見習いサキュバス学院の転入生【R18】

悠々天使

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2章 粛清と祭

第44話 さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを

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「……で、私に話したいことってなんだよ」






 学院の昼休み。


 僕は屋上に秋風よもぎを呼び出した。

 ゆかやちゆ、アカリには、個人的によもぎに用があると伝えて2人にしてもらった。

 彼女達は教室で机を並べて、お弁当や菓子パンをワイワイ楽しく食べている。

 マリンの事はあやかに任せているので心配はないだろう。

 よもぎは、何となく僕を怪しんでいるというか、不満げな様子だ。

 誤解だと言いたいが、彼女の場合は内容的に察しがついている可能性もある。


 慎重にならねば。


 それにしても、普通に生活していて、先生に呼び出される事はあっても、呼び出す事はあまり無い。

 僕は教員でもなければ、委員長とか部活のキャプテンでも無いのだ。

 呼び出した理由も理由なので、そこそこ緊張感がある。


 よもぎは、金髪で小麦色の健康的な肌が特徴的で、性格も比較的ボーイッシュな女の子だ。

 女子としては身長が高く、168くらいはあるので、こうして対面してみると、雰囲気があって威圧感を感じる。顔立ちが美形というのも関係している気がした。



 




 僕が彼女の綺麗なブラウンの瞳を無言で見つめていると、やきもきしたのか彼女が口を開いた。


「早く用件を言ってよ。私もご飯食べたいんだけど」

「そうだね、ごめん、手短に済ませるから」

「ゆかのことか?」

「……違うよ」

「お前がゆか以外のことで私に話があるなんて珍しいな」

「そうかな?」

「そうだろ、お前ら同棲してるんだし」

「……今回は、よもぎの過去の話なんだ」

「私の?過去っていつだよ、小学生の頃の話か?」

「そういうわけじゃないんだけどさ」

「何だよハッキリしねーなぁ。なに?」

「よもぎって、友達多いだろ?」

「は?……友達?」

「そうそう」

「多いと言えば、……多い方かもしれないけど、最近はお前らとばっか居るからなぁ」

「そっか、なら、その方が良いかもね、……僕らといる方が」

「なんでなんだよ」

「よもぎが誤解されると、僕も悲しいというかさ」

「なんだ?私のこと誤解してるヤツがいるのか?誰だよそいつ」

「いや時々、生徒の立ち話で、よもぎの名前が出るんだけどさ」

「へぇー、私の話?アレか?前にAクラスの奴フったから、逆恨みで文句言ってるんだろ?それなら私も聞いてる」

「うん?」

 なんの話だろう。よもぎが勢いよく話し始める。

「アイツさ、自分の見た目に相当自信持ってて、私とあなたなら釣り合うの、とか、意味わかんない事言ってきて、釣り合わねーよ、って言ってやったんだよ。そしたらさ、アイツが、私の謙遜だと思ったらしくて、『いえいえ、あなたは私にふさわしい外見と知性をお持ちですよ。自信を持ってください、私が教育して差し上げますので』って言ってきて、マジで、あー、こういう勘違い女、滅亡してほしいと本気で思ったわ。とりあえず、イヤイヤ、お前より私の方が遥かに上だから、教育とか調子乗ってんじゃねーよっつってやったわけ。……そしたら、顔を真っ赤にして、『無礼者!うぇーん』って泣いて走って行ったんだよ。面白すぎて、一生笑ってたわ。だって、無礼者とか言うか?このご時世。てかお前が無礼じゃん、勝手に告白してきといて。この前ゆかに話したんだけど、ゆかはゆかで、そんなこと言ったら、またよもぎちゃんの事好きな人が増えるじゃんやめてよー、って言ってたんだけどさ、さすがにAクラスで私のこと好きになる奴とかもう出てこないだろって思ったわ。どーせアイツが噂流してんだろ?」

