった。

 むしろ、これだけ臆病になっているからこそ、夢空間であれだけ攻撃的な態度だったのかもしれない。


「参謀タマモト、私、学校きたよ、えらい?」


 まるで子どものように僕に言うマリン。

 マリンには悪いが、可愛くて胸がドキドキした。

 こういう甘えられ方もあるんだなと初めて思った。

「あぁ、マリンはえらい!よく学校に来たね」

 マリンの頭を撫でる。

 気持ち良さそうな表情で微笑むマリン。

 夢の中ではマリンの頭を撫でるなんて考えられなかったが、実物はこうなんだな。

 人というのは分からんものだ。


「えへへー、嬉しい、参謀タマモトが褒めてくれた!」


 参謀タマモトという呼び方が気になって仕方ないが、確かにマリンには参謀が必要だと思った。

「マリンのクラスは、Cだっけ?」

「そうだよー、Cなのー、タマモトも行こうよ」

「あ、っと、僕はEクラスだからさ」

 そう言うと、マリンの表情が曇った。

「なんでCじゃないの!?」

「いや、そんなこと言われても」

「Cクラスに来て!!」

「無理でしょ」

「イヤだ!」

「無理なもんは無理だって」

「じゃあ帰る!」

 帰ろうとするマリンを引き止める。

「分かった、分かったって」

 マリンが振り向くと、満面の笑みだ。何でこんなに可愛いんだ、現実のマリンは。

「Cクラスに来るの!?」

「だから、……それは無理だけど、いったん、こうしよう」

 キョトンとするマリン。

「どうするの?」

「保健室まで一緒に行こう」

「うぇーん、ヤダヤダ、保健室登校するくらいだったら帰るうううー」

「待って待って、保健室は、とりあえずだって」

「うんうん」

「休み時間になったら迎えに行くから」

「Cクラス一緒に来るの?」

「ちょっと先生に相談するんだよ」

「Cクラスに入れるかどうか?」

「逆逆、Eクラスに入れるかどうかを交渉する」

 そう言うと、また不安そうな表情になった。

「やだよー、アイツらいるじゃんタマモトのクラス!さっきもボブヘアの女もいたー!殴られるー」

 あぁ、ゆかの事を見たのか。

「そんな事はしないし、させないから」

 ゆかが人を殴るなんて想像もつかない。何か誤解があるはずだ。

「ほんとぉ?タマモト、守ってくれるの?」

「分かった、守るよ」

「ありがとう!好き、タマモト!」

 突然抱きついてくるマリン。


 嘘だろ、……と、急な事態に頭がパニックになる。


 むにっとした、胸の感触と、甘酸っぱい髪の香り、柔らかい身体に、ドキドキする。

 こんな事になるとは誰が想像できるというのだろう。

 もう少しケルビンからマリンについて聞いておくべきだったと思った。


 朝礼のベルが鳴る。


 行かなくてはと思ったが、マリンがギュッと抱きついて離れてくれそうもない。

 まずは、保健室に行って落ち着かせる他はない。



 僕はマリンに抱きつかれたままで、教室とは反対の保健室へと足を進めた。



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