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2章 粛清と祭

第42話 優しさの形状

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「何やってんの?玉元くん」





委員長のあやかが、ベッドの下を覗き込みながら冷静につぶやく。


赤縁メガネの奥の目は笑っていない。


本当に不思議そうにしている。

僕がマリンの頭を抱えながら彼女の手を握っているところは丸見えだ。

もう言い逃れはできない。


しばらく目が合って動けない状況だったが、一瞬で色んな考えが頭の中を巡った。


まず、なぜあやかだけ保健室に残ったのか。

授業よりも僕の捜索を優先させる意図は何だ?

辻先生に頼まれたのか?

それにしたって生徒の授業を受ける権利を奪うのは教員としてはあり得ない行為だ。

そんなこと生徒にさせるだろうか?

この学院は表向きはふざけている風だが、実際のところ、優等生が大半を占めている超進学校だ。

サキュバスが集まっているというだけで、生徒の自由は尊重されている。

……ということは、逆に委員長のあやかは自由が尊重され過ぎてて、授業の単位免除の対象だったりするのか?

って、そんな、授業サボる委員長なんて嫌だな。

と自分がサボっているのに思ってしまうのが恥ずかしくもある。


僕は緊張感で冷や汗をかいている。


何と言って誤魔化すのが正解なのか。


「玉元くん、とりあえずその子連れて出て来てよ。何もしないから」


「……あ、うん」


平然と言うあやかの言葉に引っ張られるようにベッドの下から出た。




⭐︎




「……で、玉元くんはなんでここで授業をサボっていたのかな?」


保健室のデスクの前にある教員用の椅子に座ったあやかから、まるで説教されるような口調で問い詰められる。


僕とマリンは背もたれの無い木製の丸椅子2つに並んで座って、気まずい空気を醸し出している。


とは言え、僕は普通にあやかの顔を見ているが、隣のマリンは俯いて内股になり、両手を自分の股に挟んで縮こまっている。

まるで怒られている時の子どもだ。


だが、マリンの場合は仕方ない。

彼女が学校に来たのは半年ぶりくらいで、それも、半年前だって、すでに休みがちになっていた状態だったそうだから、自分の学院アウェイ感、もとい、学院に馴染めていない感はかなり自覚しているに違いない。

幸い、あやかは委員長で、他の生徒に比べても人一倍真面目だ。

ある程度は正直に話しても良いだろう。

秘密は守ってくれる筈だ。


「あやか、唐突にこんなお願いをするのもどうかと思うんだけど……」


「うん、なに?」


「この事は、学院生には秘密にしてもらえないかな」


「それは、……理由によるけど」


「えっと、彼女の事は知ってる?」

僕はマリンの右肩に軽く触れる。

ピクンと、全身が反応するマリン。

あやかは、マリンの俯き加減の顔をまじまじと見つめた。

「……えっと、名前は分からないけど、赤い髪が凄い特徴的だったから覚えているわよ、いつからか見なくなってたけど、もしかして休学してたの?」

「うん、……まぁ、詳しくは僕も知らないんだけど、そんなところだよ」

一応、あやかはよもぎ達との一連のイジメ事件に関しては知らない様子だ。

去年もあやかが委員長だったかどうかは知らないが、クラスが違っていたら、さすがに不登校になった詳細までは把握できないものだろう。

よほどの正義感でも無い限りは、生徒同士の繋がりなど持てないものだ。

僕も前の学校で1年過ごしていたものの、友達は3人くらいだったし、それもたまたま席が近かったから仲良くなった程度で、クラス全員の顔と名前が一致していたかどうかも怪しい。

たまに他のクラスのメンバーを全て覚えている強者つわものもいたが、目的は単なるナンパや合コンのためだったので、特に仲良くなる気は無かったそうだ。

彼によると、女子生徒だけでなく、男子生徒も把握することによって、誰が誰を好きで、誰が誰と付き合っているのかまで把握できるため、口説きのハードルを下げられるのだそうだ。

