見習いサキュバス学院の転入生【R18】

悠々天使

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2章 粛清と祭

第45話 善意の空回り

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 ……これはどういう意味だ?



 そのままの解釈で合っているのか。





 だとすればよもぎは、彼女を嫌っていたと言うよりも、先輩の生気を吸った事に怒り、その復讐をしただけだということなのか?

 そうなると話は変わってくる。


 などできないかも知れない。


 朝、保健室で、マリンが過去に生気を吸って、1週間目覚めなかった男がいたと言っていた。

 それが先輩だったのか。


 ケルビンからも、マリンの被害者が存在する事は電話で聞いて知っている。

 何とか命は取られずに済んだそうだが、少なくとも1週間目覚めなかったと、生気を吸ったマリン本人から聞いた。


 聞いた時は、そこまで深刻にはとらえていなかった。


 そもそも僕は、のちに目覚めた事を先に聞いて知っているから、被害者に対して何とも思わないが、当事は、そのまま昏睡状態が続き、場合によっては最悪の事態も想定できただろう。


 原因不明で眠り続ける先輩。


 それを眺める彼の家族はどんな思いだったろうか……。


 そして、大好きな先輩が倒れた事を知ったよもぎが、病院のベッドで意識を失っている彼を、どんな気持ちで見ていたのか。

 目覚めずに、3日ほど経過した時、あるいは、5日、経過した時、1週間経過した時、……どう思っただろう。

 想像するだけでも辛く苦しいことに違いないのだ。


 そう考えると、よもぎがマリンに抱く憎しみを理解はできる。



 しかし、しかしだ。



 マリンはマリンで、というかせをはめて生活している。


 通常なら、恋人同士がセックスをする事は極自然な行為だ。


 それによって、生気を吸ってしまうのは、本来ならマリンにとっても不本意な筈だ。

 実際に、マリンは堕天使から生気を吸う事を嫌がっていた。

 吸わずに済むなら、その方が楽だ。

 つまり、マリンは加害者であると同時に被害者でもある。

 そして、そんな彼女に対して、よもぎのしたことは悪とも言える。

 確かに、先輩の生気を吸ってしまったことはよもぎにとっては許せないことだ。

 先輩に危害を加えた事には違いないのだから。

 先輩のことを大事にするために、他の男から生気を吸うという選択もできただろう。アカリの母親のように。


 だが、今回のことはの可能性もある。

 マリンが、先輩から生気を吸う気はさほどなかったなら、単なる失敗だ。

 保健室での話でも、少し吸うつもりが勢いよくいってしまったと事故を示唆する発言をしていた。

 それを言葉通り受け取るなら、先輩の生気をちょっとだけ吸ってみたら美味しくていっぱい吸っちゃったという、子どもがお菓子を食べ過ぎてしまったような話かもしれない。


 もしそうなら、よもぎがマリンを不登校に追い込む程にイジメる理由にはならないだろう。


 だが、それに納得できるだろうか?


 たぶん無理だ。


 考えてみれば分かる。


 自分の初恋の人が、恋人から酷い扱いを受けている事を知って、例えそれが事故だと後から分かったとしても、すぐに反省などできるものだろうか?


 自分が恋人なら、そんな酷いことはしない、多少キツいことがあっても我慢できると、そう文句を付けてしまわないか?


 同棲したカップルが別れる時の理由を、周囲の人が聞いた時、皆んな口を揃えてこう言う。

 初めから同棲なんてしなければ良かったのに……と。


 先輩のことを知っているのは、ずっと近くで憧れていたよもぎではなく、実際に付き合った彼女であるマリンの方かも知れない。


 そう言うと、よもぎは僕を罵倒するだろうか?



 そして、マリンを庇った時、よもぎはゆかに何を話すのだろう。

 ゆかは、僕のことをどう思うだろう?


 ……いやいや、そうじゃないだろ!

