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03 ゆうしゃはごまかしている

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 彼が低い声で、ぼそぼそと僕に言う。

『ソモソモ其方ソナタニハ、人ノ国ニ婚約者ガオルノデアロウガ』

 ……え、なんで、それを知ってるの?

 動揺して言い返せなくなると、これ幸いと逃げられそうなので、慌てて話を変えることにした。

「ムファルメワジョカララァディ様、声がヒズんで聞き取りにくいので、小さくなってくれませんか?」
『イ、イヤダッ。
 ドウセ、マタ……ヒ、卑猥ナ事ヲスルツモリデアロウ!』

 う~ん、堪忍してって言われた後もやめられなくて、と言うかむしろ興奮してしまって、気絶しちゃうまで抱いたからなぁ。
 すっかり信用がなくなってしまっている。

 僕自身はやめたかったけれど、勇者固有技能〝英雄色を好む〟は自分の意思では抑えられない。
 さらに、好きな相手と愛しあうのはすごく気持ちよかった。
 思い出しただけで疼くほど。

 結果、彼のそばにいるだけで、僕は危険人物化してしまう。


 背負わされた勇者の称号職業と魔王討伐の過程で、僕はぶっ壊れた。

 勇者固有の能力補正技能。
 過去の勇者たちが「スキル」とか呼んだ特殊技能。
 僕はそれをいくつか持っている。

 元はどこにでもいる子供だったのに。
 どこにでもいる子供だったから、勇者の能力を持て余すのかもしれない。

 勇者になると万年発情期になるなんて、誰も教えてくれなかった。

 正確には、神様の加護らしいけれど。
 どうして僕に?
 信心深くない僕に、加護が与えられる理由が分からない。

 彼も、僕を本気で嫌っている訳ではないと思う。
 そう思わないと、僕が生きていけないからだけど。

 どうしても我慢できなくて強姦になってしまったけれど、その前からずっと、僕は彼に好きですと言い続けている。

 彼に本気で嫌われているのなら、そばに置いてくれるはずがない。
 その気になれば簡単に僕を吹っ飛ばすだけでなく、一瞬で消し炭にもできるのだから。


 この世界を平定しているのは、神から力を授かった、ドラゴンと龍を合わせた十王だと言われている。

 本当はどうなのか。
 正しい信者すら見分けられない神様なんて信じられない。

 龍王の一角を担う彼は、魔王よりも強い。

 すごく強い。
 とんでもなく強い。

 きっと爪の先でぴーんって跳ね飛ばせる。
 世界の秩序そのものを崩壊させかねない存在であるドラゴンや龍は、人や魔に対しての不干渉を定めているから、動かなかっただけだ。

 僕は勇者だけど、所詮は人。

 魔王を倒せたのも、仲間がいてこそ。
 僕一人が魔王と対峙したとしても、勝算なんてなかった。


「ねえ、ムファルメワジョカララァディ様、お願いします」

 触れることはできない。
 彼は僕が触れることを嫌がる。
 それを招いたのが自分だと分かっているのに、すごく辛い。

『ウ、ウウ、ヤメロト言ッテモ、其方ハ「最後マデ」トカ言ッテ……ソノ、ヤメヌデハナイカ!』
「はい、そこはごめんなさい」
『!?、キョ、今日ハヤケニ素直ナノダナ』
「もともと、僕は素直ですよ?
 そうでなかったら、全人族の命を背負う勇者なんてできません」
『……確カニソウダノ、其方ノ言ウ通リダ』

 ヌヌヌ、と悩み出した彼の姿を見て、誘導がうまくいったとにんまりする僕。

 人なんて爪先で弾き飛ばせる存在の龍王である彼は、結局のところ、とても優しくて面倒見が良くて、僕を見捨てないでいてくれる。

 人の気持ちがわかるはずのない龍なのに、誰よりも勇者じゃない〝僕〟を認めてくれる。
 それこそ、人以上に。

 まあ、そういう優しさを向けるのは僕だけに限った話じゃないけれど。
 本当は僕だけを見て欲しい。
 で、小さい姿になってくれるのかな?

