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12.世界観制約
「セノリィは君に、闇魔法をかけていたんだ」
ひとまず、ロアン様とわたくしは応接間に移動し、人払いをした。といっても貴族のたしなみとして完全な二人きりになるわけにはいかないので、声が聞こえない程度に離れた壁際にデネスとシェリーが立っている。
「闇魔法……」
「そうだ。人の言動を操る、最も強い闇魔法……禁呪と呼ばれる類いのものだ」
意味がわからずにわたくしは押し黙った。
わたくしのふるまい。あれは、世界観制約によるものではなく、セノリィの闇魔法が原因だった、ということ?
「セノリィは、自分は異世界からきた聖女で、女神から聖闇両方の魔法属性を授かったと供述している。だが女神が与えるのは聖魔法だ。闇魔法を使う時点で、悪魔に魂を売った証。王家は彼女から聖女の称号を剥奪し、処罰を命じた」
「そんなことができるのですか?」
「ああ。セノリィはすでに捕縛された。宮廷魔導師のエンドレール殿がセノリィに接触し、少しずつ彼女の魔力を封印していたそうだ」
あ、と心のなかで声をあげる。
セノリィが言っていた。ヒューバート殿下を通じてエンドレール様とも知り合い、いい感じだと。
「セノリィはヒューバート殿下にも魅了魔法を仕掛けていた。エンドレール殿がそれに気づき、殿下に命じられてセノリィをさぐった。その結果、周囲の人間にも魅了魔法の反応が出た。そして、魅了魔法とは異なる――最も強力な、行動を制限する闇魔法。君にはそれがかけられていたそうだ」
ロアン様はきつく眉根を寄せ、ぐっとこぶしを握った。
「君はずっと、自分の意思とは異なる言動をさせられていたのだろうと……エンドレール殿はそう言っていた。俺がもっと早く気づくことができていれば……申し訳ない」
「……」
わたくしにもようやく経緯がのみ込めた。
そう言われてみれば腑に落ちる。セノリィが入学するまでの一年間、わたくしが自由に動けたのは、まだセノリィに出会っておらず、闇魔法の影響がなかったから。
ほかの者たちへは罵倒ですむのにセノリィにだけ手が出たのは、術者が近くにいたから、ということなのだろう。
セノリィがわざわざわたくしに食堂へくるように言いつけたのは、闇魔法を強固にするため。
そんなセノリィの二面性はヒューバート殿下に露見していた。同時にわたくしの事情もある程度理解された。
昨日、ヒューバート殿下が追うなとおっしゃったのは、ロアン様にはセノリィ捕縛の任務があったからで、わたくしを疎んでのことではない。
「はあああ……」
「本当にすまない」
思わず大きなため息を吐きだすと、ロアン様はがっしりとした体をすぼめてうなだれた。
わたくしは慌てて首を横に振る。
「いえ、違います。申し訳ありません、ロアン様に対してではなくて……安堵のため息といいますか」
もう意に反する罵倒を言わなくていいし、これまでの言動を罰されることもないのだと思ったら安心して力が抜けた。
「婚約破棄……しなくても、いいのですよね」
「俺とヴェスカ嬢を引き裂こうなんて考えるやつがいたら返り討ちにする」
ロアン様があまりにも真剣な表情で言うから、わたくしは返す言葉に困ってしまった。実際、ロアン様は逆ハーレムルートを狙うセノリィを返り討ちにしたわけで……。
「にしても、わたくしの言動が気にならなかったのですか?」
今回、一番不思議なのはそこだ。
わたくしの問いに、ロアン様は表情をこわばらせた。と、くしゃりと顔をゆがめてしまう。
「ふがいない婚約者で申し訳ない……っ!」
「あっ、いえ、責めているわけでは」
「ヴェスカ嬢がセノリィに嫌がらせをくり返しているという話は聞いていた。だが俺とヴェスカ嬢の仲を妬む者の讒言だと思い、そいつらも返り討ちにしていた」
「でも、わたくし、ロアン様にもたくさん嫌なことを言ったでしょう」
讒言ではなく真実だと、なぜ思わなかったのか。
「俺が情けなくて言葉がきつくなっているのだと、勘違いしていた……」
「情けなくて……」
「婚約を受け入れてもらったはいいものの、君に言われるまで花を買うことも思いつかず、甘い台詞もうまく言えない」
いえ、けっこう言っていたと思いますけど。
そう思いつつも、しょんぼりと肩を落とすロアン様を見ていたら、普段のロアン様はロアン様なりにかっこうをつけていたのだとわかった。
セノリィいわく、ゲームどおりであればロアン様は参謀タイプだったらしいから、かなり変化しているのだろう。
「それに」とロアン様は続けた。
「本当にヴェスカ嬢がセノリィを疎ましく思っているのなら、フランゼスカ公爵が出てくるはずだ。公爵が君を溺愛しているのは周知の事実だし、俺も婚約してから何度も釘を刺された」
罵倒が口から出るようになって全然会っていないお父様……まだわたくしのことを溺愛してくださっていたのね。
けれど、まさか上から目線の態度をロアン様の前でも?