 よもぎが当ててやったと言う様子でドヤっている。

 そうか、思い出した。よもぎって、昔から女子にモテモテだったって、ゆかが言っていたな。

 今も変わらず告白を受け続けているようだ。

 そりゃこんなに美人だったらみんな憧れるだろうな。

 恋人同士でなくとも、友達というだけでステータスになるだろう。

 隣で歩きたい女子筆頭というわけだ。

 しかしそうなると、よもぎは嫉妬も含めて、悪く言われることに慣れているはずだ。

 だったら、マリンの話に誘導するのも難しくないかもしれない。


「良かったよー、よもぎが、気に入らない子を見つけたら暴力を振るうって言う噂も聞いてて、心配してたんだ。でも、さすがによもぎもそんな事はしないよね」

 試しにカマをかけてみる。



「…………ん?」



 一瞬、空気が凍ったような気がした。


 数秒、無言になるよもぎ。



 この反応、まさか。



「え?どうかしたの?よもぎ」



「その、……話って、誰が言ってたんだ?」


「誰って、……そんなの、名前は分からないよ」



「セイシ、いつ聞いた?」



 なんだか、いつに無く真剣な表情だ。


「なんだろう、おとといだったかな、いや、昨日?」


 よもぎが、僕の胸ぐらを掴む。


 僕は突然のよもぎの行動にビクッと身体が震えた。


 ……おいおい、まさかよもぎ、本当なのか?