確かに、考えてみれば、そこを把握してないのにターゲットを決めてしまったら、時間の無駄に終わるリスクも高い。

わざわざ難易度の高い子を攻略しようとして、しかもその子を好きな男から攻撃されてしまったら、楽しい学校生活は送れないだろう。

僕も、月富ラナに背中を蹴られるまでは、女子を口説く危険に関して考えた事も無かった。

……やはり、学生ナンパ師の彼は正しかったというわけだ。


「へぇー、それで、玉元くんは、その子の保護者ってわけ?」

「ほごしゃ!?」

びっくりして動くと、椅子がガタッと音を立てた。

「違うみたいね」

「違うよ、当たり前だろ」

「当たり前かどうかなんて、私に分かるわけないでしょう?」

「……そりゃそうだね」

「説明してもらえる?」

「いいけど……授業は、大丈夫なの?」

「あなたがそれ言う?」

「……ごめん、あやかにまで時間を取らせてしまって、反省してるよ。次は確か、化学の授業だったよね。実験だったと思うけど」

「あー、自習になったの」

「え?なんで?」

「必要な機材が今日までに届かなかったのと、先生がプリント作り遅れてたみたいで、実験できないなら、職員室で続き作りたいって言って急きょ自習になったのよ」

「……そっか、それで、あやかが残ってたんだ。でも、委員長なのに」

「委員長なんて、べつに大してやることないよ。皆んな真面目に勉強してるし、私の出る幕はないかな。強いて言うなら、無断で授業をサボっている転校生を連れ戻すくらいじゃない?ね、玉元くん」

僕の目を真剣に見つめるあやか。

ドキッとする。

本当に先生と話してるみたいだ。あやかは、本当に面白い時以外はほとんど笑わない。

面白いと感じていることは多いらしいが、わざわざ表情を作って笑うということをしないそうだ。

こう言うところが、より人間っぽいというか、真面目な女子生徒って感じというか。

よく考えたら変な話だ。

本来なら、あやかのような、無表情で、たまに面白いとクスッと笑う様な女の子は、ロボットとか、アンドロイドとか、人間らしくないという評価をされがちだ。

だが、ここはサキュバスの学院、こういう普通の反応の女の子は、僕にはむしろ人間らしく映るわけだ。……似た感じの天使もいるけど。

人間が天使化すると考えると、丘乃小鳥や、ゆかのように、あやかも天使に近い存在ということなのだろうか?


