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2章 粛清と祭

第41話 真紅の薔薇に愛を込めて

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もう1時間目は始まっているだろう。




学院の昇降口は朝9時を過ぎて静まり返っている。



午前中の強い太陽の光が高い窓から差し込み、校舎の白い壁を鮮やかに照らし出していた。




そんな中、僕に抱きついたままのマリンを正面から抱えながら保健室に向かっている。


体勢的に不可抗力とはいえ、マリンの柔らかい両尻をスカートの上からガッチリ触っている状態だ。


マリンは僕の首に両腕を回し、僕から見て左肩に顎を乗せている。

彼女の両足は僕の背中で組まれ、そこそこ大きい胸が密着していた。


ドキドキしてはいるが、抱きかかえながら歩くには物理的に重い。

マリンは、身長160、体重も50くらいとケルビンに聞いている。

女子としては平均的な体型だ。

ちゆくらい小柄で軽いならともかく、マリンは充分に成人女性体型なので根気がいる。


なぜこうなっているのか、今のところ理解が追い付いていない。


原因自体はハッキリしているので、ゆかとよもぎに話を聞きたいのだが、この状態のマリンを置いて行くわけにもいかない。


夢空間のマリンさえ見てなければ、この状態も頷けるのだが……。



ポス、ポス、と、アイボリーのカーペットの上を歩く上履きの音が高い天井に鳴り響く。



「マリン、……どう?落ち着いた?」



「ぜんぜん」

「そっか、自分で歩ける?」

「タマモト、私のことイヤなの?」

「……べつに、イヤではないけど」

「重い?」

「まったく重くない」

「ほんとう?」

「わた菓子の袋を抱いてるみたいに軽い」

「それはウソ」

「……まぁ、ちょっと言い過ぎたかな」

「ちょっとじゃないでしょ」

「でも、マリンだったら、いつだって抱いてあげるよ、気が済むまでね」

……この言い方だと下心があるみたいに聞こえるかな。


「なにそれ、……嬉しい」


意外と好感触だな。サキュバスだからだろうか。

「マリンなら大歓迎だよ」

これは本心だ。

多少は性格に癖のある女の子だが、彼女の魅力はそんなことでは揺るがない。

なんでも力になれるなら歓迎だ。

それに、マリンの身体はぷにぷにとしていて抱き心地は良いし、香りも甘酸っぱくて花のように清涼感がある。

ずっと嗅いでいたい、そんな匂いだ。

「だったらこのままでいさせて」

きゅーっ、と、首元と背中に回した腕と脚の締め付けが強くなる。

むにゅっとした胸の感触。

マリンの大事なところが、僕の股間部分に押しつけられるように密着し、体温を制服越しに感じた。

実のところ、完全に勃起状態だ。

僕の竿の裏側が、彼女の秘所にスカート越しに密着している。

さすがのマリンも、これだけ分かりやすく大きくなっていて気付いてない筈がない。

そこに加えて、僕の心臓の鼓動の速さ。

ドキドキが彼女に伝わっていないなんて、とても考えられなかった。

朝、射精してなかったら、この時点で危なかった。

この歩く振動と、マリンの色っぽい吐息だけで発射していただろう。

そう確信できるくらい彼女は美少女だ。

もしかして、彼女は自分の魅力に気付いてないのか?


そんなことあるのか?


……いや、ない!