「思い出せ」


「よもぎ、どうしたんだよ、らしくないな、落ち着いてくれよ」

「……あ、いや、そうだな、悪い」


 よもぎの手が僕のシャツから離れた。


 これは、かもしれない。



「もしかして、本当に暴力を振るったことがあったのか?ただの噂では無くて」



「セイシ、……私は暴力は嫌いだ」


「……あぁ、僕も、そうであって欲しいと思っている」

「だけど、どうしようもない事だってあると思わないか?」

「……まぁ、生きていれば、嫌でも力に頼るしかないことだってあると思うよ」


 僕は昨日、夢の中でエリスの背中に拳を叩きつけた時のことを思い出した。

 そうか、よもぎにも事情があったのだ。


 、理由があって、暴力を振るったということだ。


 だが、それでも……。



「よもぎ、僕は、よもぎの事を信じている」

「ふんっ、私の何を知ってるんだよ」

 よもぎは目線を逸らし、吐き捨てるように言った。



「僕が、ゆかのことを愛していると言ったら、信じる?」

「え?なんだいきなり」


「だから、僕がゆかを好きだと言ったら信じるのかどうかってこと」

「えー、私にそんなこと聞かれても」

「よもぎが信じるかどうかの話をしているんだから、変な内容じゃないだろ?」

「……うーん、一応、信じるけど」

「煮え切らない答えだな、僕がゆかの事をどれだけ愛しているか、知らないのか?」

「いや、お前……、三神ちゆがいるだろ」


 しまった!反論できない。


「ちゆちゃんのことも、当然、愛している」

「本当か?」

「よもぎに心配されることは何一つない」

「私から見たら、お前らはお似合いだと思うよ」

「ありがとう!さすがよもぎだ」

「で、ゆかはどうなんだよ」

「そりゃもう、1番大好きだ」

「三神ちゆは2番目か?」

「ちゆちゃんも、1番大好きだ」

「二股じゃん」

「……なんて酷いこと言うんだ」

「事実じゃん」

「よもぎは僕に喧嘩を売っているのか?」

「ええ、何でだよ、世の中の常識を話しているだけだろうが」

「……確かに、暴力でしか解決できない問題も存在する気がしてきたよ」

「やめろよ、私も女なんだからな」

「僕は何も言ってないよ」

「……さっき喧嘩売ってるって」

「それは、聞いただけであって、よもぎはそんなつもりはないんだろ?」

「ないない、無いに決まってる」

「じゃあ、僕になにをって言ったのか謎だね」

「謎のままにしておいて。……ったく、お前たまにサイコパスみたいに見えるんだが」

「よもぎがそう言うなら謎のままにしておくよ」

「……とにかく、お前はゆかの事を愛しているって言いたいわけだな?」


「そうだよ、それを信じられるかどうかだってことだよ」

「そーかぁ、確かに、あれだけ大切にしている三神ちゆと、同列に愛しているって言うんだとすりゃ、お前のゆかへの愛は本物なんだろうな」

「ちゆちゃんと比較したがるね、なんでさ」

「お前があの子を好きな事は分かりやすいからな」

「まーね」

「で、結局セイシは何を言いたいんだ」

「僕とゆかがお互いに信じ合っているのなら、会ってからの期間なんて関係ないってことさ」

「つまり、私を信じることも不思議ではないって言いたいのか?」

「そういう事。僕はゆかから、よもぎが昔から優しい子だったというのは聞いてるんだし」

「ゆかが?私のことを?……最近ならともかく、昔の記憶で私を褒めることなんてあるか?」

 よもぎが混乱しているが、その気持ちは分からなくはない。

 ゆかが、昔、砂場で砂鉄を集めていた時に、よもぎが大縄跳びに誘ったというエピソードをゆか本人から聞いたが、当のゆかは、それを優しさだと受け止めていなかったのだ。

 砂鉄集めに夢中だったこともあるだろうな。

 ゆかのよもぎとのエピソードの中で、よもぎが優しい子だとは分かるのだが、ゆかにとってはよもぎの誘いが面倒だったそうだから、本人にとっては、よもぎの優しかったエピソードにはならないのだろう。

