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過去:花は弄われる

相性の悪さを知った木 1/3

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 意味がわからない、と思った。

「いかがでしょう、すべてを精霊様のお気に召すようにさせて頂きますので、お受けしてもらえませんか?
 このようななにも無い場所よりも、おもしろおかしく楽しく暮らすことができますよ」

 そう言って、手をこしょこしょと動かす目の前の人。
 人?、だと思う人。
 信用ならないのは、身の内に潜ませているなにかを、ものすご~くくっさい香水で誤魔化していることから間違いない。

 意味がわからないのは、どうしてこの胡散臭い人?、に会わないといけなかったのか、ということ。



 数日前、彼が授精したいこの身の願いに応えて、精を注いでくれた。

 人になれなくても、人の女の似姿になれなくても、彼は精を与えてくれた。
 嬉しくて身を震わせながら、知ってしまった。

 この身わたしは動物の精では授精できない、と。

 絶望した。
 落ち込んだ。
 彼がこの身の内に精を注いでくれた事を喜ぶべきなのに、勝手にがっかりして悲しくなった。

 なんて欲張りなんだろう。
 業突く張りのドライアドになってしまった。

 彼が心配そうに不安そうに結果を聞いてきたけれど、授精できない事実が消化しきれていなかったこともあり、うまく説明できなかった。
 けれど、説明できない方が良かったのかな、と後で思った。

 彼が「まだ授精したい気分は続いてんのか、体調は悪くないか?」と聞いてくれるから。
 授精したい気持ちは、きっとずっと終わらない。
 人の精では授精できないから、授精したいと訴える体を抱えたままになるだろう。

 彼の側にいる間、ずっとずっと。

 人の精で授精できないことを隠しておけば、今後も彼の精を注いでもらえる。
 授精したくて、授精する準備も万端なのに、彼が人だからできない。
 この身がドライアドだからできない。

 いっそのこと自家受精して嘘を真にしてしまおうかと思ったけれど、これまでに子株を増やしたことがないから、うまく育てられる自信がない。

 もしも子株が彼を好んだらどうしよう。
 彼を養分にしようとしたらどうしよう。
 彼の精を欲しがったらどうしよう。

 考えれば考えるほど、森にいた頃の同族の不穏な動きを思い出してしまい、実行に移す気になれない。
 だから、素直に言ってみた。
 彼の優しさに甘えすぎてはいけない、と思ったんだ。

「授精したいけど、できないみたい」

 彼は、そうか、時期が悪いのかもしれないな、と頭部の雄しべを撫でてくれた。

 慰めの気持ちを向けられることは、ひどく心地良い。
 彼の優しさを陽光のように注がれて、全身が喜びに枝葉を伸ばそうとする。

 分厚くて固い手のひらを感じてうっとりと目を閉じていたら、彼が言い出しにくそうに口を開いた。

「会わせたくないけど、会ってほしい人がいる」

 彼の望みなら喜んで叶えたいけれど、言いたいことがよくわからなくて、うんと頷いてしまったのは失敗だった。



   ◆



 そして今。
 気配は何度も感じていて、彼がいつも対応していたマジュツシという人が、気持ち悪い表情を作ってこの身の前に座っている。

 人だと思うけど、どこか違う気配がする。
 混ぜてはいけないものを混ぜ合わせたような臭いと、一人の体から感じる複数の気配。
 なんか胡散臭い。
 人は一つの体にいっぱい気配があるものじゃなかったはず。

 こいつは自分を実験体にする系まっどさいえんてぃすとだ、とよく分かんない記憶が告げてくる。

 ドライアドさますごい、ドライアドさますてき、ドライアドさますき、ドライアドさますばらしい、ドライアドさますうはいします、ドライアドさま……と繰り返されて。
 最後に、マジュツシの元に来てみませんか、で終わる。

 言い表せないほど気持ち悪かった。
 マジュツシの言いたいことが理解できなかった。
 口にしているのは彼の言葉と同じはずなのに、言葉の意味が間違ってる気がする。

 言葉の内容は聞き取れているのに、中に含まれているなにかが平坦で薄っぺらくて意味のないものとしか感じられなかった。
 彼のまっすぐに届く嘘のない言葉と違いすぎて。
 言葉を音の振動として受け止めることはできても、まったくこの身に響かない。

 だから思った。
 信用できないなーと。
 心と体の訴えと言葉と行動を揃えないから、不快感しか感じない。
 水が欲しい時に、肥料を与えられたみたいだ。

 本当の望みを口にすれば良いのにね?
 言わないなら、話を聞く必要はないよね?