断定してもいい。マリンは共学だったら200万%モテモテだろう。

そうなると、当然、マリンに告白する男は後を絶たない。

男性教員も、出会って2秒あれば虜になるはずだ。

そして、サキュバスなので、その学校の男は皆んな謎の死を遂げて全滅だ。


間違いない。


なんだったら、ここで射精してそれを証明しても良い。

証明して何になるかどうかはさておき。


……と、そんなくだらない事を考えていると保健室に着いた。


ドアの前でもマリンは僕から離れる気はないようだ。


保健室の中は誰もいなかった。

そう言えば、前もちゆとここへ来た時もいなかったな。

入り口右手には棚やデスク、手や足の形をしたちょっと芸術的な椅子が置いてあり、左手にはシングルベッドが3つと、奥にあるセミダブルくらいのベッド。

それぞれ、カーテンで仕切る事ができる。

玄関のように上履きを脱ぐスペースがあるので、靴は脱ぐ。

もともと絨毯なので、そんなに意味があるのか分からないが、やはり保健室は少し仕様が違っているのだ。

僕は抱きついたマリンの靴も脱がせると、奥のセミダブルのベッドへ連れて行った。

「マリン、着いたよ、ここで大人しくしててね」

「もう大人しいもん」

完全に子ども化している。

可愛いから良いのだが、こうなると、ずっと放置しておくわけにもいかなさそうだ。

この問題も早急に片付ける必要が出てきた。

ベッドの前に来たものの、マリンが離れてくれない。


「あ、あの、……マリンさん、僕から離れてもらえませんかね」

「私のこと、見捨てるの?」

「見捨てません」

「信じられない」

「なんでだよ」

「私、前にも味方だと思ってた子から裏切られたから」

「僕はその子とは違うよ、知ってるでしょ」

「うん、知ってる」

「だったら、ちゃんと戻って来るよ」

「……考えさせて」

「分かった」


そして、ベッドの隣にマリンを抱きかかえながら5分くらい沈黙した。


こんな事をしていては、1時間目が終わってしまう。

もし、そうなると、僕がいないことに気づいたゆかとちゆと、愉快な仲間たちが、僕を保健室まで探しに来る可能性がある。

トイレに行って、そのまま戻ってこないとしたら、疑うのはやはり腹痛などで保健室を利用している可能性だ。

だとしたら、当然、ここへは来るだろう。

となると、ゆか、だけでなく、よもぎとも対面しかねない。

夢の中ではちゆを気絶させたマリンだが、よもぎが現れたら今度はマリンが気絶するかもしれない。

さすがに夢ならともかく、現実で気絶させるわけにはいかないだろう。

僕は何としても授業中に戻らなくては……。

時計を見る限りでは、まだ30分はある。



さて、どうする。



「マリン、もう落ち着いたかい?」

「落ち着くわけないじゃん」

「そっか。でも、一回、ベッドに座って欲しいんだよね」

「なんで」

「ほら、この体勢ツラいし」

「綿菓子なのに?」

「それは、……言い過ぎたとさっき」

「じゃあ良いよ」

「ありがとう」





…………。






……。







おや?






「あの、マリン、横にならないの?」


体勢を変える気は無さそうだ。


「なれば良いでしょ」

「このまま?」

「そう」


仕方ない。マリンが離れないなら、一度、一緒に横になって、落ち着いたら離れてもらおう。


良かった、セミダブルで。


僕はそのままマリンにしがみつかれたままで横になってみた。

ギシっ、と、ベッドの軋む音がなる。

白いシーツからは、洗って干したばかりのような清潔感のあるサラサラな感触がした。

ベッド自体もおそらく良いマットレスを導入しているのだろう、寝心地が良かった。

僕らは2人で対面して横になっている状態だ。

必然的に、僕の目の前にはマリンの顔がある。

彼女の温かい吐息が顔に当たる。

綺麗な青い瞳が僕を見つめる。

肌のきめ細かさまでハッキリ見えるこの距離感で、ドキドキしないほうが無理な話だ。


「もう平気?マリン」


「平気じゃない」


「そっかー、少しだけなんだけどな」

「タマモトは、私のこと、どう思ってるの?