 こういうすれ違いは現実によくあることだ。

 当人同士の中では酷いエピソードも、客観的に見れば美しい友情に映るという場合もある。


 結果、僕の中でよもぎのイメージが確立したというわけだ。


「何にせよ、僕はよもぎを信用しているし、愛するゆかの親友だと思って接している。だから、僕はキミに協力したいと思っているんだ」

「何を協力するって?」

「もし、誤解があるなら、その誤解を解きたいと思う、心から」


 よもぎが僕を困惑したような表情で見つめる。


「……誤解なんてもんじゃない」


「それは、よもぎが暴力的な人で合ってるって事なのかい?」


「それは違う、信じて欲しい」


「信じてる」


「……うん、ありがとう」



 よもぎが恥ずかしそうだ。


 こういうウェットな雰囲気に弱いのかもしれない。

 真っ直ぐな人間だからこそ、過ちを起こす事もある。

 ここからが、本当の大仕事だ。



「よもぎ、何があったのか、話して欲しい」



「分かった。話す」


 そうよもぎが言った時、ぐぅー、と彼女のお腹が鳴るのを聞いた。

 2人で笑い合う。

 落ち着いたのだろうか。

「セイシ、私、購買でなんか買ってくるわ、すぐ戻るから、ここに居てくれ」

「あ、今日は、ゆかが多めにお弁当作ってるんだ。僕が貰ってくるよ、待ってて」

「そ、そうなのか、悪いな」


 僕はそういうと、クラスへ戻って、ゆか達に声を掛ける。


 楽しそうに談笑していた。


 アカリと目が合うと、恥ずかしそうに視線を下げた。

 夢の後だから、恥ずかしいんだろうか。


「あ、お兄ちゃん、おかえり、秋風さんは?」

「ごめんちゆちゃん、ちょい大事な話で長引きそうだから、ゆかにお弁当だけ分けてもらいにきたんだ」

 ゆかが僕の顔を見る。

「ふーん、良いけど。セイシくん、よもぎちゃんと2人で次の授業サボらないでね」

 淡々と言うゆか。

「そんな事はしないよ」

「あ、あの、セイシ」

 アカリが僕を呼ぶ。

「ん?なに?アカリ」

「あのさ、ありがとね」

「え?うん、僕の方こそ」

「ふふっ」

 アカリが頬を赤く染めて微笑む。

 たぶん、夢の中のことだろう。

 現実であんなに好意的な表情を見せられた事はなかったので、なんだかドキドキしてしまった。

 彼女には知的で控えめな雰囲気もあるので、より女性としての可愛さが強調されている気がする。

 気をつけないと、すぐ心を奪われてしまいそうだ。

 アカリに好かれるのは当然嬉しい。

 だが、アカリもハーフとは言えサキュバスだ。

 マリンの話で言うと、恋の感情から生気を生成しているそうだから、今吸われたら僕は一発アウトな気がする。

 僕はなるべくアカリの顔を見ずに屋上へ戻った。


 屋上の手すりに腕を乗せて風景を眺めるよもぎの後ろ姿が見える。


 艶のある長い金髪が風になびく。


 スタイルが良いからなのか、長い小麦色の脚とお尻が綺麗なシルエットを構成していてかっこよかった。

 横顔が見え、なんとなく憂いのある表情をしているように見える。

 よもぎはセクシーだ。

 グラビアモデルになったらきっと人気が出てすぐに成功するだろう。


 でも、本人はそんな人気など求めて無いんだろうなと思った。

 彼女の目指すものは、何なのだろうか。

 今度、よもぎがゆかと2人の時はどんな話をしているのか聞いてみようと思った。


「よもぎ!」


「セイシ、遅いぞ、早くメシ食わせろよ」

「待って待って、レジャーシート敷くから」

 僕は小さめのビニールシートを敷くと、ゆかに貰ったお弁当と水筒を出した。


 よもぎが嬉しそうに座る。


 僕は座ってるよもぎを見つめる。


 ミスった。このシート1人用だ。


 僕は棒立ちになっていると、よもぎが僕を見上げた。

「セイシ、何やってんだよ、座れって」

 よもぎが彼女から見て少し右に寄って、左に小さいスペースを作った。


「シート、小さかったね」

 僕が呟く。

「は?こんなもんだろ、今日は、屋上でみんなで食べる予定じゃなかったし、でも私、これ以上寄るとスカート汚れるからヤダかんね」

 よもぎの左手が、シートをペシペシと叩いて僕に座るように誘導した。


「僕は立っててもいいよ」

「何でだよ、私が気になるだろが!座れって」

 僕のズボンを引っ張り、無理矢理座らせるよもぎ。

 ぷにっとした柔らかい身体の側面に密着する僕の右肩。

 よもぎの体温を感じる。首元からは甘い香りがした。

 胸が高鳴る。

 僕は気持ちを落ち着かせるために、水筒から蓋のコップに麦茶を注いで飲んだ。

「あ、セイシ、私にも飲ませろよー」

 僕の手から水筒とコップを奪い取ると、自分でお茶を入れて飲んだ。

 僕が口を付けた所からためらい無く飲むよもぎ。

 ゴクゴクとお茶を飲む彼女の横顔が綺麗で魅力的だった。

 身体が熱くなる。

 いや落ち着け落ち着け。よもぎとは今まで何度か身体の関係もある。

 ちょっと変わったシチュエーションばかりではあるが。

 何を今さら間接キスで動揺しているというのだろう。

 ……でも、意外と、よもぎとキスってした事無いんじゃ?


