【R18】ミスルトーの下で

Cleyera

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 おれがいなくても寺の初詣が滞りなく問題なく進行するように、とジョーが動いていたのを知ったのは、四日の早朝に疲労で重たい体を寺に送ってもらってからだ。
 ジョーも仕事が始まるから、と駐車場で息ができなくなるほどキスされて、送り出された。

 さあ、初詣客がまだ来るから、仕事しないとなー!とだるい体に気合を入れて振り返ったら、真冬仕様の作業着にほうきを持った父親が、目を見開いて硬直していた。

「……」
「……お、おはよう、あー明けましておめでとうございます、父さん」
「ああ……ええと、おかえり茂一」

 ものすごく気まずかった。


 ジョーの言葉をそのまま信じるなら、バーのマスター、ウラさま、ウラ様?もジョーと同じバケモン、いいや、アヤカシであり、かなりの大物らしい。
 そのマスターが、ジョーがおれを本当に嫁にするなら、と口出しをしてくれたのだという。

 おれがいない間、つまり年末年始には弟が部屋から引きずり出されたそうで、「今後の仕事を拒否したらウラ様のイケニエにする話がついとるぞ」とジョーに言われた。
 イケニエ……漢字変換も理解もしたくない単語を聞いて、やっぱり早まったか?と不安になる。
 おれの顔色を見て「冗談だ」って言い直すな。

 巻き込んでしまって、弟に悪い気がするけれど、多少の収入があるヒキニートよりも、家業を手伝うの方が体面も良いとは思う。
 それでも一度、大丈夫か聞いてみるべきだろう。
 うちの母親は、どうやってかは知らないけれど、マスターが黙らせたらしい。

 マスターの眷属だと言うジョーはともかく、おれは客とマスターの関係でしかないのに、どうしてそこまでやってくれるのか?と聞くと「マスターにとってシゲが〝良い客〟だから、だってよ」と言われた。
 マスターに気に入られているつもりはなかったけれど、逃避のために店に通った日々の中で、信頼を築けていたのかと思うと、嬉しかった。

 防寒装備と僧衣を着て清掃と朝課をこなした後、寺務所で書類整理をしていた弟を見かけ、無理はしてないか?と声をかけたところ、おれの顔を見るなり真っ青になって逃げ出してしまった。
 ……弟に顔を見られたくないと思うほど嫌われていると、思っていなかった。

 寺に帰ったところで自分の部屋はない。
 おれを嫌っている弟が部屋の外に出ているなら、前以上に居場所が無いと、ジョーと二人で暮らすアパートを探すことになった。
 月に三万円で一人暮らしができると思うほど、世間知らずでは無いつもりだ。

 アパートを探している間はジョーの部屋に転がり込んで、ハネムーンの時と変わらない爛れた生活を送っていた。
 薬で痛みや傷は治せても、疲労が溜まるのはどうしようもなくて、卒塔婆ソトバを書いている途中で寝込んでしまい、目が覚めた後に顔を真っ赤にした妹に「少しは体を大切にして!」と説教された。

 ……妹は、ジョーとおれが何をしているのか、理解しているのか?
 それとも疲れた顔をしているってことか?

 年が明けてから、家族に情けない姿ばかり見せ続け、何よりも母親がおれを避けるようになった。
 おれから声をかけようと思っても、なんと話しかけたら良いのか困ってしまい、距離が開いたままだ。

 早朝にジョーに送られて通勤して、夕方の帰宅途中で寄ってくれたジョーに拾われて、独身寮に戻る。
 食事は寮の台所を借りて、下手な男料理を作ったり、どこかの店に立ち寄ったり。
 そんな生活をしながらあっという間に半月が過ぎた。

 一月の終わりには紹介された近くのアパート(妖ファミリー御用達)に転居先を決めて、引越しのその前に、ついに〝お披露目〟の日がやってきた。

 〝お披露目〟だが、これまで誤魔化し続けていたジョーが、ついに観念して説明してくれた。

 お披露目というのは、一部の妖たちにとって、結婚披露宴のようなものらしい。
 だがその内容が、独身寮に住む妖たちの前で、ジョーとセックスをするというものだった。
 文字通り、お披露目だ。
 披露される内容がひどすぎる。

 独身寮の連中が、部外者のおれを連れ込むことに寛容だったのは、これがあったかららしい。
 娯楽扱いされたくない、ふざけるなよ!と怒ったし、なんでおれがそんなことを?とも嘆いた。

 それでも、これまでおれとジョーが過ごしてきた中で、顔を見せない独身寮の住人に助けられたのは間違いない。
 後で見返りがあるからの親切だとしても、おれが家賃や光熱費を一円も払っていない部屋に入り浸っていたのは真実で、強く拒絶しにくかった。
 そして、もう一人の当事者になるジョーは、無理だと言い続けるおれに怒ることなく、手を変え品を変えて、お披露目が必要だという話をし続けた。