 僕は自分の考えを正したくて頭を振る。


 ゆかがどう思うかどうかで判断するなんて間違っている。

 僕の意見は、僕の責任で発するべきだ。

 ケルビンなら、ここで僕に説教するはずだ。


『状況を理解し、承認する事につとめるべきだろう』



 まずは、よもぎの考えを聞こう。

「生気を、……よもぎは、先輩が生気を吸われたって……なんで知ったの?」

「突然先輩に連絡がつかなくなって、家に行ったら、たまたま近くに管理人さんがいてさ、聞いたら、昨日、救急車で運ばれてたよって教えてくれたんだ」

 さすが先輩のストーカ……じゃなかった、セフレ、いやいや、セックスは最初以外してない。愛人だな。


 ……愛人でいいのか?


「それから先輩には会ったのかい?」

「あぁ、先輩は2週間くらい入院してたんだ」

「そうなんだ、だけど、先輩は、Sさんがサキュバスだってことをいつ知ったの?」

「今も知らないと思う」

「そんなに長く入院してたのに?」

「うん」

「教えてあげたりしなかったのかい?」

「教えて、信じるって思う?」

「普通なら信じないだろうね」

「だろ?セイシだって、三神ちゆに羽根が生えなかったら信じなかったよな?」

「……まぁ」

 その前に丘乃小鳥の天使の羽根を見てしまっていたから、衝撃度は薄かったんだよなぁ。

 先に天使の存在を目の当たりにしてしまっていたせいで、天使がいるなら悪魔もいるだろうって勝手に解釈していたとこはある。

「先輩は、目覚めて病院にいたわけでしょ?よもぎが来た時は何て言ったの?」

「……いつも通りだよ」

「いつも……って言うと」

「……呼んでないだろって」

「呼んでない?……って?」

「歓迎はされてなかったと思う」

「なんでさ、自分のために病院にお見舞いに来てくれたのに」

「だよな、だけどさ、やっぱ急に来ると困るじゃん、色々準備とか」

「そうかな?病院で寝てるより、話し相手がいる方が楽しいと思うけどな」

「だって、私って、都合の良い女なんだぜ、さっきも言ったけどさ」

「……よもぎだって、先輩のためにしてる事じゃないか」

「だけどさ、その時は先輩の彼女はSなんだし」

「でも、それとコレとは話が違うよ」

「違わない。……違わないんだ」

「なんで?」

「考えてみろよ、もしSと鉢合わせでもしたら、都合悪いだろ」

「たしかに、都合良くは無いかな」

「そういうこった。私は、呼ばれないと来ちゃいけない女ってわけよ」

 投げやりに言って、持っていたサンドイッチを食べ切るよもぎ。

 呼ばれないと来ちゃいけないって、……そうか、僕はよもぎに対して友達だと思っているけど、先輩にとっては、彼女に隠して付き合っている浮気相手だもんな。

 そう考えると、先輩にとって都合が悪いのも納得できる。

 それに、よもぎに対しては彼女の存在を伝えてあるわけだし、これはよもぎの方が悪いと言えるかも知れない。

「……一応聞くけど、やっぱり、Sさんから先輩を奪いたいって思ってるの?」

「当時?」

「え?」

 ……そうか、今はどうなんだ?

 マリンには冗談かはさておき、告白めいたことを言われた。

 ということは、マリンはフリー。つまり、先輩の恋人ではない……はずだ。


「当時は思ってた、いつ、私に振り向いてくれるんだろうって」

「そうだったんだ。じゃあ、今は」

「今?……なんとも……」

 表情が暗くなるよもぎ。

 本音はどうなんだろうか?

