見習いサキュバス学院の転入生【R18】

悠々天使

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2章 粛清と祭

第56話 白い翼のアンダンテ

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 サキュバスの目



 サキュバスには、背中、肩甲骨の辺り、もしくは腰から生える羽根と、尾てい骨付近から生える尻尾の他に、目にも特徴があった。



 青い目だ。



 最も、この青い目というのは、白人のような、一般的なブルーアイとは違い、全体的に光を放つ様な、キラキラとした宝石のような色をしている。

 ちゆやマリン、アカリもそうだが、悪魔測定器がオールイエローの月富ラナも青い目だった。

 普段生活をしていて、この青い目にあまり違和感を感じないのは、実は遠目に見ると黒っぽく見えるからだ。

 実際には、暗くならないとそこまで青は目立たず、近距離で覗き込んで初めて気付く事すらある。

 特に、性的な興奮を伴う場合には、より青く輝くそうだ。

 逆に、輝かなければ普段の黒い目に見える。


 ここが、通常のブルーアイとは違った特徴と言うわけだ。

 ちゆが、僕の目を綺麗だと言ったのも、おそらく、何らかの興奮状態が輝きを増幅させたのだ。


 僕はサキュバスの目を近くで何度も見ている。

 だからこそ、自分の目の異変にはすぐ察しがついた。

 僕が強烈な腕力で殴り飛ばしたタクトも、発光した僕の青い目には驚いていた。

 しかし、驚いているのは何も、タクトやマリン、ちゆだけではない。


 僕が一番驚いている。


 僕は自分の手の平の青白い煙を見て、自分の身体に異常が発生していることを悟った。


 しばらくして、煙は消えた。

 目も元通りだ。


 一時的に、人間の僕にも悪魔の力が覚醒したのか。




 だが、………なぜ?



 とにかく、まずはタクトを病院に運ばなくては。


 もう辺りは暗く、時刻は21時を過ぎている。

 街灯の柱に激突したタクトは、僕の目の異変を訴えた後、すぐに気を失った。



 マリンとちゆは2人であわあわオロオロしていて、焦りまくっている。

 マリンは震えてるのか、取り出した携帯を落として、拾おうとし、また落としてを繰り返しているし、ちゆは周りをキョロキョロして、クルクル動き回り、なぜかさっき、足をもつれさせて転んでいた。

 2人して何やってるんだ。


 落ち着かないにも限度があるだろう。


 僕は一旦、学院の職員室へ電話した。


 すると、ちょうど辻先生が帰るところだったらしく、すぐに車で駆け付けてくれた。

 救急車を呼ぼうと思ったが、どうやら、学院内に外科医が複数名、常駐しているらしく、緊急手術にも対応できるくらい設備が整っているらしい。

 聖天使女学院、恐るべし。というか、ほぼ病院じゃんか。

 辻先生は、彼を連れて学院に戻ったが、その際に、僕も検査してもらう様にと言われた。

 院内で学生同士がいざこざを起こしたら停学になる事があるらしいが、今回はタクトが完全に部外者なので、学院生としてのお咎めは無いらしい。

 とは言え、喧嘩したことには変わりないので、事情聴取は行われるそうだ。

 僕は学院へ戻ることになったが、マリンは先に返す事にした。

「マリンはタクシーで寮に戻っていてくれ。僕は学院で身体を診てもらうからさ」

 マリンは不安そうにしている。

「タマモト、私も行くよ」

「大丈夫、君は休んでいてくれ、今日は疲れただろう?」

「でも、そんな、タマモトに比べたら私なんて」

「……だけどさ」


 マリンの気持ちは嬉しいが、このまま学院に来られると色々と不味い。

 よもぎとゆかがまだプリウムにいる可能性もある。

 僕が困っているのを察したのか、ちゆが声を掛けた。


「マリンちゃん、ちゆが一緒に居たげよっか?」


「ちゆが?」

 マリンは目をパチクリさせる。

「うん、マリンちゃん、ちゆと喋りたいでしょ?」

「……なんで?」

「マリンちゃんの部屋、遊びに行きたいなー」

 ちゆがマリンの身体に擦り寄っている。

 気を遣ってくれているのだろうか?

