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4.婚約者と三段重
結局、ロアン様は本当にわたくしの婚約者になってしまった。
お父様が承諾の返事をしたからだ。
ガーネル家と名乗られればわたくしもわかる。古くから続く侯爵家で、財務に関する高官の地位につくことが多い。宰相を輩出したこともある。
「ヒューバート殿下には劣るが、お前の嫁ぎ先としてはまあ及第点だろう」
さらっと相手を値踏みして勝手に見下す感じ、ゲスいですお父様。
というかやっぱり狙っていたのですね、王太子妃の座。
わたくしがヒューバート殿下との婚約を望まず、タイミングを逃したまま、ワガママな性格が更生したと思ったら豹変してもとに戻った。しかもお父様を避け続けたから、お父様もわたくしの縁談をどうすべきか悩んだのだろう。
誰とも婚約するつもりはないと言いたいところだけれど、口を開けば自分が「やっぱりヒューバート殿下と婚約して王家を乗っ取りましょう」とか言いだしそうで怖い。
そんなわけで、わたくしは反対もできず、ロアン様と婚約した。
侯爵令息と公爵令嬢の電撃婚約である。社交界でも学園でも、そこそこの話題になったらしい。
それが悪かったのか、どうか。
時を同じくして、「ヴェスカ様、いつもひとりでいるなんてお可哀想……」と、セノリィが絡んでくるようになった。
***
それから早、三年。
三回生と二回生だったロアン様とわたくしは、六回生と五回生になった。ロアン様はもうすぐ卒業だ。
慣れとは恐ろしいもので、わたくしはあいかわらず罵倒しか口にできないまま、ロアン様の婚約者だし、昼食は人目につかないように裏庭へ逃げるわたくしへ、セノリィはなんだかんだと絡んでくる。
「セノリィ嬢とはいつもあんなふうなのか」
ロアン様がシートの上にお弁当を出しながら尋ねる。
わたくしと同じ三段重形のお弁当箱には、ガーネル侯爵家シェフの心尽くしの料理が詰め込まれている。
婚約者の座を手に入れてから、ロアン様はときどきわたくしと昼食をともにするようになった。
裏庭でシートを広げておせちみたいな豪華弁当を食べている侯爵令息と公爵令嬢、はたから見たらとんでもなくシュールね……。
問いには答えることができないので、わたくしはツンと無視する態度をとった。
言葉を発するだけではなく、首を縦や横に振る動作や、筆談など、とにかくすべての意思表示が制約に引っかかるらしく、罵倒にすり替わってしまうからだ。
ロアン様はわたくしのそうした態度を予想していらっしゃったようで、気にした様子もなく「そうだ、忘れるところだった」と荷物から何かをとりだした。
シートの中央に置かれたのは、小瓶に飾られた白い薔薇の一輪。
「君の美しさには敵わないが」
言うだけ言って、ロアン様は用はすんだとばかりに厚切りのステーキ肉を口に運んだ。
さすが、騎士のお弁当。箱一段がすべて肉になっているし、パンやポテトは別盛りだ。
「……」
わたくしはあいかわらず黙ったまま白薔薇を見つめた。
昼の日差しを浴びて、心地よさそうに花を開いている白薔薇は、可憐でありながらかわいらしくもある。
「グライツが騎士団の入団試験に合格したんだ」
ロアン様の言葉にわたくしは顔をあげた。
グライツというのは、ロアン様の二つ下の弟だ。ロアン様に憧れ、騎士志望だと聞いていた。
それはおめでとうございます、と心のなかで呟く。
「俺が四回生の年に合格したものだから、グライツも四回生のうちに絶対合格するんだと意気込んでな、この数か月の修練は目を見張るものがあった。父上と母上もおよろこびだ。それから、この前も話したハガード副隊長のことなんだが、意中の相手と婚約できたそうだ」
いい話が続きますね。おめでとうございます、と、これも心のなかで祝う。パンにチーズと蜂蜜を挟んでほおばりながら、わたくしはロアン様を見た。