なんて質問をするんだ。

まるで、自分に好意があるかどうかを聞いているようだ。

だが、答えにくい。

ドキドキしていたことは事実だが、マリンは恋愛対象としては見ないつもりだった。

見てないのではなく、見ない、だ。

そもそも、マリンはサキュバスであり、僕とは相容れない存在。

それに、これから良きパートナーとして共に戦う仲間なのだ。

デーモンハンターの仲間。

それはケルビンからもそう言われている。


マリンを性的対象として見てしまうと、今後のデーモンハンターとしての仕事にも支障が出るし、僕の生気を自分からサキュバスに提供するという最悪の構図が出来上がる。

だから、僕はマリンとはあくまで仕事仲間として接しなくてはならないのだ。


それは分かっている。


……のだが。


「……マリンは、…………友達だよ」

「こんなに大きくして、ただの友達なんだ」


腰を僕の股間にグリグリと押し付けるマリン。

ベッドに倒れた時、スカートがめくれて彼女のパンツに僕のモノが押し付けられる。

柔らかくて温かいマリンの股と太ももの感触。

当然のように硬くなり、ビクンビクンと脈打つ僕のペニス。

大きい胸がむにむにと擦られる。

敏感になり、彼女のコリッと立っている乳首の位置すら特定できるくらいだ。

頬が赤く、蒸気して吐息が僕の顔面に降りかかってくる。

甘酸っぱい香りに、霧吹きのようにわずかに掛かる唾液の水分。

自分の身体が熱くて脇汗が出ている。

マリンの青い瞳が、少し泣いているからなのか涙で光っている。

少し気の強そうな目尻で僕を見つめてくる。

好意の眼差しだ。

単なる性欲とは違う、愛情を感じる目。

夢の中で共闘したこともあってか、信頼感が厚いのだろうか、僕への興奮がダイレクトに伝わってくる。

綺麗な整った目鼻立ちに、ぷるっとした唇。

半開きの口元の奥が唾液で輝いていて、今にも吸い付きたくなる衝動に駆られる。

「…………マリン、僕らはこういう関係にはなれないんだ。知ってるだろ」

「こういう関係って?」

「……あの、えっと、……なんだろう、恋人みたいな関係っていうのかな」


「タマモト、私が怖いの?」

しゅんと気落ちするマリン。

僕は焦って否定する。

「ちがうちがう、そんなこと言ってないよ。僕らは、パートナーなんだ。仕事の上での」

「……しごと。でも、タマモトは、私のために学校で守ってくれるんでしょ?」

「それは……、うん。僕に出来る範囲でなら」

「それも仕事なの?」

「違うよ。もし仕事仲間ってだけだったら、ここまではしないよ。軽いアドバイスや、相談に乗るくらいならするけど」

「なら、私へのコレも、軽いアドバイスなの?」

「いや、これは、違うけどさ」

「どう違うの?」

「く、……うーん」

なんて言って良いのか悩む。

マリンに対しては、単なる仕事仲間以上の感情があることは確かだ。

それは、単に女性的魅力というだけではなく、僕のために夢魔のオルゴールや、ベル、アンクレットを用意してくれるような、親切さや誠実さも含めて彼女の魅力と言えるだろう。