悪魔測定器がオールグリーンのあやかは隙がない、……と、思ってしまう。


「ごめん、あやかの手をわずらわせてしまって」

「気にしないで、私がしたくてやってる事だから、それで、その子の保護者じゃないなら、何なの?」

「うーん、パートナー、かな?」

「え?なに?婚約者ってこと?」

「そんなわけないでしょ!?」

「うーん、なんか玉元くんに聞いても嘘しか言わなさそう」

バレてるな。だけど、上手く説明しようとすると難しい。

ますます縮こまるマリンに声を掛けるあやか。

「ねぇ、あなた、名前はなんて言うの?私は、あやか、竜宮あやかって言うの。玉元くんと同じEクラスの委員長」


マリンは、俯いたまま、か細い声で答える。


「…………すみ、…………」


「すみ?」


「……すみ……………げ………、………まり………………です…………」


「へぇー、すみげまりちゃんか」


声が小さ過ぎてほとんど聞こえなかったが、あやかはまぁまぁ聞き取れていた様だ。

あやかが名前を言った時、一瞬絶望的な表情でチラッとあやかを見て、僕の目を泣きそうな目で見た。すごい訴える様な顔だ。

なるほど、すみげ、まり。

コレは訂正が必要だな。

「あやか、名前は、隅影マリンだ。クラスはCクラスだけど、まだCクラスに実際に入ったことはないそうだよ」

「そうなんだ、隅影さんは、今日から登校する予定だったの?」

あやかは、あくまでマリンに話しかけようとしている。

なんとかまともに話をしたいようだ。

この辺は、世話焼きというか、あやかの良さが出ているような気がした。

やはり委員長。真っ直ぐに向き合っている。

そんな気がした。


「…………はい、今日から登校する、予定、…………じゃなくて、つもりでした」

「つもり?そっか。ってことは、先生は今日から隅影さんが来るかどうかは知らないんだ」

「…………はい」

「それなら、一度、クラスに行く前に職員室で挨拶した方が良いかもね。急にクラスに入ったら、皆んなびっくりしちゃうかもよ」

「そっかなぁ、……みんな、私が来たらびっくりするかなぁ」

弱気な返事をするマリン。

だが、何となくあやかに対して心を開いてきている感じもする。

「そりゃそうでしょ。ずっと登校してこなかった子が突然現れるんだから、転入生だと勘違いしちゃうかもよ」

「……へへへ、それはそれで……タマモトみたい、……へへ」

中途半端に苦笑いするマリン。

急に僕の名前が出たが、それで会話が続くなら、どんどん名前を出してくれ。

「ダメ、玉元くんは、先に先生から紹介されてるんだから、それに男の子だからね。びっくりのレベルが違うよ」

「……ごめんなさい。変なこと言って」

「あんまり玉元くんに迷惑かけちゃダメだよ?玉元くんは優しいから良いけど、他の子だったら、こんな風に接してくれないんだから」

「……ごめん、うぅ、……」

マリンの周囲の空気が重くなる。

すると、ひっくひっくと、嗚咽が聞こえる。

泣いている。

「うぇーん、……わたし、迷惑かけてる、うわぁーん、ごめんタマモトおお、わたしが甘えちゃって、あーん」


大粒の涙を流して隣で泣くマリン。


……いたたまれない。


なんて事するんだ、あやか。

マリンをいじめて楽しいのか!?

たしかにあやかの言ってる事は正しいが、泣かせてはいけないだろ。

黙っているあやか。

泣いてるのを慰めようとも思ってないようだ。

どういうつもりなのだろうか。

しかし、今朝のきらりといい、どうも僕の大事な人を泣かせたがるな皆んな。

ちゆが泣くのはともかく、マリンが泣くのはちょっと予想外だった。


それだけ傷が深いということだ。


これは、本気でよもぎとゆかに事情を聞かなくては。


ひっくひっくと、少しづつ泣き止むマリン。

静かになり、落ち着いた様だったので、あやかが話し始めた。


「隅影さん、もう大丈夫?」

「……うん、大丈夫です」

「そ、なら、私のことを信じて、以前に何があったのか話してくれる?」

「……えっと、私、前のクラスで、イジメられてたんです」

「ふーん、誰に?」



「秋風よもぎです」




言うんだ!?




マジか!大丈夫なのか!?