 だけど、良いのか?

「…………参謀タマモト、1人で平気か?」

「あ、うん、平気平気、ってかさ、後で夢で会う約束だろ?」

「……まぁ、そうだけどさ」

「僕もすぐ帰るから、先に帰ってご飯食べて、お風呂でゆっくりしててくれよ」

「マリンちゃん!お風呂ちゆと一緒に入ろうよっ」

 ちゆがマリンの腰に抱きついている。

 コレにはマリンも恥ずかしそうだ。

「……うん、まぁ、タマモトがそれで良いなら、帰るよ」

 僕はホッとする。

 ちゆと離れるのは少し心配もあるが、マリンもデーモンハンターだ、大丈夫だろう。

「じゃあ、2人は帰っててくれ、ちゆちゃん、また連絡するよ」

「うん!がんばってね、お兄ちゃん」


 2人をタクシーに乗せる。



 すると、発進前に、マリンが僕に言った。


「タマモト、私、…………考えても良いからな」


「え?何の話?」


「………だから、あの………」


 なんだか恥ずかしそうにモジモジしている。


 どうしたんだろう?


「タマモトの、…………子ども」


 僕は全身が熱くなる。


「はぇ!?」

「タマモトが欲しいって言ったんだからなっ!」


 欲しいとは言ってない。

 断じて言ってない。


「マリン、アレは、……そういう意味じゃなくてさ」


「タマモトがその気なら、私、覚悟するからなっ」

「覚悟しなくていい!」

「赤ちゃんの名前、考えとけよっ、私も考えるからっ!……じゃーなっ!」


 バタンっ、とドアが閉まると、タクシーが発車した。




 呆然と見送る僕。





 なんだ?


 マリンのさっき言った「産むの」ってヤツは、本気だったってことか?


 確かに、めちゃくちゃ真に迫っていたし、演技のプロのようだとは思ったが、どうやら演技では無かったらしい。


 マリンが、……僕の子供を?



 保健室での妖艶なマリンの姿が脳内にフラッシュバックする。

 胸が熱くなり、下半身が反応する。


 ……待て待て、マリンとはセックスしてないし、これからヤろうとも全く思ってない。

 それなのに、マリンは僕との子供を作ることに満更でもない様子だ。


 そんなの有りなのか?



 思い返してみても、ゆかには、子供が出来たらどうするんだと責められ、さっきも、りさに中出しを責められたばかりだ。


 それを、まだセックスに至ってもないし、至る予定のないマリンから、妊娠を許可されている。

 しかも、マリンとの子供という事は、ハーフサキュバス、つまり、アカリ2号が出来ることになる。

 2号というのは語弊があるか……。

 一応、僕の知っている中では2人目と言う意味だ。


 マリンは、どういう価値観で言ってるんだ。サキュバスだからなのか?

 いや、そうだ、たぶんサキュバスだからだろう。

 そう考えないと、マリンの魅力に負けてしまう。

 教室の廊下で、あやかが言っていた、マリンの僕への好意を思い出す。

 何をすればあんなに好かれるんだと、あやかは疑問を持っていた。

 それが今、分かった気がした。

 だけど、マリンにとって、タクトと僕の違いはどこなのだろう?

 まだマリンが僕を特別視しているとは限らないのではないだろうか?


 タクトに対しても、同じ様に熱を入れていたのだとしたら、彼女の愛が本物なのかはハッキリしない。

 単なる性欲ではない、特別な何かが無いのであれば、ゆかや、りさよりも上位の好意かどうかは分からない。


 確かに、『私、考えても良いからな、タマモトの子ども』という、言葉だけを聞けば、ゆかや、りさよりも愛は深そうにも聞こえるが、さすがに単純過ぎる。

 りさだって、オールグリーンになった後で、中出しを責めたのだ。

 あのままサキュバスになっていれば、僕に対して責めなかっただろう。


 そう考えると、オールグリーンになったマリンを見てみたくなった。


 マリンがただの人間の女の子になった時、僕に同じ事が言えるのだろうか?