「Sさんと先輩はその後どうなったの?」

「……別れてる、……と思う」


「思う?Sさんに直接聞いたりしなかったの?」

「アイツは、別れたって言ってた」

「なら、別れてるんじゃないの?」

「それが、先輩がさ」

「うん」

「付き合ってるって、言い張ってんだよね」

「今でも?」

「そうなんだ」

「……どういうこと?」

「Sを見る感じでは、明らかに付き合ってないんだけど、先輩は、忘れられないそうでさ」

「生気を吸われたのに?」

「あぁ、私もおかしいとは思ったんだけど、入院中も、私に言ったんだ」

「なんて?」

「Sとのセックスは人生で最高の気持ち良さだったって」

「それで、別れなかったんだ」

「そう、むしろ、早くまたやりたいって、凄く目を輝かせて……、悟ったよ。私じゃもう、先輩を満足させられないんだって」

「だけど、フェラしてたんでしょ」

「ううん、それからは呼ばれなくなったから、してない。たぶん、Sの写真でオナニーする方が気持ちいいんでしょどうせ」

 なるほど、これがサキュバスの実力という事か。生気を吸われたにも関わらず、それを恨んでいない被害者。

 ……先輩の経験不足ってだけかも知れないが。

「よもぎは、先輩と付き合いたいの?」

「……だから、今はもういいんだ。私たちは、セックスの相性が悪い。私はセックス楽しいと思わないし、相手もフェラですら要らないって思うんだから、恋も冷めるでしょそりゃ」

「いらないなんて、なんで分かるんだよ」

「ん?だって、私に舐められたいなら、毎日でも連絡するでしょ、タダなんだよ?」

「……たしかに」

 確かにそうだ。

 何をしてても自分を好きでいてくれる都合の良い女の子がいて、呼べばフェラしてくれるなら、そんなの呼ぶに決まっている。

 呼ばないってことは、相性が本当に悪いのか、もしくは、そこまで関係を続けたいと思わない相手だということだ。

 よもぎの為を思って……、という線もあるが、それなら初めからフェラだけをさせようとはしないはずだから、たぶん無い。

 ただ、単純にマリンにぞっこんという、感情的な問題でよもぎを呼びたくない可能性もある。

 先輩を悪くいうのは簡単だが、心底サキュバスに惚れた人間の思考を把握しきれていないから断定できない。

 僕もちゆに惚れてるが、ちゆから生気を吸われたことはないから、まだ分からない点もある。


 ……双子のちゆには夢の中で吸われたけど。

 感想を言うと、なんか凄かった。でもあの時はそれどころじゃ無かったのだ。

 たぶん、あっちの方のちゆには、僕が途中から別人だと気がついて恋もそんなにしてなかったから、サキュバス側からしてもあんまり生気を吸えなかったんだろうなと今だと思う。

 逆に、ちゆの姿じゃなくて普通のサキュバスだった方が危なかったかもしれない。

 人として疑ってると、あまり気持ち良くはなれない。防衛本能が勝ってしまう。

 それでも気持ち良くなれる人っていうのは、関係性を気にしない、傍若無人なタイプなんだろうな。

 鉄面皮というか、厚顔無恥というか。

 良いかどうかは置いといて。


「サキュバスの味を知っちゃって、私はもう用済みってわけ」

「だけどさ、先輩はそれからまた入院したりしてないんだろ?」

「まぁな」

「ってことは、Sさんの言うことが真実なんじゃない?」

「今はそう思ってる」

「てことは、当時は付き合ってると思ってて、嘘を言ってるって疑ってたんだ」

「あぁ、だって、私には先輩からデートの報告来るんだぜ、そんなもん先輩が嘘ついてるなんて夢にも思わないだろ」

 そんな報告していたのか。

 別れたって言ったらまた付き纏われるって思ったんだろうか?

 それとも、本気で妄想だけでマリンとデートしてたのか。

「でもさ、結果的に嘘だったんだろ」

「うん、おかしいとは薄々思ってたんだけどね」

「なんで?」

「SNSの更新が止まってたの」

「それだけ?」

「後は、先輩の友達に聞いてみたりしたよ」

「そっか、それで気が付いたんだ」

「まぁね」

「でも、さすがよもぎだね」

「なんで?」

「先輩の友達とも仲良くやってたなんて、さすがだよ」

「あー、それね」

 表情が濁るよもぎ。

 どうしたんだろう?