もちろん単純に感謝もしている。

何かでお返しができればとは思ってはいるが、それはこういう事ではない。

お返しのために彼女を抱くなんていうおこがましい考えは決して無い。

むしろ、マリンを抱けるとしたら、それはご褒美以外に何者でも無い。


それは分かっている。



だが、彼女の場合は……。


「んちゅう」

マリンの唇が唐突に僕の口へ近付き、唇同士が密着した。



キスだ。



僕はマリンの柔らかい唇の感触に頭が真っ白になり、胸が高鳴った。

彼女の半身が僕へ覆い被さるように体重を掛けてくる。

僕は仰向けになり、彼女の口に口を押さえつけられた。

一瞬、離れなくてはと理性が働いたが、彼女の舌が僕の口の中へヌルッと入ってきた時点で、全身に電撃が走るような快感がして硬直してしまった。

「あっ……ん、れろれろ、んちゅ、んちゅ、むちゅ、むちゅ、あーん、レロレロレロレロ」

口の中を這い回るマリンの舌。

温かい軟体動物のような舌先が、僕の頬の内側と、歯茎を舐めていく。

ぬちゅぬちゅ、ヌルヌルと、角度を変えながら動き回る舌は、僕の思考を停止させて、とろけさせていく。

頭の中が溶けるようにぼーっとしてきた。

「ちゅう、ちゅー、んちゅ、んちゅ、ちゅー」

マリンが僕の舌を唇を使いながら器用に吸っている。

彼女の唾液が僕の口の中へ入ってくる。

僕は舌を吸われながら、時折り溜まった唾液を飲み込んだ。


無味。

だが、全身が熱く火照る。


僕は数分の間、なすすべ無く貪られていたのだが、意を決して彼女の身体を抱くと、勢いよく転がって、僕が上になった。


仰向けになったマリンは、期待したのか、僕への力を緩める。


そこをチャンスと思い、彼女の身体から離れた。



「……ん、あっ!……タマモト、離れちゃヤダ」



マリンの甘酸っぱい声に引っ張られそうになったが、何とか理性で耐える。



離れたのは良いが、ベッドの上で艶っぽい表情で寝転ぶ彼女の色気に、また脳が刺激される。


昇降口の時と違って、窓からの陽の光を浴びてキラキラ光り、髪の色や肌ツヤがより際立っていた。



スカートがめくれたままで、可愛いパンツが丸見えになっている。













僕の下半身は張り裂けそうなほど勃起していた。

赤いリボンの付いた白い下着の、プクッとした恥丘に、今すぐにも擦り付けたいと思った。


だが、耐えなくては……。


「んぅん…………たまもと」


切なく喘ぎ声を上げるマリン。

こんな美少女に誘われて逃げられるとしたら、世界で僕くらいだろうと、妙な達成感を感じた。

「ごめん、少しの間だから、待ってて」

マリンが、無言で僕の勃起したテントを見つめる。


「うん、待ってる。……でも、そのままで教室に行くの?」


僕は顔が熱くなる。


たしかに、この勃起状態で向かうのは抵抗感がある。

だが、マリンに頼むわけにはいかない。


……だって彼女は。


「サキュバスだから?」


マリンが僕に冷静に言う。


「……マリンがサキュバスだからっていうか、僕が人間の男だから、って言った方が良いかな」

「やっぱり気にしてんだ、生気吸われること」


「ごめん、僕も、ほんとはマリンみたいな子とえっちなことが出来るのは嬉しいんだけどさ」

「……だよね、仕方ないよ」

わりと強引だった割には、言い方があっさりしているような気がする。

なんでだろう?

「サキュバスって、生気を吸わないと、生きていけないんだよね」

「うーん、まぁ、そう言われるとそうなんだけど」

「けど?」

「サキュバスも、生気を吸う量はコントロールできるよ」

「そっか、……そういやそうか」


アカリから、アカリ自身の両親の話を聞いた時、サキュバスと人間の共同生活も出来ないことは無いんだと思った。

ただ、それは、サキュバス側にとってかなりの負担を強いる事になり、一時的には成功していたものの、結果としてアカリの両親は添い遂げる事ができなかった。

なら、やはり人間の生気を残しつつ過ごす事は難しいのだろう。

「コントロールができるっていうのは、どの程度の話なんだよ」

「そうだなぁ、吸い始めると勢いよくぜんぶイッちゃうから、初めからちょっとにする感じかな」

「じゃあ、例えばだけど」

「ん?なになに?」

「僕が自分でやって、出た精子を集めておいてサキュバスの子が飲むっていうのはどうなの?」

「あーっ、……精子バンクみたいなやつ?」

「そうそう、それなら、サキュバスも直接吸う必要が無いんじゃないかって思って」

「……それができたらサキュバスはとっくにもっと繁殖に成功してると思うよ」

「てことは、できないんだ」


「うん」


「でもそれなら、どうやってサキュバスは生気を吸ってるの?」


「サキュバスが生気を吸うためには、人間が、サキュバスに恋してもらわないとダメなんだ」

「そうなの?だけど、短期間で何人も吸うわけでしょ?恋してもらうとかできるの?」

「人間の男って、すぐ惚れるし、すぐやりたがるでしょ?」

「まぁ、否定はしないけど」

僕も初対面のアカリのオナニーを見てすぐ勃起してしまったし、言い訳できない。

一目惚れですぐセックスが出来るなら、やってしまうのが男ってものだ。もちろん例外もあるが、大半の男はそうなのだから、それが一般的と言っていい。

「その時の、感情のエネルギーを生気として吸ってるわけ」

「そうなんだ。だけど、それなら、わざわざ射精させてそれを体内へ入れる理由はなに?」

「男って、射精した時すごい気持ち良いんでしょ?その感情をサキュバスが精液に変換して吸ってるの」

「そんな事ができるんだ」

「そうだよ。だから、精液だけ貰ったところで何の意味もないってわけ」

「でもさ、一応、この学院の生徒って、人工精液みたいなものが配られてるでしょ?アレは?」

「アレはサキュバスの本能を抑制させる為の薬みたいなもんよ、アレ飲んだら、私も少し落ち着くからね。サキュバス用の精神安定剤みたいなもんだね」

「そうなんだ。じゃあ、やっぱり直接搾精するしかないんだ」

「まーね、分かった?」

「うん」

生気を吸う上で、恋が必要ってのは、厄介だ。

そうなると、単に精液を集めてサキュバスに提供するという方法は不可能ということになる。

ひとつの望みが絶たれた。

……やはり、双子の夢魔を追うしかないのか。

「でさ、サキュバスって、なんで皆んな私みたいに可愛いか分かる?」

「……可愛く見えるような魔術的なやつがあるとか」

前にも聞いたが、一応、魅力的な見た目ではあるが、そういう幻惑の魔術によって夢の中で美女になっているという話はあった。

「ふっふっふ、参謀タマモト、たしかに、そういう魔法は凄いと思う。だけど、現実的に考えて、そんな魔法だけじゃ、私たちサキュバスは生き残れないわけよ」

「そうなんだ。てことは、他に生き残る方法があったってこと?マリンにも、何か凄い能力が眠ってるとか?」

「そんなのないって。要するに、私だからに決まってるでしょ?」

「ん?どういう意味?」

「鈍いなぁ、参謀のくせに!」

「ごめん」

「簡単に謝ってんじゃねーよ!」


お?夢の中のマリンみたいになってきた。

気持ちに余裕が出てきたのだろうか?