でも、相手はあやかだし、何とかなるか。





「秋風さん……か、そうなんだ。どんな風に虐められてたの?」



「あの、……無視とか」


「他には?」


「蹴られたりしました」

「ふーん、暴力ね。それは酷いわね」

「あと、お弁当、床に落とされたりとか、トイレで水掛けられたこともあります」

「……それ、本当に?」

「はい、本当です」

「秋風さんだっていう証拠はあるの?」

「はい、間違いないです」

「……そうなんだ。そんな事があったのに、よくまた学校に来る気になったわね、偉いと思うわ」

「…………タマモト」

ボソッと僕のことを口にするが、呼び掛けているのではない。

「玉元くん?」

「はい、タマモト、くんが、あの……参謀」

「さんぼ?」

「……いえ、あの……味方になってくれるって」

「へぇー」

あやかが、意外そうに僕の顔を見る。

僕は汗びっしょりだ。

今の状況は、百歩譲って問題ないにしても、話題の中心がよもぎからゆかへ移行する可能性を考えて気が気ではない。

今後の事を考えると、どう切り抜けるべきなのか。


「あの、でも、タマモト……くんは、クラスが違うので、やっぱり、学校来るのやめようと思い……ました。……いま」

「どうして?クラスは違うけど、近くにはいるでしょ?」

「タマモトくんが居ないと、わたし、無理です」

「……どういうこと?」

「あの、…………タマモトくんが近くにいたら授業受けようと思ってたので」

「玉元くんも、しなくちゃいけない事もあるし、部活だって入ってるんだよ?」

「……はい、なので、私は、また不登校に戻ります。タマモトくんに迷惑をかけてしまうので」

「それはダメでしょ」

「ひぃ!何でですか!?」

怯えるマリン。極端だな。

「隅影さんには、1人で学院生活に戻ってもらわなくちゃね」

「そんな、委員長さん、酷いです。私に地獄で生活しろって言うんですか」

「学院は地獄なんかじゃないわ」

「地獄です」

「それは、以前の話でしょ」

「今もです」

「今は違うわよ」

「…………なんで?」

「私がいるから」

「委員長さん?」

「委員長じゃなくて、あやかって呼んで良いわよ」

「でも、委員長さんに頼るわけにはいかないです」

「なに?私じゃ不満ってわけ?」

「そんなことはないです」

「私と玉元くんがいれば、ここは楽しい場所になるわ」

「本当ですか?」

「もちろん、だって、あなたも、玉元くんと一緒だったら、授業を受けても良いと思ってたんでしょ?」

「うん、でも、タマモトくんに近付いちゃダメだって、委員長が」

「そんな事は言ってないでしょ?隅影さんが、玉元くんにずっとくっ付いているのが良くないって言ったの。玉元くんにもやる事がたくさんあるんだから、迷惑はダメって言いたかったのよ」

「じゃあ、迷惑じゃないことは、タマモトくんに、やっていいんですか?」

「当たり前でしょ?一応、友達なんだよね?」

「へへへ、ともだち……」

マリンが僕の顔を引きつった笑顔で見つめる。

僕はそのマリンの表情を見て、どういう感情で言ってるんだと悩んだ。

たぶん、恥辱と屈辱と絶望感とが一斉に襲って来ている心情なのだろうと思った。

だが、希望もある。

僕だけなら不安もあったが、あやかが手助けしてくれるなら楽になりそうだ。

単にマリンを学院に馴染ませるという事だけならそこまでハードルを感じないが、よもぎとゆかの事が絡んでいるため、他にも協力者が欲しかった。

ちゆも力にはなってくれそうなのだが、彼女の場合は何となく頼り切れない不安要素もある。

しかし、まさか、あやかがここまで委員長ムーブをかましてくれるとは予想してなかった。

嬉しい誤算だ。

マリンの精神が安定すれば、今後の夢の中の活動もやり易くなるだろう。


ナイスだ、あやか!


「そうだ、マリンちゃん、提案があるんだけど」

お、呼び方が下の名前になった。


「えへへ、……な、なんですかあやかさん」

変な照れ方をするマリン。


「私と玉元くん、写真部に入ってるんだけど、一緒にどうかな?」

「ぶぶ、部活動ですか?」

「そうよ、クラスで馴染めなくても、部活動が楽しかったら、意外と気にならなくなったりするものよ」

「そうなんだ」

僕はすでに写真部に確定しているようだ。

これでマリンが入部したら、さすがに僕は写真部以外へは入れなくなる。兼部は除いて。


「どう?写真部に、あいなちゃんって子がいるんだけど、背が高くて、ちょっとダークな感じで、学院には、部活の為に来てるって言い張ってる子がいるの。もしかしたら気が合うかも」

「…………あいなちゃん」


あいな?

思い出した。あの、金髪ギャルで、覇気の無さそうな女の子だ。

絵が上手くて、写真部の看板のダンボールにカメラを持った女の子を描いていた。

何となくよもぎっぽい印象の子だったのだが、そんな子とマリンが合うのか?

あやかの人選は謎だが、実際に話してみないと分からない面もあるだろう。

第一印象で決めるのは良くないと思い直す。


「どう?マリンちゃん。写真部入部、しちゃう?」


「します!よろしくお願いします」


入部してしまった。


これは……、どうなるんだ?