「『ヴェスカに思う存分贅沢させろ、若造。さもないと侯爵家潰すぞ』と」
ひいっ。なんで全然会ってないのに性格変わってないんですかお父様。
というかわたくしが品行方正な生き方を言いつけたせいで、身内枠に入ってきたロアン様に傲岸不遜が爆発したのね。
「だが俺は君に贅沢もさせてあげられなかった。ふがいない婚約者で……」
「もしかしてそれでステーキをくださってたんですか……」
ロアン様が寛容な方で本当によかった。お父様原因での婚約破棄もありえたかもしれないと思うと背筋が寒くなる。
「いまやフランゼスカ公爵家は王家も無視できない求心力を持っている。しかしヴェスカ嬢が公爵家の権力をいっさい利用せず、むしろトラブルを起こさないために一人で行動していたことはまともな人間ならすぐに気づく」
そうかしら、とわたくしは悩んでしまった。
純粋すぎる考え方はロアン様だけのような気がする。
普通の人間は、それほど相手の置かれた状況を考慮せず、印象だけであれこれと言い立てるものだ。
セノリィの取り巻きたちがいい例。
ロアン様がいてくださったことは、わたくしにとってこの上なく幸せなことだった。
そしてこの先も、ロアン様はわたくしの隣にいてくださる。
そう考えたら嬉しくて、顔は勝手にゆるむ。
「ありがとうございます、ロアン様」
久しぶりの、心からの笑顔だった。
目があったロアン様は、うつむき、口元を手で覆ってしまう。
どうしたのかと思っていたら、蚊の鳴くような声が聞こえた。
「……か」
「か?」
「かわいい……」
「……」
ものすごく今さらなことだけれど。
婚約者でありながら、ロアン様もわたくしも、互いに知らない表情がまだまだたくさんある。
うまく言葉にできなかった三年間を埋めるほどの思い出を、これから作っていきましょう。
ひとまず、ロアン様とわたくしは応接間に移動し、人払いをした。といっても貴族のたしなみとして完全な二人きりになるわけにはいかないので、声が聞こえない程度に離れた壁際にデネスとシェリーが立っている。
「闇魔法……」
「そうだ。人の言動を操る、最も強い闇魔法……禁呪と呼ばれる類いのものだ」
意味がわからずにわたくしは押し黙った。
わたくしのふるまい。あれは、世界観制約によるものではなく、セノリィの闇魔法が原因だった、ということ?
「セノリィは、自分は異世界からきた聖女で、女神から聖闇両方の魔法属性を授かったと供述している。だが女神が与えるのは聖魔法だ。闇魔法を使う時点で、悪魔に魂を売った証。王家は彼女から聖女の称号を剥奪し、処罰を命じた」
「そんなことができるのですか?」
「ああ。セノリィはすでに捕縛された。宮廷魔導師のエンドレール殿がセノリィに接触し、少しずつ彼女の魔力を封印していたそうだ」
あ、と心のなかで声をあげる。
セノリィが言っていた。ヒューバート殿下を通じてエンドレール様とも知り合い、いい感じだと。
「セノリィはヒューバート殿下にも魅了魔法を仕掛けていた。エンドレール殿がそれに気づき、殿下に命じられてセノリィをさぐった。その結果、周囲の人間にも魅了魔法の反応が出た。そして、魅了魔法とは異なる――最も強力な、行動を制限する闇魔法。君にはそれがかけられていたそうだ」
ロアン様はきつく眉根を寄せ、ぐっとこぶしを握った。
「君はずっと、自分の意思とは異なる言動をさせられていたのだろうと……エンドレール殿はそう言っていた。俺がもっと早く気づくことができていれば……申し訳ない」
「……」
わたくしにもようやく経緯がのみ込めた。
そう言われてみれば腑に落ちる。セノリィが入学するまでの一年間、わたくしが自由に動けたのは、まだセノリィに出会っておらず、闇魔法の影響がなかったから。
ほかの者たちへは罵倒ですむのにセノリィにだけ手が出たのは、術者が近くにいたから、ということなのだろう。
セノリィがわざわざわたくしに食堂へくるように言いつけたのは、闇魔法を強固にするため。
そんなセノリィの二面性はヒューバート殿下に露見していた。同時にわたくしの事情もある程度理解された。
昨日、ヒューバート殿下が追うなとおっしゃったのは、ロアン様にはセノリィ捕縛の任務があったからで、わたくしを疎んでのことではない。