「ふふん、だからね、参謀タマモト、私みたいに、めっちゃめっちゃ、スーパーウルトラ級に美少女だけが、サキュバスとして生き残れたってわけよ」

急に自信満々になるマリン。

「ほうほう、それは凄い」

「信じてないな!タマモトのくせに!」

「なんだよ、さっきまであんなにへにょへにょだったのに、急にマリンっぽくなるじゃんか」

「……だって、……タマモトが、ほんとに私に魅力を感じてくれてるか、分かんなかったんだもん」

しゅんとするマリン。可愛いな。


……ていうか、そう言うことか。

つまり、僕がマリンに対して魅力を感じて無かったら、自分の事を守ってくれないと心配していたわけだ。


確かに、女性的魅力を感じてくれる男でなくては、教室から完全に孤立した女子生徒を守ろうとはなかなか思わないものだろう。

しかし、だとすれば、僕のことを少し誤解しているかもしれない。

僕がマリンを助けようと思ったのは、別にマリンが美少女だからではなく、これから僕のパートナーとして共に仲良くしたいと思ったからだ。

そもそも、あんな大々的にグルグル回転しながら天井から落ちてきて、しかも怒り狂っている女の子に魅力も何もあったもんじゃないだろう。

狂犬と仲良くなれるかどうかは、まず狂犬を普通の狂っていない状態の犬に戻してから判断するものだ。

そういう意味では、落ち着いたマリンは頼りになったし、信用もできた。

色々と派手なミスもしていたが、アレは僕らを守るための行動で、非難されるべき内容では無かった。

なら、答えは一つだ。


「僕は、マリンが美少女だろうがそうじゃなかろうが、仮に男だったとしても、同じように接していたよ。僕はマリンの性格に、ちゃんと魅力を感じてるんだから、心配ないさ」

マリンの表情が明るくなり、照れている様に頬が赤くなった。


「……私、サキュバスやめたい」


「急にどうしたの?」


「……参謀タマモトと、付き合いたいから」





告白!!?