「セイシってさ、人の相談聞くの好きだよね」


「なに?急に」

「急じゃないだろ?なんつーかさ、私じゃ無理だなって思って」

「そんな事ないよ、ゆかの相談によく乗ってるじゃないか」

「あれは違うよ」

「どう違うの?」

「ゆかは、私に聞いて欲しくて喋ってるだけでさ、私はべつに」

「だけど、ゆかはいつもよもぎに相談してるよ」

「セイシも聞いてるだろ?」

「よもぎと比べたら全然だよ」

「私、人の話聞くの苦手でさ」

「そっかなぁ、けっこう相談されるんじゃない?」

「まぁ、聞く事はあるけど、なんて言っていいか分からんもん」

「へー、要するに、求めている回答ができてないんじゃ無いかって、不安なんだ」

「……そうとも言う」

「そんなの、相手が決める事だよ」

「どういう意味?」

「よもぎの意見が聞きたくて質問してくるんだから、よもぎは、よもぎが思った事をそのまま口にすれば良い。それだけだよ」

「……そんな楽していいのか?」

「良いでしょ」

「相談してきてるんだぜ、そいつは」

「そんなのその人の勝手な押し付けだろ、よもぎからすれば困るだけじゃんか」

「そ、そうか」

「困ってるんでしょ?よもぎは」

「……こんなこと言って良いのかな」

「良いさ、言ってみなよ」

「……困る、正直」

「ね、……なら、素直に言いたいことだけ言えば良いんだ」

「それでもし、相手が傷付いたら?」

「優しいんだな、よもぎは」

「なんだよぉ、うるせーな」

 よもぎの身体が熱くなる。

 僕にグリグリと肩と腕を当ててくる。

 恥ずかしいんだろう。

 わりと単純なのかも知れない。

 むにむにとよもぎの横乳がわき腹に当たり、気持ち良い。理性にダメージが入る。

 こんな破壊力のある甘え方をしないで欲しい。

 冷静になる為に、僕は小さく深呼吸した。

「よもぎが感じた通りのことを言えば良い。そうすれば、きっと、それを受け止めてくれるはずだよ」

「…………そっか」

「よもぎに聞いて欲しくて相談している子が、よもぎの答えが適当だって怒るなんて、そんなことないよ」

「ゆかは怒る……っていうか、文句言ってくるけど?」

「ゆかは別だろ。むしろ直接文句を言えるほど信頼してるってことだよ。よもぎが突き放した意見を言ったとしても、また相談に来るでしょ?」

「……たしかに」

「ってことは、その行動が本音。もし本当に嫌だったら、何度も相談したりしないさ」

「でも、もし傷付いたら、……来なくなるかも」

「その時は、謝りに行けば良い」

「…………謝ったら、許してくれるのかな」

「許してくれるさ」



「あのさ、セイシ」


「なに?」




「相談したい事があるんだ」



 声のトーンが低くなり、小声になる。

 おそらく、これは……。


「私のこと、信用してくれるか?」

「あぁ、もちろん」

「セイシだから、話しても良いって思った。この意味、分かるよな」

「うん、分かるよ」

「話しても、私のこと、嫌いにならないでくれるか?」

「大丈夫。嫌いにならない」

「……私、ある生徒を、不登校に追い込んだ事があるんだ」






 マリンのことだ。





 よもぎから率先して話してくれるとは思わなかった。


 本当に信頼してくれている。


 チャンスだ。絶対に失敗はできない。


 僕は何としても、マリンとよもぎの関係を修復する!




「Sさんって子なんだけどさ」

 なるほど、隅影マリンの、Sだな。

「Sさんは、とにかく自分本位って言うのかな、自分が楽しければそれで良いっていう、そういう人間だったんだ」

「どうしてそれが分かったの?」

「振る舞いっていうのかな。ちゃんと説明できないけど」

「わがままってこと?」

「そうかも、……だけど、それくらい、私もそうだし、みんな似た様なものかなって思った」

「何か、その子を嫌うキッカケがあったって事だね」


「うん」


「それは、どんなキッカケだったの?」

「きっかけの話になると、何年も前の話になるよ」

「昔からSさんを知っていたってこと?この学院に入る前から」

「うん、まぁ、私が一方的に知っていたってだけなんだけどね」

「いつから?」

「中学3年……」

「そうなんだ」

 なぜ一方的に知っていたんだろう。

「……私、憧れてる先輩がいたんだ」

「その先輩って、男性?」

「うん」

 ということは、この学院ではないな。いつからだろうか。

「近所のお兄さんみたいな感じ?」

「そんな感じかな。小学生の頃の先輩で、中学まで同じだった」

「その人のこと、好きだったの?」

「うん」


 もしかして、ゆかとよもぎがお風呂で話していた、初体験の人のことかな?