 そもそも、一つの体からたくさん気配がするのが気持ち悪い。
 半寄生や寄生型、共生型植物の性質を持ったドライアドもいるけど、それだって気配がたくさん蠢くような在り方じゃない。

「おまえ嫌い」
「はいっ?」
「くさいから嫌い」
「あの、なにか粗相でも」
「うるさいから嫌い」
「っ、なに、……!?」

 マジュツシの顔面に蔓をぐるっぐるに巻きつけてから切り離した。

 なんだかすごい嫌な気持ちになるばかりで、うまく説明もできないし、気持ち悪くて我慢できなくなった。
 彼がこの身をマジュツシに会わせた理由が分からないし、前に紹介された人の時みたいに「悪い奴じゃないけど、変な奴なんだよな」とか事前に言われてない。

 気配がたくさんで嫌い、と言うのはやめておいた。
 もしもこのマジュツシが自分が人だと信じ込んでいるなら、困ってしまうかもしれないから。

 彼が会ってくれと言うから話を大人しく聞いていたけれど、なにが言いたいのか、なにが目的なのか言わない。
 言葉に熱が乗っていないから、上滑った声だけが聞こえて気持ち悪い。

 この身に来い、と乞い願うその理由を言ってくれない。
 どこに、なんのために来て欲しいのか。

 そもそもマジュツシってなに?
 彼はマジュツシとしか言わなかったし、本人も名前らしいものは口にしなかった。

 マ、の術士?
 マジュツ、さんの子?
 もしかしたらマジュ、のツ氏で名前?

 聞くつもりの無い疑問は置いといて、マジュツシと一対一にされたのも嫌だ。

 紹介された人と会った時には彼が側にいてくれたのに、どうして今はいないのか。
 彼が敷地内にいるのは感じているから今まで我慢できたけど、目の前のマジュツシがこの身に向けてくる目つきが嫌いだ。
 さらにさらに、この身に向かって踏ん張って魔力を高めて手をこしょこしょ動かす所も!

 なんだかもう、いろんなことが気に入らない。

「おまえイライラするから嫌い!!」
「う゛ううう~~~~?!」

 蔓を何本も伸ばしてマジュツシをぐるっぐるに見えなくなるまで巻いた。
 もがもが言ってるけど知ったことか。

 簀巻きならぬ蔓巻きマジュツシを乗ってきた馬車に放り込む。
 心の中で謝りながら、馬の尻を蔓の先でちょっと強く叩いてやると勢いよく走り出し、御者が悲鳴を上げる声と共に一気に遠ざかっていって安心した。

 お腹がイライラする。
 すっごくいやな感じがする。
 マジュツシがこしょこしょしたから?
 彼が側にいてくれたら、きっとこのイライラがなにか教えてもらえたのに!

「合歓、どうした、なにがあった!」

 馬が痛がった時のいななきや馬車の去っていく音を聞いたのか、用具を整理すると言っていた彼が走ってきた。

 話し合いたいのに、イライラしすぎてできそうにない。
 このお腹のイライラをなんとかするには……そうだ。

「授精したい!」
「待ってくれ合歓、なにがあったのか教えてくれよ、それからじゃ駄目か?」
「あのマジュツシお腹イライラするいっぱいすごくたくさん嫌い!」
「いらいら?、分かった、もう来ないように頼んでみるから、そんなに怒るなよ」

 作業場で新しい巣箱を作っていたのか、木屑まみれの手袋をしている彼。
 きょろきょろと不安そうに周囲を見回す視線を追えば、地面や周囲の木々を覆うツタがざわざわと葉を揺らしていた。

 全部、この身の一部の。

 
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