「ちょっと、……なんで」


「だって、タマモト、私の事好きじゃん」


「好きか嫌いかで言うと、好きだけど」


「なにそれ?じゃあ、好きか、めちゃめちゃ好きかどうかだとどっち?」

「なんだよその質問は」

「ただの2択だろ、答えろよタマモト!」


「じゃあ、…………めちゃめちゃ好き」


「ほらねっ」


勝ち誇ったような顔で笑うマリン。

腹立たしい気持ちもあるが、元気になってくれるのなら、多少は話を合わせても良いだろう。

実際、めちゃめちゃ好きっていう回答に嘘は無い。

マリンの事はなんだかんだで好きになってしまっている。

僕がこうして目覚める事ができたのも、結局はマリンのお陰でもあるのだから。


「あのさ、マリン」

「なに?付き合う?私たち」


「それは、ちょっと置いといて、……僕とキスしたのは、なんで?」

「そんなの、キスしたかったからだろ」

「そっか、……サキュバスって、キスで生気を吸う事はできるの?」

「私が生気を吸おうとしたか心配したってこと?……失礼な!?」

「ちがう、誤解だって、単に疑問だったんだ。僕は別にマリンを信用してなかったわけじゃ無いよ」

「怪しいなぁ」

「ほんとだってば」

「なら、答えるけど、私にはできない」

「私にはって?」

「できるサキュバスもいるかも知れないってこと」

「そうなんだ」

僕はちゆのキスを思い出していた。

サキュバスが生気を吸う際にキスから吸えないのであれば、キスは単なる愛情表現ということになる。

そう、僕は確かめたかったのだ。

……ちゆの愛情が、本物だったのかを。

別に、人間だって、本物の愛情だと思って結婚して本性を知って離婚することはある。

ならば、サキュバスの愛情にも色んなパターンがあるだろう。

僕が愛情に固執するのは、自分の信じる道が正しいのかどうかを確かめたいからなのだ。

信じるというのは、覚悟を決めるという意味でもあるのだから。

「で、さっきのキスはともかく、僕から生気を吸う気だったかどうかは教えてくれても良いよねマリン」

マリンをジッと見つめる。

一応マリンのことは信用しているつもりだが、さっきのコントロールする話を聞いて疑問はあった。

キスは違ったとしても、最終的には生気を吸う気だったのではないかと。

目が泳ぐマリン。

図星か。

「え?……まぁ、……そんなつもり、なかったよ?」

「なんで僕に聞くの?あったんじゃん」

「でもほら、私、そういうの上手いから」

「ついさっき、勢いよくイッちゃったって言ってなかったっけ?」

「でもでもでも、何とか救急車呼んで助かったし」

なるほど、おそらくケルビンの話に聞いていた、マリンの被害者だろう。

「その人は、完治までどれくらい掛かったの?」

「……そんな大した事ないよ」

「どれくらい?」

「目が覚めるまでの日数だけでいい?」

気を失ってたんだな被害者は。

「いいよ」

「1週間くらい」

「ながっ!」

「そんな事ないよ!私だから、1週間で済んだんだよ。他のサキュバスだったら、1ヶ月は眠ってたね、うんうん、そうに違いない」

「単なる願望じゃないか!」

「まぁ、そういう事故を踏まえて、今の私がいるわけですよ」

「学習してるなら良いけど、被害者増やさないでね」

「もちもち、そこはケルビンに何とかして貰うから、ふふっ」

ケルビン……、そういや、どうやって生気を確保してるんだろうか?

「あのさ、生気って、今、どうやって集めているかって聞いても良い?アレだったら黙秘しても構わないんだけどさ」

「……言いにくいんだけど、実は、堕天使の夢に入って生気貰ってるんだ」

堕天使……っていうと、フォルネウスみたいな天使のことか。

だけど、人間ではなく、堕天使から貰うこともできるのか。

「……堕天使」

「幻滅した?」

「いやいや、幻滅なんてしないよ。ただ、どういうプロセスを辿ってるのか気になってさ」

「んーとね、堕天使って、天使界の罪人なんだけど、そこの拷問に、サキュバスからの生気搾取ってのがあるの」

「拷問なんだ」

「うん、実は、天使って、別に性欲にそこまで飢えてなくて、生殖行為を快楽の為だけにやることを嫌ってるケースが多いの。てか、人間も割とそう言うとこあるでしょ?アレは天使と人間が近い存在だからなんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、性欲を満たさなくても天使は健康なんだ」

「人間もそうでしょ?一生、セックスしなくても幸せに生きてる人っていたりするじゃん」

「確かにそうか。セックスするより楽しいこともあるもんね」

「そそ、私はサキュバスだからか分かんないけど、昔から毎日オナってたから、そんなの考えられないわけね。だから、悪魔に生気を吸われることは人間より遥かに拷問になるってわけね」

「人間の男だと、ふつうに気持ち良いだけってことも多いもんなぁ、……でもそれって、望まない相手に性行為をするってことだから、マリンとしては嫌なんじゃないの?大丈夫?」

「……無神経なこと聞くなよタマモト」

「ごめん、変なこと聞いて」

ムッとした顔になるマリン。

怒った顔は怖いが、初対面でかなり怒っていたので、何となくいつものマリンって感じで嬉しさも半分だった。

だが確かに無神経だった。

「あのね、そんなの、人間の生気吸いたいに決まってるでしょ。堕天使の生気吸ったって、大して気持ち良くないし、なんか吸ってる時も天使微妙な顔してるし、罵倒してくるし、最悪。人間の男だったらさ、さっきのタマモトみたいな感じで、ドキドキして気持ち良くなってくれるでしょ?身体も熱くなってフワフワして楽しいし。それに比べたら、堕天使の生気吸うなんて、そんなの嫌に決まってんじゃん!こんなに苦労してハントしてるのに、何でこんな仕打ちを受けないといけないわけ?ねぇ、大丈夫かどうか心配してくれるのは良いけど、同情するんだったら精子よこせよコラァ!」