 …………まぁ、そんな事、考えたって無駄なんだろうな。




 何となく寂しい気持ちを胸の奥に秘めて、僕は学院へ向かった。








 ⭐︎







「セイシくん!」



 僕が保健室に向かう途中、ゆかに声を掛けられた。


 やはり、まだ残っていたようだ。だけど、なぜ僕が保健室に向かう事が分かったのだろう?



 心配そうに駆け寄ってくる彼女。



「ゆか、ごめん、遅くなっちゃって」

「いいよ、顔、腫れてるよ、大丈夫?」

「うん、ちょっとね、だけど、何でここに?プリウムに居たんでしょ」

「タクトって人が、担架で運ばれてるの見つけて、3人で追いかけてきたの」


「そうなんだ、なら、彼はこっちじゃないよ」

 学院の病棟は、保健室とは逆方向にある。辻先生に聞いて初めて知った。

「知ってる」

「知ってたんだ」

「うん、保健室入ろ」

「え?」

「私が傷の手当してあげるから」

 そう言うと、ゆかは僕の右腕を掴んで、保健室の中へ引っ張った。


 中は誰もいない。


 ゆかは僕の擦りむいた手の平を優しく水洗いし、被覆材ひふくざいを貼ってくれ、取れないようにと、包帯で固定した。

「ほら、顔の傷も洗うから、こっち来て」

 彼女の柔らかい手に頬を押さえられ、口元を洗われる。

 ゆかの甘酸っぱい香りを近くで感じてドキドキする。

 顔を洗われている時に頭と耳が胸に当たり、ぷにぷにとして気持ち良かった。

 吐息を額に感じる。

 頬を撫でるように洗われるのが心地良くて、幸せな気持ちになった。


 怪我をして良かったと感じたのは、人生で初めてだ。

 ゆかは、滅菌ガーゼで水分を拭き取ったあと、絆創膏を3箇所貼ってくれた。

「消毒液は使わないの?」

「うん、綺麗に水洗いすれば平気。消毒液って、常在菌も全部殺しちゃうから、かえって悪化する事もあるんだって」

「そうなんだ」

 ゆかは詳しいんだな。

「他にはどこか怪我してない?」

「…………いや、特には」

 ゆかが僕の顔を覗き込む。

 彼女の顔が至近距離に来て顔が熱くなった。

 パッチリとした瞳と、長いまつ毛。スッと伸びた鼻筋に、キュッと閉じた唇。

 サラっとしたぱっつんの前髪が揺れる。


 可愛い。


 なんでこんなに美少女なんだこの子は。


 何度見てもドキドキする。

「セイシくん、後ろ向きなさい」


「は、はい」


 僕は後ろを向くと、ゆかがバッと、シャツを両手で引き上げる。


 無言で僕の背中を見つめるゆか。


「…………ふーん」


「あ、あの、ゆか?」

「セイシくん、背中、なんともない?氷なら有るけど、冷やす?」


「……え?うん、別に、大丈夫かな」


「そう……」


 僕らは、保健室の窓側に置いてある大きめのソファに座った。


 そう言えば、確かに、派手に打ちつけたようには思ったが、なぜか痛みは現れなかった。


 あの、サキュバスの目と何か関係があるのだろうか?