「はあああ……」
「本当にすまない」
思わず大きなため息を吐きだすと、ロアン様はがっしりとした体をすぼめてうなだれた。
わたくしは慌てて首を横に振る。
「いえ、違います。申し訳ありません、ロアン様に対してではなくて……安堵のため息といいますか」
もう意に反する罵倒を言わなくていいし、これまでの言動を罰されることもないのだと思ったら安心して力が抜けた。
「婚約破棄……しなくても、いいのですよね」
「俺とヴェスカ嬢を引き裂こうなんて考えるやつがいたら返り討ちにする」
ロアン様があまりにも真剣な表情で言うから、わたくしは返す言葉に困ってしまった。実際、ロアン様は逆ハーレムルートを狙うセノリィを返り討ちにしたわけで……。
「にしても、わたくしの言動が気にならなかったのですか?」
今回、一番不思議なのはそこだ。
わたくしの問いに、ロアン様は表情をこわばらせた。と、くしゃりと顔をゆがめてしまう。
「ふがいない婚約者で申し訳ない……っ!」
「あっ、いえ、責めているわけでは」
「ヴェスカ嬢がセノリィに嫌がらせをくり返しているという話は聞いていた。だが俺とヴェスカ嬢の仲を妬む者の讒言だと思い、そいつらも返り討ちにしていた」
「でも、わたくし、ロアン様にもたくさん嫌なことを言ったでしょう」
讒言ではなく真実だと、なぜ思わなかったのか。
「俺が情けなくて言葉がきつくなっているのだと、勘違いしていた……」
「情けなくて……」
「婚約を受け入れてもらったはいいものの、君に言われるまで花を買うことも思いつかず、甘い台詞もうまく言えない」
いえ、けっこう言っていたと思いますけど。
そう思いつつも、しょんぼりと肩を落とすロアン様を見ていたら、普段のロアン様はロアン様なりにかっこうをつけていたのだとわかった。
セノリィいわく、ゲームどおりであればロアン様は参謀タイプだったらしいから、かなり変化しているのだろう。
「それに」とロアン様は続けた。
「本当にヴェスカ嬢がセノリィを疎ましく思っているのなら、フランゼスカ公爵が出てくるはずだ。公爵が君を溺愛しているのは周知の事実だし、俺も婚約してから何度も釘を刺された」
罵倒が口から出るようになって全然会っていないお父様……まだわたくしのことを溺愛してくださっていたのね。
けれど、まさか上から目線の態度をロアン様の前でも?
「『ヴェスカに思う存分贅沢させろ、若造。さもないと侯爵家潰すぞ』と」
ひいっ。なんで全然会ってないのに性格変わってないんですかお父様。
というかわたくしが品行方正な生き方を言いつけたせいで、身内枠に入ってきたロアン様に傲岸不遜が爆発したのね。
「だが俺は君に贅沢もさせてあげられなかった。ふがいない婚約者で……」
「もしかしてそれでステーキをくださってたんですか……」
ロアン様が寛容な方で本当によかった。お父様原因での婚約破棄もありえたかもしれないと思うと背筋が寒くなる。
「いまやフランゼスカ公爵家は王家も無視できない求心力を持っている。しかしヴェスカ嬢が公爵家の権力をいっさい利用せず、むしろトラブルを起こさないために一人で行動していたことはまともな人間ならすぐに気づく」
そうかしら、とわたくしは悩んでしまった。
純粋すぎる考え方はロアン様だけのような気がする。
普通の人間は、それほど相手の置かれた状況を考慮せず、印象だけであれこれと言い立てるものだ。
セノリィの取り巻きたちがいい例。
ロアン様がいてくださったことは、わたくしにとってこの上なく幸せなことだった。
そしてこの先も、ロアン様はわたくしの隣にいてくださる。
そう考えたら嬉しくて、顔は勝手にゆるむ。
「ありがとうございます、ロアン様」
久しぶりの、心からの笑顔だった。
目があったロアン様は、うつむき、口元を手で覆ってしまう。
どうしたのかと思っていたら、蚊の鳴くような声が聞こえた。
「……か」
「か?」
「かわいい……」
「……」
ものすごく今さらなことだけれど。
婚約者でありながら、ロアン様もわたくしも、互いに知らない表情がまだまだたくさんある。
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