「なんかあったの?」

「先輩の友達、私が連絡したら話したいって、ファミレス誘って来てさ、私もノリで会ってみたんだけど、ずっと私のことエロい目で見て来たんだよね」

「そうなの?口説かれた?」

「うーん、……たぶん、先輩が私のこと話してたんだと思う」

「そっか、まぁ、先輩の友達だもんね」

「先輩の話を聞いて帰るつもりだったんだけど、なんか全然帰してくれなくて、夜になってさ、正直イライラしてたんだ」

「そんなに捕まってたんだ、告白されたとか?」

「いや、アレはねぇー、私にフェラさせようとしてたね、ぜったい」

「分かるの?」

「だってさ、急に先輩との関係聞いてきて、色々答えてたら、ちんぽの話になってさ、俺は大きいだの、硬いだの言ってきて、あと、私の口の中見たいとか、色々言ってきて、あー、コイツ、発情してんなぁって分かって、ハハっ、本当もう、バカだよな」

「そう……なんだ、それは災難だったね……って、言って良いのかな。よもぎは、フェラとか好きなんだもんね、結局どうなったの?」

「えー?そんなの分かるでしょ?」

「まさか、その人のも?」

 僕を見つめるよもぎ。

 数秒沈黙すると、彼女は吹き出した。

「そんなの、しゃぶる訳ないじゃん、キレて帰ったよ。当たり前だろー、セイシ、私を何だと思ってんの?」

 何となく、女子って怖いなと思った。

 僕も、こんな環境に居なかったら、そんな話を聞いてもフェラしたとは思わないはずだ。

 よもぎが見習いサキュバスかどうかは知らないが、性欲が強いことは知っている。

 そもそも、僕に対して、初対面なのに急に手コキと足コキをしてくる女の子が、誘ってきた男を振るイメージが湧かない。

 よもぎの性欲ってどうなってるんだろう?

「それは、ごめん。だけど、僕への態度っていうか、これまでのことを考えると、すぐフェラしても違和感ないというか何というか、えっと、変なこと聞いてごめん」

「そんな何度も謝んなくていいよ、セイシからしたら、私ってそういう女だもんな」

「ちが、別に軽いとかってわけじゃないんだ。ただ、そうなっても違和感ないと伝えたいだけでさ」

「それが軽いって意味ね」

「……ごめん、気に障ったなら今後気をつけるよ」

「ふふっ、大丈夫。…………セイシって、何かそそるんだよね」

「なに?そそる?」

「私のこう、胸になんか熱いのが来るっていうか」

「……なにそれ?」

「たぶん……なんだろ、コレ」

「知らないよ、今は僕の話じゃないだろ」

「私が、先輩への気持ちが無くなったのいつだと思う?」

「急に聞くじゃん、なんで」

「セイシが転校してきた日」

「何いってんのさ」

「セイシ見て、……あ、もう先輩いいやってなった」

「あの、それは、……そういう意味なんですかね」

「いや、ほんとほんと、先輩への気持ちがパッて消えちゃって、代わりにそこにお前がいる」

「……それ、告白してるよ、大丈夫なの?」

「大丈夫でしょ」


 よもぎが僕に密着してくる。

「ちょ……、今は待って」

 僕は身体が熱くなった。

「アッハッハ!」

 よもぎが楽しそうに笑う。

 よもぎ、まさか、僕をからかったのか?