「ありがとう、ゆか」


「コレくらい、当然でしょ」

「そんなこと……」

「私は、セイシくんの彼女なんだから」

 当然のように口にするゆか。



 ドキッとした。



 そうだ。


 ゆかは、…………彼女だ。



 僕は身体が熱くなった。

 なぜ今更こんなに胸が高鳴るんだろう。


 正直、嬉しい。


「そうだ、ゆかはよもぎ達と合流しなくて良いの?」

「……なんで?」


「え、……えっと、何でって、担架を見て3人で病棟の方に向かってたんでしょ?」

「うん」

「よもぎとタクトの事、気にならないの?」

「なるわけないでしょ」

 即答するゆか。



「……そうなんだ」


「私といるの、嫌なの?」

「ななな、なんてこと言うんだよ」

 僕は動揺する。

「私をよもぎちゃんの方に行かせようとしてない?」

「そんなわけないだろ」

「……そう、なら良いんだけど」

「あのさ、ゆか」

「なに?」


「よもぎやアカリと、何話してたの?」

「え?……なんだろ?普通の話だよ」

「だって、タクトが会いに来たんだろ?」

「そうだけど、別に、私としては何とも」

「そんな関心ないなんて事ある?よもぎ、親友でしょ?」

「よもぎちゃんは親友だよ」

「だったら、タクトのことも少しは気になるんじゃない?」

「ならないよ」

「そうなんだ」

 不思議だ。

 ゆかにとって、よもぎの行動とか人間関係はどうでも良いのだろうか?

 よもぎに対して、どうして自分に告白して来ないのかとか、色々気にしていたのに。

 タクトにしてもそうだ。

 たぶん、タクトはゆかに一目惚れしていた。

 なら、何か声を掛けられていたはずだ。

 全く何も感じないなんて事、あるのだろうか?


「てかさ、セイシくん、私のこと、もっと気にして欲しいんだけど」

「僕が気にしてないって思ってるんだ」

「うん」

「僕は普段からゆかの事、すごい考えてるんだけどな」

「でも言ってくれないじゃん」

「そっか、ごめん」

「よもぎちゃんの事を助けてあげたい気持ちは分かるけど、私だってもっとセイシくんと遊びたいんだよ」

 またドキッとした。

 ゆかの何気ない言葉で悶絶しそうになる。

 嬉しいが、謎もある。

「……それは、ごめん、…………今度遊びに行こう」

「うん、遊園地もいく約束でしょ?あと、パンケーキも食べたいし」

「……そうだったね、行こう」

 ちゆの事でバタバタしていて忘れていた。

 遊園地に行く約束だった。

 緊急事態だったとは言え、これは失態だ。


「なのに、セイシくん怪我なんかして、何やってんのよ」

「ごめん」

「早く治してね」

「……それで、あの、タクトから何か言われなかった?」

「何かって?」

「ほら、あの、何か誘われたとかさ」

「…………誘われる?私が?」

 この反応だと、本当に何も無かったのかな?

「例えばそう、可愛いねーとかさ、何かこう、言われたりしてないかなーって」

「……………私みたいな子、タイプなんだって」


 言われてるじゃないか!


 予想通りだ。


 アイツめっ!僕の彼女に……。知らなかったとは言え、同罪だぞ。


「そうなんだ。やっぱり、ゆかってモテモテだよね」


「そうかな?私みたいな、って言ってるだけで、私の事じゃないでしょ?」



 天然かよ!?


 キミみたいな子がタイプ、っていう言葉は、キミが好きですと言ってるようなものだろう。

『自分みたいな人が好きなんだー、じゃあ自分ではないな』とか、そんな考え方するヤツなんているのか?

