世界観制約で罵倒しかできない悪役令嬢なのに、なぜか婚約者が溺愛してくる

杓子ねこ

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19.闇魔法と聖魔法

 食堂で拘束され、そのまま牢に入れられていたのだろう、セノリィは王立学園の見慣れた制服をまとっていた。
 ただし、よほど暴れたのか、生地はすり切れ、スカートやリボンは破れている。
 
 セノリィ本人も、髪は乱れて頬はこけ、青ざめた肌にぎょろりとした目だけが爛々とした憎悪のまなざしを放つ。
 
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。なんであんたが幸せそうな顔してんのよ。ヒロインはあたしなのに。途中まではうまくいってたのに、ヒューバート殿下とエンドレール様までは落とせたのに……」
 
 ブツブツと呟くセノリィは、それが彼女を捕縛するための演技だったことにも気づいていない。
 何を説明しても無駄なのだろう、そんなふうに思わせるすさんだ気配を、彼女は全身にまとわせていた。
 
「だいたいあんたのことは最初からムカついてたの。あたしがボロボロの服を着て村で働かされてたときからずっとあんたは裕福で……その立場を守るために悪役令嬢の役目を降りたんでしょ。許せない――」
 
 セノリィがわたくしを指さした。
 すべてをわたくしのせいにして募らせた憎しみが、闇の魔力となってわたくしに手をのばす。
 
「かは……っ!」
 
 首に絡みついた魔力が息を塞ぐ。
 逃げようとしても、恐怖で体が動かない。
 
「やめろ、セノリィ」
「……ッ」
 
 わたくしを庇い、ロアン様が前に立った。
 身動きもできない重苦しい空気の中で、ロアン様だけが平然とセノリィを見据えている。
 
 ロアン様が剣を抜く。その刀身は、うっすらと光を放っていた。
 ロアン様が剣を振るうと、わだかまっていた闇の魔力は切り裂かれてかき消えた。わたくしを縛っていた息苦しさもなくなる。
 
 こいつには闇魔法が効かない、と言っていたヒューバート殿下の言葉を思いだす。
 
「!! まさか……聖騎士のレベルまで達しているの?」
 
 セノリィも驚いた顔になり、ついで憎々しげに表情を歪めた。
 
「なによお!? 悪役令嬢に絆されちゃって……!! あんたなんかバグなんだからね!? あたしの前に立つ資格すらないのよ!!」
「あいかわらず、お前の言うことはわからんな」
 
 激昂するセノリィに、ロアン様は光る剣を向ける。
 元聖女とはいえセノリィは生身の少女、ロアン様は騎士だ。闇魔法が効かないのなら、勝算は高い――。
 
 そう思ったわたくしの希望を裏切るように、セノリィは嗤った。
 ぞくりと背すじを怖気が走るような、禍々しい笑みだった。
 
「わかんなくていいわよ。それよりいいこと考えちゃった♡」
 
 セノリィがぱちんと指を鳴らすと同時に、ふたたび闇の魔力があたりを覆った。
 先ほどよりもずっと多く、強い魔力が、攻撃を予測して身構えたロアン様ではなく、周囲の人々に襲いかかる。
 
「なにをっ」
「ほら、剣を捨てなさい。さもないと関係のない人間が死んじゃうわよ?」
 
 苦しげな悲鳴をあげて喉を押さえる人々を指さし、セノリィは笑った。
 
「そんな、ひどい……!」
 
 ロアン様を足止めするために、セノリィは居合わせただけの王都の民に闇魔法をかけたのだ。
 もう聖女だなどとはとても言えない、自分勝手すぎる暴挙。
 
 卑怯な真似を恥じることもなく、セノリィは眉を寄せるわたくしたちをせせら笑う。
 
「あたしはモブの命なんてどうでもいいけどね。聖騎士様はそんなわけにはいかないでしょ」
「……っ」
「ロアン様……ここは、セノリィの言うとおりに」
 
 セノリィは本気だ。ギラギラと憎しみを滾らせる目から、それが伝わってくる。
 迷っているうちにセノリィは自分の言葉を現実にするかもしれない。
 
 悔しさに唇を噛み、ロアン様は剣を投げた。闇魔法を切り裂いた光は消え、剣はただの金属に戻る。
 途端、闇の魔力がふたたびわたくしに襲いかかった。
 
「ヴェスカ嬢……ッ!」
 
 ロアン様の悲痛な叫びが聞こえる。
 喉を絞めあげられる息苦しさに、わたくしはうめきをあげて地面に膝をついた。
 
「ヴェスカも嫌いだったけど、ロアンはもっと大嫌いになったわ。もともとあたしの知ってるロアンじゃないし」
「ぐ、う……っ」
 
 汗と涙がぽたぽたと落ちる。
 これと同じ苦しみを、人質にとられた人々も味わっているのだ。
 そう思えば湧くのは恐怖よりも怒り。
 
 最初からそうだった。セノリィはロアン様をゲームの中の攻略対象としてしか見ていない。
 いま彼女が苦しめている人々もそうだ。モブだと切り捨てて、脅しの道具に使うことに躊躇がない。
 魅了魔法で学園の生徒たちを操ったのも。その手をヒューバート殿下やエンドレール様にのばしたのも。
 
 生きて、感情を持つ人間だと思っていないから――自分の欲望を叶えるための、駒だと思っているから、だからそんなことができるのだ。
 喉元に当てていた手を、ぐっとこぶしに握る。
 
「負けたくない……!」
 
 噛みしめていた唇から願いが漏れる。
 小さな叫びはセノリィに届くことはなく、闇へ堕ちた聖女はあいかわらず自分の優位に笑みを浮かべている。
 でも、わたくしは感じた。
 今までにない不思議な力が自分の中に宿るのを。
 
「先にヴェスカを殺して、ロアンには絶望を見てから死んでもらおうかしら――」
 
「いいえ」
 
 否定の声は、想像以上にはっきりと発せられた。
 息苦しさは消え、わたくしは顔をあげる。涙を拭い、まっすぐにセノリィを見つめることができる。
 
「ヴェスカ嬢……」
 
 ロアン様も目を見開いてわたくしを見つめた。
 その理由に、わたくしも気づいた。
 
 立ちあがったわたくしの体は、先ほどのロアン様の剣のように――いえ、それ以上の眩しさで、光り輝いていたのだ。
 わたくしにまとわりついていた闇の魔力は跡形もなく消え去り、息苦しさもない。
 
 それどころか、体の中から力が湧き出してくる。
 
 もしかして、これは……。
 
「聖……魔法……?」
 
 どうして悪役令嬢のわたくしがと思うものの、ぼんやりと考えている場合ではない。
 
 湧き出る力が囁くままに、わたくしは両手を組んだ。
 
「〝浄化〟……!」
 
 わたくしの全身から光があふれる。
 目を閉じていても眩しいほどの光は、セノリィの生みだした闇をかき消し、周囲の人々を包み込む。
 
「なに、これ……っ! キャアアアア!!!」
 
 暗闇に閉ざされ、夜のようになっていた大通りが、一瞬のうちに晴れ渡る。
 セノリィの周囲を覆っていた闇も、剝がれるように崩れ落ちた。
 力を失い、セノリィももがくように倒れ伏す。
 
「っ、ああ……!」
「息ができるぞ!」
「助かった!」
 
 人々の安堵とよろこびの声が響いた。
 
 わたくしも、ほっと息をつき、その場に座り込んだ。
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