 お披露目をしておかないと、おれが面識のない妖に襲われることがある、かもしれない。
 体からジョーの匂いをさせているから、普通の人間以上に狙われやすい。
 だからお披露目はやる。
 独身寮つながりで、近辺の独身者ほとんどに連絡がつくから、絶対にお披露目はやる。

 そう言い切るジョーの姿に、何を言っても、最終的に人と妖は違うんだな、と価値観の違いを思い知っただけだった。
 恥ずかしいからという理由で拒否するには、お披露目の理由が重すぎた。

 お披露目をしておかないと、(肉として)食われるかもしれない、って、妖は人肉を食うのかよ。
 ジョーは生野菜ばかり食べているけれど。
 襲われるからと教えられて、真っ先に思いついたのは殴る蹴るの暴行被害にあうことくらいだったのに、まさか、文字通りの食肉扱いされる危険があるとは考えもしなかった。

 悪夢に見るほど悩んで悩んで、食肉にされるのは嫌だ、とお披露目を受け入れた。
 ジョーの人間離れした筋力や体力が、妖にとって特別だと思えなかったのも理由だ。
 今では、河童はみんな怪力だと思っている。
 力が強くてもジョーは戦い方を知らないようで、おれだって、殴り合いの喧嘩はしたことがない。

 その代わりにせめてもの抵抗で、耳栓や目隠しをしたいと提案をしてみたら、なんとジョーの上司、主任さんの嫁さん(人間の男性で二歳上だった)が、助言をくれる流れになった。

 ジョーの上司、警備会社の主任さんは〝赤鬼〟らしい。
 そして、鬼にもお披露目の習慣があるようだ。
 少しだけ聞いたところ、河童とはお披露目をする理由が違うようだけれど。

 ジョーの勤務先のビルに呼ばれて、主任さんの嫁の志野木シノギさんという、チャコールグレイのスーツを着た男性に会った。
 このビルの上階に入っている事務所?で働いている事務員さんだという。

「……初めまして、薬研寺ヤゲンジ 茂一シゲカズと申します」
「今すぐ膝から下ろせ!騙したな!!……は、初めまして、志野木シノギ タカシです。」
「前に会ったけど、名乗るのは初めてだよな、東鬼シノギ 堯慶タカヨシだ。
 タクの夫で鬼だ。」

 おれの前にいる痩せ型の志野木さんは、プロレスラーっぽい体格の主任さんの膝に乗せられ、腰を太い腕で抱えられていた。
 小さい子供じゃあるまいし、どんな状況だ!?と思ったけれど、周りの警備員さんたちが見守る笑顔だったので、何も言えなかった。

 二人とも苗字がシノギで名前まで似ているけれど、親戚などではないらしい。
 発音は同じだけど漢字が違うんだよ、と二枚の名刺を受け取った。

 膝に乗せられている志野木さんが、周りを気にしながら、小声で(下ろせよ!)と拳で主任さんを殴っているのにビクともしないあたり、鬼って……そうか、鬼なのか、と納得してしまった。

 どうぞ座って……とおれまでジョーの膝に乗せられそうになったので、全力で拒否した。
 話を聞きに来たんだよ、嫁って呼ばれるのは良いし、お披露目も受け入れるが、幼子扱いはするな!

 おれとジョーの無言の攻防を見ていた志野木さんが、ため息をひとつついた。

「……薬研寺さん、ひどいことを言うようですが、お披露目は準備も対策もしないほうが良いです。
 もう、何があっても諦めて受け入れるしかないです……」

 と、うっすらと笑顔を浮かべ、疲れたような遠い目で言われた。
 その直後「はい、あーん」と棒読みで言いながら、出されたばかりの熱いお茶を、主任さんに無理矢理飲ませていた。
 膝に乗せられて恥ずかしい想いをしている仕返しだ、みたいな表情で。

「あちっ、あっちぃっ!タク、おまえなあっ!?」
「うまいぞー」
「くそ、あっち!ぜってえ降ろさねえ!飲めば良いんだろ!あっつぅっ!!」
「そこは手を離して解放しろよ!」
「やだね、ぜってぇやだ」
「初対面の人の前でお前の膝に乗せられてる俺の気持ちを考えろ、このアホ!!」

 強引に口元に湯のみ茶碗を押しあてられて、茶が熱い!と悲鳴をあげながら、それでも嬉しそうにしている主任さんと、その膝の上で顔を赤くして怒る志野木さん。
 そしてそれを笑顔で見守る警備員のおっさんたち。

 いつものことなのか、テンポよくポンポンと会話が交わされていく。
 顔立ちが整っていて女性にモテそうな志野木さんに、お披露目で何があったのか聞ける状況ではなかった。

 結局、何もするなということしか伝わってこなかった。
 
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