「よもぎの初恋の人?」

「そんな大袈裟なもんじゃないよ」

「それで?中学時代もずっと憧れていたの?」

「うん、2つ上だったから、中2の時には卒業しちゃってたんだけど、連絡先は聞いてたから、毎日携帯でメッセージしてたんだ」

「毎日!?」

「そう」

「彼氏じゃん」

「違うんだよなぁコレが」

「お互いに勇気が出なかったのかな」

「違う」

「でも、告白されなかったんでしょ?」

「…………」

「ん?」

「した」

「何を?」

「告白」

「よもぎが?」

「そう、私から」

「で?」

「…………」

 顔を伏せるよもぎ。

 よく見ると、口にサンドイッチを頬張っている。

 絶望的な表情をしているが、口の中はサンドイッチでパンパンだ。

 これは、慰めるべきか、笑うべきか、どっちなんだろう。


「よもぎ、とりあえず、噛んだ方が良いと思うよ」


「ふはぁれはのふぁ……」


 食べながらなんか言っているよもぎ。

 なんて言ったのだろう。

 食べて、お茶を飲むよもぎ。

「なんて?」

「フラれたのは、先輩の卒業式の日だよ」

 なるほど、フラれたのは、って言ったのか。

「それからも、連絡取ってたんだ」

「まぁね」

「諦められなかったんだね」

「うん、好きだったから」

「先輩には付き合っている人がいたってことかな」

「ううん、違う、それは無い」

「確証はあったの?」

「先輩、サッカー部だったんだけど、部活一筋で、引退してからも、高校受験で必死だったから」

「そっか、それでも、付き合うくらいはできると思うけどな」

「とにかく、私がフラれた理由は、受験!!」

「……真面目な先輩だったんだね」

「そう、だから、信じられなかった」

「話の流れで行くと、その先輩の彼女になったのが……」

「Sよ」

 そうか、結局のところ、マリンに先輩を取られたと思って許せなかったのか。

 女の嫉妬は怖い。

 ……と、普通に考えると思うけど、よもぎはそんな単純な理由でイジメをするような女の子ではないことを僕は知っている。


 つまり、別の理由があるはずだ。



「Sさんとの交際が分かったのはいつ位なの?」

「中3の時」

「へぇー、卒業から1年後。先輩は高校デビューでも果たしたのか」

「知らないけど、私、その時、吐くくらい泣いたよ」

 めちゃめちゃダメージを受けてるな。

 よっぽど好きだったんだ。

 よもぎみたいな美人で可愛い子をそこまで夢中にさせるってのは、よっぽど魅力的な人だったんだろうな。

 会ってみたいくらいだ。

「でも、先輩、よもぎに対して隠そうって気は無かったんだね」

「まったく無かった。てか、電話で報告されたもん」

「電話だったんだ」

「忘れもしない、中学3年の8月22日21時18分」

「ほんとに忘れてないな」

「『よもぎ、俺、ついに彼女ができたんだ!』って、震える声で教えてくれたわけ。本当に嬉しそうで、もう、なんて言うのかな、呆れちゃって」

「そうなんだ」

 本当によもぎの事は眼中に無かったんだろうな。

 もし少しでも好きなら、そんなにハッキリとは告げずに友達関係を続けていた筈だ。

「そんな風に言われたらさ、ハイハイ、おめでとう、おめでとう、幸せになってね、くらいしか言えないじゃん」

「つらかっただろうね、当時は」

「しかもその後、『よもぎも、彼氏くらい作って、中学最後の夏を楽しめよ』とか、意味分かんないこと言ってさ。速攻で切ってやった」

「そっか」

 先輩なりの気遣いってやつだろうか。後輩の好意が自分に向いている事を知っていたから、もう諦めろと言いたかったのかも知れない。

「切ったあと、せいせいしたって、思ったんだけど、急に何故か吐き気が来て、トイレに30分くらいこもってた」

 精神的なダメージが大き過ぎるな。


 これが本気の失恋か。


「それで、Sさんとの関係はどうなったんだ?まさかデートについて行ったりしたのか?」

「さすがにSさんと実際に対面したことはなかったよ。この学院に入ってSを見つけた時、その時の気持ちが込み上げてきて、めちゃめちゃ嫉妬したの。自分でも、そんな感情があったんだって、初めて分かったくらい」

「よもぎでもそんな嫉妬したんだ。だけど、よくSだって分かったね」

「先輩、SNSもやってるからね。ずっと追いかけてた」

 なんて執念だ。一途を通り越して、依存している。

 だけど、なら、初体験って?