ハガード副隊長は、ロアン様の騎士団での上司で、二十一歳。宮殿に勤めるご令嬢に一目惚れし、アプローチを続けていた方だ。
たしか前回聞いたときは、デートに誘おうと奮闘していた気がする。
何も言わないわたくしに向かって、ロアン様はこうして身のまわりの出来事を語り聞かせてくださる。
わたくしにあわせてお弁当を持参して。花まで用意して。
「食べるか? 君もステーキが好きだろう」
ロアン様が肉の段をわたくしのシートに置いた。
こんなにそっけない態度をとり続けているのに、いつのまにか好みまで把握されている。
遠慮したくともできないので、ありがたく厚切りステーキの一切れをいただく。口に入れると舌の上でほろりとほどけるステーキ肉は、間違いなく上質なもの。
――おいしい、と伝えられたら、どんなにいいだろう。
この謎のお弁当会が始まったばかりの頃には、わたくしもなんとか会話をしようとがんばった。
けれど。
『どうしてわたくしにやさしくしてくださるのですか?』
そう尋ねたいのに、口から出てくるのは、
「羽虫が飛んでいるわね。うるさいったらありゃしない」
とかなんとか、そんな台詞がいいところ。
世界観制約が解けないかぎり、ロアン様と結婚なんてできるわけがない。
とはいえ、もういいですから、と婚約の解消を申し出ることも、わたくしにはできない。感謝を伝えることすら。
この先ずっと、自分の気持ちを何も伝えられずに生きていかなくてはならないのだろうか。
そんな事を考えるたびに、胸が締めつけられる。
唯一の希望は、ゲームのエンディングだ。おそらくセノリィが学園を卒業する二年後。それがゲームの区切りのはず。
エンディングを迎えることができれば、世界観制約も解けるかもしれない――そんな希望を胸に、わたくしはこの三年をすごしてきた。
ロアン様がいてくださらなかったら、心が折れていたかもしれない。
時々でもこうしていっしょにお弁当を食べてくださることが、わたくしの心の支えになっている。
……まあ、なぜいきなり求婚されたのかは、いまだに謎なのだけれど。
お父様が承諾の返事をしたからだ。
ガーネル家と名乗られればわたくしもわかる。古くから続く侯爵家で、財務に関する高官の地位につくことが多い。宰相を輩出したこともある。
「ヒューバート殿下には劣るが、お前の嫁ぎ先としてはまあ及第点だろう」
さらっと相手を値踏みして勝手に見下す感じ、ゲスいですお父様。
というかやっぱり狙っていたのですね、王太子妃の座。
わたくしがヒューバート殿下との婚約を望まず、タイミングを逃したまま、ワガママな性格が更生したと思ったら豹変してもとに戻った。しかもお父様を避け続けたから、お父様もわたくしの縁談をどうすべきか悩んだのだろう。
誰とも婚約するつもりはないと言いたいところだけれど、口を開けば自分が「やっぱりヒューバート殿下と婚約して王家を乗っ取りましょう」とか言いだしそうで怖い。
そんなわけで、わたくしは反対もできず、ロアン様と婚約した。
侯爵令息と公爵令嬢の電撃婚約である。社交界でも学園でも、そこそこの話題になったらしい。
それが悪かったのか、どうか。
時を同じくして、「ヴェスカ様、いつもひとりでいるなんてお可哀想……」と、セノリィが絡んでくるようになった。
***
それから早、三年。
三回生と二回生だったロアン様とわたくしは、六回生と五回生になった。ロアン様はもうすぐ卒業だ。
慣れとは恐ろしいもので、わたくしはあいかわらず罵倒しか口にできないまま、ロアン様の婚約者だし、昼食は人目につかないように裏庭へ逃げるわたくしへ、セノリィはなんだかんだと絡んでくる。
「セノリィ嬢とはいつもあんなふうなのか」
ロアン様がシートの上にお弁当を出しながら尋ねる。
わたくしと同じ三段重形のお弁当箱には、ガーネル侯爵家シェフの心尽くしの料理が詰め込まれている。
婚約者の座を手に入れてから、ロアン様はときどきわたくしと昼食をともにするようになった。