「おい、なにゆえに一人で唸っておるのだ?」

 ハスキーで高めの男性の声に、湧き上がるままの歓喜の表情で振り返れば、僕の目の高さに長い黄金のたてがみと瞳の美龍が浮かんでいた。

「ムファルメワジョカララァディ様っ!!!!」

 思わず抱きつこうとしたら、ヂガヂガという音と眩しい光が、足元を走り抜けていった。

 うわ、雷光が白い。
 脅しで魔力増量中の雷撃を放たれてしまった。
 直撃したら消し炭になっちゃうのに。

「触るな、それ以上近づくなっ」

 僕と視線を合わせるためなのか、彼は体をうねらせて空中で揺れている。

 でも、涙目で震えながらそんなことを言われると……無性に……手を……わきわきわき……とさせながら近づきたくなる。

「そんなこと言うなんてひどいですよ!、僕はムファルメワジョカララァディ様に触れないと死んでしまう病なんです!」
「ならば即刻、この場で稲魂イナダマに焼かれて野垂れ死ぬがよい。
 死なぬのであれば、とっとと国許クニモトへ帰れ!」

 彼は体の大きさを変えた時でも、話し方は基本的に変わらない。

 声は格段に聞き取りやすくなるけど、じい様かよー、みたいな話し方はそのまま。
 人の世に紛れる時はもっと体を小さくして、トカゲのふりをすると話してくれたことがあるけれど、まだ見せてもらったことがない。

「だーかーらー、ムファルメワジョカララァディ様が一緒に行ってくれるなら帰ります。
 あ、そうだ!僕の生まれ育った町には美味しい砂糖菓子があるんです。
 ちょうど今頃咲くパンダの花の蜜を使っているから、甘くていい香りですよ」
「わ、我が食い物につられると思うたら、大間違いだぞ!」

 そんなこと言ってるくせに、口元がちょっと緩んでるのはお見通しなんだよ。
 僕の愛しい雷龍王様。



  ◆



 僕は勇者だ。
 人族を魔族から守るために選ばれた、生まれつき神に勇を与えられし者。

 僕が生まれ育ったウジャシリ王国は、歴代の勇者を輩出してきた国として知られている。
 子供の頃は、身近に勇者様の英雄譚があるのが嬉しかった。

 物語を目を輝かせてねだることができたのは、他人事だったから、と知ったのは勇者になってから。

 僕は勇者と認められた十三の歳から十年間。
 魔王を討伐するために、与えられた仲間達と共に世界中を駆けずりまわった。

 世界には意思疎通のできる生命体のいる大陸が三つある。
 文明の存在しない地には行っていない。

 助力してくれそうな存在の元しか訪れていないのに、世界はとても広くて、何度も死にかけた。
 いいや、死にかけていた記憶しかない。

 魔王討伐が成し遂げられた今、僕の記憶に残っているのは灰色、いや血まみれの青春だけ。

 何もかもが終わって、気がついた。
 このままだと僕の人生は、空っぽで虚しいまま終わってしまう。


 まだ魔王を討伐する前。

 人族は魔族に追い込まれていた。
 絶対に勝てない、と絶望の淵に落ちかけていた。

 魔族よりも強い存在の力を借りないと人は滅びる、と僕も感じていた。

 人族と魔族は姿が似ている、でも似ているようで違う生き物だ。

 人は魔術を使うけれど、魔は魔法を使う。
 そして、使う者が事故なく使えるように統計化され、平均化されてきた魔術の数十人分より、たった一体の魔が放つ魔法の方が強かった。

 そんな魔族の中で最も強いと言われる魔王と、僕たちの力量差は大きすぎた。

 魔王を倒し、人族に手を出さないようにと協定を結ばせろ。
 そんな杜撰な計画が、うまく行くはずがない。

 諦めることは、死ぬと言うことだ。
 死にたくなかった。

 人族と魔族の戦力差に絶望した僕らは、突破口になる力を求めて、世界中の人知を超えた存在を訪ねた。
 いっそ人が滅べば楽になれるのに、と思いながら。

 その頃の僕は、くたびれてヨレヨレで疲れきって精魂尽き果てて、燃え尽きかけていた。

 勇者に全てを押し付けて、生存圏にこもる人族。
 気まぐれに人族を蹂躙するくせに、それを遊びとしか考えない魔族。

 それまでに会った強き者たちが、人族の存亡に全く興味を持ってくれなかったのは、きっと、人も魔も大差なかったからだ。
 世界から消えてしまっても。

 絶望の中で、僕も仲間たちも、魔王と戦う前に死ぬだろうな、と自暴自棄になっていた。
 そんな時に出会ったのが、神にも近い存在と詠われる五大龍王の一角。

 龍王の中でも別格とされる〝天地両断の雷龍王〟ムファルメワジョカララァディ。

 目の覚めるような、黄金色の龍王さまだった。

 
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