「なんだよ、急に変なこと言うなよ、ビビっただろ」

「悪い悪い、セイシが何か可愛くってついな」

「嬉しくないよ」

「……でも、先輩への気持ちは、実際もう良いんだ」

「そうなんだ、良かった。よもぎが苦しい思いをせずに済んで」

「へぇー、良いこと言ってくれるじゃん」

「僕はよもぎには幸せになって貰いたいと思ってるからね」

「オーバーだなぁ」

「他に言い方が思いつかなくってさ」

「だったら、お前が私を幸せにしてくれればいいだろ?それじゃダメなのか?」

「……努力します」

「なんだそれ?なら、私が将来1人で寂しい思いしてたら、結婚しろよ」

「…………それは、ちょっと、……どうかな」


「冗談だろが、なに真剣になってんだよ、お前は」


 よもぎは冗談と本気が分からない。行動も意味不明だし、本音はどこにあるんだろうか?

 いやいや、今はそんな話をしている暇はない。マリンとの関係を少しでも改善しなくては。

 僕は気を取り直した。


「よもぎ、結局キミはSさんに対して、どうしたいと思っているの?」



 よもぎは沈黙する。



 僕は携帯で時間を確認する。


 13時25分。

 昼休みは13時40分まで。


 あと15分で次の授業だ。まずい、このままでは昼休みが終わってしまう。

「私は、……少し」


「すこし?」


「……なんていうか」


「うん」


「こんなこと言うとさ、どの口がって、思うかもしれないけど」


「うんうんいいよいいよ、言ってみて」

「……でもなぁ」

「いいから」

「セイシ、なんか急かしてない?」

「え?べつに?」

 バレたのか。時間を気にしてる事が。

「ほんとか?」

「本当だよ、僕はよもぎのペースに合わせようと思って、色々我慢してるんだからさ、頼むよ」

 色々我慢していることは本当だ。

 このまま放課後になり、マリンとよもぎが遭遇する危険を考えると気が気ではない。

 そうなった時の対策もしておかなくては。

「そうか、悪い、なんか焦ってる様に見えたもんで」


「とにかく、本心を聞きたいんだ」


「すげー真剣だな。まるでSのこと知ってるみたいだ。そんな筈ないけど」


 そんな筈あるんだよな。


 心臓に悪い。

 早く教えてくれよもぎ。


「あの、私は…………」







 キーンコーンカーンコーン。

 と、次の授業を知らせるチャイムが鳴り響く。

 これが鳴ると、開始の5分前だ。



 なんてタイミングだ。

 結局聞けなかった。



「お?セイシ、もう教室に行かないとな。戻ろうぜ」

 よもぎがお弁当と、レジャーシートを手際よく片付ける。


 僕は焦りを通り越して絶望していた。



 ヤバいヤバいヤバい。


 何にも解決していない。



 よもぎがすでに校舎へ入ろうとしていた。


「ちょ、よもぎ」


「んだよ、あとで話聞いてやるから、さっさと戻るぞー!」




 僕は胸のモヤモヤを抱えたままで一緒に教室に向かった。





 ⭐︎






 放課後。




 授業が終わるとすぐ、よもぎが僕に声を掛けてきた。



「セイシ、どっか空いてる教室に移動しようぜ、話の続き、したいんだろ?」


 僕が答えに困っていると、今度はアカリが話しかけてきた。

「あのさ、セイシ、私もちょっと話したいって思ってて、どうかな?秋風さんの話の後でも良いけど」

「ええー、お兄ちゃん、何の話するのー?ちゆも混ぜてー」

 ちゆが元気に割り込んでくる。

「でもセイシくん、たしか今日、部活あるとか言ってなかったっけ?」

 と、ゆか。そう言えば部活の話をゆかにはしていた。

 普段ならゆかとよもぎは放課後どこかで一緒に遊んでいるので、このケースはレアだ。

 そうしていると、教室のドアから、僕に向かって手招きしている子がいた。

 あれは、赤縁メガネの委員長、あやかだ!