裏庭でシートを広げておせちみたいな豪華弁当を食べている侯爵令息と公爵令嬢、はたから見たらとんでもなくシュールね……。
問いには答えることができないので、わたくしはツンと無視する態度をとった。
言葉を発するだけではなく、首を縦や横に振る動作や、筆談など、とにかくすべての意思表示が制約に引っかかるらしく、罵倒にすり替わってしまうからだ。
ロアン様はわたくしのそうした態度を予想していらっしゃったようで、気にした様子もなく「そうだ、忘れるところだった」と荷物から何かをとりだした。
シートの中央に置かれたのは、小瓶に飾られた白い薔薇の一輪。
「君の美しさには敵わないが」
言うだけ言って、ロアン様は用はすんだとばかりに厚切りのステーキ肉を口に運んだ。
さすが、騎士のお弁当。箱一段がすべて肉になっているし、パンやポテトは別盛りだ。
「……」
わたくしはあいかわらず黙ったまま白薔薇を見つめた。
昼の日差しを浴びて、心地よさそうに花を開いている白薔薇は、可憐でありながらかわいらしくもある。
「グライツが騎士団の入団試験に合格したんだ」
ロアン様の言葉にわたくしは顔をあげた。
グライツというのは、ロアン様の二つ下の弟だ。ロアン様に憧れ、騎士志望だと聞いていた。
それはおめでとうございます、と心のなかで呟く。
「俺が四回生の年に合格したものだから、グライツも四回生のうちに絶対合格するんだと意気込んでな、この数か月の修練は目を見張るものがあった。父上と母上もおよろこびだ。それから、この前も話したハガード副隊長のことなんだが、意中の相手と婚約できたそうだ」
いい話が続きますね。おめでとうございます、と、これも心のなかで祝う。パンにチーズと蜂蜜を挟んでほおばりながら、わたくしはロアン様を見た。
ハガード副隊長は、ロアン様の騎士団での上司で、二十一歳。宮殿に勤めるご令嬢に一目惚れし、アプローチを続けていた方だ。
たしか前回聞いたときは、デートに誘おうと奮闘していた気がする。
何も言わないわたくしに向かって、ロアン様はこうして身のまわりの出来事を語り聞かせてくださる。
わたくしにあわせてお弁当を持参して。花まで用意して。
「食べるか? 君もステーキが好きだろう」
ロアン様が肉の段をわたくしのシートに置いた。
こんなにそっけない態度をとり続けているのに、いつのまにか好みまで把握されている。
遠慮したくともできないので、ありがたく厚切りステーキの一切れをいただく。口に入れると舌の上でほろりとほどけるステーキ肉は、間違いなく上質なもの。
――おいしい、と伝えられたら、どんなにいいだろう。
この謎のお弁当会が始まったばかりの頃には、わたくしもなんとか会話をしようとがんばった。
けれど。
『どうしてわたくしにやさしくしてくださるのですか?』
そう尋ねたいのに、口から出てくるのは、
「羽虫が飛んでいるわね。うるさいったらありゃしない」
とかなんとか、そんな台詞がいいところ。
世界観制約が解けないかぎり、ロアン様と結婚なんてできるわけがない。
とはいえ、もういいですから、と婚約の解消を申し出ることも、わたくしにはできない。感謝を伝えることすら。
この先ずっと、自分の気持ちを何も伝えられずに生きていかなくてはならないのだろうか。
そんな事を考えるたびに、胸が締めつけられる。
唯一の希望は、ゲームのエンディングだ。おそらくセノリィが学園を卒業する二年後。それがゲームの区切りのはず。
エンディングを迎えることができれば、世界観制約も解けるかもしれない――そんな希望を胸に、わたくしはこの三年をすごしてきた。
ロアン様がいてくださらなかったら、心が折れていたかもしれない。
時々でもこうしていっしょにお弁当を食べてくださることが、わたくしの心の支えになっている。
……まあ、なぜいきなり求婚されたのかは、いまだに謎なのだけれど。
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