 鈍いにも程があるだろう。

「ゆか、それはモテてるって言うんだよ」


「そうなの?」


「うん、僕はショックだよ」

「なんで?」

「だって、自分の彼女が、あんなカッコいい男からアプローチされてたら、心配するでしょ普通」


 そう言うと、ゆかは自分の口元を右手で隠して肩を揺らしながら笑う。

 楽しそうだ。

「へぇー、そっかー、そういう事?」

「……なんだよ、おかしいかよ」

「私が誰かに取られるんじゃないかって、不安なんだ」

「……そうだよ」

 急に恥ずかしくなってきた。

 こんなこと、本人に言うことじゃないな。

「ふふっ、セイシくん、私のこと、自分のモノだと思ってるんでしょー」

「え、いや、そんなこと無いよ、自分の物だとかそんな考えは」

「思ってないの?」

「そりゃ、だって、自分のだとか、そんな事は、人権無視じゃないか」

「ふーん、人権ねぇー」

「そうだよ、例え、彼氏彼女だとしても、ちゃんと人権は守られないとダメなんだ」

「そっかー、じゃあ、私は私の権利があるって事なんだね」

「そうだよ、ゆかは、ゆかの自由な意思を尊重される権利があるんだ」

「すごーい、そんな権利が私にあるんだ」

「軽いなぁ、そりゃそうだろ、僕はゆかの意思を尊重したいって、いつも思ってるんだ」

「へぇ、それは大変そうだね」

「ゆかのこと言ってるんだよ」

「そっかー、私の意思を守るために、セイシくんは苦労してるんだねぇ、それは可哀想ね」

「……なんで可哀想とか言うんだよ、別に苦労してないし」

「してるじゃん」

「いつしたのさ」

「さっきも、私がタイプだって言われて、心配してたでしょ?」

「……してた」

「苦労するねー、私の権利守るのは」

「バカにしてない?」

「なにが?」

「僕のことをさ」

「してないよ」

「ほんとに?」

「うん、セイシくんがそうしたいなら、私は良いと思うよ」

「僕が、っていうか、……ゆかの気持ちを尊重したいって事でさ」

「セイシくん、私が他の人好きになったって言ったら、どうする?」

「好きな人、いるの?」

「いたらどうするかって、聞いてるの」

「……それは、………まぁ、仕方ないよね」

「諦めるの?」

「あ、諦めないよ、簡単には」

「ふーん、そうなんだ、何をして引き止めるの?」

「えっと、…………ディナーに誘う」

「ふむふむ、それで?」

「…………僕の愛を、……伝える」

「ぶふっ」

 ゆかが吹き出した。

 すごい笑っている。よほど面白かったのだろうが、僕としては真剣だ。

 いつも、真剣になればなるほど、ゆかが笑っているような気がする。

 どうしていつもこうなるんだろう。

「な、なんで笑うんだよ、僕は真剣にゆかの事を考えてさ」

「あー、……もうっ、ほんと、セイシくんって、なんでこんなに面白いんだろ、ぶふふっ、あははっ」

 ツボに入ってるようで、笑い続けている。


「なんなんだよ、ゆかを尊重しようと思ってるのに……」



「あのね、大丈夫、私はだよ、ふふっ」


 羞恥心で身体が熱くなった。

 いつも見透かしたように馬鹿にしてくるゆか。

 それでも、離れられない、というか、離れたくない気持ちにさせてくる彼女。


 僕がゆかの思考を上回る時が来るのかどうかを考えると絶望的な気がした。

「ゆかはそれで良いの?」

「もぉー、セイシくん、そういう所がダメ男なんだよ?分かる?」

「そう、なのか」

「私の権利とか、そんなのじゃなくて、もっと私に言う事があるでしょ?」

「なんだろ」

「だねぇー、なんだろーねぇ、セイシくーん」

 ゆかは、両手の人差し指をくるくる回しながら左右に揺れている。

 その姿が可愛くて、僕は無意識に、立ち上がり、ゆかに近付いていく。


 ゆかの指の動きが止まり、腕を下へ下ろした。


 僕はそのまま、ゆかを優しく抱きしめた。


 むにっとした柔らかい身体の感触が伝わってくる。


「ゆか、……好きだ」




「ふふっ、正~解ぃ」



 ゆかが僕を見つめて、唇にキスをした。

 甘い香りと、柔らかい感触に、頭がぼーっとしてくる。

 身体から力が抜けて、気分が良くなった。



「……ゆか」



「やれば出来るじゃん」



 僕はゆかを椅子から立たせると、強く抱きしめた。