怒るマリン。……やっぱりマリンはこうでなくては。


だけど、精子よこせよってのは、……さすがサキュバスだな……。

「だから、悪かったって。でも、事情は分かったよ。それで、ケルビンもマリンを信用してたんだ。マリンは凄いと思うよ、立派だよ」

マリンの表情が落ち着いてくる。

どうもマリンに対しては正直になってしまう。

彼女自身が無神経なところがある分、こっち側も無神経に話しやすいという相互作用が働いているのだろう。

ある意味では相性は良いのかも知れないが、どこまで行ってもサキュバスと人間ではある。

同じサキュバスでも、ちゆは低級悪魔だし、アカリはそもそもハーフのサキュバスだ。

純粋なサキュバスとして羽化しているマリンは感情的になりやすいのではないだろうか。

ただ、人間同士の中で、突然変異としてサキュバスが現れるということなので、アカリの方が特殊なのかもしれない。

人間と人間でサキュバスが産まれる場合は、親がかなりサキュバスに近い性質を持っているのかも知れない。

つまり、アカリの場合、父親がサキュバスの要素をほぼ持っていなかったために、イレギュラーとして、かなり人間的な性質を持った特殊なサキュバスが産まれたということになるのだろう。

となると、アカリはむしろ、サキュバス界では異端児になり得る可能性を秘めている。

一度、アカリの上司であるレオミュールと話してみたいものだ。

「……ねぇ、タマモト、私としたい?」

「え?」

急にマリンがとんでもないことを言う。

「な、なんで?」

「……だって、タマモト、ずっと勃起してんじゃん」

僕は自分の股間を見る。


たしかに、テントのままだ。


真剣な話をしていたので冷静にはなっていたつもりだったが、さっき、マリンが、人間の生気吸いたいとか、精子よこせとか言ったせいで反応してしまった。


「そりゃ、仕方ないじゃんか、あんなことされて、平気なわけないよ」

「私がタマモトのおちんちん静かにしてあげても良いよ」

「僕のコレは喋ったりしない」

「んなこと知ってるよ」





と、その時、1時間目終了のチャイムが鳴った。





「あ、マズい、1時間目終わった」

「ええ!?……どどど、どうしよう参謀タマモトぉおお」

急にオロオロし始めるマリン。

なんでこんなにギャップがあるんだ。

二重人格なのか。

とにかく、保健室から出なくてはと思った。


「マリン、僕は教室に戻るから、昼休みにここへ戻ってくる」

「ぜぜぜ、絶対だよね、……ぜったい戻るよねタマモト」

マリンが僕の右腕を掴む。

凄い力だ。

振り解けない。

というかびくともしない。

人外の腕力だ。間違いない。

こんな時にサキュバスの本領発揮しないで欲しい。

「ちょ、マリン、早く戻らないと……離してよ」

「わ、わわわ、わたしも、離したいんだけど、急に不安になっちゃって、どうしようタマモト」

「マリン、気持ちは分かるけど、今は我慢して待っててくれ。僕が何とかEクラスに入れるようにするから」

「イヤだあああああ、あのクラス、アイツいるううう、黒髪ボブの奴もいるううう、怖いいいいいいぃ」

「でも、でもさ、ちゆちゃんも居るからさ、僕だって普通にいるし」

「ちゆ?それは、あの、……嬉しいけど」

それは嬉しいんだ。やっぱりちゆと友達になってて良かったなマリン。

「だから、この手を離して」

「うん。……あれ?あの、うん、でも、なんか離したくないって言うか」

思考と行動が一致してないのだろう。

クラスへの恐怖心が残っているようだ。

「そう言われても行かなくちゃ」

「3時間目から出るってのはどう?」

「怪しまれるって!」

「私とCクラスに一緒に来て」

「クラスまでは行ってもいいけど、そのまま中へ連れ込むでしょどうせ」

「そんなことしないから」

「そんなことするよ」

「私のこと信用できないの?」

「できない!」

「バカ!アホ!タマモト!!」

「とにかく、僕は僕でマリンの事を助けようとしてるんだから、一度教室に行かせてくれ」

「おちんちんイかせてあげるから、3時間目から出ようよ」

「別に上手くないからな、そんな誘惑してもダメ」

「ふんっ」

ギュッと、僕の股間のテントを右手で掴むマリン。

「ふあっ!……って、なにやってんだよマリン」

「おちんちん、人質にしてやる」

「そこ握ろうが、腕を掴もうが一緒だって」

「そんな事ないよぉー」

シコシコと扱いてくるマリン。

こんな状況なのにかなり気持ち良い。

本当に力が抜けてきた。