 よもぎって、性欲強いはずだけど、どうやって発散させてたんだろうか。

「てことはさ、よもぎは、男性経験は無いって事なの?」

 以前にお風呂で聞いた時は、僕は盗み聞きだったので、ここは知らないふりをしておいた方が安全だ。

「…………ある。……1回だけ」



 やっぱり。

 だけど、それなら。


「あのさ、その相手って?」


「先輩」


「ええええ!?」


「ちょ、あんまり声出さないでって」

「だけど、Sさんと付き合ってるって分かって、迫ったってことなの?」

「うん」

「そうなんだ」

「だけど、先輩って真面目だったわけでしょ」

「まぁね」

「この学院に入ってから?」

「違う、入る前、卒業式の時」

「てことは、まだSさんには会ってないんだ、当時は」

「そうだね、会ってないね」

「卒業式の時に会ってくれたってことは、式を見に来てくれたってことなのかな?」

「来るわけないでしょ」

「来るわけないんだ」

「私から行ったの」

「そっか、卒業しました報告みたいな感じ?」

「そう、報告したいって言って」

「それは了承してくれたんだね」

「了承されてない」

「ないんだ」

「来るなって言われた」

「なんですと」

「でも行った」

「バカーっ!」

「うん、馬鹿だと思う」

「それで、どうなったの?てか、先輩って実家暮らし?」

「ううん、一人暮らしになってた」

「あー、それはダメなヤツだ」

「だよね、分かる」

「そこでダブル卒業式ってわけね」

「だね。まぁ、一つはムリに卒業させちゃった感じだけど」

「先輩はSさんとはやってたの?」

「やってない、先輩と私は、童貞と処女」

 マリンが彼女になっていたとしたら、彼女になってすぐマリンから迫っていても不思議ではないのに、この段階で先輩が未経験というのは意外だ。

 この辺もマリンに聞いてみたいな。教えてくれるかは分からないけど。

「だけど、来るなって言われてたのに、来たわけでしょ。どうやって先輩を説き伏せたの?」

「……説き伏せたって言うか、ほら、私って、発育良いじゃん」

「今は育ってるけどさ、当時は知らないよ」

「あの、まぁ、なんだ、とにかく私の身体で迫ったの」

「極端だなぁ」

「だって、……もう、それしか無いじゃん」

「究極の武器を使ったな、よもぎ」

「私の顔とかはタイプじゃなかったかも知れないけどさ、この身体は抱きたいと思わない?ほらほら」

 よもぎが僕の腕に胸を押し付け、僕の右手が彼女の股間に挟まれる。

 むわっと汗ばんで湿っぽい下着の感触を手の平に感じ、中指を彼女の秘所に当てるとヌルヌルと濡れていた。

 僕は一瞬で勃起した。

 よもぎは、僕のテントを確認して意地悪く笑うと、離れてサンドイッチを手に取った。

「よもぎ、僕の身体で遊ぶなよ、心臓に悪いだろ」

「でも嬉しかったっしょ?」

 悔しいが反論はできない。

 今が昼休みでなかったら、抱き寄せてしまっていたかもしれないくらい、フェロモンが凄かった。

「僕と違って、先輩はその程度の誘惑に負けないんだ」

「なんで先輩をそんなに過大評価してんの」

「これは、男としての信頼というか何というか」

 耐えていて欲しいという願望だろうか。僕はその先輩に期待していたのだろう。

 だけど、小学生時代から追いかけているよもぎが、僕に対して、先輩を過大評価しているとのたまうとは、どういう了見りょうけんだ?