 むにっとして抱き心地の良い上半身。自然と興奮してくる。

 怪我をしてなかったら、そのままベッドに押し倒していただろう。

 ゆかは嬉しそうに身体をくねらせた。

 胸を押し付けてくる彼女。

 正直、かなり気持ちいい。




 ……そうか、これが彼女のして欲しかったことなのだ。



 何となく理解した。


 そうだ。


 僕に足りないものは、彼女の自分への好意に対してのなのだ。


 結局僕は、自分の行動に対して、ずっと負い目を感じたままだった。


 ゆかに愛される資格が無いと、勝手に自分を値踏みしてしまっていたのだ。


 だけど、彼女はそんな事は大した事では無いと思っている。


 これは多分、器が大きいとか、優しさとか、そういう類のものとは違う。



 僕に、愛情を伝えて欲しい。


 
 ただ、それだけだ。



 
 僕はほんとに、身勝手なヤツだと、自分でも思っている。


 だけど、そんな自分を含めて、ゆかは僕を好きになろうとしてくれている。


 必要なのは、彼女が僕の事を許すか、許さないかでは無く、自分の行動への自信なのだ。



 僕が正しいと思う事に、従う。


 そんなの、


 ゆかは僕の求める理想の女性になろうとしているだけなのだ。


 よもぎに対してもそうだ。

 理想の親友とは何か。

 今までの事も、それを突き詰めた結果だ。

 だからよもぎに何でも協力していた。



 責任のでは無い、責任のだ。


 ゆかはたぶん、よもぎが堕ちるところまで堕ちたとしても、見捨てる事なく、共に堕ちてくれるのだろう。

 そして、よもぎが堕ち切ってしまった後でも、ゆかは彼女を救える力を持っている。


 ゆかは変わらないのだ。





 ……だから彼女の背中には、白い翼が生えている。








 寮へ帰ってからも、彼女が僕に、を聞く事は無かった。











 ⭐︎










『サキュバスの目が発動した?』



 ケルビンは驚いているが、半信半疑といった声色だった。


 僕はあの後、自分の診療のためにゆかと一緒に病棟へ向かったが、ひと通り終わるとすぐ、辻先生に帰されてしまった。

 タクトの状態は分からないままだ。

 事情聴取は後日だという。

 そんな悠長で良いのだろうか?


 ちなみに、よもぎとアカリもすぐ帰されたそうで、携帯のメッセージにその内容が送信されていた。

 僕の背中の打撲について診療して貰ったが、特に異常はなかったようだ。

 アレだけ豪快に背中から落ちたのに骨が無事だったのは、サキュバスの力が関係していたからだろうか?


 僕は、そこも含め、寮でケルビンに相談する事にした。



「はい、サキュバスの、青い目になっていたんです」

『そうなのか、だが、何の前触れもなくそんな現象が起きるとは考え難い。何かいつもと違った行動をしなかったか?』


「……いや、あの、実はですね」


 僕はケルビンに、りさのサキュバス抑制について話した。

 あ、ゆい子やまふゆとのアレコレは伏せてある。

 さすがにアレは気軽に話せる内容では無い。


『なるほどねぇー、それで合点がいったよ』

「原因は分かりましたか?」


『あぁ、間違いない。キミが飲んだ、抑制剤の副作用だね』

「副作用?強くなったのにですか?」

『別に副作用が全て、能力を弱体化させるものだとは限らないだろう。今回は、筋力が強化されるという副作用が起こったに過ぎない。従来通りの使い方に合わせて言い方を変えるなら、強くなるということは、裏を返せば、肉体に負荷をかける事でもある。負荷をかけさせる事はマイナスになるのだから、それを副作用だと考えれば納得いくかい?』

「……そうですね、そう考えると、副作用ですね」

 ケルビンの説明はいちいち複雑で面倒くさい。

 たまに核心をつくので助かることもあるが、普通に聞くと頭が混乱するので、もっとシンプルに説明して欲しいものだ。


『いずれにしても、抑制剤の効果でキミの一部が悪魔化することが判明した。今まで、そういった事例は無かった事を思うと、キミの特異体質だと考える方が妥当だろうね』

「僕は、このまま抑制剤を飲み続けても大丈夫なのでしょうか?」


『問題ないだろう』


 問題ない?