「はぁ、……マリン、やめて」

「ほらほら、気持ちよくて抵抗できなくなってきてる。私の勝ちだね」

「何の勝負なんだよ」

ベッドに座り込む僕のテントを上下に扱くマリン。

背中に密着して右手で優しく刺激してくる。

「ふっふ、もう抵抗する事はできないだろー、参謀タマモトも、おちんちんを人質にされたら素直にシコられるしかないよねー」

これは、本当にどうすれば良いんだろう……と、思っていると、数名の足音と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「でも、セイシ居たんだろ?教室に。何で戻ったんだよ」

この声は、秋風よもぎだ。バッドタイミング過ぎる。

「うーん、私もまったく分からないんだけど」

ゆかの声だ。

「玉元くん、たぶんここだと思うんだ、お腹の調子が悪いんだと思うよ」

これは委員長のあやかだ。





これは、どうする?




さすがに声が聞こえて来たからか、マリンの右手の動きが止まっていた。

振り向くと、冷や汗を掻きながら青ざめているマリンがいた。

フォルネウスを見つけた時よりも恐怖で怯えている。

そんなによもぎとゆかが怖いのか。

完全にトラウマになっているようだ。

ほんとに失神しそうな顔だった。


「マリン、隠れよう!」


僕は、力が抜けきったマリンの腕を引き、とっさに隠れる場所を探した。


ガラガラっ、と、ドアが開き、よもぎ達が保健室に入って来た。



「やっぱセイシいないじゃん委員長」

「そう?ベッド全部見てみないと分からないんじゃない?」

よもぎとあやかの会話が聞こえる。



「絶対、音を立てるなよ」


僕はセミダブルベッドの下で、できるだけ窓側の奥まで移動して身を潜めた。

マリンはコクコクと頷いている。


僕はマリンの頭を抱きかかえるように隠れていた。

腕の中でビクビクと震えるマリン。


マリンが左手を伸ばして来たので、握ってあげる。

緊張のせいか彼女の手が冷たかった。

この状況は、マリンにとってはもちろんだが、僕にとっても良い状況とは言えない。


できるなら、穏便にクラスへマリンに戻ってもらいたい。ここで2人で密着して隠れていた事を知られるのは、後々マリンにとってマイナスに働く様な気がした。


休み時間は10分。


あと5分もない。


もう少しで保健室から出ていくだろう。





と、そんな風に思って、3人の会話や足音に聞き耳を立てていた。



「やっぱり、ココにはいそうもねーな。たぶん屋上だと思うんだよな私は」

よもぎが諦めそうだ。

ラッキーだ、そのまま出てほしい。

「よもぎちゃん、そんなに屋上好きなの?」

「好きとか好きじゃないとかの問題じゃねーだろう?なんでなんだよ」

「だってよもぎちゃん自分の好きな場所しか言わないでしょー?セイシくんが行きそうなところって言ってるのにさぁ」

「あー、もう、なんでゆかはすぐそうやって見透かそうとするかなぁ。つかさ、なんでそんな分かるんだよ、超能力でもあんのかよ、やっぱ天使だからかぁー?」

「ふふふ、よもぎちゃんの事で分からないことの方が少ないってー」

よもぎとゆかの、いつもの会話が聞こえ、そのまま保健室を出て行く足音が聞こえた。






……行ったようだ。





僕は、小さくため息を吐く。


マリンがまだ震えているので、頭を撫でてあげた。


彼女の左手をずっと握っていたのだが、体温が戻って来て温かくなっていた。


何となく、指を絡ませてみる。


マリンがギュッと僕の手を握ってくる。


ぷにぷにとしてスベスベのマリンの手の感触が気持ち良かった。


震えが止まり、落ち着いたようだ。



僕も安心する。




しばらくして、2時間目が始まるチャイムが鳴った。




ホッと、ひと息。




授業が始まりさえすれば心配はいらない。




なんだかんだで真面目な3人だ。


間に合うように教室に着いているはず。



僕としては教室に戻りたかったが、やはりマリンのことは心配だ。



あと少しだけ付いていてあげることにしよう。








そう思って、顔を上げて、ベッドから出ようとした時。











衝撃的な光景が見えた。










見えた、というか、目が合った。









赤縁メガネの委員長、あやかが、ベッドの下を覗いていた。
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