夢の中と部活、両方とも関わりができてしまった。


ある意味では嬉しいことではあるのだが、先行き不安だ。

「じゃあ入部決定ね。放課後、写真部の部室で皆んなに紹介するから、その時に入部届を出しましょう」

さすがに僕も横槍を入れてしまう。

「ねぇ、あやか、僕ってまだ仮入部だったよね」

「そうね、文芸部の方も見学する予定だったけど、こうなったら、もう写真部にして貰うしかないかも」

「そっか、……ほかも回ってみようとは思ってはいたんだけどね」

すると、マリンが青ざめる。

「タマモト!写真部に入ってよ、ぜったい、絶対入って、私が入るんだから、入るよね、ねっ!ねっ!」

僕の右腕をがっしり掴んで懇願するマリン。

こんなに人生で懇願された事は今まで無かった気がする。しかも可愛い女の子に。悪い気は全くしない。

「分かった、分かったよ。入るから、写真部ね写真部」

「ありがとうタマモト。あとで何でもしてあげるね」

何でもって、……なんだろう。ちょっとドキドキしてしまう。

僕の理性が保つかどうか、本当に心配になってきた。


「てなわけで、今日は2人とも写真部に来てねー」


急に楽しそうなあやか。

写真部員を増やしたい理由でもあるのだろうか?