 意外だな。

「それは、どうして言い切れるんですか?」

『抑制剤には、人間を悪魔に変える効力は無いからだ』

「ですが、僕の遺伝子が特殊なのだとしたら、抑制剤によって悪魔になる事もあり得るのではないですか?」

『それは大丈夫だ。抑制剤は、人間の遺伝子を合成したサキュバスの愛液に過ぎない。それを体内に取り込んだところで、完全に悪魔化することは無いだろう』

「そうですか、でしたら、肉体強化についてはどう説明するんですか?」

『そうだな。今確認されている情報によると、抑制剤には、サキュバス化する遺伝子を組み換える作用の他に、精力を著しく高める作用があるんだ』

「それは、分かります」

 僕はちゆのしっぽから愛液を吸うと、身体が興奮して、まるでバイアグラでも飲んだように精力的になる。

 そのおかげでゆい子の事も早い段階でイかせられた。

 たぶん、射精のコントロールもし易くなっている。

 僕がりさとのセックスまで耐えられたのは、間違いなく抑制剤の効力だろう。


『そして、サキュバスの特徴の中に、性的興奮が瞳を青く輝かせるというものがある』

「……そうなると僕は、性的興奮で筋力が強化されたって言うんですか?」

『一概に性的興奮だけとは言えないだろう。あくまで、興奮状態になった場合に、キミの中の精力が筋力に変換されたと考えるべきだ』

「そんな……精力が筋力だなんて」

『全くおかしな話ではない。キミは、スポーツ選手が得点を決めた所や、知能テストで世界記録を出した一般人、クイズ番組で、優勝を決める最後の問題を解いた瞬間の芸能人を見た事があるだろう?』

「そりゃ、見た事はありますが……」

『その時、彼らは勃起していなかったか?』

「……そんな冷静に股間に注目した事は無いですよ」

『なら、あとで動画でも漁って確認することだ。ほとんどの場合は、性的興奮を伴っている』

「何となく分かりますけど、それと今回の件が、どう関係するんですか?」

『ここまで言えば、さすがに見当はつくはずだ。キミは理不尽に殴られた衝撃と、背中をアスファルトに殴打した事によって、ふつふつとつのっていた怒りが頂点に達し、心理的に興奮状態になった。これはアスリートが記録に挑戦する時の緊張感や、最後のクイズに答える芸能人の緊張感に酷似している。その状態が、抑制剤を取り込んでいたキミの身体に作用して筋力が強化されたのだろう』

「身体が危機感を持っていたから抑制剤が作用した、ということですか?」

『そういうことだ』

「理屈は何となく分かりますが、僕は抑制剤をりさに出した後でしたし、あそこまで強化される事には、まだ違和感を感じますよ」

『抑制剤を放出したとしても、身体から完全に消えるわけでは無い。一部は消化されて、キミの身体の一部になっている』

「なんだか恐ろしいですね」

『しかし、そのお陰でキミは助かったのだろう?』

「まぁ、そうなんですけどね。強くはなりたかったですが、こんな形でとは思いもしなかったので」

『素質はあるんだ。この際、利用すれば良いのではないかい?』

「何の素質ですか?」

『インキュバスさ』

「僕に、悪魔の素質があるって言うんですか?」

『だってキミは、男としては相当な絶倫なのだろう?10回はできると聞いているぞ』

「まぁ、……絶倫ってことは認めますよ。僕の特異体質と言えば、そうかも知れません。別に誇らしいことでもないですけども」

『何を言っている。それだけ精力旺盛なのは、誇っても良い事だ。それだけ多くの女性を相手にできるということなのだから』

「そんなに、相手できないですよ」

『何も全員と一斉にとは言ってない。1人ずつだとしても、連続で相手にできるというなら、それも才能だ』

「………これが、才能」

『現に、キミはダンテグローブを使いこなしている。アレはインキュバスが好んで使う武器で、多大な精力を必要としている。キミ以外の男では、2、3発も衝撃波を撃てばスタミナ切れになって倒れてしまうだろう』

