婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした

Cleyera

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真打登場

 

 コツン、と小さな足音がした。

 編入してきた半年前から声を聞いたことがない、と噂のもう一人。
 常に殿下の側にべったりとくっついていた、ひどく可愛らしい女子生徒が、席から立ち上がって足を踏み出していた。

「……」
「ああ、もう十分だ」
「……た」

 ぼそぼそとなにかを殿下の耳元に囁き、殿下が答えると同時に、ぺたり、と足音が聞こえた。

 ……令嬢用の靴を、脱ぎ捨てた?
 こんなところで?

 ふわふわしているのに、くるくると巻いたように形が崩れない金の髪は、生まれつきだと聞いた。

 妖精が愛すると伝承が伝わる花を思わせる、ぱっちりと大きな緋色の瞳が。
 わたしの気のせいでなければ、今は据わっているように見える。

 ねっとりと絡むように重く、じっとりと熱を持った視線は、明らかにわたしに向けられている。

 なにか、怒らせるようなことを、しただろうか。
 身に覚えがなければ、記憶にもない。

 金糸のまつ毛は艶やかに長く、潤んだ瞳で微笑めば、多くの男が胸を焦がすほどに愛らしい。
 令嬢用の制服の上からでも華奢な肢体は、触れたら折れそうなほどに細い。

 そうだ、そう、見えるのに。

 ステルカリ・メイラ嬢が、軽やかに三令息の前に歩み出た。
 悲しみにくれる殿下を、三人に押し付ける様に。

 ぺたり、ぺたりと足音がして、ばさり、と制服の上着がその場に舞う。
 脱いだ上着を、その場に投げ捨てたのだ。

 は、破廉恥な。
 そう悲鳴のようなどこかの令嬢の声が聞こえた直後に、ステルカリ嬢は膝下丈の下衣も脱ぎ捨てた。

「!?!?!?」

 次いで手袋を捨てた小さな手は、ほっそりとしている様に見えて、やけにごつごつとしている。

 声にならない生徒たちの絶叫の中で、ステルカリ嬢は男物の騎士服の上着を、いつのまにか側に来ていた騎士から受けとった。
 上着を羽織り、そして制服の下に履いていた膝丈の乗馬衣という格好で。

 仁王立ちした。

 周囲の視線を一心に集めたまま、絶世の美少女は、咲きほころぶ花の蕾のように可憐な口を開いた。


「殿下の許可が得られたので、誤解を解くべく自己紹介させてもらおう。
 おれの名はティグナレット辺境伯ステルク・オグ・ベル・ウトゥリタンディだ、以後よろしく」


 その場にいた誰もが、見目のかわいらしい妖精のような令嬢の、男らしい言葉遣いに驚愕して、口にした内容に目を見開く。
 さらにその声が、令嬢としては低すぎることにも。

 王国では、男女差なく認められていても、女性の爵位継承は多くない。

 貴族の存在意義は、国民を守ること。
 ということで爵位を継ぐ者には、三年の騎士役務が義務付けられている。

 負傷が当たり前の場に男女関係なく放り出されるそうなので、辞退は許されている。
 無理なら爵位を返上すれば良い。

 一年前の騒動の後に、辺境伯領でも当主の世代交代が起きた。
 薬物の国内流入を許した引責という話だ。

 けれど、新しい辺境伯が女性だと言う話は、王都には届いていない。

「囮であり罠として、ステルカリ・メイラという、存在しない令嬢を演じさせていただいたが、見ての通り、おれは男だ」

 いいや、見ての通りなら、絶世の美少女だよ。
 という言葉を、わたしだけでなく何人もが飲み込んだ気がする。

 

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