 十中八九、マリンの話だ。


 だが、今はまずい。


 とりあえず、いったんあやかに話を聞こう。



「ちょっと、委員長に部活の事で伝えとくことがあるんだ。よもぎとアカリは、その後で話聞くから、ここで待ってて、すぐ終わるからさ」

「うぃっすー、ならここで適当に駄弁ってるわ!」

 よもぎはゆかとちゆ、アカリも交えて雑談を始めた。

 こうなったら、あやかに相談して、マリンと先に写真部へ行ってもらおう。

 あやかが居てくれて助かった。



 僕はあやかの方へ向かった。



「玉元くん、何か用事?」


 あやかが不思議そうに聞いてくる。

 マリンは一緒ではないようだ。


「……で、あの、マ、……彼女は?」

 僕は小声であやかに囁く。


「うん、今はCクラスで待たせてる」

「よく待ってられるよね、大丈夫なの?」

「うーん、……うーん」

 悩む委員長。あやかがこんなに返答で悩むところは初めて見た。

 かなりの難題なのだろうか?

「何かあったの?」

「うーん、何もないって言うと、何もないんだけど、あったと言えばあったかな」

「意味が分からない、具体的に言って」

「あの子、予想以上に喋ってくれなくて、ずっと緊張してたのね。それで、先生に言って、授業の始めと終わりの5分だけCクラスにいて、あとはこっちのEクラスで授業聞いてたんだけど。ほとんど保健室の時と変わってないの」

「そっかー、でも復帰して初日なら仕方ないよ」

「そうよね、それは私も思う。ただ、これが続くと厳しいかもね」

「だよなぁ、そんな簡単にいくとは思えないよ」

「あ、でも良い事もあったよ」

「なに?」

「あの子に興味を持ってくれた子が1人居たんだ」

「だれ?」

「きょうこちゃん、写真部の子なんだけど、覚えてる?」 

 思い出した、グラマーなりさと同じで、関西弁の子だ。ただ、りさと違うのは、大人しくて控えめな所だ。茶髪のポニーテールで、身長は155くらいだったと記憶している。体型も至って普通の子だった。


 だが、何故あんな大人しそうな子と接点ができたのだろう?

 自分から話しかけるタイプには見えなかったが。

「覚えてるけど、きょうこちゃんって、そんなに自分からグイグイいくタイプには見えなかったんだよね、意外。てかCクラスだったんだ」

「ねー、私もそう思ったんだけど、話しかけたのも、きょうこちゃんからだったんだよ、私、きょうこちゃんがCクラスって事、ぜんぜん覚えてなかったからびっくりしちゃった」

 あやかが嬉しそうだ。

 やはり、マリンもこれから写真部員として活動するのだ。部員同士が仲良くなるのは部長としても嬉しいのだろう。

「そうなんだ。マリ、……ンは、友達になれそうな様子だった?」

「なれると思うよ、きょうこちゃん、前の方の席で少し離れてたんだけど、ずっと私たちの方チラチラ見てたみたいで、隅……影さんも気付いてたそうなの。私はぜんぜん気付かなかったから、それこそ、フィーリングが合ったんじゃない?」