「そんなに精力の消費が激しいんですか?」

『あぁ、そうだ。キミがエリスを仕留められたのも、キミが絶倫だったお陰だ』

「……なんだか複雑な気持ちになる話ですね」

『何を言うんだ、私からすれば、絶倫だと知ったからキミをスカウトしたようなものだ。光栄に思いたまえ』

「…………素直に喜べませんね」

『だが、いずれにしてもその能力があったから、時見りさを抑制できたのだろう?自分の精力に感謝しても良いのではないか?』

 確かに、りさを抑制できた事は僕にとって大きな一歩だ。

 あんな特殊な状況で無ければ、もう少し楽に抑制できたはず。



 僕は自分の絶倫に感謝することにした。


「……すいません」


『どうかしたのか?』

「りさの抑制は、僕の独断で行った事でしたので」

『あぁ、そんなことか』

「大丈夫だったのでしょうか?」





『いや、NGだ』




「え?」

『本来なら、勝手な抑制は罰則がある』

 やはり、罰則があったのか。



「…………どうすれば良いでしょうか」


『まぁ、抑制してしまったものは仕方ない。結果が良かったのだから、今回は私の指示だったと報告しておく』

「申し訳ないです」

『キミも、焦っていたのだろう?』

「はい、オールレッドだったので」

『よくオールレッドで抑制する気になったね。失敗していればかなり危険だっただろう』

「それは覚悟の上でした」

『まぁ、私としては、成功したのなら何も言うまいと思っている』

「ケルビンさんに迷惑を掛けたくは無かったんですけどね」

『構わない。コレくらいの事は想定の範囲内だ』

「僕が個人的に抑制をする事を読んでいたんですか?」

『いや、全く』

「……そ、そうですか」


 なら、何が想定の範囲なんだ?


『キミは人間の男だからね』

「はい、それが何ですか?」

『オールレッドの見習いサキュバスに襲われる可能性は充分にあった』

「それは、どういう意味ですか?」

『いやね、キミが普段から抑制剤を飲んでさえいれば、いざ襲われた時も抑制に踏み込めるのでは無いかと思っていたんだ』

「それはつまり、襲われたから仕方なく抑制するって感じですか?」

『そういうことだね。しかし、今回も半分は似たようなものだろう?』

「それはそうとも言えますね」

『キミが抑制したいと思ったのは、何か理由があったのかい?』


 この質問は困る。


 りさに関しては、個人的な感情もあった。


 しかし、それを伝えると、自分の好みの子だけをターゲットにする人間だと誤解させかねない。


 とは言え、何と言えば良いのか……。


「オールレッドを見て焦りました。今しか抑制できないんじゃ無いかって」


『そうか、まぁ、今回は不問だ。次は私に報告してから挑んでくれ』


「はい、ありがとうございます」




『それで、本題なのだが』


「はい」


 明日の夢の話。

 マリンとアカリと共に、冥界のザクロへ向かう予定だ。

 目的は、ちゆの融合。



『レオミュールの許可は取ってある』


「本当ですか?」



『あぁ、安心したまえ』


「良かったです、何か言われませんでしたか?」

『そこについては、夢の中で話してくれるそうだ』

「え?レオミュールがですか?」

『いや、アカリくんだ』

「今日、マリンと訓練するんですが、アカリもいるんですか?」

『なんだって?隅影くんに訓練を頼んだのかい?休ませる約束だっただろう』

「いえ、僕もそのつもりだったんですが、マリンが率先して言ってきて……、一応、一通り聞いたらすぐに休んでもらう約束はしてますので」

『そうなのか、まぁ、本人がそうしたいなら、彼女に任せよう。私が強制したところで良い結果にならなさそうだからな』

「ありがとうございます」


『とにかく、無理はしないでくれたまえ。私としては、明日は偵察だけでも充分だと考えている』

「…………それは、あの」

『キミの気持ちは分かる。一刻も早く、三神くんを助けたいのだろう。だが、早まってはいけない。確実に助けられると思うまでは、隅影くんに従ってくれ』

「…………はい」


『私も、キミには期待している。これはお世辞では無い。だからこそ、こうして釘を刺しているんだ、分かるね』


「はい」



 もちろん、ケルビンの言葉は分かる。


 僕は自分の行動を抑制できるか心配だ。

 だが、アカリやマリンが一緒なら、自分を上手く導いてくれるのではないかと淡い期待も抱いていた。



 僕は助けたい。




 なんとしても……。










「セイシくん、まだ電話してたんだ。長いねー、そういや、ちゆちゃんは?」





 後ろから、お風呂から戻ってきたゆかの声がした。
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