理由はともかく助かった。

だが、部活までの授業はどうしたものか。

「マリンと一緒に写真部に行くのは良いんだけどさ、授業はどうするんだ?」

マリンが不安そうに僕とあやかの顔を交互に見る。


小動物みたいな動きが可愛い。

マリンがイジられやすいのは何となく理解できる。

だが、別に彼女の性格に問題があるとは思えない。

きっと何か事情があるのだ。

僕は昼休みによもぎを呼び出す事に決めた。

「そうね、マリンちゃんには、Cクラスへ行く前に私と職員室に寄りましょう」

「……僕はCクラスの前で待機していたら良い?」

「え?玉元くんは、Eクラスで自習でしょ」

「「なんで!」」

マリンと僕の声がハモった。

「だから、玉元くんは1時間目も出てないし、前もサボってたから、このまま続くと単位落とすよ。留年したくなかったら、ちゃんと授業に出る癖をつけとかなきゃね」

僕とマリンは顔を見合わせる。

「タマモト、……いっしょに、留年しない?」

口元に自分の指先を当てて、目を潤ませながら僕を上目遣いで見つめるマリン。

可愛い。

卑怯だ。ドキドキして勃起してしまう。

僕は少し前かがみになる。

マリンの目線が僕のテントへ移動した。

何となく嬉しそうだ。

あやかは呆れる。

「コラ、そういうのがダメなのよマリンちゃん。しっかり卒業できるように、先生とこれから計画を立ててね。玉元くんも、簡単に誘惑に乗っちゃダメ、分かった?」

「「はい、すいませんでした」」

2人で同時に頭を下げる。

「よろしい」


あやかがニッコリ笑う。


素敵な笑顔だ。


これだけ委員長らしい委員長も珍しいんじゃないかと思った。

あやかには逆らえないなぁと、しみじみと思った。





⭐︎





そんなわけで、マリンを連れたあやかは、職員室へ向かう。



僕は、不安そうなマリンに手を振って、また放課後にと伝えた。


お昼は、あやかと2人で保健室で食べるそうだ。


僕には、いつも通りのメンツとお昼を食べるように言われた。

よもぎに話を聞きたかったので、この提案はありがたい。


その辺のことも配慮してのあやかの発言なのだろう。

抜かり無い。さすがは委員長だ。



と、何度も委員長と連呼してしまうが、実際のところ、あやかの世話好きな性質からの気遣いなのだろう。


写真部で彼女の後輩である超真面目な、まふゆちゃんの話を聞いていてもそう感じる。

憧れの先輩と言われるには、それなりに理由があると言うことだろう。


僕は自習中の教室に戻ると、ゆかが出迎えてくれた。


「セイシくん、どこ行ってたの?1時間目サボって」

「ごめん、ちょっと電話してたんだ」

ゆかが耳元で囁く。

「昨日の夢のこと?」

「えっと、……まぁね。ちょっと話し込んじゃってさ」

「そうなんだ。あんまり無理しないでね」

「うん、ありがとう、ゆか」

ゆかがふふっ、と天使のように笑うと、いや、天使だから、天使のゆかが、天使的に笑うと、席に戻った。

僕はゆかの甘い囁き声に頭がぼけーっと、してしまった。

ゆかの声と吐息が気持ち良過ぎて、抱きしめたくなってしまう。


だが、そんな場合では無いのだ。


次は、よもぎが寄って来た。


「あのさ、セイシ、屋上にいたのか?」


「あー、まぁ、近いところで電話してたよ。よく分かったね」

とりあえず、よもぎには話を合わせておくことにした。

「そっか、実はさっきの休み時間に保健室まで探しに行ったんだよ。でも居なかったから、委員長だけ残して戻って来たんだ。ゆかとちゆが、かなり心配してたぞ。あんまり不安にしてやるなよな、アイツらお前の事マジで大事に思ってんだからさ」

わりと本気のトーンで説教するよもぎ。

……本当によもぎがマリンを虐めていたのか?

分からない。

だが、分からないからこそ、聞かなくては。

「でさ、よもぎ、昼、時間ある?」

「おう、何だよ」

「ちょっと気になる事があって、話をしたいんだ」

「んだよ、2人じゃないと話せない事なのか?」

「まぁ、そうだね、込み入った話で、よもぎじゃないと解決できない内容なんだ」

「まぁ、セイシがそんな言うなら聞いても良いけど。私、お前らみたいに器用じゃねーから、助けるとかきびぃかもよ」

「いいから」

「……分かった」

「それで、ちゆちゃんは教室に居ないみたいだけど、どこに行ったの?」

「ちゆ?あぁ、まだお前のこと探してんじゃね」

「ええ!?携帯は?」

「カバンに入れっぱなし。さっき委員長から連絡入ったんだけど、ちゆの席でブーブーバイブ鳴ってたわ」

「どこ行ってるか知らない?」

「知るかよ。アイツ、お兄ちゃん探してくるって言って、もう1時間くらい戻ってないぜ。一緒に探しゃ良いのに、なんでああいう子どもっぽいヤツに限って単独行動が好きなんだろうな」

ちゆ、1時間探しているって事は、僕がマリンと合流してすぐくらいに教室を出たと言う事だ。

1時間目をサボったのはちゆも同じというわけだ。


なんというか、ちゆの優先順位が本気で僕になっている様に感じる。


でもそれも、今の状況では当然だろう。


探しに行かなくては。


「ありがとう、よもぎ。僕、ちゆちゃん探してみるよ」

「え?マジで?分かるのか?アイツの居場所」

「……さぁ、だけど、探すよ」

何となく困惑している表情のよもぎ。

まぁ、普通は待ってる方が良さそうだが、ちゆの場合、僕が見つかるまで延々と探し続けて、教室に戻って来ないかもしれない。

なら、少しでも早く合流して、安心させてあげたいと思った。

「探すっていうんなら、止めないけど、この学院広いからな。見つからなかったら学院内放送って手もある」

「うん、じゃあ、昼までに見つからなかったらそうしよう。もしちゆちゃんが教室に戻って来たら、僕の携帯に連絡してね」

「あぁ、分かった。探すんならさっさと行けよ」

「うん!ありがとう!」



僕はまた教室を出て、今度はちゆを探しに行く。




たぶん、ちゆがいるとしたら、あの辺だろうなと、何となく目星は付いていた。








見つけたら、抱きしめて、頭を撫でてあげようと思った。









小走りで教室の廊下を駆けていく僕の背中を見ながら、よもぎはボソッと独り言を言った。










「アイツら、相思相愛過ぎるだろ」
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