「そうなんだ。じゃあ、写真部でもっと仲良くなれれば、1人で授業を受けられるようになるかもね」

「そうね、私、先生に頼んで席替えしてもらって、きょうこちゃん隣に引っ付けたいのよ。今日はそれを聞いてみるつもり。きょうこちゃんさえ良ければ、大丈夫だと思う」

「ありがとう、助かるよ、ほんとに、あやかが委員長で良かった。一時はどうなるかと心配してたんだ。このお礼はまたさせてもらうね」

「ふふふっ、お礼なんて、気持ちだけで充分だよ。まだ上手くいくと決まったわけじゃないし、また引きこもっちゃったら責任取れないからね」

「とにかくありがとう、今の状態だけでも助かり過ぎてるくらいだから」

「それで、秋風さんとは話してみたの?」

「うん、昼休みに屋上で」

「どうだった?」

「肝心なところは聞けてないんだけど、思ったよりは、熱は無さそうなんだ。仲直りできるかもしれない」

「ほんとに?時間経ってるからかな。できれば、もうイジメないって約束して欲しいんだけどね。あの子、かなり怯えてたから、見つけたら逃げちゃうかもね」

「約束か……、確証はないけど、少なくとも恨みはもう風化しそうではあるから」

「恨み?なに?恨みがあってイジメてたってこと?」

「あぁ、実は、入学する前からよもぎは知ってて、少し根深い問題だったんだ。だけど、今はその問題の大部分が取り除かれてる状態だから、これ以上関係が悪化することは無いと思う」

「そうなんだ、それなら良いけど……」

「これから、よもぎと話すから、先に部室に行っててくれる?最悪、今日は部活に出られない可能性もあるんだけど、そうなったら、何とかバス停までは送り届けて欲しいんだ」

 あやかは少し悩むような顔をした。

 どうしたのだろうか?

「あの……、できれば、部活に顔は見せて欲しい」

「なんでさ」

「あの子、あなたが来ないかもって分かったら、暴走するかもしれないから」

「そんなことある?」

「ありそうなの。きょうこちゃんとの話題、玉元くんの話だけだったし、今日、部活で玉元くんをきょうこちゃんに紹介するってことで張り切ってるから」

「何だよそれ、僕の話しかないのかよ、他にもきょうこちゃんの写真についての話題とかあるだろ」

「それは、そうなんだけど、あの子、玉元くんの話をしてる時だけ落ち着いてるから、玉元くん来ないかもって伝えたら倒れちゃうかもよ」

「なんでだよ!?」

「私に聞かないでよ、そんな感じなんだもん」

「……分かった。なら、顔出す努力はするよ」

「お願いね。……あとあの子、あなたのこと大好きよ。何したらあんなに好かれるのか不思議なくらい。悪いことじゃないけどね」

「うん、ありがとう」


 恥ずかしくなってきた。そんなにマリンは僕の話をしていたのか。

 本当に、初対面の時の反応を考えると真逆だな。

 嬉しい気持ちもあるが、その分、その信頼に応えるには努力が必要な気がした。


「じゃあ、またあとでね、気をつけて」


 あやかはCクラスに戻っていく。


 僕は一応、クラスからマリンときょうこが連れ出される所まで確認した。

 背中を向いているのでマリンには気付かれなかったが、きょうこが一瞬こっちを見た。

 茶髪のポニーテールがふわっと揺れて目が合った。


 きょうこが僕を見て優しく微笑む。


 幼さが残る顔立ちで、おっとりした雰囲気。何となく知性を感じるその雰囲気に安心する。

 彼女なら、マリンを救ってくれるかもしれない。


 教室という『地獄』から。





 僕はクラスへ戻ると、相変わらず、よもぎ、ゆか、ちゆ、アカリは楽しそうに談笑していた。



 僕はホッとする。




 よしよし、これからよもぎとの話し合いで、何とか改善させよう。



 あやかの話を聞いて心が軽くなった。




 これなら、何とかなるかもしれない。




 味方があやかだけではなく、きょうこまで増えたのだ、これでマリンが無事に学院へ通えるようになれば、僕らの夢の中の活動にも良い影響を与えられる筈だ。






 僕は談笑している4人のところへ近付く。







 僕に気付いた4人が僕の方へ振り向く。





 おや?





 なんとなく異様な空気感があった。




 ちゆとアカリが少し申し訳なさそうな表情で、ゆかはキョトンとしている。




 よもぎは冷静というか、無表情だ。





 この数分で何かあったのだろうか?






 その答えはすぐに分かった。




 ゆかが、抑揚のない声で僕に衝撃の質問をした。









「セイシくん、マリンちゃん来てるの?」





 僕は目眩めまいがして倒れるかと思った。
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