 過大評価しているのは、よもぎの方だろうと思うのだが、考えてみると、男女間において、女が男を身体で落とすのは禁じ手なのかもしれない。

 例えば、泥棒ネコという言葉があるが、それは、男の性欲を利用して寝取る禁じ手に対して、女が女を非難する時に使う言葉だ。

 まさに、よもぎは、マリンにとってみれば、泥棒ネコ、というわけだ。


 コレは案外、根深い問題かもしれない。

 ここから、どうなってマリンへのイジメに発展するのだろうか。


「意味わかんねーな」

 そう言って、サンドイッチをモグモグするよもぎ。


「コレは大事な問題だ!そういう真面目な先輩には、真面目を貫いて欲しいという願望がっ!」

「セイシ、私の身体、気持ち良かった?」

「……気持ち良かったです」

「そんなもんでしょ」

「卑怯だぞ、僕と先輩は違う。で、先輩とはどうなったんだ」

「うーん、……なんていうかな」


「なんだよ」

「相性?」

「はい?」

「身体の相性が微妙だったんだ」

 セックスが合わなかったのか。……そう言えば、お風呂で話していた時も、痛かっただけで、後から部屋でオナニーしたって言ってたな。

 だけど、先輩も初めてだったわけだし、そこは大目に見てあげるべきだろう、と、ついつい男目線では思ってしまうが、どうなのだろうか。

「そっか、それで、また告白はしたの?」

「ううん、私としてはそのつもりで家に行ったんだけど、セックスが気持ち良くなくて、テンション下がっちゃって」

「先輩はどうだったんだ?」

「先輩は、入れるよりフェラの方が気に入っちゃって、途中からずっと舐めてあげてたよ。それからは、時々、先輩に呼ばれて、舐めてあげるって感じで関係が続いたの」

「……そっか」

 先輩的には、挿入するより、口で気持ち良くしてもらう方が簡単だと思ったってわけだ。

 愚策だぞ先輩……。それだと、毎回よもぎの方は満足してないじゃないか。

 ……とは言え、繋ぎ止めるつもりが無いなら、無理をしてよもぎを気持ち良くする必要はないのか。複雑な気持ちになるな。

 僕はよもぎにどうなって欲しかったんだろうか。

「そんな感じで、一応、私の気持ちは伝わったみたいで、関係は続いたんだけど、この学院に入って、Sを見たら、嫉妬を通り越して、なんか馬鹿馬鹿しくなっちゃって」

「なんで馬鹿馬鹿しくなるの?」

「だってさ、好きな人の彼女が身近にいて、私は都合の良いフェラ人形やってるのよ、ふつう、頭おかしくなるでしょ?」

「その感覚はあったんだ」

「あるだろ。今までは彼女がいるって言っても、あくまで写真とかでしか見てなかったわけで。現実にいるの見たら、どうしても比較しちゃうじゃん」

「で、よもぎから見てSさんはどんな子だったの?」

「マジで完璧、非の打ち所がない」

「え?うそ?」

 僕はマリンを想像する。

 確かにマリンは可愛い。

 だが、よもぎから見てそういう感想が出るのは違和感がある。

 どこを見てそう思ったんだろう?

「よもぎから見て、Sさんの魅力ってどこ?」

「まず、落ち着いてるだろ?」

「え?……あぁ、うん、って、僕は会った事ないし」

 危ない、普通に反論しそうになった。

「あ、そうか、会ったことないもんな、学校来てないし」

 ……来てんだよなぁ。


「そうだよ、それで?」

「あの顔、なんつーか、男だったらすぐ好きになるよな、ああいう顔の子。猫目っていうか、大きくて丸い目で、鼻とか口も小さくて整ってるし、ちょっと小馬鹿にしたような笑い方するだろ?ワハハって感じじゃなくて、うっしっしーって笑うじゃん。アレが小悪魔って感じで男はすぐやられんだと思うんだよなぁ」

 割と楽しそうにマリンについて話すよもぎ。


 ここだけ聞くと、とてもイジメに発展するような気はしない。

 何があったんだ?



「……で、結局、なんでSさんを不登校に追い込んだの?」





 よもぎは真面目な顔をする。



 そして、僕はよもぎから思ってもみない言葉を聞いた。












「Sのやつ、先輩からを吸い取りやがったんだ!」
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